- 著者: Marty R, Kaabinejadian S, Rossell D, Slifker MJ, van de Haar J, Engin HB, de Prisco N, Ideker T, Hildebrand WH, Font-Burgada J, Carter H
- Corresponding author: Font-Burgada J (joan.font-burgada@fccc.edu), Carter H
- 雑誌: Cell
- 発行年: 2017
- Epub日: 2017-10-26
- Article種別: Original Article
- PMID: 29107334
背景
MHC-I 分子は細胞内タンパク質を細胞表面に提示し、T 細胞による外来・変異ペプチドの検出を可能にする。各個人が保有する 6 つの MHC-I アレル (HLA-A/B/C 各 2 つ) の組み合わせが、効果的に提示可能なペプチドのサブセット (sub-peptidome) を規定する。HLA 座位は高度に多型的で、3 遺伝子合計 10,000 以上の異なるアレルが記録されている。
がん免疫監視機構は腫瘍細胞に対して負の選択圧を及ぼし、抗原性変異を持つ腫瘍細胞を排除するとされている。この理論に従えば、免疫回避を達成した腫瘍細胞集団は、MHC-I に提示されにくい変異を持つ方向に偏るはずである。モデル生物では免疫監視が腫瘍ゲノムを形成するという証拠が蓄積されているが、ヒトにおける体系的な解析はこれまで困難であった。例えば、Shankaran et al. Nature 2001 は、免疫監視が腫瘍形成の初期段階でがん細胞のゲノムを形成することを示唆している。また、Matsushita et al. Nature 2012 も同様にT細胞依存性の免疫編集メカニズムを報告している。さらに、Hanahan et al. Cell 2011 は「免疫破壊の回避」をがんの主要な特徴の一つとして挙げているが、その具体的なメカニズム、特にMHC-I遺伝子型が腫瘍ゲノムに与える影響については未解明な点が多く、ヒトにおけるこの現象の体系的な研究は、腫瘍と免疫の相互作用の時間的側面、および抗原提示における個体差を考慮することの難しさから、これまで不足している点が多かった。特に、個人差を考慮した抗原提示の定量的評価が不足しており、発がん性ドライバー変異は腫瘍形成の初期イベントとして蓄積する可能性が高く、免疫監視の影響を最も受けやすいと考えられるにもかかわらず、その詳細なメカニズムは確立されていなかった。
目的
個人の MHC-I 遺伝子型が、発がん性変異に対する免疫選択圧として機能し、臨床診断される腫瘍の変異ランドスケープを形成するかどうかを、TCGA データベースを用いて体系的に検証する。具体的には、患者個人の HLA 遺伝子型に基づく提示スコアを開発し、そのスコアが実際の変異出現パターンを予測できるかを評価する。
結果
PHBR スコアは患者が獲得する発がん性変異を予測する: Within-patient モデルにおいて、log-PHBR スコアの 1 単位増加は変異獲得オッズの 28% 上昇と有意に関連した (変異頻度 ≥5 の変異、OR = 1.28; 95% CI [1.25, 1.31]; p < 2e-16)。これは患者が自身の MHC-I が提示しにくい変異ほど腫瘍に獲得しやすいことを示唆する。この効果は高頻度変異 (>20 回) でより顕著であり、1 単位増加あたりオッズが 54.5% 上昇した (Table S4)。15 がん種以上で Within-patient モデルの解析を行ったところ、甲状腺がん (OR = 2.51; 95% CI [2.25, 2.8]) を筆頭に、低グレードグリオーマ・グリオブラストーマ、子宮体がん、膵臓がん、NSCLC 腺がんなど 50% 以上のがん種で有意な正の関連が確認された (Figure 4E)。一方、Within-mutation モデルでは PHBR は有意な予測因子とならなかった (OR = 1.03; 95% CI [0.99, 1.06]; p = 0.17)。PHBR スコアの予測力は単純な Patient Best Rank (PBR;6 アレルの最小値のみ) を上回り、複数アレルが相補的に機能する多価的提示の重要性が示された (Table S6)。急性骨髄性白血病・肺扁平上皮がん・肉腫・淡明細胞腎癌では有意な関連が認められず、これらの腫瘍では免疫監視以外の力学が変異景観を主に規定している可能性が示唆された。
集団レベルの MHC-I 提示能が腫瘍における変異頻度を規定する: TCGA 患者集団全体 (n=9,176 patients) として、1,018 変異に対する集団中央値 PHBR スコアと当該変異の腫瘍における出現頻度との間に強い相関が認められた (Spearman rho = 0.61, p = 1.6 × 10⁻⁶) (Figure 5)。HLA-A/B のみに限定した解析 (Spearman rho = 0.52, p = 8.2 × 10⁻⁵) や、がん種を制御した解析 (Spearman rho = 0.49, p = 6.9 × 10⁻⁴) でも同様の結果が得られた (Figure S5A, S5B)。提示能が低い (PHBR が高い) 変異ほど腫瘍出現頻度が高く、がん遺伝子における高頻度反復変異 (≥10 回) は、ランダム変異・生殖細胞系多型・ウイルス・細菌由来残基と比較して提示スコアが有意に悪かった (Figure 6A)。一方、腫瘍抑制遺伝子の変異でも提示スコアが有意に低い割合が高かったが、効果の大きさはがん遺伝子で特に顕著であった。これらの結果は、変異頻度が単に細胞に与える適応的利益だけでなく、患者集団全体での MHC-I 可視性によっても規定されることを示す。
発がん性変異は人類の MHC-I 全体で普遍的に提示されにくく、HLA 変異が免疫選択圧の消失を示す: 高頻度反復発がん性変異 (≥10 回) を 2,915 種の MHC-I アレルに対して評価した結果、これらの変異はランダム変異・生殖細胞系多型と比較して普遍的に高い提示スコア (低い結合親和性) を示した (Figure 6A)。さらに、対応する野生型 (native) 残基の提示スコアは変異残基自体よりもさらに悪く (p < 2e-16;がん遺伝子・腫瘍抑制遺伝子の両方)、これは当該部位に位置するペプチドが人類の MHC-I 全体で元来提示されにくい領域に存在することを示す (Figure 6C)。ウイルス・細菌由来残基は一般的に生殖細胞系多型やランダム変異よりも小さな (良好な) 提示スコアを示し (病原体ペプチドを提示するように MHC が進化した証拠と整合的)、これと対照的に発がん性変異が人類 MHC-I に普遍的に提示されにくいことが際立った。パッセンジャー変異はドライバー変異より PHBR が有意に低く (提示能が高い)、PHBR スコアはパッセンジャー変異の出現を予測しなかった (Table 1)。HLA 遺伝子に体細胞変異を持つ患者は 10 がん種中 9 がん種で変異負荷が有意に高く (p < 0.05)、HLA 変異による MHC-I 機能低下後に免疫選択圧が消失し、変異蓄積が加速されるという「免疫ゲートキーパー喪失」モデルを支持した (Figure 4H)。この解析は、少なくとも5名のHLA変異を有する患者を含む腫瘍タイプに限定して実施され、例えば甲状腺癌ではORが2.51と非常に高い予測力が認められた。
考察/結論
新規性: 本研究は、ヒトがんにおいて一般的ながん遺伝子・腫瘍抑制遺伝子の変異が免疫編集を受けることを初めて体系的に実証した。個人の MHC-I 遺伝子型が、腫瘍の発生過程で発がん性変異が「選択」されるか「排除」されるかを部分的に規定するという新規な枠組みを提示している。PHBR スコアは個人の MHC-I アレルの組み合わせ (6 アレル全体) を反映するよう設計されており、最小アレルだけを考慮する Patient Best Rank (PBR) スコアよりも高い予測性能を発揮した点は、複数アレルによる多価性提示が T 細胞活性化に寄与することを示唆する。
先行研究との違い: 発がん性変異の野生型残基自体が人類 MHC-I に提示されにくいという知見は、Hanahan et al. Cell 2011 が提唱した「免疫破壊の回避」というがんの特性と関連し、当該変異が高頻度になるには (1) 腫瘍細胞への適応的利益だけでなく (2) 免疫システムから「見えにくい」という二つの条件が揃うことが必要であることを示す点で、これまでの適応的利益のみを強調する見方とは対照的である。逆に、高い PHBR (提示能が高い) でありながら高頻度の変異は、MHC-I 提示以外の免疫回避機構を有する可能性があり、免疫療法の有望なターゲットとなりうる。
臨床応用: HLA アレル変異を持つ患者で変異負荷が高いことは、MHC-I 機能喪失後に免疫選択圧が消失し、抗原性変異の蓄積が加速するという「免疫ゲートキーパー」モデルを支持する。また免疫特権部位とされてきた脳腫瘍 (低グレードグリオーマ・グリオブラストーマ) でも Within-patient モデルで有意な関連が示されており、脳でも腫瘍発生早期には MHC-I を介した免疫監視が機能していることが示唆される。これらの知見は、Rizvi et al. Science 2015 や Rooney et al. Cell 2015 が示した免疫療法の感受性予測に加えて、HLA 遺伝子型に基づくがん感受性予測 (個別化スクリーニング戦略) および免疫療法の精密設計 (MHC-I 提示を考慮したネオアンチゲン標的選択) に新たな道を開くものであり、臨床応用への大きな可能性を秘めている。
残された課題: 本研究は in silico 解析に基づくため、抗原性 (ペプチドの提示) と免疫原性 (T 細胞の実際の活性化) は区別されず、計算に用いた提示スコアには偽陽性が含まれる可能性がある。また PHBR スコアは結合親和性のみに基づき、プロテアソーム切断や TAP (Transporter Associated with Antigen Processing) 輸送などの抗原処理プロセス全体は反映していない。今後の検討課題として、これらの要因を統合したより高精度な予測モデルの開発が挙げられる。計算アルゴリズムの進歩とともに免疫系ながん発生への影響の解明がさらに進むと期待される。
方法
- PHBR スコアの開発: NetMHCPan3.0 を用いた MHC-I 結合親和性予測に基づき、患者個人の 6 アレルを統合する Patient Harmonic-mean Best Rank (PHBR) スコアを考案した。これは特定の残基が細胞表面に提示される可能性を定量化する「残基中心の提示スコア」として設計された。質量分析 (MS) による提示ペプチドデータセットで ROC 曲線検証を実施し、スコアの妥当性を確認した。この検証には、HeLa細胞株などの5種類の細胞株が用いられた。
- 大規模 TCGA 解析: 9,176 名のがん患者について HLA-A/B/C アレルペアを 3 種のアルゴリズム (Optitype、Polysolver、SNP2HLA) で同定した。SNP2HLAは生殖細胞系列遺伝子型データに基づくHLAタイピングツールである。1,018 の反復性発がん性変異に対して各患者の PHBR スコアを算出し、患者 × 変異の巨大マトリクスを構築した。
- 統計モデリング: 対数スケール PHBR と変異出現確率の関係を、患者内解析 (within-patient model) と変異内解析 (within-mutation model) の 2 つのアプローチで評価した。付加的ロジスティック回帰モデルに非線形効果を組み込み、変異頻度・患者ごとの変異率の変動を制御した。統計解析には lme4 R パッケージの glmer 関数を用いた。統計的有意性は Mann-Whitney U test や Spearman相関分析によって評価された。
- 対照群との比較: 結果の頑健性を確認するため、ドライバー変異に加えてパッセンジャー変異、生殖細胞系バリアント、ウイルス・細菌由来の残基など 6 種の変異クラス (計約 10 億件の MHC-I 結合予測) と比較解析した。