• 著者: Matsushita H, Vesely MD, Koboldt DC, Rickert CG, Uppaluri R, Magrini VJ, Arthur CD, White JM, Chen YS, Shea LK, Hundal J, Wendl MC, Demeter R, Wylie T, Allison JP, Smyth MJ, Old LJ, Mardis ER, Schreiber RD
  • Corresponding author: Robert D. Schreiber (Washington University School of Medicine)
  • 雑誌: Nature
  • 発行年: 2012
  • Epub日: 2012-02-16
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 22318521

背景

がん免疫編集は、免疫系が腫瘍の増殖を制御し、その免疫原性を形成するプロセスであり、排除 (elimination)、平衡 (equilibrium)、逃避 (escape) の3相から構成されることが提唱されている Shankaran et al. Nature 2001Dunn et al. NatImmunol 2002Schreiber et al. Science 2011。このプロセスに関与する多くの免疫学的要素は知られているものの、その根底にある分子機構は依然として不十分にしか解明されていなかった。がん免疫編集の中心的な教義は、T細胞による腫瘍抗原認識が、発生中の癌の免疫学的破壊または彫刻を駆動するというものである。しかし、未編集 (nascent) の腫瘍細胞が発現する抗原の性質、それらが防御的抗腫瘍免疫応答を誘導する能力、およびその発現が免疫系によって修飾されるか否かは不明であった。

従来の腫瘍抗原に関する理解は、免疫担当宿主で発生した癌の解析に大きく依存しており、これらの癌はすでに免疫編集を受けている可能性があった。そのため、未編集の腫瘍細胞が発現する抗原の特性や、それらが防御的抗腫瘍免疫応答を誘導する能力、あるいはその発現が免疫系によって調節されるか否かについては、知識のギャップが残されていた。次世代シーケンシング技術の登場により、腫瘍体細胞変異ランドスケープの包括的解析が可能となり、免疫原性ネオアンチゲンの同定と免疫編集の分子的証拠の取得が現実的な課題となった。

メチルコラントレン (MCA) 誘発肉腫モデルは、この課題を解決する上で理想的なシステムを提供した。本研究で用いたd42m1およびH31m1は、いずれもRag2-/-マウス (T細胞・B細胞欠損) に由来する未編集腫瘍であり、野生型マウスへの移植により完全拒絶が誘導されるという明確な免疫原性を示す一方、Rag2-/-マウスへの移植では進行性増殖を示すことから、免疫系に依存した明確なin vivo読み出しが確立されていた。これらの腫瘍は、Krasコドン12変異とTrp53変異を共有しており、ヒトがんと類似した発がんドライバーを保有することも示されており、ヒト癌のモデルとしても有用である。しかし、これらのモデルにおける免疫編集の分子メカニズム、特にT細胞がどのように腫瘍の抗原性を「彫刻」するのかについては、詳細な分子レベルでの理解が不足していた。

目的

本研究の目的は、免疫不全Rag2-/-マウス由来の高免疫原性MCA誘発肉腫のエクソーム解析を通じて、未編集腫瘍の変異ランドスケープを包括的に特性化することである。さらに、この情報を用いて、がん免疫編集のT細胞依存性分子機構を解明し、特に強抗原性変異が免疫選択圧によってどのように腫瘍集団から排除されるのかを明らかにすることを目的とする。具体的には、主要な拒絶抗原を同定し、その抗原が腫瘍細胞のin vivoでの挙動にどのように影響するかを検証する。最終的に、免疫編集が腫瘍内異質性を持つ集団から特定のクローンを選択的に増殖させるプロセスであることを分子レベルで実証することを目指す。この研究は、免疫系による腫瘍の「彫刻」が、特定の変異抗原の喪失を介して起こることを分子レベルで示すことを目指す。

結果

未編集腫瘍の大規模変異ランドスケープとがん変異シグネチャー: Rag2-/-マウス (T細胞・B細胞欠損) 由来のd42m1腫瘍でn=3,737個、H31m1腫瘍でn=2,677個の非同義体細胞変異を同定した (Fig. 1a)。d42m1の内訳は3,398 missense、221 nonsense、2 nonstop、116 splice siteであった。これらの変異の46-47%がC/AまたはG/Tトランスバージョンであり、これは化学発がん物質であるMCAのシグネチャーであり、ヒト喫煙肺がんの変異スペクトラムと類似したパターンを示した (Fig. 1c)。両腫瘍で共有するmissense変異はわずか119個のみ (d42m1の約3%、H31m1の約4%) で、それぞれ固有の変異プロファイルと抗原性を持つことが示された (Fig. 1b)。これらの大規模変異データの中から、免疫学的に機能的な主要拒絶抗原の同定が本研究の核心的課題であった。特筆すべきは、n=3,737変異のうち実際に免疫選択圧を受けた変異は1種類 (R913L spectrin-β2) であり、免疫選択圧が特定エピトープに集中する可能性を示した点である。両腫瘍株は免疫不全マウス由来のため、wild-typeマウス免疫系による編集を受けておらず、T細胞圧力が加わる前の「原始的な」腫瘍変異ランドスケープを提供するモデルとして機能した。

変異spectrin-β2の主要拒絶抗原としての同定と750-fold超の結合親和性向上: MHC結合予測とCTLクローン (C3) を用いた系統的解析により、d42m1のR913L spectrin-β2変異がH-2Db拘束性の主要拒絶抗原であることを同定した。野生型ペプチド (VAVVNQIAR) に対し変異ペプチド (VAVVNQIAL) はH-2Dbへの結合親和性が750-fold以上高く、強力なネオアンチゲンとして機能することが確認された (Fig. 3g)。この発見はcDNA発現クローニング法 (従来法) でも独立に再現され、両法の一致は結果の妥当性を強力に支持した。d42m1には高親和性H-2Dbリガンドがn=19種、H-2Kbリガンドがn=58種同定されたが、T細胞による実際の拒絶の中心は spectrin-β2変異の単一エピトープに集中していた点が重要である (Fig. 2b)。H31m1でもH-2Dbリガンド39種・H-2Kbリガンド42種が予測されたが、d42m1との変異共有率の低さからそれぞれ固有の主要拒絶抗原を持つことが示唆された。

T細胞依存性免疫選択:少数クローン選択的増殖の実証: 野生型マウスで拒絶されるregressorクローン (8/10、80%) はすべて変異spectrin-β2を発現し、progressorクローン (2/10、20%) および野生型マウスで形成されたescape腫瘍はこの変異を欠失していた。決定的な実験として、d42m1からT2 (regressor表現型、変異spectrin-β2陽性) とT3 (progressor表現型、変異spectrin-β2陰性) の2クローンを単離し、T2 95% + T3 5%の混合物を野生型マウスに移植したところ、5/20 (25%) のマウスでescape腫瘍が形成された (Fig. 4e, f)。escape腫瘍を解析すると98%がT3由来細胞で構成されていたが、同じ混合物をRag2-/-マウスに移植した場合のT3の割合は84%にとどまった (Fig. 4h)。この差は、免疫圧力 (T細胞) が5%の少数progressorクローンを選択的に残存増殖させることを定量的に示す。変異spectrin-β2のレトロウイルス強制発現によりescape腫瘍は野生型マウスでの拒絶能を回復し、免疫選択の分子的根拠を確認した (Fig. 4c)。

免疫選択は遺伝的多様性に基づきエピジェネティックサイレンシングではない: progressorクローンのゲノムDNAにspectrin-β2変異が存在しないことから、エピジェネティックサイレンシングではなく遺伝的多様性に基づく選択であることを確認した。変異spectrin-β2特異的CTLクローン (C3) はregressorクローン細胞を特異的に溶解し (in vitro 51Cr放出アッセイ)、in vivoでのH-2Dbテトラマー染色でも変異特異的CD8 T細胞の増殖を確認した (Fig. 4a, b)。野生型マウスでの移植実験では、d42m1 regressor腫瘍は10/10例で拒絶され (100%)、escape腫瘍形成 (n=4/16、25%) はすべてT3 progressorクローンの選択的増殖によるものであった。重要な陰性コントロールとして、CD8 T細胞枯渇実験ではregressorクローンの拒絶が消失し、T細胞依存性の確認が得られた (Fig. 4f)。n=3,737変異のうち機能的免疫選択に関与する変異は実質的に1種類 (<0.03%) という希少性は、腫瘍変異量が多くても実際の免疫選択は特定のhigh-affinityエピトープに集中することを示す重要な知見である。

考察/結論

本研究は、未編集腫瘍の強い免疫原性が高抗原性変異タンパク質の発現に帰因すること、およびがん免疫編集がT細胞依存性の免疫選択プロセスとして強抗原性変異を欠く既存クローンの増殖を促進することを直接実証した最初の研究である。

先行研究との違い: 先行研究のがん免疫編集仮説 (Schreiber・Dunn・Smyth) は概念的な3相モデルとして提案されていたが、本論文はR913L spectrin-β2という具体的な分子実体を通じてその機構を精密に証明した点で、これまでの研究とは異なる。750-fold超の結合親和性向上という定量的エビデンスは、ネオアンチゲンの免疫原性の強さと免疫選択圧の明確な関係を示す。5%少数クローンが25%のescape率を生む数値的帰結は、腫瘍内異質性 (intratumor heterogeneity) が免疫療法抵抗性の根本原因であることを数理的に示した先駆的知見である。

新規性: 本研究で初めて、cDNA CapSeqによる腫瘍トランスクリプトーム変異の包括的解析と機械学習ベースのHLA結合予測の組み合わせが、個別化ネオアンチゲン同定の方法論的プロトタイプを確立したことを示した。この方法論は後の個別化ネオアンチゲンワクチン (Ott et al. Nature 2017、Sahin et al. Nature 2017) の開発基盤となり、TCGAレベルのがんゲノム解析とネオアンチゲン予測パイプラインの礎石となった点で新規性が高い。

臨床応用: 本研究は、チェックポイント阻害療法の奏功にネオアンチゲン量が重要であることの理論的根拠を提供し (高TMB腫瘍でのICB高感受性と整合)、逆に免疫編集による強抗原クローンの排除がICB抵抗性の一因となりうることを示唆する。この知見は、臨床現場における免疫療法の効果予測や、抵抗性メカニズムの理解に貢献する可能性がある。

残された課題: 今後の検討課題として、ヒトがんでの同様の免疫選択の直接証拠 (ctDNA・TCRレパートリー経時変化) の取得、平衡期から逃避期への移行機構の詳細な解明、および多数のネオアンチゲンが存在する腫瘍での主要拒絶抗原の決定因子の同定が重要な研究方向性として残されている。また、化学発がん物質誘発腫瘍と自然発生腫瘍における免疫編集の比較も今後の課題である。

方法

Rag2-/-マウス (T細胞・B細胞欠損) 由来のMCA (methylcholanthrene) 誘発肉腫2株 (d42m1、H31m1) を用いて、cDNA capture sequencing (cDNA CapSeq) により体細胞変異を包括的に同定した。この手法では、cDNAライブラリをマウスエクソームプローブでキャプチャし、Illumina次世代シーケンサーで深層シーケンシングを行った。得られたリードはBWA Li et al. Bioinformatics 2009 を用いてマウス参照ゲノム (NCBI build 37 (Mm9)) にアラインメントされ、SAMtools Li et al. Bioinformatics 2009 でマージおよび重複マーク付けがなされた。VarScan 2 (v.2.2.4) を用いて、--min-coverage 3 --min-varfreq 0.08 --p-value 0.10 --somatic-p-value 0.05 --strand-filter 1 のパラメータ設定で体細胞変異候補を特定した。

同定された非同義変異は、MHC class I結合予測アルゴリズム (Immune Epitope Database and Analysis Resourceの人工ニューラルネットワーク (ANN) アルゴリズム) を用いて候補拒絶抗原を選定した。特に、H-2DbおよびH-2Kbへの結合親和性を予測し、IC50値からアフィニティ値を算出した。野生型マウスへの移植で形成されたescape腫瘍およびd42m1由来クローンの変異プロファイルを比較し、系統解析にはPHYLogeny Inference Package (PHYLIP) を用いた。

変異spectrin-β2特異的CTLクローン (C3) は、d42m1を拒絶した野生型マウスの脾細胞から樹立され、in vitroでのIFN-γ放出アッセイおよび51Cr放出アッセイにより抗原認識および細胞傷害能を検証した。in vivo拒絶能は、野生型マウスへの腫瘍移植実験で評価された。H-2Dbテトラマー染色を用いて、in vivoでの変異特異的CD8 T細胞応答を追跡した。レトロウイルスベクターを用いて変異spectrin-β2をd42m1-es3 escape腫瘍細胞に強制発現させ、野生型マウスでの拒絶能回復を確認した。

さらに、d42m1から単離されたregressor表現型 (変異spectrin-β2陽性) のT2クローンとprogressor表現型 (変異spectrin-β2陰性) のT3クローンを、それぞれ赤色蛍光タンパク質 (RFP) と緑色蛍光タンパク質 (GFP) で標識した。T2 95%とT3 5%の混合物を野生型マウスおよびRag2-/-マウスに移植し、腫瘍形成後の細胞構成をフローサイトメトリーと変異特異的リアルタイム定量的PCR (qRT-PCR) で解析することで、少数クローンの選択的増殖仮説を定量的に検証した。CD4およびCD8 T細胞枯渇実験も実施し、T細胞依存性を確認した。統計解析にはStudent t-testを用いた。