- 著者: Vijay Shankaran, Hiroaki Ikeda, Allen T. Bruce, J. Michael White, Paul E. Swanson, Lloyd J. Old, Robert D. Schreiber
- Corresponding author: Robert D. Schreiber (Department of Pathology and Immunology, Center for Immunology, Washington University School of Medicine, St. Louis, MO, USA; schreiber@immunology.wustl.edu)
- 雑誌: Nature
- 発行年: 2001
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 11323675
背景
「がん免疫サーベイランス仮説」 (Thomas 1959, Burnet 1970) は、リンパ球が免疫能を持つ宿主での腫瘍形成を予防するという概念であるが、胸腺欠如ヌードマウスと野生型マウスで腫瘍発生率に差がなかったという結果から1970-80年代には否定的に見られていた。しかしその後、ヌードマウスには残存T細胞が存在すること (Hunig 1983, Maleckar & Sherman 1987)・IFN-γ (インターフェロンガンマ) 欠損マウスで腫瘍形成が増加すること (Dighe et al. 1994, Kaplan et al. 1998)・パーフォリン欠損マウスで腫瘍形成が増加すること (van den Broek et al. 1996, Smyth et al. 2000a, Smyth et al. 2000b) が示され、免疫系の腫瘍抑制機能への関心が再燃していた。SchreiberグループはIFN-γシグナリング欠損マウス (IFNGR1-/-・STAT1-/-) が腫瘍形成亢進を示すことを以前に報告しており (Kaplan et al. PNAS 1998)、本研究では「リンパ球とIFN-γの両方が欠如した場合の効果」および「免疫系が腫瘍免疫原性を形成する (免疫編集) かどうか」という問いに挑戦した。従来の免疫サーベイランス仮説では免疫系の腫瘍予防的役割のみが強調され、免疫系が腫瘍の特性を積極的に「編集」する可能性については未解明な点が残されていた。特に、免疫系が腫瘍の免疫原性をどのように形成するのかという知識が不足しており、このギャップを埋めることが重要な課題であった。
目的
リンパ球 (RAG2欠損) とIFN-γ/STAT1シグナリングが (1) 化学発がん誘発肉腫および自然発がんを防ぐために協働するかどうか、 (2) 免疫系が腫瘍免疫原性の表現型を形成するかどうかを明らかにし、「がん免疫編集 (cancer immunoediting) 」概念を提唱する。
結果
リンパ球欠損マウスは化学発がんに高感受性: MCA誘発実験でRAG2-/-マウス (n=52 mice) は野生型マウス (n=57 mice) より有意に高い腫瘍発生率を示した (30/52 RAG2-/- vs 11/57 WT, p<0.0001、160日間) (Fig 1a, b)。IFNGR1-/-マウス (12/20 mice) ・STAT1-/-マウス (17/30 mice) でも同様に腫瘍形成増加が認められた (vs 11/57 WT, p<0.001)。RAG2-/-×STAT1-/- (RkSk) マウスでも増加 (13/18 mice) が観察された。重要なのはRAG2-/-単独とRkSk二重欠損で腫瘍発生率に有意差がなかった点であり (p=0.127・0.140)、リンパ球依存的経路とIFN-γ/STAT1依存的経路は広範囲で重複することを示す。
自然発がんに対するリンパ球とIFN-γの協働的抑制: 無操作マウスを15〜21ヶ月で解析すると、野生型129/SvEvマウス (n=11 mice) は9/11が腫瘍なし (2匹が非浸潤性腫瘍) であった (Fig 2a)。RAG2-/-マウス (n=12 mice) は全例で腸管の腫瘍 (腺癌含む) ・肺腺癌等の悪性腫瘍を発症した (p<0.01 vs WT) (Fig 2b)。RkSkマウスは特に顕著で82% (11匹中9匹) が自然発がん:乳腺腺癌 (n=6) ・盲腸腺癌 (n=2) ・肺腺癌等を発症した (Fig 2c)。Helicobacter不在のSPF環境でも腫瘍が発生し、129系統では非常に珍しい乳腺癌が多発した点は特筆に値する (STAT1単独欠損では20ヶ月以上に遅れて発症)。RkSkマウスはRAG2-/-マウスよりも多くの自然発がんを発症した (p<0.01)。これは、リンパ球とIFN-γ/STAT1による腫瘍抑制機構が部分的にのみ重複することを示唆する。
免疫不全マウス由来腫瘍は野生型由来腫瘍より高免疫原性: RAG2-/-マウス由来MCA肉腫20例のうち8例 (40%) が免疫能正常マウスへの移植で拒絶された (10^6細胞の高inoculumでも) (Fig 3d)。これに対して野生型由来MCA肉腫17例は全例 (17/17) が免疫能正常マウスで進行的増殖を示した (p<0.001) (Fig 3c)。RAG2-/-マウスへの移植では野生型・RAG2-/-どちらの由来腫瘍も同等の速度で進行 (拒絶なし) した (Fig 3a, b)。この結果は「免疫能を持つ宿主で発育した腫瘍は、免疫系によって低免疫原性クローンが選択 (immunoedited) されており、免疫不全宿主で発育した腫瘍は高免疫原性クローンが保存されている」ことを初めて直接実証した。
TAP1がIFN-γ/リンパ球依存的腫瘍抑制を結ぶリンク: IFN-γ非感受性腫瘍細胞 (RAD.gR28;IFNGR1欠損) にsyngeneic TAP1 (MHCクラスI抗原提示経路・ペプチドトランスポーター) を発現させると、IFN-γ非感受性のまま腫瘍が免疫能正常マウスに拒絶されるようになった (8/8クローン全て) (Fig 4b)。空ベクター・H-2Kb単独発現では拒絶されなかった (Fig 4a)。TAP1発現腫瘍の拒絶にはCD4+とCD8+T細胞の両方が必要であり (RAG2-/-では拒絶なし;CD4またはCD8枯渇で拒絶障害)、野生型マウス (n=4 mice) での腫瘍増殖は、CD8+ T細胞枯渇マウス (n=4 mice) やCD4+ T細胞枯渇マウス (n=4 mice) と比較して有意に抑制された (Fig 4e)。TAP1発現腫瘍を拒絶した免疫能正常マウスは、TAP1非発現親株腫瘍に対しても免疫記憶を持つ (より高い抗原量が免疫誘導に必要だが、誘導後は低量抗原で認識可能) (Fig 4f)。この実験は、IFN-γがTAP1を介してMHCクラスIによる腫瘍抗原提示を増強することでリンパ球依存的腫瘍排除につながるという機序を実証した。
「がん免疫編集 (cancer immunoediting) 」概念の提唱: 著者らは従来の「がん免疫サーベイランス」という用語が免疫系の腫瘍予防的役割のみを示唆することを指摘し、本研究が示した「免疫系が腫瘍を排除するだけでなく、生き残った腫瘍の免疫原性を形作る (sculpt) 」という二面性を表す概念として「がん免疫編集 (cancer immunoediting) 」を提唱した。このプロセスは(1) 完全排除 (elimination) ・(2) 非防御的な免疫状態 (equilibrium) ・(3) 免疫学的無反応/アネルギー/寛容 (escape) という3段階を経ると示唆された (後の3E modelの原型)。
考察/結論
先行研究との違い: 本論文はSchreiber (Washington University) とOld (Ludwig Institute/MSKCC) グループによって、がん免疫学に「がん免疫編集」という根本的な概念変革をもたらした画期的な研究である。先行研究がIFN-γや個々の免疫細胞の腫瘍抑制効果を示していたのに対し、本論文はリンパ球とIFN-γが協働して (1) 化学発がん・自然発がんを予防し、かつ (2) 腫瘍免疫原性を形成する (低免疫原性クローンへの免疫選択) という2つの役割を同時に実証した最初の論文である。これまでの研究では、免疫系が腫瘍の発生を抑制する側面のみに焦点が当てられていたが、本研究は免疫系が腫瘍の特性そのものを変化させるという、より動的な役割を明らかにした点で対照的である。
新規性: RAG2-/-由来腫瘍が40%拒絶されるという劇的な結果は「免疫系が腫瘍の顔 (免疫原性) を変える」という免疫編集の直接証拠として、これまで報告されていない新規な知見であり、後の全ての免疫編集研究の出発点となった。「免疫編集3段階モデル (Elimination-Equilibrium-Escape) 」はSchreiber et al. Science 2011のレビューで完全に体系化され、現在のがん免疫療法の理論的基盤の核心を形成している。
臨床応用: TAP1がIFN-γとリンパ球依存的経路のリンクであるという知見は、腫瘍のMHC-I発現低下・APM (抗原提示機序) 欠損という免疫回避機構の理解 (後のJAK/STAT変異・β2M欠失によるMHC-I欠失) に直結した。この理解は、免疫チェックポイント阻害剤などの臨床応用において、腫瘍の免疫原性を高める戦略や、免疫回避機構を標的とする治療法の開発に重要な示唆を与える。
残された課題: 今後の検討課題として、免疫編集の分子基盤の全容解明 (どの腫瘍抗原が選択圧を受けるか) ・equilibrium段階のin vivo実証・がん免疫療法 (PD-1遮断等) が免疫編集のどの段階を逆転させるかの解明が残されている。本研究は、がん免疫編集という概念の提唱により、がん免疫学の新たな研究方向性を示した点で極めて重要な論文である。
方法
129/SvEv系統のRAG2-/-マウス (T/B/NKT細胞欠損)、IFNGR1-/-マウス (IFN-γ受容体欠損)、STAT1-/-マウス、RAG2-/-×STAT1-/- (RkSk) マウス、野生型129/SvEvマウスに100μg MCA (3’-メチルコラントレン) を皮下注射し160日間腫瘍発生を追跡した。自然発がん評価のため15〜21ヶ月齢で屠殺・全臓器病理検査を実施した。RAG2-/-由来腫瘍および野生型由来腫瘍の免疫原性を免疫能正常マウスへの腫瘍移植 (10^6細胞/マウス) によって比較した。IFN-γ非感受性肉腫細胞株 (RAD.gR28, RAD.gR30) にTAP1またはH-2Kb発現プラスミドをトランスフェクションして免疫応答を評価した。統計解析にはFisherの正確確率検定を用いた。マウスの系統はすべて129/SvEvバックグラウンドであり、RAG2-/-マウス、IFNGR1-/-マウス、STAT1-/-マウス、およびRAG2-/-×STAT1-/- (RkSk) マウスが使用された。