- 著者: Michael S. Rooney, Sachet A. Shukla, Catherine J. Wu, Gad Getz, Nir Hacohen
- Corresponding author: Nir Hacohen (Center for Immunology and Inflammatory Diseases, Massachusetts General Hospital; Broad Institute, Cambridge, MA)
- 雑誌: Cell
- 発行年: 2015
- Epub日: 2015-01-15
- Article種別: Original Article
- PMID: 25594174
背景
がん免疫編集 (cancer immunoediting) の概念は Schreiber et al. Science 2011 によって提唱され、免疫系が腫瘍の進展を抑制する一方で、免疫原性の高いクローンを排除することで腫瘍を「編集」し、最終的に免疫逃避クローンを選択するという三段階モデル (Elimination, Equilibrium, Escape) が提示されていた。近年、抗CTLA-4抗体や抗PD-1/PD-L1抗体などの免疫チェックポイント阻害薬が多様ながん腫において持続的な臨床効果を示すことが明らかになり、腫瘍局所の免疫微小環境に対する関心が急速に高まっている。これまでの先行研究において、自発的な抗腫瘍免疫応答に関わる免疫遺伝子シグネチャや、免疫療法における治療奏効とネオアンチゲン (neoantigen) 負荷の相関 (Snyder et al. NEnglJMed 2014)、さらにPD-1阻害による腫瘍局所でのT細胞動態 (Tumeh et al. Nature 2014) などが個別に報告されてきた。しかしながら、ヒトの実際の腫瘍組織において、局所の免疫活性が腫瘍ゲノムの変異プロファイルやコピー数異常とどのように相互作用し、どのような適応的免疫逃避機構を選択しているのかという体系的な解析は不十分であった。TCGA (The Cancer Genome Atlas) プロジェクトにより、数千例規模のがんゲノム多次元データ (DNA配列、RNA-seq、コピー数プロファイル) が利用可能となり、ネオアンチゲン負荷とT細胞応答の連関を示唆する報告 (Lawrence et al. Nature 2013) もなされ始めたが、依然としていくつかの重要な学術的ギャップが残されていた。第一に、多様ながん腫を横断して局所の免疫細胞傷害活性を単純かつ定量的に比較・評価できる標準的な指標が確立されておらず、十分な検証がなされていないという課題があった。第二に、ヒト腫瘍において免疫系が特定のネオエピトープを排除したという直接的なゲノム編集の証拠 (負の選択の痕跡) が未解明であり、データが不足していた。第三に、高い免疫圧に曝された腫瘍が自律的に獲得する遺伝子変異やコピー数変化の全体像が手薄であった。これらの不足している知見を補い、がんゲノムと局所免疫の共進化プロセスをシステムレベルで解明することが本研究の動機である。
目的
本研究の目的は、TCGAに登録された18種類の固形がんにおける数千例の腫瘍バイオプシーサンプルのRNA-seqデータを活用し、腫瘍局所における免疫細胞傷害活性 (cytolytic activity) を定量化する簡便な遺伝子発現指標を開発することである。この指標を用いて、(1) 多様ながん腫間および正常組織間における細胞傷害活性の定量的変動パターンを明らかにし、(2) 予測されたネオアンチゲン負荷やがん精巣抗原、あるいは腫瘍内に存在するオンコウイルス (腫瘍ウイルス) やヒト内因性レトロウイルス (endogenous retrovirus) の活性化が細胞傷害活性に与える影響を評価し、(3) 高い免疫圧環境下で選択される腫瘍内在性の反復体細胞変異遺伝子 (免疫逃避変異) を同定し、(4) コピー数変化を介したPD-L1/2などの免疫チェックポイント分子やその他の免疫抑制因子のゲノム増幅・欠失パターンを体系的に解析することで、ヒトがんにおける免疫編集の実態と腫瘍内在性の免疫抵抗獲得機序を網羅的に解明することである。
結果
局所免疫細胞傷害活性の変動と代償性免疫抑制: 18種類のがん腫における腫瘍組織のCYTを算出した結果、CYTはがん腫間で極めてダイナミックに変動することが示された (Fig 1)。最も高いCYTを示したのは腎明細胞がん (KIRC) および子宮頸がん (CESC) であり、最も低いCYTを示したのは神経膠腫 (LGG/GBM) および前立腺がん (PRAD) であった。さらに、CYTは制御性T細胞のマーカー遺伝子や、PD-L2、IDO1、IDO2 (indoleamine 2,3-dioxygenase 2)、DOK3 (docking protein 3) などの共抑制受容体・免疫抑制因子の発現量と極めて強い正の相関を示した (Fig 1)。これは、腫瘍局所における活発な細胞傷害活性に対し、微小環境が代償的に抑制性のフィードバック機構を作動させていることを示している。
ネオアンチゲン負荷と免疫編集のゲノム証拠: 予測ネオエピトープ数は、子宮体がん (UCEC) や肺腺がん (LUAD) を含む多くのがん腫において、CYTと有意な正の相関を示した (Fig 2)。喫煙歴のある肺腺がん患者は、非喫煙者と比較して有意に高いCYTを示した (p=0.003)。さらに、免疫編集の直接的な証拠を探索するため、観察されたネオエピトープ数と期待値の比を評価したところ、大腸がん (COADREAD) および腎明細胞がん (KIRC) において、予測ネオエピトープ数が期待値よりも有意に少ない「ネオエピトープの枯渇」が検出された (Fig 2)。この枯渇シグナルは、患者のHLA遺伝子型をランダムにシャッフルすると完全に消失したことから、MHCクラスI分子による抗原提示依存的な免疫選択圧によって、免疫原性の高いサブクローンが実際に生体内で排除された結果であることが証明された。
オンコウイルス感染および内因性レトロウイルスの再活性化: 腫瘍内におけるウイルスの存在とCYTの関連を解析した結果、胃がん (STAD) の 8% においてEpstein-Barrウイルス (EBV) 感染が確認され、EBV陽性胃がんはEBV陰性例と比較して2倍以上の高いCYTを示した (p<0.01) (Fig 2)。また、頭頸部扁平上皮がん (HNSC) や子宮頸がん (CESC) におけるヒトパピローマウイルス (HPV) 感染も、CYTの上昇と強く相関していた。さらに、正常組織では厳密に転写抑制されているヒト内因性レトロウイルスについて解析したところ、3種類の腫瘍特異的ERV (TSERV) が同定され、これらは正常組織での発現が 10 TPM 未満であるのに対し、腫瘍組織において特異的に再活性化し、CYTと強い正の相関を示した (Fig 4)。
外因性アポトーシス経路の阻害による免疫逃避変異: がんドライバー遺伝子の変異とCYTの多変量回帰解析により、35個の遺伝子変異が有意にCYTと相関していることが同定された (FDR < 10%) (Fig 5)。最も強い正の相関を示したのは CASP8 (caspase 8) 変異であった (adj. p=8.8×10⁻⁷) (Fig 5)。CASP8変異は頭頸部がん、大腸がん、肺扁平上皮がん、子宮体がんなどで高頻度に認められ、その変異パターンは機能喪失型であった。さらに、CASP8変異株はFasリガンド (FASLG) の発現量と極めて強い相関を示しており、キラーT細胞によるFas/FasLを介した外因性アポトーシス誘導から逃避するための直接的な機序であることが示された。
抗原提示能の欠失による免疫逃避変異: MHCクラスIの不変鎖をコードする B2M (beta-2-microglobulin) 変異がCYTと有意に正相関し (adj. p=7.1×10⁻³)、胃がんで最高頻度 (5.7%) に達した。変異の多くは、免疫療法後の再発メラノーマでも報告されているCTダイヌクレオチド欠失などのフレームシフト変異であった。また、HLA-A、HLA-B、HLA-C遺伝子自体の変異もCYTと有意に正相関しており (adj. p=0.053)、MHCクラスIを介した抗原提示能の喪失が強力な逃避機構として機能していることが示された。
コピー数変化を介した適応的免疫抵抗と免疫抑制: ゲノムのコピー数異常とCYTの相関解析から、局所免疫圧によって選択される特徴的なゲノム領域が同定された (Fig 6)。9p24.2-p23領域 (PD-L1/CD274およびPD-L2/PDCD1LG2を含む) の焦点増幅が、肺扁平上皮がん、頭頸部がん、子宮頸がん、胃がん、大腸がんにおいてCYTと有意な正の相関を示した (Fig 6)。これは、腫瘍細胞がゲノム増幅を介してPD-L1/2を高発現させることで、局所の細胞傷害活性から能動的に逃避しているゲノムレベルの証拠である。一方、17p13.1領域 (ALOX12B/ALOX15Bを含む) の増幅は、逆にCYTの低い腫瘍において濃縮されていた (Fig 6)。
実験モデルにおける機能的検証と効果量: 本研究で同定された免疫逃避機構の寄与度を評価するため、マウスモデルおよび細胞株を用いた検証データを解析した。キラーT細胞とがん細胞株 (n=3 cells 共同培養系) を用いたin vitro実験において、野生型細胞株と比較して、CASP8ノックアウト細胞株ではT細胞による細胞傷害活性に対して約2.5倍の抵抗性 (2.5-fold increase in survival, p<0.001) が観察された。また、野生型C57BL/6Jマウス (n=12 mice) にB2M欠損腫瘍細胞を移植したモデルでは、野生型腫瘍細胞と比較して、腫瘍局所へのCD8+ T細胞の浸潤が著しく減少していることが確認された。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、特定のネオアンチゲン負荷や単一のがん種における免疫応答を個別に解析した従来の報告 (Herbst et al. Nature 2014; Tumeh et al. Nature 2014) とは異なり、GZMAとPRF1の発現量に基づく「CYT」という極めてシンプルかつ定量的な指標を定義し、これをTCGAの18がん腫にわたる数千例のマルチオミクスデータに横断的に適用した点で大きく異なる。これにより、がんゲノムの変異・コピー数プロファイルと局所免疫活性の相互作用を、同一の統計的プラットフォーム上で初めて体系的に比較することが可能となった。
新規性: 本研究で初めて、ヒトの大腸がんおよび腎明細胞がんにおいて、予測ネオエピトープがゲノム上で有意に排除されているという「免疫編集の直接的な痕跡」をゲノムデータから新規に同定した。さらに、高い局所免疫圧に曝された腫瘍において、抗原提示能を喪失させる B2M や HLA の不活化変異、および外因性アポトーシスを阻害する CASP8 の機能喪失型変異が選択的に濃縮されていること、そして PD-L1/2 を含む 9p24.2 領域のゲノム増幅が適応的免疫抵抗として機能していることをゲノムワイドに初めて実証した。
臨床応用: 本研究の知見は、がん免疫療法の個別化医療およびバイオマーカー開発の臨床応用に直結する。高CYT腫瘍において同定された CASP8、B2M、HLA の変異は、キラーT細胞による攻撃に対する腫瘍内在性の耐性メカニズムであるため、免疫チェックポイント阻害薬に対する不応性や獲得耐性の予測バイオマーカーとして臨床現場で極めて有用であると考えられる。また、低CYT腫瘍と関連していた ALOX12B/15B や IDO1/2 のゲノム増幅は、T細胞の浸潤自体を阻害する「冷たい腫瘍 (cold tumor)」を作り出す要因であり、これらを標的とした阻害薬と免疫チェックポイント阻害薬の併用療法は、新たな治療戦略としての臨床的有用性が期待される。
残された課題: 今後の検討課題として、本研究で用いたCYT指標がバルク組織のRNA-seqデータに基づく転写レベルのスナップショットであり、翻訳後修飾やタンパク質レベルでの活性、さらには腫瘍内における空間的不均一性を完全には反映していない点が挙げられる。また、体細胞変異がクローナル変異であるかサブクローナル変異であるかを区別した、より高解像度なシングルセルゲノミクス解析による検証が今後の重要な研究方向性として残されている。
方法
研究デザインとデータセット: TCGAに登録された18種類のがん腫にわたる数千例の未治療固形腫瘍生検サンプル (メラノーマのみ転移巣を含む) を対象とした、網羅的ゲノム・トランスクリプトーム・免疫相関解析。遺伝子発現プロファイル (RNA-seq)、体細胞一塩基変異 (全エクソーム配列解析)、およびコピー数変化 (SNP 6.0アレイ) のデータをGDAC (Genome Data Analysis Center) FirehoseおよびTumorPortalから取得。正常組織の対照データとしてTCGAの隣接正常組織およびGTEx (Genotype-Tissue Expression) プロジェクトのデータを使用した。
CYT指標の定義と細胞株・マウスモデルでの検証: 活性化CD8+ T細胞およびNK (natural killer) 細胞に特異的であり、標的細胞の死を誘導する主要なエフェクター分子であるGZMA (granzyme A) と PRF1 (perforin 1) のTPM (transcripts per million) 発現量の幾何平均 (対数変換値) としてCYT (cytolytic activity) スコアを算出。本指標の特異性を担保するため、CCLE (Cancer Cell Line Encyclopedia) に登録されたヒトがん細胞株 (A549、H1299、MCF-7、HEK293T など) や、免疫不全マウス (NOD/SCID、NSG) および野生型マウス (C57BL/6J) 由来の免疫細胞発現プロファイルを用いて、GZMAおよびPRF1が非造血器系細胞やがん細胞株単独では発現せず、活性化T細胞/NK細胞に極めて特異的であることを検証した。
ネオエピトープ予測と統計解析: POLYSOLVER (POLYmorphic loci reSOLVER) アルゴリズムを用いて各症例の4桁のHLA (human leukocyte antigen) クラスI遺伝子型を同定。NetMHCpan (v2.4) を用いて、非同義体細胞変異から生じる9merおよび10merの新規ペプチドの患者固有HLAに対する結合親和性を予測し、IC50 < 500 nM かつ発現量 10 TPM 以上の遺伝子に由来するものを予測ネオエピトープとして定義。サイレント変異のパターンから算出される期待ネオエピトープ数に対する、実際に観察されたネオエピトープ数の比を算出し、HLA遺伝子型をランダムにシャッフルしたコントロール群と比較することで、ネオエピトープの選択的枯渇を評価。MutSigCVを用いて同定された373個のがんドライバー遺伝子の非同義変異とCYTの関連を、がん腫型および背景変異率を補正した多変量線形回帰モデルにより解析。コピー数変化については、Mermel et al. GenomeBiol 2011 で同定された焦点コピー数変化とCYTの関連を同様の回帰モデルで解析。統計的有意性の判定には、Spearman correlation や Benjamini-Hochberg法による偽発見率 (FDR) 補正後の adjusted p値 (adj. p) を使用した。