• 著者: Eszter Lakatos, Marc J. Williams, Ryan O. Schenck, William C. H. Cross, Jacob Househam, Luis Zapata, Benjamin Werner, Chandler Gatenbee, Mark Robertson-Tessi, Chris P. Barnes, Alexander R. A. Anderson, Andrea Sottoriva, Trevor A. Graham
  • Corresponding author: Trevor A. Graham (Barts Cancer Institute, Queen Mary University of London, UK); Andrea Sottoriva (Institute of Cancer Research, London, UK)
  • 雑誌: Nature Genetics
  • 発行年: 2020
  • Epub日: 2020-08-10
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 32929288

背景

腫瘍の新生抗原 (neoantigen) は、がん細胞内の非同義変異に由来するペプチドであり、T細胞免疫による認識の標的となる。これらは免疫療法応答性 (ICI応答・TIL浸潤) に関連する重要なバイオマーカーとみなされている。しかし、腫瘍の増殖過程において新生抗原がどのように産生・維持・除去されていくかという進化動態は、これまで定量的に理解されていないのが現状である。特に、「免疫編集 (immunoediting)」の強度、新生抗原密度がクローン拡大に与える選択圧、およびHLA LOHやβ2Mなど免疫回避機序との共進化関係は、単一時点のバルクシーケンスデータからは区別しにくいという課題があった。

先行研究では、免疫系が腫瘍の進化に大きな影響を与えることが示されており、免疫浸潤の予後予測価値や免疫療法の成功によって裏付けられている (Schumacher & Schreiber 2015, Sharma et al. Science 2015, Larkin et al. NEnglJMed 2015)。免疫編集は、抗原性細胞に対する免疫細胞の殺傷を指し、負の選択圧として機能する (Dunn et al. NatImmunol 2002)。また、腫瘍細胞は、新生抗原を認識または反応する免疫系の能力を阻害するメカニズムの進化において正の選択を受けることも知られている (DuPage et al. 2012)。これらの免疫回避メカニズムは、がんの進化における重要な要素であり、Hanahan et al. Cell 2011によって「がんの特性」の一つとして認識されている。

しかし、これらの研究にもかかわらず、増殖する腫瘍における新生抗原に対する負の選択の動態は未解明な点が多かった。特に、新生抗原が一般的な変異であるため、負の選択が広範囲に及ぶがんの進化は、一定の集団サイズにおける負の選択の古典的なモデルとは異なる進化レジームを代表する。さらに、免疫回避は選択を減少させることができ、腫瘍は増殖する集団であるため、これらの要因が新生抗原の進化動態にどのように影響するかについての理解が不足していた。本研究では、確率的数理モデルと大規模なゲノムデータを組み合わせることで、この知識ギャップを埋めることを目指した。

目的

増殖中の腫瘍における新生抗原の進化動態を確率的モデルで記述し、観察される変異頻度分布・新生抗原密度パターンから免疫編集の強度・腫瘍不均一性・免疫回避機構との相互作用を定量的に推定し、がん種・サブタイプ別の「免疫選択」の有無と強度を明らかにすることを目的とした。特に、免疫回避がない状況下での新生抗原のクローン性、高変異腫瘍の確立における免疫回避の役割、および負の選択圧下での体細胞変異のサイト頻度スペクトル (VAF分布) の特性を予測し、これらのモデル予測をヒトがんのゲノムデータで検証することを目指した。最終的には、免疫チェックポイント阻害剤 (ICI) 治療応答予測における腫瘍変異負荷 (TMB) 単独の限界を克服し、より精緻なバイオマーカー開発に繋がる知見を得ることを目指した。

結果

モデルは抗原ホットおよび抗原コールド腫瘍を予測: 構築した確率的腫瘍進化モデルは、新生抗原の蓄積の確率的性質により、同一パラメータでシミュレートされた腫瘍が「抗原ホット」と「抗原コールド」の2つの明確なグループに分かれることを予測した (Fig. 1b,c)。抗原ホット腫瘍は抗原スコアが1に近く、集団内のすべての腫瘍細胞が高い抗原性を持つことを示し、抗原コールド腫瘍では大部分の細胞が免疫原性変異を欠いていた。負の選択圧の増加は、抗原ホット腫瘍の観察確率を減少させた (Extended Data Fig. 1a)。また、新規に蓄積された新生抗原の抗原性分布は、低抗原性変異の濃縮を示し、最終的な抗原性値は指数関数的な分布を示した (Fig. 1d)。高変異腫瘍のシミュレーションでは、ほとんどの系統が急速に抗原ホットとなり、負の選択によって排除された (Fig. 1e)。検出可能なサイズまで生存した稀な腫瘍では、高頻度の新生抗原は存在しなかった (Extended Data Fig. 2a,b)。これらの結果は、負の選択がサブクローナル新生抗原が高頻度に達するのを防ぐことを示唆する。

免疫回避は抗原ウォーム腫瘍につながる: モデルは、免疫回避変異を獲得した腫瘍が「抗原ウォーム」腫瘍として出現することを予測した (Fig. 1f)。これらの腫瘍は、強い高頻度および/または複数のサブクローナル新生抗原を含んでいた。低変異率の場合、検出可能なサイズに達した腫瘍は免疫回避をほとんど進化させておらず、負の選択強度は最終腫瘍で観察されるサブクローナル新生抗原負荷と逆相関した (Fig. 1g)。高変異率の場合、系統は急速に新生抗原を蓄積し、負の選択によって絶滅に追いやられた。検出可能な腫瘍は、創始系統が確率的に免疫回避を獲得して「救済」された場合にのみ増殖し、高頻度の新生抗原負荷を持つ免疫回避腫瘍が排他的に観察された (Fig. 1h)。これらの結果は、免疫監視レベルと免疫編集の大きさの間に非線形な関係があることを示唆する。

免疫浸潤がんでは抗原ホットおよび免疫回避が観察される: TCGAのCRC、STAD、UCECのn=879症例の解析では、ほとんどの腫瘍 (90%) がクローナル新生抗原を持ち、抗原ホットと定義された (Supplementary Table 1)。腫瘍の変異抗原性分布は、T細胞浸潤レベルにかかわらず、低結合新生抗原に富んでいたが、高スコアの新生抗原のテールも含まれていた (Fig. 2b)。サブクローナル新生抗原負荷は癌種間で有意に異なり、低または中程度のT細胞浸潤を持つ癌は、高T細胞浸潤腫瘍よりもサブクローナル新生抗原が比例して少なかった (Fig. 2c)。これは、初期進化における免疫回避の重要な役割を示唆する。全体として、57%の癌が少なくとも1つの免疫回避メカニズムの証拠を示し、MMR (71%) およびPOLE (98%) 症例で有病率が増加した (Fig. 2d)。免疫回避を持つ腫瘍は、より高い新生抗原負荷を持ち、最も抗原性の高い腫瘍 (新生抗原負荷 > 100) は免疫回避型であった (Fig. 2e)。非高変異 (MSS) サンプルでも、免疫浸潤レベルの増加は免疫回避と強く関連していた (Fig. 2f)。MMR症例において、免疫回避のない癌では、高CCF (30-60%の細胞に存在) の新生抗原がより枯渇しており (Fig. 2g)、免疫編集が免疫回避のない高変異腫瘍のクローン構造を形成していることを示唆する。

サブクローナル免疫回避が局所新生抗原進化を形成: 多領域シーケンスされた大腸腫瘍データセットの解析では、HLA遺伝子座のLOHがn=10例中5例 (50%) の癌とn=6例中1例 (17%) の腺腫で検出された (Fig. 3a,b)。HLA LOHは、n=6例中4例で少なくとも1つのアレルでサブクローナルであった。モデルのシミュレーションでは、サブクローンは免疫回避後に新生抗原が比例して濃縮されると予測され (Fig. 3c)、これは以前の観察と一致する (McGranahan et al. Cell 2017)。原発腫瘍データでは、LOHのないクローンと比較して、回避クローンでは失われたアレルに関連する新生抗原の割合が有意に高かった (Fig. 3d)。これらの結果は、不均一な免疫介在性負の選択圧が腫瘍内の個々のサブクローンを形成しうることを確認する。免疫療法をモデル化したシミュレーションでは、能動的免疫回避を持つクローンは急速に縮小したが、受動的免疫回避を持つクローンは増殖を続けた (Fig. 3e)。

負の選択は中立的なVAF分布につながる: シミュレートされた腫瘍におけるサブクローナル変異頻度の分布を検討した結果、負の選択が強いほど、抗原性クローンは継続的に枯渇し、高頻度に増殖することは稀であった。したがって、ほとんどの高VAF変異は中立的なパッセンジャー変異であり、中立的な進化動態に従って特徴的な1/f依存性を示した (Fig. 4a)。負の選択強度が増加するにつれて、この現象は悪化し、より中立的なVAF分布が観察された (Fig. 4b)。新生抗原のみのVAF分布は、中立的な期待値と比較して枯渇を示した (Fig. 4a,bの赤線)。シミュレーションでは、VAF分布から負の選択を確実に検出するには非常に高い深度のシーケンスが必要であり、その有効性は新生抗原に対する選択強度に強く依存することが予測された (Fig. 4c,d)。TCGAコホートのプールされたデータでは、中程度のT細胞スコアを持ち、免疫回避の証拠がない癌において、すべての新生抗原および必須遺伝子内の新生抗原が他のゲノム領域と比較して枯渇していることが示された (Fig. 4f)。例えば、免疫回避のない低・中免疫浸潤TCGA MSS癌における新生抗原関連変異の累積VAF分布は、他のゲノム領域と比較して枯渇傾向を示した (p<0.001)。

比例新生抗原負荷は負の選択を測定する: 新生抗原の枯渇は免疫編集の確立されたシグネチャーである。シミュレーションでは、負の選択が強いほど、最終腫瘍で観察される新生抗原の割合が比例して減少した (Fig. 5a)。また、負の選択が強いほど、抗原性腫瘍では実効変異率が高くなることが示された (Fig. 5b)。TCGAのCRC、STAD、UCEC癌の解析では、全体的な比例新生抗原負荷に癌種による差は認められなかった (Extended Data Fig. 9a)。しかし、CCF < 0.6のサブクローナル変異の比例新生抗原負荷を比較すると、免疫回避のない癌ではサブクローナル比例負荷が低かったが、免疫回避のある癌ではシフトは検出されなかった (Fig. 5c)。これは、免疫介在性負の選択が免疫回避のない癌で作用していることと一致する。例えば、免疫回避のない癌におけるサブクローナル新生抗原負荷は、免疫回避のある癌と比較して有意に低かった (paired Wilcoxon test, p=0.023)。

考察/結論

本研究は、増殖する腫瘍における新生抗原の進化動態と免疫回避を、数理モデルと大規模ゲノムデータの統合によって定量的に解析した初の系統的解析である。

先行研究との違い: これまでの研究では、HLA LOHが多くの腫瘍で見られる現象として報告されていたが (Rosenthal et al. 2019, McGranahan et al. Cell 2017)、本研究は、それが免疫編集圧の「解除スイッチ」として機能することを進化動態的に裏付けた点が新しい。特に、免疫回避がない場合、腫瘍新生抗原はクローン性であるか低頻度で存在し、高変異腫瘍は免疫回避の進化後にのみ確立できるというモデル予測は、n=879例の結腸、胃、子宮内膜がんのWES/RNA-seqデータ解析によって裏付けられた。この知見は、従来の単一時点でのスナップショット解析とは異なり、腫瘍の進化経路全体を考慮した動的な理解を提供する。

新規性: 本研究で初めて、負の選択圧下では、腫瘍のVAF分布が実質的に中立的になることを示した。これは、抗原性クローンが継続的に枯渇し、高頻度には増殖しないため、VAF分布が中立的なパッセンジャー変異によって支配されるためである。この知見は、TMB単独での免疫療法反応予測の限界を浮き彫りにし、新生抗原品質 (クローナリティとHLA結合アフィニティ) が臨床的TMBを超えた予測因子となりうることを示唆する新規性がある。例えば、強い負の選択圧 (s=-1.2) 下では、新生抗原関連変異の累積VAF分布は、全変異の分布と比較して顕著な枯渇を示した (Fig. 4b)。

臨床応用: 本研究の知見は、免疫チェックポイント阻害剤 (ICI) 治療の臨床応用において重要な含意を持つ。HLA LOH陰性でサブクローナル新生抗原枯渇パターンを持つ腫瘍は、現行の免疫監視が機能している集団であり、ICI反応性が高い可能性がある。一方、HLA LOHを早期に獲得した腫瘍は、免疫療法単独では応答しにくく、HLA回復療法やNKT細胞活性化療法など、別の戦略が必要となる。また、免疫療法後に腫瘍の免疫ランドスケープが変化する可能性も示唆されており、次世代治療の選択に影響を与える可能性がある。例えば、抗PD-L1型免疫療法後のシミュレーションでは、能動的免疫回避を持つクローンは急速に縮小したが、受動的免疫回避を持つクローンは増殖を続けた (Fig. 3e)。

残された課題: 今後の検討課題として、空間的腫瘍不均一性 (multiregion sampling) での検証、T細胞受容体レパートリーとの統合解析、マイクロサテライト不安定性 (MSI) とミスマッチ修復欠損 (MMR) 下での特異的動態の解明、さらに治療介入 (ICI投与) 前後での進化動態比較などが挙げられる。また、モデルの簡略化により、T細胞の多様性や腫瘍微小環境の複雑な相互作用が完全に捉えられていないというlimitationも存在する。

方法

本研究では、腫瘍の増殖と変異蓄積を表現するための確率的分岐過程に基づく数理モデルを構築した (Fig. 1a)。このモデルでは、細胞の増殖、死滅、変異蓄積をシミュレートし、環境要因 (T細胞浸潤レベルなど) は新生抗原に対する選択圧の強度 (s) を定量化するパラメータとして暗黙的に記述された。細胞は単位時間あたり出生率 b=1 で2つの子孫細胞を産生し、変異は全体的な変異率 μ (ポアソン分布) で蓄積され、新生抗原は確率 p_a で、中立的なパッセンジャー変異は確率 1-p_a で割り当てられた。各抗原性変異には、指数分布からサンプリングされた抗原性値が割り当てられ、負の選択強度 s によって決定される死滅率の増加に寄与した。腫瘍の成長は、事前に定義された集団サイズ (臨床的に検出可能なサイズに相当) に達するか、検出可能なサイズに達することなく十分な時間が経過するまでシミュレートされた。

免疫回避の獲得もモデル化され、免疫回避変異は確率 p_e で発生し、その子孫細胞は免疫捕食に対する感受性が低下するとされた。能動的免疫回避 (PD-L1過剰発現など) と受動的免疫回避 (HLAアレル喪失など) の2種類が考慮された。治療介入は、能動的免疫回避の効果を打ち消し、新生抗原に対する負の選択圧 s を増加させることでシミュレートされた。

モデルパラメータは、広範囲の腫瘍免疫環境と実際の癌の表現型特性を代表するように選択された (Extended Data Fig. 7)。主なパラメータは、b=1、db=0.1、μ=1 (非高変異) および μ=10 (高変異)、-2 ≤ s ≤ 0、p_a=0.075、p_e=10⁻⁶ であった。細胞および変異の抗原性閾値は、T_c=0.5 および T_m=0.2 が使用された。

シミュレートされた腫瘍の変異スペクトルを評価するため、各シミュレーション終了時に、10⁵個の細胞のうち少なくとも10個の細胞に存在する変異が収集され、キャリア細胞数が報告された。実際のシーケンスデータにおける不完全な測定を考慮するため、CCF値は生の頻度値から計算されるか、指定されたリード深度でノイズを導入するシミュレートされたシーケンスステップを介して計算された。リード深度 D が与えられた場合、各頻度値 f は、パラメータ D と f を持つ二項分布からサンプリングされた新しい頻度 f’ = Binom(D, f)/D で置き換えられた。

TCGAデータ解析では、National Cancer Institute Genomics Data Commonsポータルから、結腸腺癌、直腸腺癌 (CRCとして統合)、胃腺癌 (STAD)、子宮体部子宮内膜癌 (UCEC) の合計n=879症例のWESおよびRNA-seqデータが取得された。Matched germline情報と原発腫瘍情報を持つ患者のみが対象とされ、ASCAT (version 2.5) を用いて腫瘍純度と全体的倍数性が評価された。純度0.4未満、倍数性3.6超のサンプルは除外された。HLAタイピングはPOLYSOLVER (Shukla et al. 2015) を用いて行われ、新生抗原はNeoPredPipe (Schenck et al. 2019) パイプラインを用いて予測された。T細胞浸潤レベルは、RNA-seqデータから12遺伝子シグネチャー (CCL2, CCL3, CCL4, CXCL9, CXCL10, CD8A, HLA-DOB, HLA-DMB, HLA-DOA, GZMK, ICOS, IRF1) を用いて算出された (Grasso et al. 2018)。

免疫回避メカニズムの評価には、HLAアレルまたはB2M遺伝子の体細胞変異、HLA遺伝子座のLOH (LOHHLAツールを使用、McGranahan et al. Cell 2017)、およびPD-L1またはCTLA-4の過剰発現がRNA-seqデータから評価された。変異アレル頻度 (VAF) および癌細胞分画 (CCF) は、変異のVAF、サンプル純度、およびコピー数から計算された。サブクローナル変異はCCF < 0.6の変異と定義された。統計解析はR v.3.5.0を用いて行われ、Mann-Whitney U検定、Wilcoxon符号順位検定、カイ二乗検定、Kolmogorov-Smirnov検定などが使用された。本研究は、後向きコホート研究デザインを採用し、主要評価項目として新生抗原の進化動態と免疫回避の関連性を評価した。