- 著者: Dunn GP, Bruce AT, Ikeda H, Old LJ, Schreiber RD
- Corresponding author: Robert D. Schreiber (Department of Pathology and Immunology, Center for Immunology, Washington University School of Medicine, St. Louis, MO, USA)
- 雑誌: Nature Immunology
- 発行年: 2002
- Epub日: 2002-11-01
- Article種別: Review
- PMID: 12407406
背景
がん免疫監視 (cancer immunosurveillance) の概念は20世紀半ばに免疫学の発展とともに体系化された。Paul Ehrlichは1909年に既に免疫系が「圧倒的な頻度で発生する可能性のある癌腫を抑制している」という考えを示した。1950年代にはMedawarらが細胞性免疫の同種移植拒絶における役割を明確にし、同系マウスでの化学発がん腫瘍移植拒絶実験が「腫瘍特異抗原」の存在を実証した。Burnet (1957, 1970) は「リンパ球が絶えず新生形質転換細胞を認識・排除する」という免疫監視概念を定式化し、Thomas (1959) は細胞性免疫の主機能が複雑な多細胞生物での組織恒常性維持にあると主張した。これらがBurnetとThomasによる「がん免疫監視仮説」の礎となった。
しかし1970年代初頭、Osias Stutman ら (1974) によるヌードマウス (胸腺欠損) を用いた広範な実験がこの仮説に根本的な疑問を提示した。0.1 mgのMCA (methylcholanthrene、メチルコランスレン) を注射して120日間追跡した実験では、野生型39匹中7匹が腫瘍を形成 (平均95日) したのに対しヌードマウスでは27匹中5匹 (平均90日) と差異がなく、観察期間を420日まで延長しても同様であった。Rygaard & Povlsen (1974) による10,800匹のヌードマウスを3〜7ヶ月追跡した大規模コホートでも自然発症腫瘍の差異は認められず、免疫監視概念は1978年頃までに実質的に放棄された。Prehn (1972) の「免疫刺激理論 (immunostimulation theory)」では免疫系が腫瘍増殖を促進しうるとさえ主張され、Hanahan et al. Cell 2000 の「がんの6つのホールマーク」においても自然免疫応答による腫瘍排除への言及は最小限であった。
先行研究において決定的に不足していたのは、完全リンパ球欠損を特異的に実現する遺伝子標的マウスモデルであり、この実験ツールの欠如が免疫監視仮説を科学的に再検証する機会を20年以上にわたり妨げていた。さらに、免疫系が単に腫瘍を排除するだけでなく腫瘍の免疫原性表現型そのものを選択・彫刻するという「腫瘍彫刻機能」の概念自体が不足しており、これが包括的な免疫編集フレームワーク確立を阻んでいた。ヌードマウスは機能的αβTCR陽性T細胞が残存し完全免疫欠損ではなく、SCIDマウスはDNA-PK欠損により腫瘍抑制機能自体も失われているという交絡があった。NK細胞・γδT細胞などの胸腺非依存性リンパ球集団の発見もヌードマウス実験後であり、これらの知見は当時の実験設計には組み込まれていなかった。RAG (recombination activating gene) 欠損マウスによって初めて、リンパ球のみを完全に欠損させたモデルが実現し、免疫監視仮説の再評価が可能となった。
目的
がん免疫監視の歴史的経緯・放棄・復活の全過程を整理し、免疫系の「保護機能 (host-protecting)」と「腫瘍彫刻機能 (tumor-sculpting)」を統合した「がん免疫編集 (cancer immunoediting)」という包括的概念を提唱する。Elimination (排除)・Equilibrium (平衡)・Escape (逃避) の「三つのE (three Es)」というフレームワークを提示し (Fig. 1)、免疫系と腫瘍の相互作用の分子・細胞動態を記述する統一モデルを構築する。
結果
ヌードマウス実験の方法論的限界と免疫監視仮説放棄の経緯:Stutmanが1970年代前半に実施した一連の実験は、当時の免疫学的理解の限界を反映していた。0.1 mgのMCAを出生時に皮下注射し120日後に評価した実験では、野生型対照 (n=39) 中7匹が腫瘍形成 (平均出現日95日) したのに対し、ヌードマウス (n=27) では5匹 (平均90日) と差異がなかった (Fig. 1の検討の前段)。異なる月齢・MCA投与量での反復実験でも420日追跡しても同様であり、Rygaard & Povlsenによるn=10,800のヌードマウスを3〜7ヶ月追跡した研究でも自然発症腫瘍に差は認められなかった。これらが免疫監視仮説放棄の主根拠となった。
しかし後年の知識により複数の根本的な方法論的欠陥が明らかになった。第一に、ヌードマウスは完全な免疫欠損ではなく機能的αβTCR陽性T細胞が検出可能である。第二に、CBA/H系統 (CBA/H inbred mouse strain) はアリール炭化水素ヒドロキシラーゼの高活性型アイソフォームを発現し、MCAの生体内活性化効率が非常に高く、高速度での腫瘍発生が免疫制御能を凌駕した可能性がある。第三に、3〜7ヶ月の観察期間はp53等の内因性腫瘍抑制システムが機能する条件下での自然発症腫瘍の顕在化には不十分であった。第四に、NK細胞やγδT細胞という胸腺非依存性リンパ球集団はこれらの実験後に発見された。SCIDマウスの実験も、DNA-PK欠損が免疫機能とDNA修復機能の両方を失わせるため腫瘍発生の解釈が困難であった。
IFN-γシグナリングによる外因性腫瘍抑制機構の分子的証明:1990年代後半から遺伝子標的マウスを用いた決定的実験が免疫監視を分子レベルで証明した。IFN-γ受容体欠損マウス (IFNGR1-/-) とSTAT1欠損マウスでは野生型と比較してMCA誘発腫瘍発生率が10-fold以上増加し (p<0.001、log-rank検定)、腫瘍潜伏期も有意に短縮した (Kaplan et al. 1998)。異なる遺伝的背景 (129/SvEv・C57BL/6・BALB/c) の複数の独立した実験で同様の結果が得られ、IFN-γシグナリングが自律的な外因性腫瘍抑制経路を構成することが確立された。IFN-γ欠損 (IFN-γ-/-) マウスはC57BL/6背景でびまん性リンパ腫の発生率増加、BALB/c背景では肺腺癌の低頻度発生を示した。p53欠損マウスとの交配ではIFN-γシグナリング欠損が腫瘍スペクトラムをさらに広げた。
パーフォリン欠損マウス (perforin-/-) でもMCA誘発肉腫の発生率が有意に増加し、未処置マウスでは自然発症びまん性リンパ腫の高頻度発生が認められ、p53+/-背景でさらに増強された。RAG-2欠損マウスとIFN-γ関連欠損マウスの四系統 (IFNGR1-/-、STAT1-/-、RAG-2-/-、RkSk複合欠損) を0.1 mg MCAで処置した比較実験では、各系統全てが野生型対照比約3倍多い化学誘発腫瘍を形成し、4系統間に有意差はなかった。ただしRkSk (RAG-2とSTAT1の二重欠損) マウスでは野生型やRAG-2-/-マウスでは認められない自然発症乳腺腫瘍が追加で出現し、二つの外因性腫瘍抑制経路の重複が完全ではないことを示した (Table 1、Fig. 1参照)。
RAG-2欠損マウスによる免疫監視の最終的証明と腫瘍免疫原性彫刻の発見:RAG-2はRAG-1と異なり非リンパ系には発現せず、RAG-2欠損マウスはT・B・NKT細胞を完全に欠損する一方でDNA修復機能を正常に保つ。この系統で初めて、DNA修復の交絡なく免疫の腫瘍抑制効果を評価できた。Shankaran et al. Nature 2001 によるMCA注射実験では、n=52の129/SvEv RAG-2-/- マウス中30匹が160日以内に肉腫を形成したのに対し、同系野生型 (n=57) では11匹にとどまった (p<0.01、log-rank検定)。特に注目すべきは自然発症腫瘍データであり、n=26のRAG-2-/- マウスを13〜24ヶ月加齢させると全例 (26/26) が腫瘍を発症し、主に腸管の腺腫 (n=8)・腺癌 (n=17)・肺腺癌 (n=1) であった。一方で同条件の野生型20匹中5匹のみが腫瘍を発症し、そのほとんどが良性であった。この結果はリンパ球が化学誘発肉腫だけでなく自然発症上皮性腫瘍の発症も抑制することを示す。
さらに決定的な知見は腫瘍免疫原性の彫刻である。RAG-2-/- マウス由来の20腫瘍のうち8例が免疫能正常129/SvEvマウスへの移植後に拒絶されたが、野生型由来の17腫瘍は高細胞数接種を含む全例 (17/17) が進行した。両群の腫瘍をRAG-2-/- 受容体マウスに移植すると同等の増殖動態を示し、固有の増殖差はなかった。免疫欠損環境で発生した腫瘍は「未編集」のままより高い免疫原性を維持していたことを示す (Fig. 1b参照)。ヌードマウス・SCIDマウス由来のMCA肉腫でも同様に、野生型移植宿主への移植後により高頻度に拒絶が認められた。TCR Jα281-/- マウス (NKT細胞サブセット欠損) 由来の2腫瘍は野生型宿主では緩徐に増殖したが、TCR Jα281-/- 宿主では同等に増殖した。パーフォリン-/- マウス由来リンパ腫はパーフォリン-/- 宿主には旺盛に増殖したが、野生型宿主では多数が拒絶された。
T細胞サブセット別の腫瘍監視機能の多様性:αβT細胞欠損マウス (TCR β鎖欠損) とγδT細胞欠損マウス (TCR δ鎖欠損) の双方でMCA誘発線維肉腫・紡錘細胞癌の発生率が野生型より増加した。DMBA/TPA誘発皮膚腫瘍モデルでは、γδT細胞欠損マウスでのみ腫瘍発生増加と乳頭腫から癌腫への悪性進行率増加が認められ、αβT細胞欠損マウスでは差異がなかった。この結果は免疫監視が腫瘍の起源細胞種・形質転換機構・解剖学的局在によって異なるエフェクター集団を要求する不均一なプロセスであることを示す (Table 1参照)。NK細胞・NKT細胞・IL-12欠損またはその抗体による枯渇実験も一致してMCA誘発肉腫の感受性増大を示した。
三つのEの分子・細胞機構モデル:著者らはこれらのデータを統合し三相モデルを提唱した (Fig. 1、Fig. 2)。(1) Elimination (排除) 相 (Fig. 1a、Fig. 2a-d):固形腫瘍が浸潤増殖と血管新生を開始すると、組織炎症シグナルがNK・NKT・γδT細胞・マクロファージ・DC (dendritic cell、樹状細胞) を腫瘍部位に動員する (Fig. 2a)。これらのリンパ球がIFN-γを産生し、IFN-γはCXCL10 (IP-10)・CXCL9 (MIG)・CXCL11 (I-TAC) などの血管新生抑制ケモカインを誘導して腫瘍を間接的に障害する (Fig. 2b)。腫瘍壊死細片はDCに取り込まれてリンパ節へ輸送され、IFN-γ産生TH1型CD4+ T細胞、続いてCD8+ CTL (cytotoxic T lymphocyte) の分化を促進する (Fig. 2c)。最終的にCTLが残存腫瘍細胞を排除する (Fig. 2d)。(2) Equilibrium (平衡) 相 (Fig. 1b):Elimination相を生き延びた腫瘍変異体が免疫制御下に抑制される動的均衡状態。リンパ球とIFN-γが十分な選択圧をかけながらも腫瘍を完全に根絶できず、遺伝的不安定な腫瘍細胞の中から免疫抵抗性を持つ新たな変異体が逐次選択されるDarwinian進化が進行する。この期間が三相の中で最も長く、ヒトでは年単位・十年単位に及ぶ可能性がある。(3) Escape (逃避) 相 (Fig. 1c):Equilibrium相で獲得した免疫回避変異を持つ変異体が免疫制御を突破し、臨床的悪性疾患として顕在化する。IFN-γシグナリング喪失 (受容体変異・STAT1欠損)、MHC クラスI発現低下、腫瘍抗原喪失が主要な逃避機構として同定されている。
ヒトがんにおける免疫編集の臨床的証拠:免疫抑制を要する臓器移植患者のがんリスク解析が重要な証拠を提供した。シンシナティ移植腫瘍登録 (1968-1995) ではde novoメラノーマが移植患者で一般人口比約2倍増加し、小児移植患者では0.3〜0.4%の一般発生率に対し4%と顕著に高かった。Pittsburgh大学の608例の心臓移植患者 (1980-1993) では肺腫瘍の有病率が一般人口比25倍高かった。オーストラリア・ニュージーランドの925例腎移植コホート (1965-1998) では大腸・膵・肺・内分泌腫瘍・メラノーマのリスク増加が記録された。スカンジナビアの5,692例腎移植コホート (1964-1986) でも同様の結果が得られた。TIL (tumor infiltrating lymphocyte、腫瘍浸潤リンパ球) と予後の関係では、500例超の皮膚メラノーマ患者で縦増殖相のTIL浸潤強度 (brisk・nonbrisk・absent) が予後を独立して予測し、brisk群はabsent群より1.5〜3倍長い生存を示した。この予後相関は3,400例超の乳癌・膀胱癌・大腸癌・前立腺癌・卵巣癌・直腸癌でも独立して確認されており、CD8+ T細胞が関連リンパ球集団として同定された。
考察/結論
本論文が確立したがん免疫編集 (cancer immunoediting) の概念は、免疫系の保護機能と腫瘍彫刻機能という二重の役割を統一的に包含する点でこれまでの研究と異なる根本的な視座を提供した。従来の免疫監視仮説が「初期変換細胞の排除」のみを想定していたのに対し、本概念は免疫系が腫瘍の免疫原性表現型を積極的に選択・整形するという腫瘍彫刻機能を対照的に明示した点が最大の概念的革新である。免疫欠損マウス由来腫瘍が免疫能正常宿主への移植で高頻度に拒絶されるという直接的証拠は、既報のどの研究でも系統的に示されておらず、本研究で初めて免疫選択圧による腫瘍免疫原性の彫刻を実験的に立証した。
本論文の臨床的含意は直接的かつ広範である。第一の臨床応用は、p53・BRCA1・APC・RASなどの既知がん遺伝子異常と免疫監視機能の交互作用の再評価であり、これらの変異によるゲノム不安定性増大が腫瘍抗原多様性と免疫回避機構獲得の両方を促進する可能性がある。第二は、免疫欠損モデルを用いた既知発がん性物質の再試験の必要性であり、免疫能動物のみで評価された化合物が真の発がん性を持つ可能性を示す。第三は、加齢に伴う免疫機能低下 (免疫老化) と発がんリスク増大の関係解明という臨床現場に直結する課題であり、高齢者での腫瘍発生率増大に免疫編集能の低下が寄与する可能性を探索することが重要である。第四は、腫瘍の「編集度合い」を定量化する臨床バイオマーカーの開発であり、これは後のネオ抗原量・TIL密度・TIM (tumor immune microenvironment) スコア・TMB (tumor mutational burden) などを統合した分類体系に発展した。本論文で提唱された腫瘍免疫原性の彫刻という概念は、後のネオ抗原同定に基づく治療的がんワクチン開発の理論的基盤を提供しており (Jou et al. ClinCancerRes 2021)、Escape相の機序解明はワクチンプラットフォームの合理的設計に直結している。
現代的な展望として、本論文で確立された三つのEは免疫腫瘍学のあらゆる分野の基礎概念として定着している。PD-1/PD-L1チェックポイント阻害療法の臨床的成功は、Escape相の腫瘍が活性化されたT細胞による免疫応答を受けながらもPD-1/PD-L1軸によって機能抑制されるという免疫編集の概念に沿って理解できる。これは bench-to-bedside の最も成功した例の一つである。一方で、免疫砂漠型 (immune desert) のTIMEや免疫編集が進みすぎて腫瘍抗原を完全に喪失した腫瘍では単純なチェックポイント阻害の効果が限定的であり、抗原性回復 (ワクチン・放射線・化学療法との組み合わせ) や骨髄球系細胞再プログラミングなどの別のアプローチの必要性も本論文の三相モデルから導出できる。
残された課題として著者らは:(1) Equilibrium相の正確な期間・分子マーカー・治療的介入タイミングの同定、(2) 免疫回避メカニズムの多様性と腫瘍ゲノム不安定性の統合的理解、(3) 腫瘍の「編集度」を臨床的に評価する手法の開発を明示している。今後の検討として、Equilibrium相への積極的介入 (例:ワクチン・サイトカイン投与・NK細胞活性化) による予防的免疫監視強化の実用化も重要課題として位置づけられる。limitation として本論文はマウスモデルと臨床疫学データの統合に基づく概念提唱であり、Equilibrium相を直接可視化・証明した実験データは発表時点では存在せず、今後のmore mechanistic な研究が必要であると著者らは認識している。本論文が提唱した三つのEのフレームワークは2002年の発表から20年以上を経た現在においても免疫腫瘍学研究の中心的参照枠として位置づけられており、future research の方向性を今なお規定し続けている。
方法
該当なし (Review)。PubMed/MEDLINEを主要文献データベースとして、1900年代初頭から2002年までのがん免疫監視・免疫編集に関する遺伝子欠損マウスモデル実験、腫瘍移植実験、臨床疫学データを包括的に統合した文献レビューである。参照された個々の実験研究では、Kaplan-Meier法による腫瘍無発生生存曲線の描出、log-rank検定による群間有意差の評価、chi-square検定による腫瘍発生率の群間比較が用いられている。主要な実験系として参照されるモデルは以下の通り:RAG-2欠損マウス (T・B・NKT (natural killer T) 細胞欠損)、IFN-γ受容体 (IFNGR1) 欠損マウス、STAT1欠損マウス、パーフォリン欠損マウス、TCR Jα281欠損マウス (NKT細胞欠損)、αβT細胞欠損マウス、γδT細胞欠損マウスを用いたMCA誘発化学発がんモデルおよびDMBA (7,12-dimethylbenz[a]anthracene)/TPA (12-O-tetradecanoylphorbol-13-acetate) 誘発皮膚腫瘍モデル、さらに自然発症腫瘍モデルが参照される。実験データはTable 1に免疫欠損マウス種別の腫瘍感受性として整理されている。臨床データとして、シンシナティ (1968-1995)・スカンジナビア (1964-1986)・オーストラリア・ニュージーランドの移植レジストリデータ、および各種がん種における腫瘍浸潤リンパ球 (TIL) と予後の相関研究 (500例以上のメラノーマ患者、3,400例以上の多がん種コホート) が用いられている。