• 著者: Andrew T. Parsa, James S. Waldron, Amith Panner, Courtney A. Crane, Ian F. Parney, Jeffrey J. Barry, Kristine E. Cachola, Joseph C. Murray, Tarik Tihan, Michael C. Jensen, Paul S. Mischel, David Stokoe, Russell O. Pieper
  • Corresponding author: Andrew T. Parsa (Department of Neurological Surgery, University of California San Francisco)
  • 雑誌: Nature Medicine
  • 発行年: 2007
  • Epub日: 2006-12-10
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 17159987

背景

glioblastoma multiforme (GBM) は米国で年間約20,000人を罹患させる最も悪性度の高い神経膠腫であり、5年生存率は2%未満と極めて予後不良である。従来の手術、放射線療法、化学療法では予後改善が乏しく、免疫療法が実験的な選択肢として注目されていた (Pardoll & Allison, 2004)。しかし、悪性神経膠腫は強い免疫抵抗性および免疫抑制を示し、T細胞療法の有効性を妨げる主要因となっていた。腫瘍細胞が免疫系から逃れるメカニズム、すなわち免疫回避は、腫瘍の進行において重要な役割を果たすと考えられている (Dunn et al. NatImmunol 2002)。

B7ホモログ1 (B7-H1)、別名プログラム細胞死リガンド1 (PD-L1、CD274) は、T細胞表面のPD-1を介して細胞性免疫を抑制する免疫抑制性リガンドである。健常組織ではCD274遺伝子の転写産物は発現するものの、B7-H1タンパク質の発現は極めて低い水準にとどまることが知られていた (Dong et al. NatMed 1999; Dong et al. NatMed 2002)。対照的に、B7-H1はGBMを含む様々な固形腫瘍で高発現しており (Wintterle et al., 2003)、これは発癌過程のいずれかの段階でCD274転写産物の翻訳が増加することを示唆していた。しかし、発癌経路の活性化とB7-H1タンパク質発現を結びつける具体的な分子機構は未解明であった。

一方、ホスファターゼ・テンシンホモログ (PTEN) は、神経膠腫で頻繁に機能喪失変異や欠失を受ける腫瘍抑制因子である。PTENはホスファチジルイノシトール-3-OHキナーゼ (PI3K)-Akt経路の負の制御を担い、その機能喪失はAkt経路の恒常的活性化を招くことが知られている (Vivanco & Sawyers, 2002)。PI3K-Akt-mTOR経路は、S6K1 (ribosomal protein S6 kinase 1) の活性化などを介して翻訳制御に深く関与することが報告されていた (Blume-Jensen et al. Nature 2001)。これらの背景から、PTEN機能喪失によるPI3K-Akt経路の活性化がB7-H1タンパク質の発現上昇に寄与し、神経膠腫の免疫抵抗性を高める可能性が考えられたが、その具体的な分子メカニズム、特に翻訳レベルでの制御に関する知見は不足していた。

目的

本研究の目的は、神経膠腫におけるPTEN欠失(または変異PTENによるPI3K-Akt経路活性化)がB7-H1タンパク質発現を上昇させるかを検証することである。もし上昇させるのであれば、以下の点を明らかにすることを目指した。(i) B7-H1発現の制御が転写レベルと翻訳後レベルのいずれで起こるのか、(ii) PI3K-Akt経路の下流にあるS6K1とeIF4Eのどちらが翻訳制御に関与するのか、(iii) PTENの状態によって神経膠腫細胞のT細胞傷害感受性がどのように変化するのか。さらに、原発性GBM検体においてPTEN機能喪失とB7-H1発現の相関を検証し、これらの知見が神経膠腫の免疫療法における臨床応用可能性について考察することを目的とした。具体的には、PTEN欠損によるAkt経路の活性化がB7-H1の翻訳を促進し、結果としてB7-H1タンパク質の発現が増加することでT細胞による傷害に対する免疫抵抗性が高まるという仮説を検証する。

結果

Akt活性化がB7-H1タンパク質発現を誘導: 正常ヒトアストロサイト (NHA) にhTERT単独、またはhTERTとE6/E7を導入した細胞ではB7-H1タンパク質発現はほぼ陰性であった (n=3 replicates)。しかし、Ras単独活性化、Akt単独活性化、あるいはRasとAktの同時活性化と段階的にB7-H1の細胞表面発現が上昇し、特にRasとAktの二重活性化で最大値を示した (p<0.05)。一方、CD274 mRNAレベルはAkt活性化の有無にかかわらず有意差は認められなかった (p=0.81)。この結果は、AktがB7-H1タンパク質発現を転写後レベル、特に翻訳制御を介して誘導することを示唆した (図1a)。

PTENの状態とB7-H1タンパク質発現の相関: PTEN野生型の神経膠腫細胞株 (SF767) と比較して、PTENの欠失または変異を持つ神経膠腫細胞株(SF126、SF210、U87、U251、U373、n=5 cell lines)の方がB7-H1タンパク質発現が有意に高かった (p<0.001、Scheffé/ANOVA)。U87細胞へのPTENのレトロウイルスによる復元、またはAkt阻害剤 (Akt inhibitor III) による処理はB7-H1タンパク質発現を低下させた。逆に、4-HTによるAkt活性化の誘導はB7-H1タンパク質発現を上昇させた。さらに、PI3K阻害剤であるwortmannin、およびmTOR阻害剤であるrapamycinもB7-H1タンパク質発現を低下させ、PI3K-Akt-mTOR経路がB7-H1発現制御に関与することを裏付けた (図2a-c)。Akt阻害剤処理後24時間でB7-H1発現が約50%減少した (図2a)。

ポリソーム解析による翻訳制御の証明: PTEN欠失またはAkt活性化により、CD274転写産物の翻訳活性なポリソーム画分への動員が選択的に増加した (p<0.05)。これは、PTEN機能喪失がB7-H1タンパク質レベルを翻訳制御を介して変化させるという仮説と一致する。PI3K-Akt-mTOR経路が翻訳制御を促進するメカニズムとして、S6K1の活性化とeIF4E結合タンパク質のリン酸化が知られている。S6K1の過剰発現はB7-H1タンパク質を約2.5-fold上昇させ、CD274 mRNAをポリソームにシフトさせたが、eIF4Eの過剰発現はB7-H1タンパク質発現に影響を与えなかった (n=3 experiments)。また、rapamycinによるmTOR阻害はポリソームに結合したCD274 mRNAの量を約40%低下させ、B7-H1の翻訳制御がPI3K-Akt-mTOR-S6K1経路を介して行われることを確認した (図3c-e)。

CD274 5’UTRの制御要素: CD274の5’非翻訳領域 (5’UTR) を含むレポーターコンストラクトを用いた解析では、U87細胞へのPTEN復元によりレポーター遺伝子の発現が低下し、S6K1の活性化により発現が上昇した。CD274 5’UTRにはS6K1による翻訳制御に関与する典型的な5’末端オリゴピリミジン配列 (TOP配列) は存在しない。しかし、推定される調節モチーフ (5’-GCCGCGCTTCTGTCCGCC-3’) を欠損させたCD274 5’UTRの削除変異体では、これらの効果が消失した。このことは、この特定の配列がB7-H1の翻訳制御において重要な役割を果たす可能性を示唆している (Supplementary Fig. 3)。

原発性GBM検体での検証: 原発性GBM標本の免疫組織化学染色により、PTEN欠損 (PTEN-/-) 検体はPTEN野生型検体と比較して、p-Akt、p-S6K1、およびB7-H1の強発現を示す傾向が認められた (n=6 patient samples)。この結果は、in vitroでの知見と整合しており、PTEN機能喪失が臨床GBMにおけるB7-H1発現上昇とAkt経路活性化に関連することを示唆した (図2d, e)。

機能的免疫抵抗性: IL-13Rα2特異的T細胞 (2D7) による殺傷アッセイにおいて、PTEN欠損U87細胞はT細胞傷害に対して耐性を示した。一方、野生型PTENを導入したU87細胞やPTEN野生型SF767細胞はT細胞傷害に感受性を示した。PTEN復元U87細胞やSF767細胞にB7-H1を強制発現させると、再びT細胞傷害に対する耐性が回復した (n=3 experiments)。さらに、PTEN欠損神経膠腫細胞において、Akt阻害剤、B7-H1またはPD-1に対するブロッキング抗体、およびB7-H1 siRNAによる処理は、いずれもT細胞による殺傷を統計学的に有意に増強した (p<0.05)。例えば、B7-H1 siRNA処理によりカスパーゼ-6活性化が約30%増加した (図4c)。これらの機能データは、PTEN機能喪失と免疫抵抗性の間にB7-H1タンパク質発現が部分的に介在するという関連性を強く支持するものであった (図4a-c)。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、腫瘍細胞内在性の発癌シグナル伝達経路、すなわちPTEN機能喪失に起因するPI3K-Akt-mTOR-S6K1経路の活性化が、免疫チェックポイントリガンドであるB7-H1 (PD-L1) の発現を翻訳レベルで上昇させ、結果としてT細胞傷害に対する免疫抵抗性をもたらすことを、最初期に示した先駆的な研究である。本論文発表当時、PD-L1の発現制御は主にIFN-γなどの炎症性サイトカインによる転写誘導(適応性抵抗性)が中心的なメカニズムと考えられていた。しかし、本研究は腫瘍細胞自律的な「内在性(intrinsic)/発癌性(oncogenic)」PD-L1発現上昇という新規の概念を確立し、これまでのPD-L1発現制御に関する理解とは対照的に、その後のMYC、KRAS、EGFR、STK11/LKB1、JAK/STAT経路とPD-L1発現の関係に関する多数の研究を導いた点で、極めて新規性が高い。

新規性: 本研究で初めて、PTEN機能喪失がPI3K-Akt-mTOR-S6K1経路を介してB7-H1の翻訳を促進し、その結果、B7-H1タンパク質の発現が増加することでT細胞による傷害に対する免疫抵抗性が高まるメカニズムを新規に同定した。この翻訳制御メカニズムは、B7-H1の5’UTR内の特定の配列によって媒介される可能性が示唆された。

臨床応用: 本研究の知見は、神経膠腫および他の癌種における治療戦略に臨床応用される可能性を秘めている。第一に、PTENの状態がPD-1/PD-L1阻害療法のバイオマーカー候補となりうることを示唆する。PTEN機能喪失を有する腫瘍は、B7-H1発現が高く、T細胞傷害に抵抗性を示すため、PD-1/PD-L1阻害薬に対する反応性が低い可能性がある。実際、ニボルマブとイピリムマブ併用療法のメラノーマ解析では、PTEN機能喪失が抵抗性と関連することが後年報告されている。第二に、PI3K/Akt/mTOR阻害薬と免疫チェックポイント阻害薬の併用戦略の合理性を示す。Akt経路を阻害することでB7-H1発現を低下させ、T細胞による殺傷を増強できる可能性が示された。第三に、PTEN機能喪失を持つ神経膠腫では、IL-13Rα2 CAR-T細胞療法や抗PD-1抗体単剤の効果が限定的になりうることを示唆する。これらの知見は、臨床現場での個別化医療の推進に貢献する可能性がある。

残された課題: 残された課題として、本研究が主にin vitro実験に基づいている点が挙げられる。in vivoの神経膠腫モデルを用いた免疫療法の効果検証が必要である。また、臨床GBM患者におけるPTENの状態と抗PD-1抗体治療への応答との前向きな関連性検証が今後の検討課題である。さらに、B7-H1の翻訳制御を担う5’UTR内の推定される調節モチーフの詳細な分子メカニズム解析も必要である。神経膠腫自体は抗PD-1単剤療法の臨床効果が限定的であったが、本論文で確立された概念枠組みは、パンキャンサーにおける免疫チェックポイント制御研究の起点として、現在も多数の論文で引用される歴史的論文である。

方法

細胞株と培養: 正常ヒトアストロサイト (NHA) をhTERTで不死化し、さらにE6/E7、Ras、Akt遺伝子を導入して段階的に形質転換させた一連の細胞株を用いた。また、PTENの状態が既知のヒト神経膠腫細胞株(PTEN野生型:SF767;PTEN変異/欠失:SF126、SF210、U87、U251、U373)を使用した。細胞株および初代培養細胞は、UCSF脳腫瘍研究センターからインフォームドコンセントを得て入手した。IL-13Rα2特異的細胞傷害性T細胞 (2D7) はCity of Hope Medical Centerから入手し、IL-2を含む培地で培養した。

B7-H1発現およびmRNA解析: B7-H1の細胞表面発現はフローサイトメトリー (FACS Caliber Flow Cytometer) を用いて測定した。CD274転写産物レベルはTaqman RT-PCR法により定量し、GAPDHで標準化した。総タンパク質およびポリソーム画分におけるCD274 mRNAの存在量は、ショ糖密度勾配遠心分離による分画後、RNA抽出およびRT-PCRにより解析した。タンパク質発現はウェスタンブロット法により評価し、α-チューブリンをローディングコントロールとして用いた。ノーザンブロット解析も実施し、B7-H1およびGAPDHプローブを用いてRNA発現を評価した。

シグナル経路操作: Akt活性化の誘導には、タモキシフェン誘導性Aktを発現するU87 AktER細胞を100 nMの4-ヒドロキシタモキシフェン (4-HT) で処理した。Akt阻害には50 µMのAkt inhibitor IIIを、PI3K阻害にはwortmanninを、mTOR阻害には100 nMのrapamycinをそれぞれ使用した。U87細胞へのPTENのレトロウイルスによる復元、S6K1またはeIF4Eの過剰発現、およびCD274 5’UTRレポーターアッセイも実施した。B7-H1の発現抑制には、B7-H1を標的とするsiRNAまたはスクランブルsiRNAをU251細胞にトランスフェクションした。siRNAのセンス配列は5’-CCUACUGGCAUUUGCUGAACGCAUU-3’であった。

T細胞傷害性アッセイ: IL-13Rα2特異的細胞傷害性T細胞 (2D7) と、U87、PTEN復元U87、SF767、およびB7-H1強制発現細胞を1:1の比率で共培養し、カスパーゼ-6活性化を指標に細胞傷害効率を測定した。細胞傷害性はCytoxilux Plus! Kitを用いて評価した。ブロッキング実験では、B7-H1またはPD-1に対するモノクローナル抗体、あるいはAkt阻害剤をT細胞と標的細胞の共培養系に添加した。

臨床検体の解析: 原発性GBM患者から得られた凍結切片およびホルマリン固定パラフィン包埋組織検体を用いて、免疫組織化学 (IHC) 法によりリン酸化Akt (p-Akt)、リン酸化S6K1 (p-S6K1)、およびB7-H1の発現を検出した。PTENの状態は野生型PTEN抗体を用いて決定し、これらのタンパク質発現との相関を解析した。

統計解析: 全てのデータは3回の独立した実験から収集された。統計的有意差は、分散分析 (ANOVA) またはScheffé検定を用いて決定し、p<0.05を有意とした。エラーバーは標準偏差 (s.d.) を示す。