- 著者: Yanshuo Chu, Enyu Dai, Yating Li, Guangchun Han, Guangsheng Pei, Davis R. Ingram, Krupa Thakkar, Jiang-Jiang Qin, Minghao Dang, Xiuning Le, Can Hu, Qing Deng, Ansam Sinjab, Pravesh Gupta, Ruiping Wang, Dapeng Hao, Fuduan Peng, Xinmiao Yan, Yunhe Liu, Shumei Song, Shaojun Zhang, John V. Heymach, Alexandre Reuben, Yasir Y. Elamin, Melissa P. Pizzi, Yang Lu, Rossana Lazcano, Jian Hu, Mingyao Li, Michael Curran, Andrew Futreal, Anirban Maitra, Amir A. Jazaeri, Jaffer A. Ajani, Charles Swanton, Xiang-Dong Cheng, Abbas HA, Maura Gillison, Krishna Bhat, Alexander J. Lazar, Michael Green, Kevin Litchfield, Humam Kadara, Cassian Yee, Linghua Wang
- Corresponding author: Cassian Yee (Department of Melanoma Medical Oncology, The University of Texas MD Anderson Cancer Center, Houston, TX, USA); Linghua Wang (Department of Genomic Medicine, The University of Texas MD Anderson Cancer Center, Houston, TX, USA)
- 雑誌: Nature medicine
- 発行年: 2023
- Epub日: 2023-05-29
- Article種別: Original Article
- PMID: 37248301
背景
腫瘍浸潤リンパ球である TIL (tumor-infiltrating lymphocyte) は、がん免疫療法において極めて重要な役割を果たす。特に、キメラ抗原受容体を用いた CAR (chimeric antigen receptor) T細胞療法、TIL療法、および免疫チェックポイント阻害である ICB (immune checkpoint blockade) 療法などの臨床応用において、腫瘍微小環境である TIME (tumor microenvironment) 内の T細胞の機能状態や不均一性が治療効果を決定づける主要因子となる。
単一細胞RNAシーケンスである scRNA-seq (single-cell RNA sequencing) 技術の進歩により、TIME内の細胞状態に関する理解は飛躍的に向上した。先行研究である Tirosh et al. Science 2016 や Azizi et al. Cell 2018、さらに Zheng et al. Science 2021 などは、がん種横断的なT細胞の機能状態や疲弊化プロセスを報告してきた。しかし、これまでの大規模解析においても、TILの極めて高度な不均一性を完全に捉え切るにはデータ規模や組織解像度が不足していた。
特に、T細胞における熱ショックタンパク質などのストレス関連遺伝子の発現は、酵素処理や組織解離プロセス中に生じる人工的なアーティファクトとして処理され、解析から除外されることが多かった。そのため、生体内に真に存在するストレス応答性T細胞状態の有無やその臨床的意義は未解明のままであった。また、既存のpan-cancer TIL研究は特定の治療条件や組織型に偏っており、免疫療法耐性に関連する新規T細胞サブセットを同定するためのデータ量や空間的検証が決定的に不足していた。本研究は、これらの知識ギャップを解消し、治療耐性を駆動する未知のT細胞状態を同定することを目指した。
目的
本研究の目的は、16がん種にわたる30万個以上のT細胞シングルセルデータを統合した史上最大規模のpan-cancer T細胞アトラスを構築することである。これにより、これまで組織解離アーティファクトとして見過ごされてきた熱ショック遺伝子高発現を特徴とする新規のストレス応答性T細胞である TSTR (stress response T) 細胞を同定し、その空間的実体を複数の独立した空間トランスクリプトミクスプラットフォームを用いて生体内で実証する。さらに、大規模な臨床コホートおよびICB治療前後のペアサンプルを用いて、TSTR細胞の存在比率や遺伝子発現変動が免疫療法に対する治療耐性や患者の予後とどのように関連しているかを明らかにし、新たなバイオマーカーや治療標的としての臨床的有用性を検証する。
結果
CD8+ T細胞における14の転写状態と分化軌跡: 16がん種にわたる308,048個のT細胞の統合解析により、CD8+ T細胞は14の異なる転写状態に分類された。これにはナイーブ様 (TN)、移行期エフェクター (t-TEFF)、エフェクター (TEFF)、セントラルメモリー (TCM)、組織常在メモリー (TRM)、ストレス応答 (TSTR)、インターフェロン応答 (TISG)、老化様 (TSEN)、前駆疲弊 (p-TEX)、および終末疲弊 (TEX) が含まれる (Fig. 2a)。Monocle 3 を用いた擬似時間軌跡解析では、TNから出発し、TEFFへと至る経路、p-TEXを経てTEXへと至る経路、そしてTSTRへと分岐する3つの主要な分化経路が示された (Fig. 2g)。
CD4+ T細胞における12の転写状態と多様性: CD4+ T細胞においては12の異なる転写状態が同定された。これには TN、濾胞性ヘルパーT (TFH)、17型ヘルパーT (TH17)、TCM、制御性T (Treg)、細胞障害性T (CTL)、TSTR、および TISG が含まれる (Fig. 3a)。Treg (n=30,031 cells) および TFH (n=17,012 cells) の詳細なサブクラスタリングにより、高度な機能的不均一性が明らかになった。特に、活性化型 Treg サブクラスターである Treg c2 は腫瘍内で有意に濃縮されており、腫瘍微小環境における強い免疫抑制能を反映していた。
新規ストレス応答性T細胞(TSTR)の同定と空間的実証: CD8+ および CD4+ T細胞の両方において、熱ショック遺伝子 (HSPA1A, HSPA1B, HSPH1) の特異的高発現と NF-κB シグナル活性化を特徴とする新規細胞状態 TSTR を同定した。このTSTR状態が組織解離アーティファクトではなく、生体内に真に存在することを複数の空間プラットフォームで実証した。CosMx SMI を用いた NSCLC 組織解析 (n=5 patients) において、CD3D、HSPA1A、および HSPA1B の共発現がT細胞内で細胞内解像度で確認された (Fig. 5b)。さらに、10x Visium 解析により、TSTR細胞は腫瘍床内や腫瘍境界部のリンパ球凝集体である LA (lymphocyte aggregate) や三次リンパ構造である TLS (tertiary lymphoid structure) 様構造内に特異的に局在することが示された (Fig. 5c)。
BCCコホートにおける治療耐性との相関: ICB治療を受けた基底細胞がんである BCC (basal cell carcinoma) コホート (n=18 patients) のシングルセル解析において、非奏効である NR (non-responder) 群では奏効である R (responder) 群と比較して、治療後にCD4+ および CD8+ TSTR細胞が有意に増加した (Fig. 6b)。HSPA1A の発現強度は、治療後のNR群においてR群よりも有意に高値を示した (FDR補正 p<2.2×10⁻¹⁶) (Fig. 6c)。
NSCLCコホートにおける治療耐性との相関: NSCLC コホート (n=30 patients) においても同様に、ICB治療中のNR群の腫瘍内でCD4+ および CD8+ TSTR細胞の割合が有意に高く、HSPA1A 発現はNR群でR群に対し著しく上昇していた (CD8+ T細胞において p=8.29×10⁻¹²) (Fig. 6f,g)。
ネオアンチゲン特異的T細胞における TSTR 細胞の濃縮: 変異関連ネオアンチゲンである MANA (mutation-associated neoantigen) 特異的CD8+ T細胞の解析 (n=133 patients) において、主要病理学的奏効を示さなかった non-MPR (major pathological response) 群では、奏効を示した MPR 群と比較して、MANA特異的T細胞における TSTR 細胞の割合が有意に濃縮しており、HSPA1A 発現も極めて高値であった (FDR補正 p<2.2×10⁻¹⁶) (Fig. 6l,m)。
予後予測バイオマーカーとしての有用性: 大規模な CPI1000+ コホート (n=562 patients) の解析において、治療前の腫瘍微小環境における高比率の TSTR 細胞と低比率の TFH 細胞の組み合わせが、腎細胞がんである RCC (renal cell carcinoma) およびメラノーマ患者におけるICB治療後の著しい低奏効率および不良な生存予後と相関することが示された (Extended Data Fig. 6)。
考察/結論
先行研究との違い: これまでのシングルセル研究、例えば Zheng et al. Science 2021 などにおいては、T細胞における熱ショック遺伝子群の発現は酵素処理や組織解離の過程で生じる人工的なストレス応答(アーティファクト)と見なされ、解析から除外されることが一般的であった。これに対し、本研究は複数の独立した空間トランスクリプトミクス技術(RNAscope, CosMx SMI, 10x Visium)を統合することにより、TSTR細胞が腫瘍微小環境内のリンパ球凝集体や三次リンパ構造内に生体内で真に存在することを初めて実証した。この知見は、従来のアーティファクト説とは明確に対照的であり、TSTRが生物学的に意味のある実体であることを強く支持する。
新規性: 本研究は、熱ショック遺伝子高発現を特徴とするストレス応答性T細胞状態(TSTR)を本研究で初めて体系的に定義し、これがICB治療に対する耐性機序と深く結びついていることを明らかにした。特に、治療不応性の腫瘍や、主要病理学的奏効の得られない患者のネオアンチゲン特異的CD8+ T細胞において、TSTR状態へのシフトおよび HSPA1A/B の発現上昇が顕著に生じていることを示した点は極めて新規性が高い。
臨床応用: TSTR細胞の同定は、がん免疫療法の臨床的意義において極めて重要な示唆を与える。治療前の腫瘍における TSTR/TFH 比率は、ICB治療の有効性を予測する新規のバイオマーカーとして臨床現場での活用が期待される。さらに、熱ショックタンパク質(HSP)阻害剤やNF-κBシグナル阻害剤とICB治療の併用療法は、TSTR化を阻止して治療耐性を克服するための新たな translational な治療戦略となり得る。また、本研究で提供される自動アノテーションツール TCellMap は、個別化医療におけるT細胞プロファイリングの標準化に貢献する。
残された課題: 本研究におけるlimitationとして、第一に、多くの公開データセットにおいてペアとなるシングルセルTCRシーケンスデータが不足していたため、TSTR細胞のクローン増殖や抗原特異性の全容解明には至っていない。第二に、10x Visium プラットフォームの解像度の限界により、単一細胞レベルでの詳細な空間的相互作用の解析には一部制約がある。今後の検討課題として、TSTR細胞がどのような微小環境因子(低酸素、酸性度、または骨髄由来抑制細胞からのシグナルなど)によって誘導されるのか、その詳細な分子メカニズムをインビトロおよびインビボの機能モデルを用いて追跡・検証する必要がある。
方法
データ収集と統合: 16がん種27データセット (17の公開データセットおよび10の新規独自データセット) から、486サンプル、324個体、合計308,048個の高品質なT細胞 scRNA-seq データを収集した。新規データセットには、非小細胞肺がんである NSCLC や胃腺がん、悪性リンパ腫などの患者由来サンプルが含まれる。バッチ効果補正には、Seurat (v.4.0) の reciprocal PCAである rPCA (reciprocal principal-component analysis) アプローチを採用し、Korsunsky et al. NatMethods 2019 の Harmony よりも優れたバッチ混合性能を示すことをシルエットスコアにより確認した。
T細胞のクラスタリングと状態定義: 品質管理フィルターを通過した308,048個のT細胞に対し、UMAPによる次元削減と非教師あり階層クラスタリングを適用した。CD8+ T細胞は14クラスター、CD4+ T細胞は12クラスターに分類され、差次発現遺伝子である DEG (differentially expressed gene) 解析および機能シグネチャーに基づいて各状態を定義した。CD8+ T細胞の分化軌跡解析には Monocle 3 を使用した。
空間プロファイリング検証: TSTR細胞の生体内存在を検証するため、メラノーマリンパ節転移組織を用いた RNAscope (RNA in situ hybridization) 解析、NSCLCおよび肝細胞がんである HCC (hepatocellular carcinoma) サンプルを用いた CosMx SMI (Spatial Molecular Imager) 解析、さらに6がん種33組織切片を用いた 10x Visium 空間トランスクリプトーム解析を実施した。
臨床相関および統計解析: ICB治療を受けた171例を含む375患者23コホートのデータを用いて、T細胞状態と治療奏効率との関連を解析した。公開データのアライメントと自動アノテーションのために、独自に開発したRパッケージ TCellMap を適用した。統計比較には Games-Howell 検定を用い、多重比較補正として FDR (false discovery rate) 補正を行った。生存分析にはコックス比例ハザードモデルである Cox regression を用いた。また、相関分析には Spearman correlation を用いた。