• 著者: Juhong Wang, Yannan Yang, Fei Shao, Ying Meng, Dong Guo, Jie He, Zhimin Lu
  • Corresponding author: Jie He (hejie@cicams.ac.cn) (Department of Thoracic Surgery, National Cancer Center/Cancer Hospital, Chinese Academy of Medical Sciences and Peking Union Medical College, Beijing, China); Zhimin Lu (zhiminlu@zju.edu.cn) (Institute of Translational Medicine, Zhejiang University School of Medicine, Hangzhou, China)
  • 雑誌: Nature Metabolism
  • 発行年: 2024
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 38702440

背景

アセテート (酢酸) は血中に50〜200 μMの濃度で存在する SCFA (short-chain fatty acid: 短鎖脂肪酸) であり、食事や腸内細菌叢、体内の代謝物に由来してアセチル-CoAの前駆体として機能する。これまでの臨床研究により、前立腺がんや脳腫瘍、非小細胞肺がん (NSCLC) においてアセテートの取り込みが亢進していることが知られていた。腫瘍細胞は微小環境における低酸素や低グルコースといった代謝ストレス下で、 ACSS2 (acetyl-CoA synthetase 2: アセチルCoA合成酵素2) を介してアセテートを代替エネルギー源や脂質合成の炭素源として利用する。また、がん遺伝子産物であるc-Mycは、PD-L1や糖代謝酵素、トランスポーターなどの転写を制御する極めて重要な転写因子であり、そのタンパク質安定性はポリユビキチン化とプロテアソーム分解経路によって厳密に制御されている。しかしながら、アセテートがNSCLC細胞の代謝を再プログラムし、特に腫瘍の免疫逃避にどのような役割を果たすかについては未解明であった。がん微小環境における単一細胞レベルの免疫動態や可塑性については、乳がんにおける Wagner et al. Cell 2019 や、小細胞肺がんにおける Chan et al. CancerCell 2021 などの先行研究によって解析が進められてきた。また、肺がんにおける遺伝子欠失と免疫抑制経路の関連については Kitajima et al. CancerDiscov 2019 でも報告されている。しかし、アセテート由来のアセチル-CoAがシグナル伝達分子やがん原タンパク質の翻訳後修飾を直接制御し、腫瘍の免疫逃避を駆動するという非代謝的な「moonlighting機能 (本来の代謝酵素としての機能とは異なる、副次的なシグナル伝達などの機能)」については、詳細な知見が不足していた。特に、アセテート代謝と免疫チェックポイント分子であるPD-L1発現亢進を結ぶ直接的な分子メカニズムには大きな知識 gap (知識の格差) が存在しており、治療標的としての有効性を検証するための基礎的基盤が不足しているという課題があった。アセテートががん細胞の免疫逃避をどのように駆動するのか、その具体的な分子カスケードは不明であり、これを明らかにすることが本分野の重要な課題であった。

目的

本研究の目的は、NSCLCにおいてアセテートが腫瘍細胞の代謝プログラム、増殖能、およびPD-L1発現に与える影響を分子レベルで解明することである。具体的には、アセテートが主要なトランスポーターである MCT1 (monocarboxylate transporter 1: モノカルボン酸トランスポーター1) を介して取り込まれた後、どのようなシグナル伝達経路を経てc-Mycの安定化およびPD-L1の転写活性化を誘導するのか、その詳細な翻訳後修飾メカニズムを特定する。さらに、食事によるアセテート補充が腫瘍微小環境におけるCD8陽性T細胞の浸潤や活性化に及ぼす影響を検証し、アセテート代謝経路の阻害が抗腫瘍免疫を再活性化できるかを明らかにする。最終的には、脱ユビキチン化酵素である USP10 (ubiquitin-specific peptidase 10: ユビキチン特異的ペプチダーゼ10) の阻害剤と抗PD-1抗体による ICB (immune checkpoint blockade: 免疫チェックポイント阻害療法) の併用治療が、相加的な抗腫瘍効果を示す治療戦略となり得るかをマウスモデルを用いて検証することを目的とする。

結果

アセテートのMCT1依存的な腫瘍内蓄積とエネルギーストレス緩和: ヒトNSCLC組織 (n=14) の代謝物解析により、アセテートが腫瘍組織において最も豊富な SCFA であり、その濃度は最大 338 μg/g に達することが示された。13 C-アセテートを用いたトレーサー実験では、隣接する正常肺組織と比較して、同所性肺がんモデルマウス (n=5 mice) の腫瘍組織においてアセテートの取り込みおよび 13 C-アセチル-CoAの産生が有意に亢進していた (Fig 1)。トランスポーターのスクリーニングにおいて、MCT1をshRNAによる KD (knockdown: ノックダウン) により抑制したA549細胞 (n=3 replicates) では、アセテートの取り込みが著明に減少し、新規脂肪酸合成が約 3.5-fold 低下した (Fig 1)。一方、MCT2-4やSMCT1-2の欠損ではこの抑制効果は見られず、MCT1が主要なアセテートトランスポーターであることが確認された。さらに、GLUT1およびGLUT3を欠損させて糖取り込みを阻害したマウスモデル (n=5 mice) において、食事によるアセテート補充 (200 mM) は、糖欠乏による腫瘍増殖抑制効果を著しく緩和し、腫瘍内のアセチル-CoAレベルを回復させた (Fig 1)。

DLATによるc-Myc K148アセチル化とタンパク質安定化メカニズム: 低グルコース条件下でアセテートを補充したNSCLC細胞 (n=3 replicates) では、c-Mycタンパク質の半減期が著明に延長し、タンパク質発現量が約 2.5-fold に増加した (Fig 2)。この安定化はMCT1またはACSS2の欠損によって消失した。c-Mycの結合タンパク質を MS により探索した結果、ピルビン酸脱水素酵素複合体の構成成分であるDLATが同定された。共沈降実験により、DLATは細胞質においてc-Mycと直接相互作用することが示された (Fig 2)。精製タンパク質を用いたin vitroアセチル化アッセイにおいて、DLATはc-Mycの進化的に保存されたLys148残基を直接アセチル化することが判明した。A549細胞においてc-MycのLys148をアルギニンに置換したアセチル化不能変異体 (p.Lys148Arg) をノックインした株 (n=3 replicates) では、アセテート補充によるc-Mycの安定化が完全に消失し、ポリユビキチン化が著明に亢進した (Fig 2)。

USP10によるc-Mycの脱ユビキチン化と転写活性化経路の確立: アセテート補充によるc-Mycの安定化機序をさらに解明するため、c-Myc結合脱ユビキチン化酵素の探索を行い、USP10を同定した。免疫沈降アッセイにおいて、アセテート補充はc-MycとUSP10の相互作用を著明に増強した (Fig 3)。in vitro脱ユビキチン化アッセイにおいて、野生型His-USP10はFlag-c-Mycのポリユビキチン鎖を効率的に除去したが、触媒不活性型変異体 (p.Cys428Ala) ではこの効果が消失した (Fig 3)。DLATを欠損させた細胞、またはc-Myc p.Lys148Arg変異株 (n=3 replicates) では、アセテート存在下であってもc-MycとUSP10の結合が完全に阻害された。これに対し、アセチル化擬似変異体 (p.Lys148Gln) は、アセテートやDLATの非存在下でもUSP10と恒常的に結合し、脱ユビキチン化されて高い安定性を示した (Fig 3)。以上の結果から、MCT1を介して取り込まれたアセテートが、DLATによるc-MycのLys148アセチル化を誘導し、これがUSP10をリクルートして脱ユビキチン化を促進することでc-Mycを安定化させるという新規経路が確立された。

アセテートによるPD-L1発現亢進とCD8陽性T細胞活性抑制: 安定化したc-Mycは強力な転写因子として機能し、PD-L1 (CD274)、LDHA、MCT1、およびサイクリンD1 (CCND1) の転写を活性化した。アセテート補充により、A549細胞 (n=3 replicates) におけるPD-L1およびLDHAのタンパク質発現量は約 3.0-fold に増加し、乳酸産生量および細胞増殖能が有意に亢進した (Fig 4)。これらの変化は、MCT1、ACSS2、DLAT、またはUSP10のノックダウン、あるいはc-Myc p.Lys148Argの導入によって完全に抑制された。OT-1マウス由来のCD8陽性T細胞とLLC-OVA細胞の共培養系において、アセテート処置を施した腫瘍細胞は、CD8陽性T細胞によるIL-2およびIFN-γの産生量を著明に抑制した (Fig 4)。このT細胞活性抑制効果は、腫瘍細胞側のMCT1/ACSS2/DLAT/USP10経路の欠損、あるいはPD-L1のノックアウトによって完全に解除された (Fig 4)。これにより、アセテート代謝がPD-L1発現を介して直接的に抗腫瘍免疫を抑制することが証明された。

In vivoにおける腫瘍免疫抑制微小環境の形成とUSP10阻害・抗PD-1併用効果: 同所性CMT167腫瘍モデルマウス (n=5 mice) を用いた CyTOF 解析により、20日間のアセテート補充は、腫瘍内に浸潤する活性化CD8陽性T細胞の割合を約 45% 減少させ、TH1細胞やM1マクロファージも有意に減少させることが示された (Fig 5)。一方で、 MDSC (myeloid-derived suppressor cell: 骨髄由来抑制細胞) やTH2細胞の浸潤は増加し、免疫抑制微小環境が形成されていた。この変化は、c-Myc p.Lys148Arg変異株を移植したマウスでは回避された。治療モデルにおいて、USP10阻害剤であるspautin-1 (20 mg/kg) の投与は、アセテート補充による腫瘍増大を抑制し、腫瘍内のc-Myc Lys148アセチル化レベルおよびPD-L1発現を低下させた (Fig 6)。さらに、spautin-1と抗PD-1抗体 (10 mg/kg) の併用療法は、それぞれの単剤療法と比較して、腫瘍浸潤CD8陽性T細胞数および GzmB (granzyme B: グランザイムB) 発現を有意に増加させ、生存期間を著明に延長する相加的な抗腫瘍効果を示した (Fig 6)。

ヒトNSCLC臨床検体におけるc-Myc Lys148アセチル化と予後不良の相関: ヒトNSCLC組織マイクロアレイ (n=90) を用いた IHC (immunohistochemistry: 免疫組織化学) 解析により、c-Myc Lys148アセチル化 (c-Myc Lys148ac)、c-Myc、およびUSP10の各タンパク質発現レベルは、隣接する正常肺組織と比較して腫瘍組織において有意に高発現していることが示された (Fig 7)。相関分析において、c-Myc Lys148acのレベルは、MCT1、c-Myc、およびPD-L1の発現量と正の相関を示し、CD8陽性T細胞の浸潤数とは負の相関を示した (Fig 7)。また、GLUT1およびGLUT3の発現が低い腫瘍(糖の取り込みが制限された環境)において、c-Myc Lys148acレベルが有意に高いことが判明した。Kaplan-Meier生存分析において、c-Myc Lys148ac高発現群 (n=59) およびUSP10高発現群 (n=54) は、低発現群と比較して全体生存期間が有意に短縮していた (log-rank p<0.05) (Fig 7)。

考察/結論

先行研究との違い: アセテートはこれまで、ACSS2を介してアセチル-CoAに変換され、主にTCAサイクルでのエネルギー産生や脂質合成の炭素源、あるいはヒストンアセチル化を介したエピジェネティックな遺伝子発現制御に関与する代謝基質として捉えられてきた。これに対し、本研究はアセテートの役割を単なる炭素源としての代謝的機能に留めず、がん原タンパク質c-Mycの翻訳後修飾を直接制御するシグナル分子としての非代謝的機能を解明した点で、これまでの代謝研究のパラダイムと大きく異なり、対照的である。また、先行研究では腫瘍細胞と免疫細胞がアセテートをめぐって競合することが示唆されていたが、本研究は腫瘍細胞がMCT1を高発現することでアセテートを優先的に取り込み、さらにc-Mycを介してMCT1の発現をさらに高めるという正のフィードバックループを形成していることを突き止めた。

新規性: 本研究は、代謝酵素であるDLATが細胞質においてタンパク質アセチルトランスフェラーゼとして機能するという「moonlighting機能」を本研究で初めて明らかにした。DLATがc-MycのLys148残基を直接アセチル化し、この修飾が脱ユビキチン化酵素USP10のリクルートに必須のシグナルとなることで、c-Mycのプロテアソーム分解を阻止して安定化させるという一連の分子カスケードは、これまで報告されていない新規の発見である。さらに、この安定化したc-MycがPD-L1の発現を直接的に誘導し、CD8陽性T細胞の浸潤および活性を抑制して腫瘍の免疫逃避を駆動するという、代謝プログラムと免疫チェックポイント制御を繋ぐ新規経路を同定した。

臨床応用: 本研究の知見は、NSCLCにおける新たな治療戦略の臨床応用に直結する。特に、USP10阻害剤であるspautin-1と抗PD-1抗体の併用療法が、マウスモデルにおいて相加的な抗腫瘍効果を示したことは、臨床現場におけるICB治療の奏効率向上に向けた有望なアプローチを提供する。臨床的意義として、MCT1高発現やc-Myc Lys148アセチル化亢進、あるいはUSP10高発現がヒトNSCLC患者の予後不良と強く相関していることから、これらがICB治療の有効性を予測する臨床的バイオマーカーとして活用できる可能性が示唆される。また、糖取り込みが低下した (GLUT1/GLUT3低発現の) 腫瘍においてアセテート代謝への依存度が高まるという知見は、患者個々の腫瘍代謝プロファイルに応じた個別化医療の実現に貢献する。

残された課題: 今後の検討課題として、食事によるアセテート制限や特定の食事介入が、実際の臨床現場においてICB治療の治療効果にどのような影響を与えるかを臨床研究で検証する必要がある。また、本研究におけるUSP10阻害剤spautin-1の有効性はマウスモデルで示されたが、ヒトにおける安全性や薬物動態、および選択的なMCT1阻害剤やACSS2阻害剤との最適な組み合わせについては、さらなる translational (翻訳的) なアプローチが必要である。さらに、腫瘍細胞のアセテート取り込みを阻害した際に、遊離したアセテートを腫瘍浸潤リンパ球が代替エネルギー源として効率的に再利用できるかという免疫微小環境内の代謝競合の動態についても、今後の研究方向性として解明すべき重要な課題として残されている。

方法

本研究では、ヒトNSCLC組織 (n=14) における SCFA 代謝物の定量分析を GC-MS (gas chromatography-mass spectrometry: ガスクロマトグラフィー質量分析) により実施した。同所性NSCLCマウスモデルの構築には、ルシフェラーゼを発現させたヒト肺がん細胞株である A549 および H1299 、マウス肺がん細胞株である LLC 、 CMT167 を使用した。in vivo (生体内) でのアセテート取り込みおよび代謝運命を追跡するため、[U13 C2]-アセテートまたは重水素標識アセテート (3 D-acetate) をトレーサーとして用い、18 F-アセテートを用いたマイクロ PET-CT (positron emission tomography-computed tomography: 陽電子放出断層撮影・コンピュータ断層撮影) スキャンを実施した。CRISPR-Cas9システムを用いて、A549細胞におけるMCT1 (SLC16A1) の KO (knockout: ノックアウト) 株、およびc-MycのLys148残基をアルギニンに置換したアセチル化不能変異株 (p.Lys148Arg) やグルタミンに置換したアセチル化擬似変異株 (p.Lys148Gln) のノックイン株を作製した。 タンパク質間の相互作用および翻訳後修飾の解析には、 IP (immunoprecipitation: 免疫沈降) 法、 GST (glutathione S-transferase: グルタチオンS-トランスフェラーゼ) プルダウンアッセイ、および MS (mass spectrometry: 質量分析) を用いた。in vitro (試験管内) アセチル化アッセイは、大腸菌で発現・精製したGST-c-Mycタンパク質とHis- DLAT (dihydrolipoamide S-acetyltransferase: ジヒドロリポアミドS-アセチルトランスフェラーゼ) タンパク質、およびアセチル-CoAを混合して実施した。脱ユビキチン化アッセイには、 WT (wild-type: 野生型) His-USP10および触媒不活性型変異体 (p.Cys428Ala) を使用した。 免疫微小環境の解析として、OT-1トランスジェニックマウス由来のCD8陽性T細胞と OVA (ovalbumin: オボアルブミン) 発現LLC細胞 (LLC-OVA) の共培養系を構築し、 ELISA (enzyme-linked immunosorbent assay: 酵素結合免疫吸着測定法) 法によりIL-2およびIFN-γの産生量を測定した。また、同所性CMT167腫瘍モデルマウスにアセテートを補充し、腫瘍浸潤免疫細胞を CyTOF (cytometry by time-of-flight: 質量分析流体細胞儀) により17種類の免疫サブセットに分類して解析した。治療実験では、USP10阻害剤であるspautin-1 (20 mg/kg) および抗PD-1抗体 (10 mg/kg) の単剤または併用投与を C57BL/6J マウスに対して行い、腫瘍体積および生存期間を評価した。統計解析には、 Kaplan-Meier 法を用いた生存分析、2群間比較のためのt-test (t検定)、および多群間比較のためのone-way ANOVA (一元配置分散分析) を用いた。データは mean ± SD (標準偏差) で表した。