- 著者: Goto N, Westcott PMK, Goto S, Imada S, Taylor MS, Eng G, Braverman J, Deshpande V, Jacks T, Agudo J, Yilmaz ÖH
- Corresponding author: Judith Agudo (Dana-Farber Cancer Institute / Harvard Medical School); Ömer H. Yilmaz (MGH / Harvard Medical School)
- 雑誌: Nature
- 発行年: 2024
- Epub日: 2024-02-28
- Article種別: Original Article
- PMID: 38418875
背景
大腸がん (CRC) は世界的に高頻度に発症する悪性腫瘍であり、その発生はLGR5+腸管幹細胞を起源とする腺腫を経由する多段階発癌モデルが確立されている。免疫系によるがん排除は腫瘍発生の制御において本質的な役割を果たしており、CD8+細胞傷害性T細胞およびTH1型CD4+T細胞を中心とする適応免疫応答がその中核を担う (Matsushita et al. Nature 2012)。大腸がんにおいてはCD8+T細胞をはじめとする免疫浸潤の程度が予後と強く相関することが示されており、免疫スコアが病期よりも強い予後予測因子となりうることが大規模コホートで実証されている (Mlecnik et al. Immunity 2016)。さらにがん幹細胞と免疫細胞のクロストークが腫瘍免疫回避に果たす役割も近年注目されており (Bayik et al. NatRevCancer 2021)、がんにおけるIFNγシグナリング経路のゲノム変異が免疫療法抵抗性と関連することも知られている。しかしながら、がん化初期段階――前癌病変である腺腫や早期浸潤がん――が免疫系による排除をいかに回避するかという機序はほとんど未解明のままであった。特に、LGR5+がん幹細胞がin vivoの大腸環境に曝露された際に獲得する分子プログラムと、それが免疫回避にどう寄与するかについての理解が根本的に不足しており、この問いへの答えがCRC発生の初期段階を標的とする治療戦略の開発に不可欠であった。
目的
大腸がん発生の初期段階における免疫回避機序を解明するため、AKP三重変異オルガノイド (Apc-null/KrasG12D/Trp53-null; AKP) を免疫担当マウス大腸に同所移植し、in vivo環境への適応で生じる転写・エピゲノム変化を包括的に解析する。同定した転写因子SOX17の機能を遺伝子改変マウスモデルおよびヒト検体で検証し、その免疫回避における分子機序を明らかにすることを目的とした。
結果
SOX17はin vivo大腸腫瘍環境への適応において強力に誘導される: AKPオルガノイドを免疫担当C57BL/6マウスの大腸粘膜下に内視鏡補助下で同所移植し、発生した原発腫瘍とin vitroナイーブオルガノイドをRNA-seqで比較したところ、in vivoでは1,074遺伝子が上昇・471遺伝子が低下した (fold change >2、補正P<0.05)。GSEA (gene set enrichment analysis) では胎児小腸スフェロイドの遺伝子シグネチャーが顕著に濃縮され (NES=1.73、P=0、FDR=0)、これらの発現変化はin vitro培養条件では再現されなかった (Fig 1)。ATAC-seq (assay for transposase-accessible chromatin using sequencing) によるクロマチンアクセシビリティ解析でもin vivo適応に伴うエピゲノム再プログラム化が確認された。上昇した遺伝子群の中で内胚葉特異化転写因子であるSOX17が最も顕著な誘導を示した。健常成人大腸上皮では発現が抑制されているSOX17が、腫瘍形成の初期段階に再発現されることが明らかとなった。
SOX17欠失腫瘍は免疫担当マウスにおいて著明な生着障害を示す: CRISPR-Cas9を用いてSOX17を欠失させたAKPオルガノイド (sgSox17) を免疫担当マウスに移植したところ、腫瘍生着率は約6%にとどまったのに対し、コントロールAKPオルガノイドは約80%の生着率を示した (各群n=14-16 マウス、約13-fold reduction、Fig 2)。免疫不全Rag2-/− (B細胞・T細胞欠損) マウスへの移植では、SOX17欠失オルガノイドの生着率は約80%に回復し、SOX17が免疫依存的な腫瘍定着を促進することが示された。さらに内因性腺腫モデルであるLgr5creERT2;Apcfl/fl;Sox17fl/fl マウスでは、タモキシフェン投与 (20 mg/mL コーン油100μL腹腔内投与、4日連続) により誘導した腺腫数がSox17欠失群で対照群と比較して有意に減少し (n=5 マウス/群)、腺腫部位のCD4+・CD8+T細胞浸潤が増加した。これらの結果はSOX17が腺腫レベルの前癌病変においても免疫回避に必須であることを示している。
SOX17はIFNGR1転写抑制を介してCD8+T細胞の抗腫瘍応答を遮断する: 腫瘍内免疫プロファイルの解析 (フローサイトメトリー) では、SOX17欠失腫瘍は移植4週時点でエフェクター様CD8+T細胞が全CD8+T細胞の70.7%を占め、コントロール腫瘍の0.6%と比較して約118-fold higher であった (Fig 3)。ターミナル疲弊CD8+T細胞の割合はSOX17欠失腫瘍で2.3%・コントロールで29%と逆転し、CD4+T細胞ではSOX17欠失腫瘍でTH1型85.2%に対しコントロールではTreg (regulatory T cell) が57.6%を占め免疫抑制性微小環境が形成されていた。CD8+T細胞除去抗体投与はSOX17欠失腫瘍の生着を100%に回復させ、IFNγ中和抗体投与では90%に回復した。CUT&RUN (cleavage under targets and release using nuclease) 解析により、SOX17がIfngr1プロモーター領域に直接結合することが示された (Fig 4)。SOX17発現腫瘍ではIFNGR1の表面発現が低下し、IFNγ刺激に対するpSTAT1 (phosphorylated STAT1) リン酸化が減弱し、下流のMHC-I表面発現上昇とCXCL10産生が抑制された。Sox17過発現オルガノイドではin vitroにおいてもIFNγ存在下のMHC-I誘導が有意に低下した。
SOX17は胎児性プログラムを活性化しLGR5−免疫サイレント細胞への分化を駆動する: Lgr5-GFP (green fluorescent protein) レポーターマウスを用いた免疫蛍光染色では、LGR5とSOX17は腫瘍内で相互排他的な発現パターンを呈した (Fig 5)。LGR5-GFP−細胞 (SOX17高発現) はLGR5-GFP+細胞と比較してMHC-I表面発現が有意に低く (各4マウス、mean fluorescence intensity比較)、CUT&RUN解析ではSOX17がLgr5プロモーター領域およびイントロンに直接結合し転写抑制因子として機能することが示された。CD8+T細胞除去マウスではSOX17欠失腫瘍内のLGR5-GFP+細胞分画がコントロール腫瘍と比較して有意に増加し (5マウスあたり6フィールド)、CD8+T細胞の存在がLGR5−SOX17+免疫抵抗性細胞に選択的優位を与えることが確認された。GSEAでは、Sox17過発現ナイーブオルガノイドで胎児腸管遺伝子プログラムが活性化された一方、SOX17欠失腫瘍では抑制された (NES=1.87、P=0、FDR=0)。これらの知見は、SOX17が胎児性腸管遺伝子プログラムを活性化してLGR5+(免疫感受性)からLGR5−(免疫サイレント)への腫瘍細胞転換を駆動するという統合的モデルを支持する。
ヒト大腸腺腫・早期CRCにおけるSOX17発現の普遍性:
ヒト大腸腺腫検体19例の全例においてSOX17hi/mid発現が免疫組織化学で確認され、腺腫内の免疫細胞浸潤は著しく乏しかった。pT1 CRCでも全例がSOX17hi/midを示した。pT2pT4進行例では症例の7080%がSOX17hi/midであったが、進行度が増すにつれSOX17低発現・陰性例が増加し、約20%の進行CRC検体では低発現ないし陰性が観察された。このパターンは、SOX17が腫瘍形成の最初期に必須であり、免疫抑制性微小環境が確立された進行がんでは代替機序により独立性が低下するという解釈と整合した。
考察/結論
① 先行研究との違い:IFNγシグナリング経路のゲノム変異 (IFNGR1/IFNGR2変異・欠失、JAK1/JAK2変異) が免疫チェックポイント治療抵抗性と関連することは既報で示されており (Manguso et al. Nature 2017)、これらのゲノム異常は免疫編集の結果として腫瘍進展に伴い蓄積する。これと対照的に、本研究はゲノム変異ではなく内胚葉転写因子SOX17がIfngr1発現を直接転写抑制するという全く異なる機序を同定した。最も重要な点は、このIFNGR1の転写的ダウンレギュレーションが腫瘍形成の最初期段階、すなわち前癌腺腫レベルから生じることであり、免疫編集によるゲノム変異の蓄積とはタイミングが根本的に対照的である。またSOX17は大腸がんにおいて腫瘍抑制因子としても発がん促進因子としても既報があったが、本研究はCRC初期の免疫回避調節因子という新たな文脈を確立した。
② 新規性:本研究は、がん化初期の大腸細胞が免疫監視を回避するための分子機序として、SOX17依存性の胎児性腸管プログラム再活性化という新規なパラダイムを提示した。SOX17が転写レベルでIFNGR1を直接抑制することでLGR5+(免疫感受性)からLGR5−(免疫サイレント)への腫瘍細胞転換を新規に同定したこと、さらにこのプロセスがヒト腺腫19例の全例で普遍的に観察されることを示したことは、前癌病変レベルでの免疫回避機序の理解を大きく進展させる新規の知見である。腫瘍開始細胞が「胎児様の免疫特権」を借用して適応免疫を回避するという概念を新規に提示した点で、がん免疫学に根本的な問いを投げかける。
③ 臨床応用:ヒト腺腫の全19例・pT1 CRCの全例でSOX17陽性が確認されたことは、SOX17が大腸がん早期介入の標的となりうることを示唆する。SOX17阻害または胎児性プログラムの遮断により腫瘍細胞の免疫原性を回復させることで、現行の免疫チェックポイント阻害薬に反応しにくいMSS/MSI-L型CRCに対する免疫療法の有効性向上につながる臨床応用が期待される。また、大腸がんスクリーニング/内視鏡で発見される腺腫においてSOX17発現を指標とするリスク層別化や、SOX17を標的とした腺腫段階での化学予防戦略への応用も考えられる。
④ 残された課題:今後の課題として、SOX17が腫瘍形成の最初期にin vivoで再発現される誘導機序の解明が挙げられる。また、SOX17が転移巣を含む進行CRCにおいて担う役割、およびSOX17が必要とされなくなる機序の解明が今後の研究として必要である。臨床応用に向けたSOX17阻害薬の開発と前臨床・臨床試験での有効性検証、ならびにSOX17標的療法と既存の免疫療法との最適な併用戦略の探索が今後の検討として残されている。
方法
本研究は免疫担当C57BL/6マウスへの大腸オルガノイド同所移植モデルを主要実験系とした。Apc-null/KrasG12D/Trp53-null (AKP) 変異を持つマウス由来CRCオルガノイドを大腸内視鏡下粘膜注入法で同所移植した。CRISPR-Cas9 (sgRNA: sgSox17、sgApc等) を用いた遺伝子欠失と、ドキシサイクリン誘導性Sox17過発現システムにより機能を解析した。免疫依存性の検証にはRag2-/−マウスへの移植、抗CD8抗体によるCD8+T細胞除去、OT-I T細胞移入、抗IFNγ抗体によるIFNγ中和を用いた。内因性腺腫モデルはLgr5creERT2;Apcfl/fl±Sox17fl/fl マウスにタモキシフェン (20 mg/mL、腹腔内投与、4日連続) を投与して誘導した。ヒト腫瘍移植には免疫不全マウスを使用した。SOX17のゲノム結合部位同定にはCUT&RUN法を用いた。網羅的転写解析はRNA-seq、クロマチンアクセシビリティ解析はATAC-seq、パスウェイ解析はGSEA (NES、補正P値を主要評価指標) で実施した。免疫表現型はフローサイトメトリーで解析し、細胞種ごとの頻度をCD4+・CD8+T細胞、Treg (FOXP3+)、effector/exhaustedサブセット別に評価した。ヒト腺腫19例・pT1~pT4 CRC各病期検体に対し免疫組織化学 (IHC) とスコアリングを施行した。統計解析は対応のない両側t検定、データは平均±SDで表示、各実験は独立して3回以上反復した。実験プロトコルはMIT動物実験委員会の承認を受けた。