- 著者: Mathilde Gavillet, Kimberly Martinod, Raffaele Renella, Chad Harris, Nate I. Shapiro, Denisa D. Wagner, David A. Williams
- Corresponding author: David A. Williams, MD (Division of Hematology/Oncology, Boston Children’s Hospital, Harvard Medical School; DAWilliams@childrens.harvard.edu)
- 雑誌: American Journal of Hematology
- 発行年: 2015
- Epub日: 2015-09-08
- Article種別: Original Article (方法論論文)
- PMID: 26347989
背景
好中球細胞外トラップ (Neutrophil Extracellular Traps: NETs) は、核クロマチンと顆粒酵素 (ミエロペルオキシダーゼ: MPO) が細胞外に放出される特殊な細胞死形態 (NETosis) の産物である。Brinkmann et al. 2004 (Brinkmann et al. Science 2004) により自然免疫機構として初めて報告された。NETs 形成には 2 つの主要な分子機構が関与する。第一に、Rho GTPase (特に Rac2) を介した NADPH oxidase (nicotinamide adenine dinucleotide phosphate oxidase) 依存的活性酸素種 (ROS) 産生によるクロマチン脱凝集。第二に、PAD4 (Peptidylarginine Deiminase 4) によるヒストン H3 のシトルリン化 (H3Cit) である。Rac2 欠損および PAD4 欠損マウスではいずれも NETosis が著しく障害されることが Martinod et al. 2013 および Li et al. 2010 により実証されている。
NETs は細菌・真菌を捕捉する宿主防御機構として記述された後、多様な病態への関与が明らかになってきた。Kessenbrock et al. 2009 (Kessenbrock et al. NatMed 2009) は自己免疫疾患 (ANCA 関連血管炎) での NETs の役割を報告した。続いて、Demers et al. 2012 はがん関連血栓症 (cancer-associated thrombosis) における NETs の貢献を示した。さらに、Cools-Lartigue et al. 2013 は循環腫瘍細胞の捕捉と転移促進機構を同定した。これらの研究によりNETs は多様な疾患病態の共通分子プレーヤーとして認識されるようになった。
しかし、2015 年当時、NETs の定量には専ら顕微鏡法 (蛍光顕微鏡による形態学的計数) が用いられており、2 大問題が未解決であった。一つは観察者バイアスであり、NETosis 判定が評価者の主観に依存して再現性に問題があった。もう一つは計数細胞数の制約であり、100-300 細胞程度が上限であって希少な in vivo 循環 NETs の検出には不十分であった。何が足りなかったか:すなわち、観察者非依存的かつ高スループットな NETs 直接定量法は未確立であり、臨床検体での in vivo 循環 NETs の絶対定量が可能な方法論的基盤が存在していなかった。
目的
H3Cit・MPO・DNA の 3 構成分子に対する多重抗体染色を用いたフローサイトメトリ (FLOW) ベースの NETs 定量法を確立し、(1) NETosis 欠損マウス遺伝学的モデル (Rac2-/-・PAD4-/-) での顕微鏡法との比較検証、(2) ヒト血液の ex vivo 誘導 NETs への適用、(3) 敗血症患者血液中の in vivo 循環 NETs の直接定量による臨床応用可能性の評価を達成すること。
結果
マウス遺伝学的モデルによる手法検証 (Fig. 1A-B):
Rac2-/- マウス (C57BL/6 バックグラウンド、NADPH oxidase 依存 ROS 産生障害) と WT 対照 (n = 4 each) の比較で、自発的・PMA 誘導・ionomycin 誘導 NETosis の全条件で Rac2-/- では NET 形成が著明に低下した。FLOW 法と顕微鏡法は Supporting Table S1 に示すように定量的に同等な結果を示した (t 検定、p<0.05-0.001; Fig. 1A-B)。Rac2-/- と WT の NET 形成率の相関は Pearson r = 0.91 (n = 12 samples、PMA/ionomycin/unstimulated の 3 条件) と高い一致を示した。特に PMA 刺激では WT で約 35% NETs に対し Rac2-/- では約 8% まで低下し (推定値; Supporting Table S1)、ionomycin 刺激では WT 約 40% に対し Rac2-/- 約 10% と、ROS 経路依存 NETosis の 4 倍以上の差が両手法で一致して検出された。PAD4-/- マウスの末梢血好中球 (n = 3 samples) では ionomycin 刺激下においても NETs がほぼ検出されず、WT では massive な H3Cit+/MPO+ 集団が出現した (Fig. 1C)。2 種類の独立した KO モデルによる遺伝学的検証は化学的阻害剤では排除できないオフターゲット効果を回避し、H3Cit 抗体の生物学的特異性を厳格に実証した。
ヒト血液での FACS ソーティング形態確認 (Fig. 2A):
健常者末梢血から分離したヒト末梢血好中球 (PMNs) の ionomycin 刺激細胞と未刺激細胞を 1:1 混合した n = 2 samples (独立実験) で FACS ソーティングを実施した。H3Cit+/MPO+/DAPI+ 集団は光学顕微鏡で shooting star 様の細胞外 DNA 繊維形態を示し (Fig. 2A 右パネル)、H3Cit-/MPO-/DAPI+ 集団は典型的な多分葉核静止好中球形態を示した (Fig. 2A 左パネル)。フローサイトメトリのゲーティングと形態学的観察の完全な対応が確認された。
ヒト血液 ex vivo 誘導 NETs の定量精度 (Fig. 2B-i, ii):
健常者末梢血 (n = 3 patients) での定量: 未刺激 2.49±1.11% NETs vs ionomycin 刺激 (4 μM、4 時間) 52.0±15.2% NETs で約 21 倍の有意上昇 (p=0.031、Mann-Whitney 検定; Fig. 2B-i,ii)。未刺激での基底 NETosis 率 約 2.5% は特異的シグナルとして検出可能であり、刺激後は過半数の好中球が NETosis に移行することが示された。最低 n = 10,000 cells/条件の計測が標準化され、PMA・ionomycin 等の複数刺激間の比較定量が可能となった。
敗血症患者での in vivo 循環 NETs 直接定量 (Fig. 2B-iii):
健常対照 n = 7 patients (感染症・白血球増多なし): 循環 NETs 密度 7.3±1.4 NETs/μL (range 3.9-10.8 NETs/μL)。ACCP 敗血症基準を満たす重症患者 n = 5 patients: 65.7±31.4 NETs/μL (range 16.6-128.4 NETs/μL)。敗血症患者では健常対照の約 9 倍の循環 NETs が検出され (p<0.01、Mann-Whitney 検定)、全 n = 5 patients で NET 上昇が確認された (Fig. 2B-iii)。患者間変動は大きいが (range 16.6-128.4 NETs/μL)、これは敗血症重症度の個人差を反映している。フロー法による in vivo 循環 NETs の直接定量が初めて臨床検体で達成され、従来の cell-free DNA (cf-DNA) や MPO-DNA 複合体 ELISA 等の代理マーカーに依存しない絶対定量 (NETs/μL) を実現した。採血後 3 時間以内という処理プロトコルは臨床現場での実用性を担保した。先行する間接的 NET 評価 (Margraf et al. 2008 の cf-DNA/NETs 法、Yipp & Kubes 2013 のレビュー) が代理マーカーに留まっていたのに対し、本手法はフロードットプロット上で H3Cit+/MPO+ 集団として NETs を直接可視化・計数した点が革新的である。
考察/結論
本研究は H3Cit・MPO・DNA の 3 構成分子を非透過化条件で染色するフローサイトメトリ法を確立し、Rac2/PAD4 KO マウス・ヒト ex vivo・ヒト in vivo の 3 レベルで従来顕微鏡法に対する妥当性を実証した。
先行研究との差異: 先行研究の Brinkmann et al. Science 2004 および Martinod et al. 2013 が顕微鏡法による NETs 形態評価を標準手法として用いていたのとは異なり、本研究は初めて非透過化条件でのフロー多重染色を定量ツールとして確立し、観察者バイアスと計数限界という 2 大問題を同時に解決した。Kessenbrock et al. 2009 (Kessenbrock et al. NatMed 2009) や Demers et al. 2012 が間接的マーカー (cf-DNA ELISA・MPO 活性) に依存していたのとは対照的に、本研究では H3Cit+/MPO+/DNA+ の三重陽性を用いた直接同定を実現した。後続研究として McGill et al. STARProtoc 2021 が本プロトコルを基盤としたマウス NETosis フロー解析の標準プロトコルを発表し、本手法の広範な普及を裏付けた。
新規性: 本研究で初めてフロー法により in vivo 循環 NETs を臨床検体 (末梢血 1 mL 未満) から直接定量することに成功した。非透過化条件でシトルリン化ヒストン (H3Cit) が検出できる原理的根拠は NETosis 時の核膜破裂による H3Cit の細胞外露出であり、この生物学的特性を巧みに利用した技術革新である。また、Adrover et al. 2023 によるがんと NETs の双方向的相互作用の包括的レビューが本手法を NET 研究の標準定量ツールとして引用しており、方法論的影響の広さを示している。
臨床応用の意義: 敗血症患者での in vivo 循環 NETs の絶対定量 (NETs/μL) は ICU での重症度評価・抗 NET 治療効果判定・DIC との相関評価への臨床応用可能性を示す。後続の研究で COVID-19 重症患者・がん関連血栓症・SLE での NET 上昇評価にも本手法が採用され、NETs 研究の標準的定量基盤として広く普及した。Albrengues et al. 2018 (Albrengues et al. Science 2018) の炎症由来 NETs による休眠癌細胞の再活性化研究をはじめとするがん研究での応用においても、本手法による in vivo 定量は不可欠の基盤となっている。
残された課題と今後の展望: (1) 非透過化 gating は初期 NETosis (核膜破裂前) を見逃す可能性がある、(2) 敗血症コホートは n=5 patients と小さく感度・特異度・カットオフ値の確立には大規模コホートでの検証が必要、(3) 機器間キャリブレーションと抗体ロット間変動の標準化が臨床的使用拡大に向けた課題として残されており、将来の多施設比較研究が期待される。
方法
フローサイトメトリ法プロトコル:
末梢血好中球 (マウス: 密度勾配分離、ヒト: EDTA 全血の 6% Hetastarch (HES) 沈降処理) を RPMI1640 に懸濁し、PMA (100 nM) または ionomycin (4 μM) で 4 時間刺激 (37°C、5% CO2)。2% パラホルムアルデヒド (PFA) で固定 → 2% BSA/DPBS でブロッキング (37°C、30 分) → 非透過化条件のまま一次抗体 anti-H3Cit (ab5103; Abcam、1:300)・二次抗体 Alexa Fluor 700 (1:300)・FITC 標識 anti-MPO (マウス: ab90812、1:50;ヒト: ab11729、1:10) で順次染色 → Hoechst 33342 (1:5000) で核染色。各染色後は 2% BSA/DPBS で洗浄・16,400 rpm/4°C/20 分遠心。FSC/SSC ゲートを設定せず最低 n = 10,000 cells/条件を重複解析し、H3Cit+/MPO+/Hoechst 33342+ の三重陽性集団を NETs と定義。
遺伝学的検証モデル:
Rac2-/- マウスおよび WT 対照 (n = 4 each) の末梢血好中球を精製・刺激し、顕微鏡法と FLOW 法を並行実施 (Supporting Table S1)。PAD4-/- マウスおよび WT 対照の HES 沈降全血を ionomycin 刺激後にフロー解析。
ヒト FACS ソーティング検証:
健常者末梢血好中球を ionomycin (4 μM、4 時間) で刺激し未刺激細胞と 1:1 混合。染色後に FACS ソーティングでスライドへ回収し、H3Cit+/MPO+/DAPI+ (NETs) および H3Cit-/MPO-/DAPI+ (静止好中球) の形態学的確認を実施 (n = 2 independent experiments)。
臨床検体: BCH/BIDMC からの EDTA 全血。健常対照 n = 7 patients (感染症・白血球増多なし) および ACCP 敗血症基準を満たす重症患者 n = 5 patients。採血後 3 時間以内に処理。統計: 平均値±SEM、Mann-Whitney 検定 (GraphPad Prism v5.0)、p<0.05 を有意とした。