• 著者: Alexandra Mousset, Enora Lecorgne, Isabelle Bourget, Pascal Lopez, Kitti Jenovai, Julien Cherfils-Vicini, Chloe Dominici, et al.
  • Corresponding author: Cedric Gaggioli (IRCAN, Universite Cote d’Azur) / Jean Albrengues (IRCAN, Universite Cote d’Azur)
  • 雑誌: Cancer Cell
  • 発行年: 2023
  • Epub日: 2023-04-10
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 37037615

背景

転移は癌死亡の主要原因であり、化学療法耐性の出現はその管理を困難にする最大の課題である。腫瘍微小環境 (TME) が化学療法耐性 (chemoresistance) を付与することは知られているが、特定の宿主細胞が治療結果に与える影響については未解明な点が多かった。好中球は血中白血球の最多成分であり、癌進展への関与も示されてきたが、化学療法耐性における役割は不明であった。

好中球細胞外トラップ (NETs) は、DNA・タンパク質の複合構造体であり、細菌感染防御機能を持つ一方、転移促進活性も報告されてきた (例: Albrengues et al. Science 2018Yang et al. Nature 2020Park et al. SciTranslMed 2016)。化学療法は炎症を誘発することが知られており、炎症と化学療法耐性の関連性、さらにNETsがこの関連において果たす役割は、本研究以前には明らかにされていなかった。特に乳癌肺転移という臨床的に重要な場面でのNETs機能は未解明のまま残されており、この課題が残されていた。

目的

化学療法投与後のNET形成誘導機序と、NETs媒介TGF-β活性化によるEMT誘導および化学療法耐性獲得の分子カスケードを解明する。さらに、NETs阻害 (PAD4阻害・DNase I) による化学療法感受性回復の可能性を前臨床モデルと患者検体で検証し、NET/TGF-β軸を新規治療標的として評価することを目的とした。

結果

化学療法による好中球動員とNET形成の誘導: シスプラチンまたはAC投与は、BALB/cマウスの肺転移巣において好中球の著明な増加と同時にNET形成 (citrullinated histone H3/MPO共局在) を誘導した (p < 0.001)。好中球をLy6G抗体で除去するか、CXCR2阻害薬で動員を阻止すると、化学療法の治療効果が劇的に改善された (腫瘍面積・転移巣数いずれもp < 0.01)。化学療法は好中球に直接作用するのではなく、化学療法処理癌細胞のCMがNET形成を誘導することが確認された。このCMはin vitroで好中球の遊走を促進し、CXCR2阻害薬やCXCL1/CXCL5ブロッキング抗体によりその効果は消失した (Figure 1)。好中球除去群では、シスプラチン単独群と比較して転移巣数が約3.5分の1に減少した (p < 0.001)。

NLRP3/IL-1β軸によるNET形成の誘導機序: 化学療法処理癌細胞はATP放出 → P2RX7/NFκB活性化 → NLRP3インフラマソーム組立て → カスパーゼ1活性化 → IL-1β分泌という一連の経路を経て、IL-1βを分泌することが判明した。NLRP3阻害薬またはIL-1β中和抗体はNET形成を阻止し、in vitroで化学療法感受性を有意に回復させた (Figure 3E)。IL-1β中和はin vivoで好中球動員も低下させ、肺転移巣数を有意に減少させた (p < 0.001)。また、NLRP3阻害薬はシスプラチン誘発急性腎障害 (AKI) を軽減し、血漿クレアチニンとBUN (blood urea nitrogen) の上昇を抑制した (Table 1)。NLRP3阻害薬は、in vitroにおける410.4細胞の化学療法耐性を約2.5-fold increaseで改善した (p < 0.01)。

NET媒介TGF-β活性化とEMT誘導: 化学療法処理後の癌細胞からは大量の潜在型TGF-β (LAP-TGF-β複合体) が分泌されていた。NETs存在下では潜在型TGF-βが活性化され、SMAD2リン酸化を介してEMT (epithelial-mesenchymal transition) 関連遺伝子 (N-cadherin上昇、Claudin 1低下) が誘導された (Figure 5B)。TGFβR1阻害薬はNET誘導EMTを完全に阻止し、in vivoでも転移巣への治療効果を大幅に改善した (p < 0.01)。RNAシーケンス解析では、NET CMで刺激された410.4細胞においてTGF-βおよびEMT関連シグナル経路が有意に上方制御されていることが示された (Figure 5A)。TGFβR1阻害薬とシスプラチンの併用により、肺転移巣の平均面積はシスプラチン単独群と比較して約60%減少した (p < 0.001)。

NET上のMMP9とintegrin αvβ1による分子メカニズム: NET-DNA足場上にはITGαvβ1とMMP9が共局在した (Figure 7A, 7B)。ITGαvβ1は潜在型TGF-β (LAP-RGD結合ドメイン) を捕捉する「トラップ」として機能し、MMP9がLAPを切断して活性型TGF-βを遊離させた (Figure 6C, 7D)。MMP9阻害薬またはITGαvβ1阻害薬/中和抗体はTGF-β活性化を阻止し、in vitroでの化学療法耐性を解消した (Figure 6G, 7G)。In vivoでもこれらの阻害薬は化学療法の肺転移に対する治療効果を顕著に改善した (ITGαvβ1阻害+シスプラチン vs シスプラチン単独: 転移巣数で有意差, p < 0.05)。MMP9阻害薬は、in vitroでNET CMによるTGF-β活性化を約80%抑制した (p < 0.001)。

患者検体での臨床的検証: 転移乳癌患者 (n=16) を化学療法奏効群 (PR/SD) と耐性群 (PD) に分けると、化学療法開始2週間後の血漿NETs濃度 (ELISA) は耐性群で著明に上昇したのに対し、奏効群では低値が維持された (p < 0.05)。なお乳癌原発巣の組織では化学療法前後いずれにおいてもNETsは検出されず、NETs関連化学療法耐性は転移巣特異的な現象であることが示された (Figure 2M-2O)。耐性群の患者では、化学療法後の血漿NETレベルが化学療法前と比較して平均2.3-fold increaseを示した。

考察/結論

新規性: 本研究は、化学療法 → 癌細胞ATP放出 → NLRP3/IL-1β活性化 → 好中球動員/NET形成 → NET上のITGαvβ1/MMP9によるTGF-β活性化 → EMT誘導 → 化学療法耐性、という一連の分子カスケードを本研究で初めて体系的に解明した点に独自性がある。特に、NETsが「プロテアーゼスキャフォールド」として機能し、latent TGF-βをITGαvβ1で捕捉しMMP9で切断活性化するという機序は、NETs機能の新規なパラダイムを提示した。

先行研究との違い: 先行研究では好中球やNETsが転移促進や免疫抑制に関与することが示されていたが (例: Albrengues et al. Science 2018Quail et al. NatMed 2013)、化学療法誘導性NETsが治療耐性を直接引き起こすという本知見はこれまでの報告と異なり、新規の側面である。化学療法がNLRP3/IL-1β経路を通じてNET誘導機序を活性化するというシグナル連鎖は、化学療法が炎症を増悪させ自身の効力を低下させるという逆説的な作用を分子レベルで説明した。

臨床応用: 臨床的意義として、PAD4阻害薬 (例: GSK484) やDNase Iの化学療法との併用は化学療法耐性克服の新規戦略として有望である。NLRP3阻害薬 (例: MCC950) は腎毒性からも保護する (シスプラチン誘発急性腎障害抑制) という追加利点も示された。また血漿NETs濃度は化学療法奏効予測バイオマーマーとしての可能性を持つ。進行性疾患の患者で化学療法後に血漿NETレベルが有意に増加したことから、NET/ITGαvβ1/MMP9/TGF-β軸が転移性乳癌の治療標的およびバイオマーカーとなる可能性が示唆される。

残された課題: 今後の検討課題として、本研究はマウス乳癌肺転移モデルを主体としており、他の転移臓器 (骨・肝・脳) や癌種での有効性は未検討である。患者コホートはn=16と小規模であり、前向き検証が必要である。乳癌原発巣ではNETsが検出されなかったことから、NET/TGF-β軸の標的化は転移性疾患に特有の戦略となる。また、EMT以外のNET依存性耐性機序 (免疫抑制経路・ドラッグエフラックス等) も存在する可能性があり、より網羅的な分子解析が今後の課題として挙げられる。

方法

マウス乳癌肺転移モデル (BALB/cマウスへの410.4, TS/A, PyMT細胞の尾静脈注射) を主要in vivoシステムとして使用した。化学療法はシスプラチン (Cis) とアドリアマイシン/シクロホスファミド (AC) を使用し、中和抗体 (anti-Ly6G) によるin vivo好中球除去実験およびCXCR2 (C-X-C motif chemokine receptor 2) 阻害薬による好中球遊走阻害実験を実施した。

NET形成を標的とするため、PAD4 (protein arginine deiminase 4) 阻害薬とDNase Iを使用した。IL-1β (interleukin-1β) 経路の解析ではIL-1β中和抗体とNLRP3 (NOD-like receptor family pyrin domain-containing 3) 阻害薬を使用した。TGF-β (transforming growth factor-β) 活性化機序の解析にはTGFβR1 (TGF-β receptor 1) 阻害薬、MMP9 (matrix metalloproteinase 9) 阻害薬、integrin αvβ1 (ITGαvβ1) 阻害薬・中和抗体、RGD (arginine-glycine-aspartic acid) ペプチドを使用した。In vitroではELISA (TGF-β活性型/総量、IL-1β、NETs)、ウエスタンブロット (LAP (latency-associated protein) degradation検出)、生物発光イメージング (BLI) による癌細胞増殖・化学療法感受性評価を行った。RNAシーケンス解析は、410.4細胞をNET CM (conditioned medium) で刺激した後に実施し、Dobin et al. Bioinformatics 2013Liao et al. Bioinformatics 2014Love et al. GenomeBiol 2014らの方法に従い、遺伝子発現量とGO (Gene Ontology) 解析を行った。統計解析には、二元配置分散分析 (two-way ANOVA) およびTukeyの多重比較検定、または一元配置分散分析 (one-way ANOVA) およびDunnettの多重比較検定、あるいは両側t検定を用いた。さらに転移乳癌患者 (n=16) の血漿NETs濃度 (化学療法前後) を測定し臨床的妥当性を検証した。