- 著者: Lujun Yang, Lingmin Liu, Qing Zhang, Shicheng Su, Erwei Song
- Corresponding author: Shicheng Su; Erwei Song (Sun Yat-Sen Memorial Hospital, Sun Yat-Sen University, Guangzhou, China)
- 雑誌: Nature
- 発行年: 2020
- Epub日: 2020-06-11
- Article種別: Original Article
- PMID: 32528174
背景
好中球細胞外トラップ (Neutrophil Extracellular Traps、NETs) は、好中球がクロマチンDNAフィラメントを顆粒タンパクでコーティングして放出する構造体であり、当初は感染防御機構として同定された Brinkmann et al. Science 2004、Fuchs et al. JCellBiol 2007。近年、マウスモデルにおいてNETsが転移を促進することが示されたが Cools et al. JClinInvest 2013、Tohme et al. CancerRes 2016、Albrengues et al. Science 2018、患者検体を用いたヒト腫瘍でのNETsの臨床的重要性や機能的役割は未解明であった。特に、NETsが転移を促進する詳細な分子メカニズムについては、依然として知識ギャップが残されている状況であった。
NETsの転移促進効果の提唱メカニズムとして、先行研究では「NETsが循環腫瘍細胞を物理的に捕捉し足場を提供する」という「トラップ仮説」が支持されていた Cools et al. JClinInvest 2013。しかし、NET-DNAが腫瘍細胞に特異的なシグナルを伝達する受容体を介して転移を誘導するという受容体-リガンド機序については全く解明されていなかった。また、NETsのDNA成分は、好中球の活性化に伴う酸化ストレスにより、8-ヒドロキシ-2’-デオキシグアノシン (8-OHdG) などの酸化的DNA損傷を豊富に含むことが知られていた Park et al. SciTranslMed 2016。しかし、このような酸化修飾DNAが腫瘍細胞の機能的リガンドとなる可能性は未検討であり、その認識機構や下流シグナル経路については全く不明であった。
本研究は、NET-DNA上の化学的特徴 (8-OHdG) を認識する新規受容体を腫瘍細胞上に同定し、その下流シグナル経路と肝転移における役割を解明することを目的とした。発見されたCCDC25という受容体は既知の機能のない仮想タンパクであり、本研究がその生物学的機能を世界で初めて明らかにした。特に、NETsが肝転移において果たす役割の臨床的意義と、その分子基盤を詳細に解析することが、転移性疾患の新たな治療戦略開発に繋がるものと考えられた。これらの背景から、NETsが癌転移を促進する分子メカニズムの解明と、それに基づく治療標的の同定が強く求められていた。
目的
本研究の目的は、NETs由来DNAが腫瘍細胞の化学走性、接着、運動能を促進する新規膜受容体を同定し、そのシグナル経路と遠隔転移、特に肝転移における役割を解明することである。具体的には、以下の点を明らかにすることを目指した。
- 乳がんおよび大腸がん患者の転移巣におけるNETsの存在と臨床的意義を評価し、血中NETsレベルが肝転移リスクを予測するバイオマーカーとなり得るかを検証する。
- 腫瘍細胞の細胞膜上に存在するNET-DNA結合タンパク質を同定し、特にNET-DNA上の8-OHdG修飾に対する結合特異性を評価する。
- 同定された受容体CCDC25がNET-DNAを介して活性化する細胞内シグナル経路を詳細に解析し、細胞骨格の再編成と細胞遊走への影響を明らかにする。CCDC25はインテグリン結合キナーゼ (ILK) をリクルートし、ILK-β-parvin-RAC1/CDC42シグナルカスケードを活性化すると仮説を立てた。
- in vitroおよびin vivoモデルを用いて、CCDC25がNETsを介した癌細胞の遊走、接着、転移形成に必須であることを機能的に検証する。具体的には、CCDC25ノックアウト (KO) が癌細胞の挙動と転移に与える影響を評価する。
- CCDC25の発現が患者の予後と関連するかを臨床コホートで解析し、CCDC25が治療標的として、また予後予測因子としての可能性を評価する。
これらの目的を達成することで、NETsを介した癌転移の新たな分子メカニズムを解明し、転移性疾患に対する新規治療戦略の開発に貢献することを目指した。
結果
NETsと肝転移の臨床的相関: 乳がん患者 (n=544) の転移巣においてNETsが豊富に存在し、特に肝転移巣での集積が最も顕著であった (他部位転移および原発巣と比較してp<0.0001)。血清MPO-DNA複合体レベルは肝転移症例で有意に高く、早期乳がん患者における肝転移予測のAUCは0.863 (95% CI 0.812-0.914) と高い予測精度を示した (Extended Data Fig. 1f)。大腸がん患者の肝転移巣でも同様の所見が確認された。マウスモデルでは、NETosisが肝転移の検出 (day 34) より先行して生じ (day 16)、NETs形成が肝転移の前提条件であることを示唆した。PAD4 KOマウス (n=6 mice/group) ではNET形成と肝転移が有意に抑制され (対照との比較でp<0.0001)、DNase Iによるin vivo NET分解も肝転移を著明に抑制した (Extended Data Fig. 2f, g)。
NET-DNAの化学走性因子としての機能: NET-DNA (5 μg/ml以下の濃度範囲で) はMDA-MB-231腫瘍細胞の遊走および接着を濃度依存的に促進した。DNase I添加によりこの効果は完全に消失し、DNAが活性成分であることを確認した。Transwellおよびμ-slide chemotaxisアッセイの両方でNET-DNAへの指向性遊走が実証され、NETsが単なる「トラップ」ではなく、腫瘍細胞を引きつける「化学走性因子」として機能するという新概念が確立された (Extended Data Fig. 3l, m, n)。MDA-MB-231細胞の遊走はNET-DNA濃度が5 μg/mlで最大となり、未処理細胞と比較して約3.5倍の遊走細胞数を示した (p<0.0001)。
CCDC25の新規NET-DNA受容体としての同定と結合特性: ビオチン標識NET-DNAプルダウンとLC-MSにより、CCDC25 (22kDa) が同定された (Fig. 2a)。EMSA、競合アッセイ、Octetバイオレイヤー干渉法により結合が多重確認された。CCDC25の8-OHdG rich DNAへの親和性はKd=6.0±1.5nMであり、non-8-OHdG DNAへの親和性Kd=26.6±6.0nMと比較して4.4倍高かった (Extended Data Fig. 4k)。これは8-OHdGがCCDC25の優先的認識部位であることを示す。EMSA-super shiftおよびCCDC25 KO EMSA消失によりin situ結合が確認された (Extended Data Fig. 4d, e)。CCDC25のN末端細胞外ドメイン (AA21-25=KDKYE) が結合に必須であり、AA21-25変異体はNET-DNA結合も肝転移も消失したが、AA16-20変異体は影響がなかった (Fig. 3d, e)。
CCDC25→ILK→β-parvin→RAC1/CDC42シグナル経路の解明: NET-DNA刺激後のHis-CCDC25プルダウンとLC-MSにより、ILK (integrin-linked kinase) が同定された (Extended Data Fig. 9a-c)。CO-IPおよび共焦点顕微鏡によりCCDC25-ILK相互作用が確認され (Fig. 4a, Extended Data Fig. 9d)、CCDC25のC末端細胞内ドメインがILKをリクルートすることが示された (Fig. 4b, c)。ILKはβ-parvinを選択的にリクルートし、NET-DNA刺激によりGTP-bound RAC1およびCDC42が有意に増加した (Fig. 4e)。CCDC25 KO、ILK KO、またはβ-parvinノックダウンのいずれでもRAC1/CDC42活性化が抑制された (Fig. 4e, Extended Data Fig. 10b, c)。このシグナルはAKT・GSK3βリン酸化には関与しないことが確認された (Extended Data Fig. 10a)。ILK KO細胞では糸状仮足形成 (filopodium-like protrusions) が著明に抑制され (n=5 experiments、p<0.0001)、in vivoでもILK KO MDA-MB-231細胞の肝転移が著明に抑制された (n=6 mice/group、p<0.0001) (Fig. 4f, g)。
in vivoでの転移抑制効果: CCDC25 KO MDA-MB-231細胞の脾内注射により、FDG-PET/CTで肝転移が著明に抑制された (n=5 mice/group、対照と比較してp<0.0001) (Fig. 2e)。抗CCDC25中和抗体の全身投与 (1mg/kg) も肝転移を著明に抑制した (Extended Data Fig. 6i)。MMTV-PyMT;CCDC25-/-マウスでは、LPS誘発肺転移が有意に減少したが、原発腫瘍成長には影響がなかった (Extended Data Fig. 6c, d)。患者由来乳がん初代培養細胞でもCCDC25 KOにより接着、遊走、細胞骨格リモデリングが著明に抑制された (Extended Data Fig. 6a)。
臨床的意義と予後解析: 乳がん患者コホートにおいて、CCDC25高発現例 (n=268) は低発現例 (n=573) と比較して有意に長期生存率が低下した (Kaplan-Meier、ログランク検定p=0.0127) (Fig. 2f)。CCDC25は独立した予後因子であることが示された。Human Protein Atlasデータベースでも乳がんおよび大腸がんにおけるCCDC25高発現が確認され、腫瘍浸潤前縁でのCCDC25膜染色が顕著であり、転移能との関連が示唆された (Extended Data Fig. 7e)。
考察/結論
本研究は、腫瘍細胞がNETs由来の酸化DNA (8-OHdG) を特異的に認識する膜タンパク受容体CCDC25を発現し、CCDC25→ILK→β-parvin→RAC1/CDC42という新たな細胞内シグナルカスケードで細胞骨格リモデリングと糸状仮足形成を誘導して転移能を獲得するという全く新規の転移機序を解明した。
先行研究との違い: 従来の「トラップ仮説」(NETsが循環腫瘍細胞を物理的に捕捉する)とは根本的に異なり、本研究はNET-DNAが化学走性因子として腫瘍細胞を積極的に引き寄せ、特異的受容体-リガンド機序で細胞骨格を制御して転移を推進するという新概念を確立した。これは、NETsが受動的な足場として機能するだけでなく、能動的なシグナル伝達分子として癌転移を促進するという点で、これまでの報告と対照的な知見である。
新規性: 本研究で初めて、CCDC25がNET-DNA上の8-OHdGを特異的に認識する新規の膜貫通型DNA受容体であることを同定した。8-OHdGという特定のDNA修飾が生物学的リガンドとして機能するという発見は、酸化DNA損傷の役割に関する従来の認識(単なる損傷マーカー)を根本から覆すものであり、極めて新規性が高い。Kd=6.0nMという高親和性結合は、CCDC25が生理的なNET-DNA濃度域でも効率的に機能しうることを示唆する。また、CCDC25のN末端細胞外ドメイン (AA21-25) がDNA結合に必須であること、および細胞内C末端がILKをリクルートし、ILK-β-parvin-RAC1/CDC42経路を活性化するという詳細な分子メカニズムを本研究で初めて明らかにした。
臨床応用: 抗CCDC25中和抗体がin vivoモデルで肝転移を著明に抑制したことは、CCDC25がNETsを介した遠隔転移の予防および治療において有望な治療標的となり得ることを直接的に示す。腫瘍細胞のみに発現する膜タンパクを標的とするため、好中球機能全般を障害する副作用リスクを回避できる可能性がある。また、血清MPO-DNAレベル (AUC=0.863) は早期乳がん患者における肝転移リスクを予測する非侵襲的バイオマーカーとして臨床応用の可能性を持つ。CCDC25の高発現が患者の予後不良と関連することも、その臨床的意義を裏付けるものである。
残された課題: 今後の検討課題として、本研究が乳がんおよび大腸がんを主対象としているため、肺がん、膵がんなど他の転移性悪性腫瘍におけるCCDC25の役割を検証する必要がある。また、8-OHdG以外のNET-DNA修飾 (例: ヒストンシトルリン化) が他の受容体を介して転移に寄与するか否かも未検討である。CCDC25の全身投与抗体以外の治療モダリティ (低分子阻害薬、抗体薬物複合体 (ADC) など) の開発も今後の課題である。NETosisそのものの治療的阻止 (PAD4阻害薬など) との比較や組み合わせ戦略も検討が必要である。転移前ニッチ形成との関係、特にNETsが転移検出の約18日前に先行して形成されるというタイムラインを利用した早期介入の可能性も重要な研究領域である。
方法
臨床コホートとNETsの定量: 乳がん患者 (n=544) の原発巣および肝、肺、骨、脳転移巣におけるNETsの存在を、ミエロペルオキシダーゼ (MPO) およびシトルリン化ヒストンH3 (H3cit) の免疫蛍光染色により定量した。血清MPO-DNA複合体レベルを測定し、早期乳がん患者における肝転移予測因子としてのROC曲線下面積 (AUC) を評価した。大腸がん患者においても同様の解析を実施した。マウスモデルでは、4T1細胞またはMDA-MB-231細胞を乳腺脂肪パッドに接種し、経時的な肝臓および肺におけるNETs形成と転移の動態を評価した。
受容体同定と結合特性解析: MDA-MB-231細胞膜タンパク質をビオチン標識NET-DNAとインキュベートし、ストレプトアビジンビーズを用いたプルダウン後、液体クロマトグラフィー-マス・スペクトロメトリー (LC-MS) により22kDaのタンパク質としてコイルドコイルドメイン含有タンパク質25 (CCDC25) を同定した。CCDC25とNET-DNAの結合は、電気泳動移動度シフトアッセイ (EMSA)、Octetバイオレイヤー干渉法 (SPR)、および競合アッセイにより確認した。特に、8-OHdGを豊富に含むDNAと非8-OHdG DNAに対するCCDC25の結合親和性 (Kd値) を比較し、8-OHdGがCCDC25の優先的認識部位であるかを検証した。CCDC25のN末端細胞外ドメイン (AA21-25) の変異体がNET-DNA結合に与える影響も評価した。
シグナル経路解析: NET-DNA刺激後のHis-CCDC25プルダウンとLC-MSにより、CCDC25と相互作用するタンパク質としてILK (integrin-linked kinase) を同定した。共免疫沈降 (CO-IP) および共焦点顕微鏡を用いて、CCDC25-ILK、ILK-β-parvin、およびRAC1/CDC42の活性化を検証した。CRISPR-Cas9システムを用いてCCDC25およびILKのノックアウト (KO) MDA-MB-231細胞株を作製し、これらの遺伝子欠損がNET-DNA誘導性の細胞遊走、接着、細胞骨格再編成、およびRAC1/CDC42活性化に与える影響を機能的に解析した。
in vivo転移モデル: ペプチジルアルギニンデイミナーゼ4 (PAD4) KOマウス (NET形成欠損) を用いた脾内注射肝転移モデルにおいて、NET形成の欠損が肝転移に与える影響を評価した。CCDC25 KO MDA-MB-231細胞の脾内注射による肝転移抑制効果 (n=5 mice/group) をFDG-PET/CTイメージングで評価した。MMTV-PyMT;CCDC25-/-マウスを用いたリポ多糖 (LPS) 誘発肺転移モデル (n=6 mice/group) において、CCDC25欠損が転移に与える影響を解析した。さらに、抗CCDC25中和抗体の全身投与による治療効果をNOD/SCIDマウスモデルで検証した。
統計解析: 全ての統計解析はGraphPad Prism 7ソフトウェアを用いて実施した。データは平均±標準誤差 (s.e.m.) または平均±標準偏差 (s.d.) で示された。群間比較には、二側性Studentのt検定、一元配置ANOVAとTukey検定を用いた。生存解析にはKaplan-Meier曲線とログランク検定 (log-rank test) を使用した。p値が0.05未満を有意差ありと判断した。