• 著者: Xiuhui Shi, Alex X. Arreola, Zhijun Zhou, Jingxuan Yang, Mingyang Liu, Yang Cai, Yuqing Zhang, Min Li
  • Corresponding author: Yuqing Zhang (yuqing-zhang@ou.edu), Min Li (min-li@ou.edu; University of Oklahoma Health Campus)
  • 雑誌: Cancer Cell
  • 発行年: 2026
  • Epub日: 2026-01-16
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 41687610

背景

がん悪液質 (cancer cachexia) は、膵がん、肺がん、食道がん、胃がんなどの進行期悪性腫瘍において極めて高頻度に発生する全身性の消耗性症候群である。この病態は、骨格筋および脂肪組織の進行性かつ不可逆的な消耗と、中枢性の食欲低下 (anorexia) を特徴とする。がん患者の生活の質 (QOL) を著しく損なうだけでなく、化学療法の忍容性を低下させ、結果として全生存期間 (OS) を著しく短縮させる要因となるが、現在までにFDAが承認した有効な標準治療薬は存在しない。

悪液質を駆動する主要な液性因子として、GDF15 (growth and differentiation factor 15) が注目されている。GDF15は、元来 MIC-1 (macrophage inhibitory cytokine-1) としても同定されたTGF-β超家族に属する炎症関連サイトカインである。GDF15は、脳幹後部の最後野および孤束核に特異的に発現する GFRAL-RET (GDNF family receptor alpha-like / Rearranged during Transfection) 受容体複合体に結合し、食欲抑制や交感神経活性化を介した脂肪組織の褐色化 (browning) および脂肪分解 (lipolysis) を引き起こすことが知られている。近年、GDF15中和抗体であるPonsegromabが臨床試験で体重および筋肉量の改善を示し、悪液質治療の有望な標的として検証が進められている。

しかしながら、腫瘍微小環境 (TME) 内においてGDF15を産生する主要な細胞種が何であるか、また腫瘍細胞、免疫細胞、神経系の三者間におけるGDF15発現の相互制御機構の全貌は未解明であった。これまでの先行研究である Johnen et al. (2007) や Suriben et al. (2020) では、主に腫瘍細胞自身が産生するGDF15の作用機序に焦点が当てられており、TME内の免疫浸潤細胞が果たす役割については情報が不足していた。さらに、腫瘍と宿主の神経系がどのようにクロストークし、悪液質病態を増幅させるかという全身性回路の理解には大きなgapが残されている。特に、Swanton et al. Cell 2024 が提唱するように、がんは全身性疾患であり、局所の腫瘍シグナルが全身のエネルギー代謝恒常性を破綻させる詳細な分子経路の解明が求められていた。

目的

本研究は、がん悪液質と食欲不振を駆動する未解明の「腫瘍-免疫-神経 (tumor-immune-neural) 回路」の全体像を解明することを目的とする。具体的には、TMEにおけるGDF15の主要な細胞起源を特定し、その産生を制御する上流因子を同定する。さらに、GDF15-GFRAL/RETシグナルが中枢神経系を介して末梢交感神経を活性化し、腫瘍細胞の遺伝子発現を修飾して悪液質を自己増幅するフィードフォワードループの存在を検証する。最終的に、この同定された回路の各ノード (CSF1、GDF15、RET) を薬理学的に遮断することにより、がん悪液質および食欲不振に対する新規治療戦略を確立することを目指す。

結果

腫瘍関連マクロファージがTMEにおけるGDF15の主要な産生源である: 臨床検体解析において、重症悪液質を伴う膵がん患者の腫瘍組織では、非悪液質患者と比較して、TH陽性の交感神経線維およびCD68陽性のマクロファージの浸潤が有意に増加していた (Fig 1A)。マウスKPC腫瘍組織のscRNA-seq解析により、正常膵組織と比較してマクロファージクラスターが著しく増加しており、TME内におけるGdf15発現の大部分がマクロファージに由来することが判明した (Fig 1B, 1C)。これを実証するため、KPC同所性膵がんモデルマウスにクロドロネートリポソームを投与してマクロファージを枯渇させたところ、血清GDF15レベルは著しく低下した (n=5 mice vs n=3 mice, p<0.05) (Fig 1D)。さらに、マクロファージマーカーであるCD68とGDF15の発現レベルの間には強い正の相関が確認された (Pearson r=0.542, p=0.009) (Fig S1A)。

Gdf15欠損は複数の癌種において悪液質症状を劇的に改善する: Gdf15-/- マウスを用いたKPC同所性移植モデルでは、野生型 (WT) マウスと比較して、担がん状態における食事摂取量が有意に維持されていた (n=5 mice/group, p<0.05) (Fig 1E)。さらに、Gdf15-/- マウスでは、前脛骨筋 (TA) 筋肉量が有意に保持され (n=16 mice vs n=14 mice, p<0.05) (Fig 1G)、握力の低下も抑制された (n=8 mice vs n=7 mice, p<0.05) (Fig 1F)。骨格筋組織における筋萎縮マーカーである MuRF1 (muscle RING finger 1) および Atrogin-1 の発現上昇も、Gdf15-/- マウスにおいて有意に抑制された (Fig 1H)。同様の筋肉および脂肪組織の保護効果は、肺がんおよび皮膚がん (メラノーマ) モデルでも再現され、GDF15を介した悪液質増幅の普遍性が示された (Fig S3H-S3Q)。

腫瘍細胞のZIP4-ZFP64-CSF1軸がマクロファージのGDF15分泌を誘導する: 腫瘍細胞における亜鉛トランスポーターZIP4のノックダウンは、CSF1の分泌を著しく抑制した (n=3 replicates, p<0.01) (Fig 2D)。分子メカニズムとして、ZIP4の下流で活性化する転写因子ZFP64が、CSF1プロモーター領域に直接結合してその転写を活性化することがChIP-PCRおよびルシフェラーゼアッセイにより実証された (Fig 3E, 3I)。さらに、ZFP64はZIP4自身のプロモーターにも結合し、双方向の正のフィードバックを形成していた (Fig 3H, 3I)。この腫瘍由来CSF1を受容したマクロファージでは、CREB (cAMP response element-binding protein) のリン酸化を介してGDF15の発現および分泌が著しく亢進した (n=3 replicates, p<0.01) (Fig 4A, 4B)。マクロファージをリコンビナントCSF1で刺激すると、GDF15分泌の著しい上昇 (5-fold increase) が確認された (Fig 4C)。

GDF15-GFRAL/RETを介した交感神経活性化が腫瘍のZIP4-CSF1発現を高める: Gdf15-/- 担がんマウスの腫瘍組織では、WTマウスと比較して交感神経末梢から放出されるノルエピネフリン (NE) レベルが有意に低下していた (n=8 mice vs n=7 mice, p<0.05) (Fig 1I)。in vitro において、腫瘍細胞をNE (10 μM) で処理すると、β2アドレナリン受容体である ADRB2 (beta-2 adrenergic receptor) を介して ZIP4 および CSF1 の発現が著しく亢進した (n=3 replicates, p<0.01) (Fig 2B, Fig 1L)。これにより、マクロファージ由来のGDF15が脳幹GFRAL-RET受容体を介して交感神経を活性化し、放出されたNEが腫瘍細胞のZIP4-CSF1発現をさらに高めてマクロファージを動員・活性化させるという、三者間の自己増幅フィードフォワード回路の存在が証明された (Fig 1N, Fig 7I)。

エネルギー代謝恒常性の維持と薬理学的回路遮断による悪液質改善: 代謝解析において、Gdf15-/- 担がんマウスは、WTマウスと比較して自発活動量が高く維持され (Fig 4I, 4J)、呼吸交換比 (RER) が高値を示したことから、脂質酸化から糖質利用への代謝シフトが抑制され、エネルギー恒常性が維持されていることが示された (Fig 4K, 4L)。 この回路を標的とした治療介入として、RET阻害薬である Selpercatinib、抗CSF1R抗体 (Axatilimab)、および抗GDF15抗体 (Ponsegromab) を投与したところ、いずれの治療群においても、骨格筋重量の減少および握力低下が有意に改善された (n=7 mice/group, p<0.05) (Fig 7B-7G)。特に、Selpercatinib および抗CSF1R抗体は腫瘍増殖抑制効果も併せ持っていた (Fig S9D, S9H)。

考察/結論

本研究は、がん悪液質および食欲不振を駆動する、これまで報告されていない「腫瘍-免疫-神経回路」を新規に同定し、その詳細な自己増幅ループの分子機構を明らかにした。

先行研究との違い: これまでの悪液質研究は、主に腫瘍細胞自身が直接分泌する液性因子(IL-6や腫瘍由来GDF15など)が標的臓器に作用する経路に焦点を当てていた。これに対照的に、本研究はTME内に浸潤する腫瘍関連マクロファージ (TAM) がGDF15の主要な産生源であることを突き止め、腫瘍由来CSF1がその分泌を駆動するという「非細胞自律的」な制御機構を明らかにした点で大きく異なる。さらに、Gordon et al. Nature 2017 などの先行研究がTAMの免疫抑制能に着目していたのに対し、本研究はTAMが全身の代謝恒常性を中枢神経系を介して破綻させるメディエーターとして機能することを示した。

新規性: 本研究は、GDF15-GFRAL/RETシグナルが脳幹を介して交感神経系を活性化し、腫瘍局所におけるNE放出を高めることで、腫瘍細胞のZIP4-ZFP64-CSF1軸をさらに増幅させるという「腫瘍→免疫→神経→腫瘍」の自己強化型フィードフォワードループを本研究で初めて実証した。これは、がん神経科学 (cancer neuroscience) における極めて新規性の高い発見である。

臨床応用: 本研究の知見は、がん悪液質治療におけるマルチターゲット戦略の臨床的有用性を強く支持する。すでに臨床で使用されているRET阻害薬 Selpercatinib、FDA承認済みの抗CSF1R抗体 Axatilimab、および第3相試験進行中のGDF15中和抗体 Ponsegromab は、いずれもこの悪液質増幅回路を効果的に遮断できる。特に、Selpercatinibを投与されたがん患者において臨床現場で観察される「体重増加」という随伴症状が、本研究が解明した交感神経-悪液質回路の遮断によるものであることを裏付けており、ドラッグ・リポジショニングとしての即応性が高い。

残された課題: 今後の検討課題として、交感神経遮断薬(β遮断薬など)を併用した際の、この三者間回路への直接的な治療効果の検証が挙げられる。また、本研究のマウスモデルにおける知見をヒト臨床に外挿するにあたり、がん種や病期によるTME内のマクロファージ比率やGDF15産生細胞の不均一性を詳細に評価することが今後の課題である。

方法

本研究では、ヒト膵がん患者の臨床検体および複数のマウス担がんモデルを用いて、腫瘍-免疫-神経回路の機能解析を行った。

臨床解析として、重症悪液質(体重減少10%以上)および軽症/非悪液質(体重減少10%未満)の膵がん患者から得られた腫瘍組織を用いて、交感神経マーカーである TH (tyrosine hydroxylase) およびマクロファージマーカーである CD68 の免疫組織化学 (IHC) 染色を実施した (n=6, 10)。また、公開データセット (GEO: GSE228502) を用いて、正常膵組織とKPC (KrasG12D; Trp53R172H; Pdx1-Cre) 腫瘍組織の単一細胞RNAシーケンシング (scRNA-seq) 解析を行い、GDF15産生細胞クラスターを同定した。

動物実験では、C57BL/6Jマウスおよび Gdf15 全身ノックアウト (Gdf15-/-) マウスを用いて、KPC細胞による同所性膵がんモデル、肺がんモデル、およびメラノーマモデルを構築した。マクロファージの関与を検証するため、クロドロネートリポソームを用いた体内マクロファージ枯渇実験を行い、血清GDF15レベルをELISA (enzyme-linked immunosorbent assay) で測定した。

分子メカニズムの解析では、腫瘍細胞における亜鉛トランスポーター ZIP4 (zinc transporter 4) および転写因子 ZFP64 (zinc finger protein 64) のノックダウン (shRNA) および過剰発現株を構築した。ZFP64が CSF1 (colony-stimulating factor 1) および ZIP4 プロモーターに直接結合することは、ルシフェラーゼレポーターアッセイおよびクロマチン免疫沈降 (ChIP)-PCR法により検証した。

代謝評価には、Promethion代謝ケージシステムを用い、食事摂取量、自発活動量、および呼吸交換比 (RER) を連続測定した。薬理学的介入として、RET阻害薬である Selpercatinib (30 mg/kg, 毎日経口投与)、抗CSF1R抗体 (Axatilimab, 400 μg, 週3回腹腔内投与)、および抗GDF15中和抗体 (Ponsegromab, 10 mg/kg, 週1回皮下投与) を用いて治療効果を評価した。統計解析には GraphPad Prism 10.0 を使用し、2群間比較には Student’s t検定、多群間比較には一元配置または二元配置 ANOVA (Tukeyの多重比較検定) を適用した。