• 著者: McDonald PC, Topham JT, Awrey S, Tavakoli H, Carroll R, Brown WS, Gerbec ZJ, Kalloger SE, Karasinska JM, Tang P, Goodwin R, Jones SJM, Laskin J, Marra MA, Morin GB, Renouf DJ, Schaeffer DF, Dedhar S
  • Corresponding author: Shoukat Dedhar (BC Cancer Research Institute, Vancouver, Canada)
  • 雑誌: Communications Biology
  • 発行年: 2025
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 40615661

背景

膵管腺癌 (PDAC: Pancreatic Ductal Adenocarcinoma) は早期転移と極めて不良な予後を特徴とする難治性悪性腫瘍であり、慢性膵炎はそのリスク因子となる。腫瘍と転移巣は免疫抑制的な線維炎症性 (fibro-inflammatory) 腫瘍微小環境 (TME: Tumor Microenvironment) を形成しており、炎症が疾患進行の主要な推進力として機能する。腫瘍関連好中球 (TAN: Tumor-Associated Neutrophil) はがん進行において多様な機能を持ち、TAN の一部は抗原提示能を有するサブセットとして同定されているが (Singhal et al. CancerCell 2016)、PDAC では腫瘍促進・転移促進方向に機能する証拠が蓄積している。

好中球はサイトカイン・ケモカイン刺激に応じて NETosis (neutrophil extracellular trap formation) を起こし、脱凝縮クロマチン・修飾ヒストン・プロテアーゼから構成される NETs (Neutrophil Extracellular Traps) を形成する。NETs の構成成分であるヒストンタンパク質や好中球 DNA が凝固系を活性化することが in vitro で示されており (Noubouossie et al. Blood 2017)、NETs が多面的な病態生理学的役割を持つことが明らかにされてきた。また好中球エラスターゼ (neutrophil elastase) 阻害による NETs 形成抑制が敗血症モデルを防護することも示されており (Okeke et al. Biomaterials 2020)、NETs の薬理学的制御が治療標的として有望であることが示唆されている。

がん領域では、NETs が乳がんや大腸がんにおいて腫瘍細胞と相互作用し転移促進に寄与することが先行研究で示されている。特に NET-DNA が細胞表面受容体 CCDC25 (coiled-coil domain-containing protein 25) に結合して ILK (Integrin-Linked Kinase) と PARVB (parvin beta) を動員し腫瘍細胞の遊走・浸潤を促進する機構が乳がん系で報告されており、また NETs が炎症誘導性に休眠がん細胞を「覚醒」させることも知られている。高値の循環好中球対リンパ球比 (NLR: Neutrophil-to-Lymphocyte Ratio) が各種がんの予後不良と相関することは確立されているが、PDAC における NET 関連遺伝子発現シグネチャーを用いた患者の分子的層別化については知識の gap in knowledge が存在していた。PDAC 特異的な NETs と腫瘍細胞間相互作用の分子機構、および NET 関連シグナル経路の治療標的としての有用性は手薄であり、予後予測マーカーとなる NET 遺伝子発現パターンは不足していた。

目的

切除可能および転移性 PDAC 患者の統合 RNA-seq コホート (n=369) を用いて PDAC 特異的な NET 関連遺伝子発現シグネチャーを同定し、予後層別化マーカーとしての有効性を検証するとともに、NETs による PDAC 細胞の浸潤・転移促進に関与するシグナル経路を解明し、治療標的を同定すること。

結果

NLR高値と転移性PDACの予後不良(HR=3.0):転移性 PDAC コホート (n=67) において、ベースライン NLR > 6.75 の高値群 (n=13) は NLR 低値群 (n=54) に比べて有意に短い全生存期間 (OS) を示した (HR=3.0、log-rank test、Fig. 1A)。NLR は末梢血中の好中球絶対数とリンパ球絶対数の比として算出される全身炎症指標であり、複数のがん腫で予後規定因子として報告されている。NLR > 6.75 は腫瘍関連好中球の高活性化状態と NETs 産生亢進を反映する代替臨床指標として機能し、好中球優位の免疫抑制的腫瘍微小環境が成立している可能性を示す。この転移性コホートにおける NLR 高値と不良予後の関連は、続く RNA-seq コホートでの NET 遺伝子シグネチャー解析における患者層別化の臨床的動機付けとなった。NLR 高値群は転移性 PDAC における独立した予後因子として位置づけられ、NET 関連バイオマーカーとの組み合わせによる予後モデルの構築が期待された。

NET遺伝子クラスタリングとILK相関シグネチャーGroup 2の同定:369名の PDAC 患者 RNA-seq データに対するコンセンサスクラスタリングにより、NET 関連遺伝子が6クラスターに最適分類された (Fig. 1B)。Cluster 5 (n=8遺伝子: LDLR/MAPK3/CARD11/GSDMD/SRC/RIPK3/KLF2/TICAM1、細胞死・ネクロプトーシス関連) と Cluster 6 (n=23遺伝子: ACTB/PKM/ACTG1/ACTN4/ENO1/MYH9/CD44/ITGB1/SPP1/TIMP1/ACTN1/AKT2/TKT/F3/AKT1/MFN2/MTOR/MYD88/DNAJB1/CEBPB/DCBLD2/KRT10/MAPK7、インテグリン-アクチン細胞骨格・EMT 関連) が ILK 発現と有意に相関した (Spearman p=0.017、Fig. 1B, C)。CCDC25 発現とはいずれのクラスターも相関しなかった。Cluster 6 には ILK の直接基質・相互作用因子である ITGB1、AKT1、AKT2、MTOR、CD44 が濃縮されていた。

この31遺伝子 NET シグネチャーを用いた患者レベルのサンプルクラスタリングにより4つのサブグループが同定された (Fig. 1D)。Group 2 (Cluster 6 高発現・ILK シグナル高) と Group 4 は Group 3/1 に比べて ILK 発現が有意に高かった (ANOVA p<0.0001)。Table 1 の Cluster 6 遺伝子の上昇比率を見ると、転移性 Group 2 では CD44 が 92% vs Group 3 の 0%、ACTN1 が 46% vs 8%、AKT2 が 54% vs 8% と明確な差を示した。切除可能 Group 2 でも ITGB1 が 42% vs Group 3 の 3%、ACTN1 が 42% vs 5% と同様の傾向が観察された。一方、Cluster 5 の細胞死関連遺伝子は Group 3 で優位であり、KLF2 (オートファジー) は切除可能 Group 3 で 78% vs Group 2 の 3%、転移性 Group 3 で 83% vs Group 2 の 0% と顕著な差を示した (Table 2)。Kaplan-Meier 解析では Group 2 が切除可能例 (p=0.023) および転移性例 (p=0.0064) の両方で最も不良な OS を示し、Group 3 (細胞死シグナル高) は相対的に良好な転帰を示した (Fig. 1H)。転移性全サンプルでも NET シグネチャー High (Group 2+3+4) は Low (Group 1) に比べて有意に短い OS を示した (Fig. 1I)。

ヒトPDAC腫瘍でのNETs・CCDC25-ITGB1-ILK三量体複合体の同定:ヒト PDAC 原発腫瘍20例の多色 IF 染色で、MPO と cit-H3 の共局在による NETs の存在が複数症例の腫瘍切片内で確認された (Fig. 2A)。腫瘍上皮細胞において ILK と ITGB1 の共局在 (Fig. 2B) および ILK と CCDC25 の共局在 (Fig. 2C) が観察された。遺伝子発現レベルでは CCDC25 と ILK の相関は認められなかったが、タンパク質レベルでの共局在は確認された。MIA PaCa-2 xenograft の原発腫瘍・肝転移巣および KPCY GEMM (genetically engineered mouse model) でも NETs と ILK/ITGB1/CCDC25 の共局在が確認された (Fig. 2D-K)。Co-IP 実験では、MIA PaCa-2 および KPCY 細胞において ITGB1 の免疫沈降産物に ILK と CCDC25 が共沈降し (Fig. 2L)、CCDC25 の IP 産物にも ILK が共沈降した (Fig. 2M, N)。NETs (5 µg/mL) 刺激により ITGB1-IP 中の ILK 量が増加し、CCDC25-ITGB1-ILK 三量体複合体形成が NET 刺激によって増強されることが初めて実証された。

NETs誘導Matrigel浸潤はITGB1・CCDC25・ILK依存性:MIA PaCa-2 および KPCY PDAC 細胞に NETs (5-10 µg/mL) を添加すると Matrigel インベイジョンが有意に増加した (n=3独立実験、ANOVA p<0.001)。この浸潤促進効果は以下の各介入で有意に抑制された: ①DNase I 処理 (NET-DNA 分解、MIA PaCa-2 では control レベルに回復、KPCY では部分的抑制)、②dox 誘導 CCDC25 shRNA ノックダウン (Fig. 3C)、③ITGB1 機能阻害抗体 (5-10 µg/mL、Fig. 3D、ANOVA p<0.05)、④ILK siRNA ノックダウン (Fig. 3E, F、ANOVA p<0.001)、⑤ILK 阻害薬 QLT0267 (10 µM) (Fig. 3G, H、MIA PaCa-2/KPCY/PaCa41 の複数株で用量依存的抑制)。QLT0267 は基底状態の浸潤には MIA PaCa-2 でわずかな影響に留まり、KPCY および PaCa41 では影響なく、NET 誘導浸潤を選択的に抑制した。NETs はさらに 3D スフェロイドの増殖も促進し、この効果も DNase I・QLT0267・ITGB1 抗体で抑制された。

NETs誘導EMTとRAC1/CDC42活性化(ILK依存性):EMT (Epithelial-Mesenchymal Transition) の最上流転写調節因子 ZEB1 は NETs 曝露により用量依存的に増加し (0→10 µg/mL で 3.1-fold 増加、Fig. 4C)、SNAI1・SNAI2 (Snail ファミリー) およびメゼンキマーカー vimentin も上昇した。ILK dox 誘導型 shRNA ノックダウンは MIA PaCa-2・KPCY 両細胞における NETs 誘導 ZEB1・vimentin 増加を消失させ (Fig. 4D, E)、QLT0267 (10 µM) の薬理学的 ILK 阻害も同様に ZEB1 上昇を抑制した (Fig. 4F-H)。ITGB1 機能阻害抗体も ILK 阻害と同様に ZEB1 を抑制した (Fig. 4I)。GSEA では Group 2 対 Group 3 の差次発現遺伝子において EMT が最高濃縮パスウェイとして同定され (34/500 = 7%、Fig. 4A)、低酸素 (34/500)・炎症応答・好中球脱顆粒・インテグリン細胞表面相互作用も有意に濃縮されていた。RAC1 と CDC42 の GTP 負荷 (活性化) が NETs 曝露で増加し、ILK ノックダウンおよび QLT0267 でともに低下した (Fig. 5E, F)。GSK3β (Ser9) および ERK のリン酸化も NETs により時間依存的に増加し QLT0267 で用量依存的に抑制された (Fig. 5H)。β-catenin リン酸化も同様に NETs で増加・ILK 阻害で低下し (Fig. 5I)、ILK 依存性の EMT シグナルカスケードが広範に活性化されることが示された。

ILKノックダウンによるLPS誘発肺転移の有意な抑制:NSG マウスに MIA PaCa-2-Luc 細胞を尾静脈注射し LPS 鼻腔内投与 (0.25 mg/mL) で肺炎症を誘導した実験系では、dox による ILK ノックダウン群は対照群に比べて Day 42 の全身転移巣が有意に減少した (t-test p<0.05、n=7-8/群、Fig. 6C, D)。LPS 投与群は非投与群より肺転移巣が増加し (Fig. 6F, G)、ILK ノックダウンは LPS あり・なし両条件で肺転移を顕著に抑制した (Fig. 6F-H、n=5-6/群)。ex vivo 肺 BLI およびパラフィン切片 MPO 染色では、LPS+ILK ノックダウン群でも好中球は転移巣内に存在していたが腫瘍細胞の定着そのものが阻害されており、ILK が好中球の浸潤ではなく腫瘍細胞側の転移定着能に不可欠であることが示された (Fig. 6I)。

考察/結論

本研究はいくつかの新規の発見をもたらした。第一に、切除可能例と転移例を統合した n=369 という大規模 PDAC コホートを用いて PDAC 特異的な NET 遺伝子発現シグネチャーを同定したことは、これまでの研究では主に乳がん・大腸がん中心であった NETs とがん細胞間の相互作用研究に対して、PDAC 特有の分子的背景を提供した点で novel である。第二に、本研究で初めて CCDC25-ITGB1-ILK 三量体複合体の形成を実証したことは新規の分子機構的発見である。既報の乳がん研究では CCDC25-ILK-PARVB の相互作用が報告されていたが、ITGB1 がこの複合体に加わり三量体を形成し NETs 刺激でその形成が増強されるという機構は、これまで報告されていない novel な PDAC 特異的機構として提示された。ILK が細胞表面受容体 ITGB1 と CCDC25 の両方と三量体を形成することで、細胞外マトリックスからの inside-out シグナルと NET-DNA-CCDC25 からのシグナルを統合する中心的なシグナルハブとして機能するという概念が初めて示された。

臨床的意義として、NET 遺伝子シグネチャー High (Group 2) の患者は切除可能例・転移例ともに最悪の OS を示し、CCDC25/ITGB1/ILK は病期横断的な予後バイオマーカー候補として臨床応用が期待される。NLR > 6.75 が HR=3.0 の独立予後因子となる臨床知見と組み合わせることで、NET 関連バイオマーカーを用いた予後層別化の臨床的有用性が示唆される。ILK 阻害薬 QLT0267 は前臨床試験で有効性が実証されているが、pharmacokinetics の limitation (半減期が短く高用量・高頻度投与が必要) が in vivo 単剤使用の妨げとなっており、bench-to-bedside 実現に向けては優れた薬物動態プロファイルを持つ次世代 ILK 阻害薬の開発が求められる。ILK 阻害を PDAC の標準治療である gemcitabine/nab-paclitaxel や FOLFIRINOX と組み合わせた併用療法の臨床的含意も示唆されるが、化学療法が炎症・NETs 形成に及ぼす複雑な影響も今後の検討課題として残されている。

残された課題として、本研究は LPS 誘発炎症モデルにおける好中球と NETs の時空間的作用部位 (一次腫瘍・循環・転移前ニッチ・転移巣) を詳細に解析していないため、intravital microscopy による動態解析が今後の検討に必要である。また免疫チェックポイント阻害薬 (ICI: Immune Checkpoint Inhibitor) との組み合わせ効果、NETs と癌関連線維芽細胞 (CAF: Cancer-Associated Fibroblast) との TME 内クロストーク、および PDAC 患者での前向きコホートによる NET シグネチャーの検証も future research として挙げられる。今回同定した31遺伝子シグネチャーの臨床検体への実装および NLR との組み合わせ予後モデルについても更なる検討が求められる。

方法

バイオインフォマティクス解析:TCGA (The Cancer Genome Atlas、n=130)、CPTAC-3 (Clinical Proteomic Tumor Analysis Consortium 3、n=133)、PanGen (NCT02869802、n=81)、POG (Personalized Onco-Genomics program、NCT02155621、n=25) の計369名の PDAC 患者 RNA-seq データを収集し、コホート間バッチ効果を経験的ベイズ法 (empirical Bayesian approach) で補正した後、上位10%高変動遺伝子の主成分分析 (PCA) でバッチ効果解消を確認した。乳がん由来 136遺伝子および PDAC 由来8遺伝子から RNA-seq データセット内で確認された123の NET 関連遺伝子を用い、R v3.6.3 の ConsensusClusterPlus パッケージ (euclidean 距離、reps=100、seed=123、maxK=8) で遺伝子間クラスタリングを実施した。遺伝子クラスターと ILK・CCDC25 発現の相関は Spearman 法で評価した。差次発現 (DE: Differential Expression) 解析は Wilcoxon rank-sum 検定後に Benjamini-Hochberg 多重検定補正を適用し、GSEA (Gene Set Enrichment Analysis) は MSigDB (Molecular Signatures Database) 由来32,284遺伝子セットに対して超幾何検定で実施した。予後解析は Kaplan-Meier 法と log-rank 検定を用いた。

臨床検体解析:Vancouver Coastal Health の BC (British Columbia) Cancer Gastrointestinal Biobank より切除 PDAC 原発腫瘍20例のパラフィン包埋切片を取得し、MPO (myeloperoxidase) および cit-H3 (citrullinated histone H3、NETs マーカー)、ITGB1 (integrin beta-1)、ILK、CCDC25 の多色 IF (immunofluorescence) 染色を実施した。

細胞実験:ヒト膵癌細胞株 MIA PaCa-2、マウス PDAC 細胞株 KPCY PENN6620c1 (Kras^G12D/Pdx1-Cre/Tp53/Rosa-YFP GEMM 由来)、患者由来 xenograft (PDX: patient-derived xenograft) 細胞 PaCa41 を使用した。NETs は HL-60 細胞を DMSO 含有培地で7日間分化後、PMA (phorbol myristate acetate) 1 µM で4時間活性化して採取・Nanodrop 定量した。共免疫沈降 (co-IP: co-immunoprecipitation) により ITGB1/ILK/CCDC25 の複合体形成を確認した。Incucyte SX3 を用いた Matrigel インベイジョンアッセイで浸潤能を定量し、siRNA・dox 誘導型 shRNA (SMART vector lentiviral) によるノックダウンおよび ILK 阻害薬 QLT0267 の効果を ANOVA で検証した。

動物実験:8-12週齢の雌 NSG (NOD scid gamma: NOD.CgPrkdc^scid Il2rg^tm1Wjl/SzJ) マウスにルシフェラーゼ発現 MIA PaCa-2 細胞 (2.0×10^6 cells/100 µL) を尾静脈注射し、LPS (lipopolysaccharide、0.25 mg/mL、50 µL/animal) を Day 0/3/6 に鼻腔内投与して肺炎症を誘導した。dox 飲水 (1 mg/mL) で ILK shRNA 発現を誘導し、BLI (bioluminescence imaging、IVIS Lumina S3) で転移巣を経時的に定量した (n=5-8/群)。統計は t-test を用いた。