- 著者: Peishan Li, Ming Lu, Jiayuan Shi, Zheng Gong, Li Hua, Qing Li, Bora Lim, Xiang H.-F. Zhang, Xiaowen Chen, Sheng Li, Leonard D. Shultz, Guangwen Ren
- Corresponding author: Guangwen Ren (Jackson Laboratory, Bar Harbor, ME, USA)
- 雑誌: Nature Immunology
- 発行年: 2020
- Epub日: 2020-10-05
- Article種別: Original Article
- PMID: 32958928
背景
転移性乳がんにおいて肺は最も一般的な転移臓器の一つであり、播種腫瘍細胞 (DTC) は肺微小環境に適応して生存・増殖するための代謝変化を必要とする。過去20年間で、肺転移の理解は大きく進展し、DTCと肺常在免疫微小環境との複雑な相互作用が転移性肺病変の発生に不可欠であることが明らかになった Peinado et al. NatRevCancer 2017。骨髄由来の好中球は、乳がん肺転移において、抗腫瘍免疫の抑制、DTCの血管外遊出と増殖の促進、好中球細胞外トラップ (NETs) を介した休眠がん細胞の覚醒など、複数の機序で転移を支援することが報告されている Wculek et al. Nature 2015、Coffelt et al. Nature 2015、Albrengues et al. Science 2018。これらの効果を通じて、好中球は他の臓器常在間質細胞と協調し、転移前ニッチおよび転移ニッチの形成に寄与する。しかし、好中球が「エネルギー源」として腫瘍細胞に直接栄養を供給するという概念は、これまで未報告であった。
脂質滴 (lipid droplet; LD) は主に脂肪細胞で研究されてきたが、近年、マクロファージ (感染症・動脈硬化) におけるLD形成とその機能が認識されつつある。しかし、好中球におけるLD動態は未検討であり、その機能的意義は未解明であった。先行研究では、肺のCD140a+間葉系細胞 (mesenchymal cell; MC) が転移前ニッチ形成に関与することが示唆されていたが、MCが好中球の代謝を直接制御する可能性は探索されていなかった。固形がんの転移は非常に非効率的なプロセスであり、DTCは新しい環境に適応し、転移部位で生存・定着するために代謝変化を必要とする。最近の研究では、DTCが局所的な資源、特に臓器微小環境の代謝エネルギーから利益を得られることが示されている。例えば、卵巣がんの網膜転移では、卵巣がん細胞が網膜脂肪細胞から脂質を獲得し、β酸化を促進することで増殖を支援することが示された。また、大腸がんの肝転移では、大腸がん細胞が肝臓微小環境の細胞外ホスホクレアチンを取り込み、アデノシン三リン酸を生成して転移性生存を支援することが報告されている。このように、臓器微小環境は転移中のDTCを代謝的に支援するが、この文脈における免疫細胞の代謝に基づく調節的役割は体系的に検討されておらず、知識のギャップが残されている。特に、好中球が単なる免疫細胞としてではなく、代謝的な栄養源として機能する可能性については、これまで十分な研究が不足していた。
目的
本研究の目的は、乳がん肺転移モデルにおいて、肺間葉系細胞 (MC) が好中球に脂質滴 (LD) を蓄積させるメカニズムを解明することである。具体的には、肺MCがプロスタグランジンE2 (PGE2) 依存的および非依存的な経路を介して好中球の脂肪トリグリセリドリパーゼ (ATGL) 活性を抑制することで、中性脂肪に富む脂質滴の蓄積を誘導する分子メカニズムを明らかにすることを目的とした。さらに、この好中球由来の脂質が、マクロピノサイトーシス-リソソーム経路を介して転移性腫瘍細胞に輸送され、腫瘍細胞の生存と増殖を促進するかどうかを、多様なマウスモデルと遺伝子改変マウスを用いて検証する。最終的に、好中球が乳がん肺転移のエネルギー源として機能するという、これまで認識されていなかった役割を確立することを目的とする。
結果
担がん肺好中球でのTG豊富な脂質滴蓄積とATGL阻害因子の高発現: 4T1担がんマウス (n=3) とMMTV-PyMTマウスのRNA-seq解析により、肺好中球は骨髄 (BM) および末梢血 (PB) 好中球と比較して脂質吸収・脂質滴形成遺伝子が高発現していることが明らかになった (Figure 1a, Extended Data Figure 1a,b)。脂質滴分解とβ酸化関連遺伝子には有意な差は認められなかった。特に、ATGL阻害因子をコードするHILPDA、CIDEC、G0S2は、肺好中球で転写レベルおよびタンパクレベルともに高発現を示した (Figure 1h,i, Extended Data Figure 2i,j)。質量分析では、PB好中球と比較して肺好中球で全TG種が顕著に高値であり (n=5)、TG以外の脂質種 (CE、PE、PCなど) には大きな差がなかった (Figure 1e,f, Extended Data Figure 1i, Extended Data Figure 2a-h)。肺好中球のTG水解酵素活性はPB好中球より有意に低く (p<0.001) (Figure 1k, Extended Data Figure 2k)、ATGL阻害因子の高発現が脂質滴蓄積の原因であると判断された。GSE14018のヒト乳がん肺転移データでは、HILPDA、CIDEC、G0S2の発現が好中球署名遺伝子と正の相関を示した (Figure 1j, n=16)。
肺CD140a+間葉系細胞によるPGE2→EP2→HIF1α→HILPDA経路の活性化: 各組織由来MCのスクリーニングにより、肺CD140a+ MCのみがBM好中球への脂質蓄積誘導能を持つことが判明し、他組織MC (骨、乳腺、肝臓、心臓) は非有効であった (Figure 2b)。肺MCは24時間あたり10^5細胞で1〜4 ngのPGE2を産生し (腫瘍担持条件下でさらに増加)、PGE2が候補溶解性因子として同定された (Figure 3a,b)。Cox2 cKOマウス (n=5) ではin vivoで肺好中球の脂質レベルが有意に低下し (p<0.001) (Figure 3f)、in vitroでも共培養での脂質誘導が減弱した (Figure 3e)。これにより、肺MCのCox2-PGE2シグナルの必須性が確立された。PGE2はEP2受容体 (EP2アンタゴニストPF-04418948 10 mg/kgでin vivo脂質レベル低下、p<0.001) を介してHIF1αを活性化し、HILPDA発現を誘導した (Figure 2h,i, Figure 3g)。Hif1a cKOマウス (n=5) では肺好中球のHILPDA発現と脂質レベルが共に低下した (Figure 3h,i)。
好中球IL-1β → 肺MC PGE2産生の増幅ループ: 肺好中球はIL-1βを高発現し (BM好中球とのRNA-seq比較でのtop inflammatory cytokine)、この好中球由来IL-1βが肺MCのCox2発現とPGE2産生を促進することがconditioned medium実験とIL-1β中和実験で確認された (Figure 3l,m)。これにより、好中球-IL-1β → 肺MC-PGE2 → 好中球-脂質という正フィードバック増幅ループが存在することが示された。
好中球脂質の乳がん肺転移促進 — 遺伝子改変マウスによる証明: Atgl cKOマウス (好中球の脂質滴増加) では、WTと比較してAT3g-csf同所性腫瘍モデルの自然発症肺転移nodule数が増加したが (Figure 4c, p<0.001, n=16 Atgl cKO vs n=15 WT)、原発腫瘍サイズは不変であった (Figure 4b)。実験的転移モデルでのbioluminescence imaging (BLI) では、Atgl cKO (好中球脂質高) 条件で肺colonizationが促進され (Figure 4d, n=10 Atgl cKO vs n=11 WT, p=0.0052)、Hilpda cKO (好中球脂質低) 条件でcolonizationが有意に抑制された (Figure 4e, n=14 Hilpda cKO vs n=13 WT, p=0.0020)。E0771乳がん細胞でもAtgl cKOでのcolonization促進効果が再現された (Figure 4f, n=10 per group)。MMTV-PyMT; Atgl cKOマウス (n=8) ではMMTV-PyMT WT (n=9) と比較して自然発症肺転移が有意に増加した (Figure 4g, p<0.001)。好中球数の増加 (AT3g-csfモデル) と脂質含量の増加 (Atgl cKO) はそれぞれ独立して肺定着腫瘍細胞のKi67+増殖率を上昇させた (Figure 6f, p<0.001)。
好中球から腫瘍細胞へのマクロピノサイトーシス-リソソーム経路による脂質転送: 好中球conditioned medium (CM) を<100 kDa (FFA・小分子) と>100 kDa (大型ベシクル) 分画に分けると、>100 kDa分画が腫瘍細胞への脂質供給のprimary contributorであった (Figure 5e)。>100 kDa分画はPB好中球CMと比較して肺好中球CMでTG含量が顕著に高く (Figure 5f, p<0.001, n=6 replicates)、タンパク含量は差がなかった。脂質転送後、蛍光標識脂質はリソソーム (Lysotracker) と共局在した (Figure 5g)。マクロピノサイトーシス阻害薬EIPAは腫瘍細胞への脂質獲得を完全に阻止したが、clathrin/caveolae依存的エンドサイトーシス阻害薬では効果がなかった (Figure 5h,i)。透過型電子顕微鏡で好中球由来ベシクルが腫瘍細胞にmacropinosome様空胞として取り込まれる様子が可視化された (Figure 5j)。In vivoでEIPA (10 mg/kg) 投与は4T1・AT3g-csf両モデルで肺colonizationを有意に抑制したが (Figure 7d, p<0.001, n=10 EIPA vs n=9 vehicle)、原発腫瘍増殖に影響しなかった (Figure 7e)。
腫瘍細胞の代謝変化 — 脂質利用能の獲得: 肺好中球との共培養後、腫瘍細胞で脂質分解酵素 (Lipe、Atgl、Lipa) と脂肪酸酸化関連遺伝子 (Cpt1b、Cpt2、Ech1、Acox1) が有意に上昇した (Figure 6a)。Seahorse XFe96解析で肺好中球共培養後の腫瘍細胞はoxygen consumption rate (OCR) が増加し、CPT1阻害薬etomoxirで抑制された (Figure 6b, p<0.0001) (脂肪酸酸化の増加を示す)。肺好中球共培養後の腫瘍細胞は栄養飢餓下での増殖能とde novo脂質合成阻害下での生存能がPB好中球共培養後と比較して有意に高かった (Figure 6c,d)。
考察/結論
本研究は、好中球が肺間葉系細胞 (MC) からのプロスタグランジンE2 (PGE2) シグナルで代謝的に再プログラムされ、トリグリセリド (TG) 豊富な脂質滴 (LD) を蓄積し、その脂質をマクロピノサイトーシス-リソソーム経路で播種腫瘍細胞 (DTC) に転送して転移定着を燃料として支援するという新規メカニズムを示した。
先行研究との違い: これまでの研究では、好中球はNETs形成、免疫抑制、血管新生促進など、複数の機序で転移を支援することが知られていたが、好中球が「エネルギー貯蔵庫」として転移細胞に直接栄養を供給するという概念は、本研究で初めて報告された。この発見は、先行するVeglia et al. Nature 2019の研究が好中球の脂肪酸輸送タンパク質2 (FATP2) による代謝再プログラミングと免疫抑制機能に焦点を当てていたのに対し、本研究は「腫瘍細胞への直接エネルギー供給」という根本的に異なる新軸を解明した点で対照的である。
新規性: 本研究で初めて、肺間葉系細胞 (MC) が中心ハブとなって好中球の脂質蓄積表現型を誘導し、これが腫瘍細胞の代謝適応を規定するという「肺MC-好中球-腫瘍細胞代謝軸」を提示した。この軸の発見は、器官特異的転移 (organotropism) の研究に新たな概念的枠組みを与え、好中球が単なる免疫細胞ではなく、代謝的な栄養源として機能するという新規な役割を確立した。
臨床応用: 本知見は、乳がん肺転移の予防および治療戦略の開発に重要な臨床的意義を持つ。好中球由来IL-1βの中和による好中球-MC正フィードバックループの遮断や、COX2阻害剤 (NSAIDs) によるPGE2-HILPDA軸への介入が、転移予防戦略として示唆される。特に、マクロピノサイトーシス阻害薬EIPAが原発腫瘍増殖に影響せず転移抑制のみに有効であった点は、副作用プロファイルの観点から治療選択性を示唆し、臨床応用への有望な道を開く可能性がある。ヒトデータ (GSE14018、GSE2603) との相関は、これらのメカニズムがヒトの乳がん肺転移においても関連性を持つことを支持する。
残された課題: 今後の検討課題として、脂質転送の他の分子ルートの有無、腫瘍細胞側のマクロピノサイトーシス受容体/機序のさらなる同定、CIDEC/G0S2誘導における細胞接触依存的メカニズムの解明、および他の転移部位 (肝臓、骨) での類似機序の検証が挙げられる。また、好中球由来の脂質ベシクルの性質、好中球によるベシクル放出の分子基盤、および腫瘍細胞によるマクロピノサイトーシスの詳細なメカニズムをさらに特徴づける必要がある。
方法
本研究では、4T1同所性乳がんモデル (BALB/c)、MMTV-PyMT自然発症転移モデル (C57BL/6)、およびAT3g-csf実験的転移モデルを用いて、乳がん肺転移における好中球の脂質代謝と機能的役割を検討した。AT3g-csf細胞株は、AT3細胞株に顆粒球コロニー刺激因子 (G-CSF) を過剰発現させることで、宿主の炎症状態を誘導し、好中球浸潤を促進する。
遺伝子発現解析: 骨髄 (BM)、末梢血 (PB)、肺好中球の遺伝子発現プロファイルを比較するため、RNA-seq解析を実施した。4T1担がんマウスから分離した好中球のトランスクリプトームデータを用いて、肺好中球とBMまたはPB好中球間の差次的に発現する遺伝子を特定した。特に、脂質吸収、脂質滴形成、脂質滴分解、およびβ酸化に関連する遺伝子に注目した。解析にはRSEM (v.1.2.12) とBowtie2 (v.2.2.0) を用いてアラインメントを行い、edgeRパッケージ (v.3.20.9) で差次発現遺伝子を特定した。
脂質定量と酵素活性測定: フローサイトメトリー、共焦点顕微鏡、および質量分析を用いて、好中球の脂質滴含量とトリグリセリド (TG) 含量を定量した。BODIPY 493/503染色により細胞内脂質を可視化し、フローサイトメトリーで定量した。質量分析では、PBと肺好中球におけるTG、コレステリルエステル (CE)、ホスファチジルエタノールアミン (PE)、ホスファチジルコリン (PC) などの脂質種を比較した。また、好中球のTG水解酵素活性および総リパーゼ活性を測定し、ATGL阻害因子の発現との関連を評価した。TG水解酵素活性は[9,10-3H]-trioleinを用いた測定法で評価した。
共培養実験とPGE2経路の検証: 肺CD140a+ MCとBM好中球の共培養実験を行い、肺MCが好中球の脂質蓄積を誘導する能力を評価した。PGE2の役割を検証するため、PGE2およびその受容体 (EP1-4) アンタゴニストを用いた実験を実施した。肺MCのPGE2産生能をELISAで測定し、好中球におけるHILPDA、CIDEC、G0S2の発現に対するPGE2の影響をRT-qPCRで評価した。EP2受容体アンタゴニストであるPF-04418948をin vivoで投与し、その効果を評価した。
遺伝子改変マウスモデル:
- Cox2 cKOマウス (CD140a-Cre; Cox2fl/fl): 肺MC特異的なCOX2欠損が好中球の脂質レベルと転移に与える影響をin vivoで検証した。
- Hif1a cKOマウス (S100a8-Cre; Hif1afl/fl): 好中球特異的なHIF1a欠損がHILPDA発現と脂質蓄積に与える影響を評価した。
- Atgl cKOマウス (S100a8-Cre; Atglfl/fl): 好中球特異的なAtgl遺伝子欠損が脂質滴の蓄積と乳がん肺転移に与える影響を評価した。
- Hilpda cKOマウス (S100a8-Cre; Hilpdafl/fl) および Cidec cKOマウス (S100a8-Cre; Cidecfl/fl): 好中球特異的なATGL阻害因子欠損が脂質レベルと転移に与える影響を評価した。これらのマウスモデルでは、S100a8-Creドライバーマウスを用いて好中球特異的な遺伝子欠損を誘導した。
脂質転送とマクロピノサイトーシス: 蛍光標識脂質 (BODIPY FL C16) 追跡実験により、好中球から腫瘍細胞への脂質転送を可視化した。好中球由来のコンディショニング培地 (CM) を<100 kDa (遊離脂肪酸・小分子) と>100 kDa (大型ベシクル) 分画に分画し、脂質転送の形態を検討した。マクロピノサイトーシス阻害薬EIPA (5-(N-ethyl-N-isopropyl) amiloride; 10 mg/kg/day IP) のin vivoでの転移抑制効果を評価した。透過型電子顕微鏡を用いて、好中球由来ベシクルが腫瘍細胞にマクロピノソーム様空胞として取り込まれる様子を観察した。
腫瘍細胞の代謝解析: 肺好中球との共培養後の腫瘍細胞における脂質分解酵素 (Lipe、Atgl、Lipa) および脂肪酸酸化関連遺伝子 (Cpt1b、Cpt2、Ech1、Acox1) の発現をRT-qPCRで測定した。Seahorse XFe96解析により、腫瘍細胞の酸素消費率 (OCR) と脂肪酸酸化能を評価した。栄養飢餓下およびde novo脂質合成阻害下での腫瘍細胞の増殖能と生存能を比較した。
統計解析: データは平均±標準誤差 (s.e.m.) または平均±標準偏差 (s.d.) で示された。P値はPrism 7.04統計ソフトウェア (GraphPad Software) を用いて計算された。2群間の比較にはStudentのt検定、3群以上の比較にはTukeyの多重比較検定を伴う一元配置分散分析 (ANOVA) が用いられた。2つの因子が従属変数に影響を与える場合は、Šidákの多重比較検定を伴う二元配置分散分析が用いられた。Kaplan-Meier解析では、ログランク検定が適用された。P値<0.05を有意と判断した。