• 著者: Stefanie K. Wculek, Ilaria Malanchi
  • Corresponding author: Ilaria Malanchi (Francis Crick Institute, London, UK)
  • 雑誌: Nature
  • 発行年: 2015
  • Epub日: 2015-12-09
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 26649828

背景

乳癌を含む多くの固形癌において、転移は臓器選択的な定着を示すことが知られている。これは、転移組織の微小環境(ニッチ)が転移細胞の定着および増殖を支援するためであると広く認識されてきた。特に、好中球は前転移性ニッチの形成に関与する可能性が複数の先行研究で示唆されていたが、肺好中球が実際に転移を促進する具体的な分子機序については未解明な点が多かった。例えば、Kaplan et al. Nature 2005 は、VEGFR1陽性骨髄由来細胞が前転移性ニッチを形成することを示したが、好中球の直接的な役割やその分子経路は不明であった。また、Quail et al. NatMed 2013 が包括的にレビューしたように、腫瘍細胞と微小環境の相互作用は転移に不可欠であるが、特定の免疫細胞サブセット、特に好中球が転移開始細胞 (MIC) を選択的に拡大するメカニズムは詳細に解明されていなかった。

乳癌の転移能は、腫瘍内の少数の転移開始細胞 (MIC; CD24+CD90+) に集約されることが知られていたが、好中球がこれらの MIC を選択的に拡大・活性化する具体的な機序は未解明であった。さらに、アラキドン酸代謝酵素であるアラキドン酸5-リポキシゲナーゼ (ALOX5) の産物であるロイコトリエン (LT) が転移において果たす役割についても、これまで体系的な検討は行われていなかった。好中球は炎症反応において中心的な役割を果たすが、その腫瘍形成への寄与は依然としてcontroversialな側面があった。特に、転移前ニッチにおける好中球の機能的役割と、それが特定の癌細胞サブセットに与える影響については、知識のgapが残されていた。本研究は、この知識不足を埋めることを目指した。

目的

本研究の目的は、乳癌モデルにおいて肺好中球が転移開始細胞 (MIC) の肺定着および増殖を支援するメカニズムを詳細に解明することである。具体的には、好中球-MIC相互作用の分子的実体を同定し、その分子経路を標的とした治療戦略の有効性をin vitroおよびin vivoで示すことを目指した。これにより、転移性乳癌に対する新たな治療アプローチの開発に貢献する。

結果

肺好中球の前転移期蓄積と転移促進機能: MMTV-PyMT担癌マウスでは、CD11b+Ly6G+好中球が全身動員され、前転移期肺(癌細胞未浸潤)においてもその数が増加し、転移進行とともにさらに増大した (Fig. 1a, b)。G-CSF欠損 (Gcsf-/-) MMTV-PyMTマウスでは、肺好中球の蓄積が消失し、原発腫瘍増殖に差がないにもかかわらず、自然発症肺転移が野生型 (n=13) と比較して有意に減少した (p<0.05) (Fig. 1e)。同様に、Ela2-Cre-DTA+マウス (n=6) でも肺好中球が選択的に減少し、転移が有意に抑制された (p<0.01) (Fig. 1f)。免疫不全Rag1-nullマウスにおける前転移期Ly6G抗体枯渇実験では、自然発症転移および静脈内注射GFP+癌細胞の肺コロニー形成がいずれも有意に減少した (n=8/群、p<0.05) (Fig. 1j, k)。これらの結果は、肺好中球が転移の初期段階において重要な役割を果たすことを強く示唆している。

肺好中球馴化培地 (LuN medium) によるMICの選択的拡大: 前転移期肺好中球から調製したLuN mediumは、CD24+CD90+ MICのsphere formation index (SFI) を有意に増強した (技術的n=14 control vs n=9 LuN、p<0.01) (Fig. 2b)。一方で、non-MICへの効果は軽微であり、LuN mediumがMICを選択的に増殖・活性化させることが示された。LuN mediumで処置した癌細胞は、乳腺移植後の腫瘍形成能および静脈内注射後の肺転移能が対照と比較して顕著に増加した (n=5 control vs n=4 LuN、p<0.05) (Fig. 2d, e)。肺好中球から直接MICを添加した実験においても、MIC頻度が約2倍に増加することが確認された (n=3 control vs n=4 LuN、p<0.05) (Fig. 2i)。これらのデータは、好中球由来因子が癌細胞の異質性を変化させ、MICの割合を増加させることで転移能を促進することを示している。

ALOX5産物がMIC拡大の分子実体: LuN medium中にロイコトリエンB4 (LTB4) およびシステイニルロイコトリエンC4/D4/E4 (LTC/D/E4) の高濃度産生が酵素免疫測定法 (EIA) で確認された (Fig. 3a, b)。Alox5-/-骨髄キメラマウスでは、原発腫瘍増殖および肺好中球蓄積に差がないにもかかわらず、自然発症肺転移が有転移マウスの割合としてWT骨髄キメラ (n=6) と比較して有意に減少した (n=9、p<0.05) (Fig. 4b)。LuN-Alox5ko培地はMIC拡大効果を示さなかった。LTB4 (1 μM、BLT2受容体を介するERK1/2活性化) およびLTC/D/E4 (100 nM、CysLT2受容体を介する) がそれぞれMICの増殖優位性を誘導することを、Western blot (ERK1/2リン酸化) およびBrdU取込み実験 (n=3-4/群) で確認した (Fig. 3i, j)。MICではnon-MICと比較してBLT2およびCysLT2 (CysLT receptor 2) の発現が有意に高く、LT受容体の発現がMICの選択性を規定することが示された (Fig. 3d, e)。BLT2阻害剤 (LY255283) およびCysLT2阻害剤 (BAY-u9773) はそれぞれERK1/2活性化を阻害した。3日間のLTC/D/E4処置はLT受容体陽性癌細胞の頻度を増加させ、MIC集団の機能的拡大をもたらした。

Zileutonによる転移抑制: ALOX5阻害剤zileuton (100 μg/g/日) は、MMTV-PyMT自然発症モデル (n=7 Zil vs n=9 DMSO)、4T1同所性モデル (n=7 vs n=5)、MDA-MB-231実験的転移モデル (n=5 vs n=6) の3モデル全てで肺転移を有意に抑制した (p<0.05からp<0.001) (Fig. 4e, i, k)。In vivoでのLTB4産生がLuN-Zil mediumにて低下していることをEIAで確認し、LuN-ZilはMIC拡大能を失っていた。早期のGFP+癌細胞肺定着後の増殖 (BrdU取込み) がzileuton処置肺で有意に減少した (p<0.05)。原発腫瘍増殖には影響を与えず、転移定着を特異的に標的にしていることが示された。

ヒト乳癌との関連: ヒト乳癌 (ductal/lobular) およびリンパ節転移巣の免疫組織染色 (n≥30/群) にてBLT2およびCysLT2の発現が確認され、転移巣での陽性強度・頻度が原発巣と同等以上であることが示された (Fig. 4l-o)。これは、本研究で同定されたメカニズムがヒト乳癌の進行にも関連する可能性を示唆している。

考察/結論

本研究は、肺好中球がアラキドン酸5-リポキシゲナーゼ (ALOX5) 産物であるロイコトリエン (LTB4およびLTC/D/E4) を介して乳癌の転移開始細胞 (MIC; CD24+CD90+) を選択的に拡大・活性化し、転移定着を促進するという新規メカニズムを解明した。MICにおけるBLT2およびCysLT2受容体の選択的高発現と、それに続くERK1/2-MAPK経路を介した増殖促進という分子回路は、転移の異質性の一部を好中球-MIC相互作用で説明するものであり、転移生物学において重要な洞察を提供する。

先行研究との違い: これまでの研究では、好中球が前転移性ニッチ形成に関与することが示唆されていたが、その分子メカニズム、特に特定の癌細胞サブセットへの影響については不明な点が多かった。例えば、Coffelt et al. Nature 2015 はG-CSFが好中球を全身的に動員することを示したが、本研究は、その下流の分子メカニズムをロイコトリエン産生とLT受容体の観点から詳細に解明した点で対照的であり、より具体的な治療標的を提示している。

新規性: 本研究で初めて、好中球由来のロイコトリエンが、乳癌の最も転移能の高い細胞集団であるMICを選択的に増殖させることを新規に同定した。このMIC選択性は、MICがnon-MICと比較して約2倍高いBLT2/CysLT2発現を持つことに起因する。この発見は、腫瘍内異質性の中で転移を駆動する特定の細胞集団を標的とすることの重要性を示す。

臨床応用: ALOX5阻害剤であるzileutonは、気管支喘息に対してFDA承認済みの薬剤であり、MMTV-PyMT、4T1、MDA-MB-231の3つの乳癌モデル全てで転移抑制効果が確認された。この結果は、zileutonが「薬剤転用 (re-purposing)」として、転移性乳癌治療に高い臨床的即時性を持つ可能性を示唆する。本知見は、好中球-MIC相互作用を標的とした新たな治療戦略、例えばロイコトリエン受容体拮抗薬やALOX5阻害薬の臨床応用への道を開くものである。

残された課題: 今後の検討課題として、(1) 本研究で示されたALOX5/LTメカニズムが、乳癌以外の他のがん種における骨、脳、肝臓転移など、他の臓器選択的転移にも一般化できるかどうかの検証、(2) ALOX5産物以外の好中球由来MIC拡大因子の寄与の評価、(3) zileutonの肝毒性を含む副作用プロファイルと、転移ハイリスク乳癌患者への最適投与設定(例えば、zileuton 100 μg/g/日の長期安全性)に関する詳細な臨床試験、(4) ヒト乳癌における肺好中球の前転移期蓄積の定量的証拠の確立、が挙げられる。これらの課題を解決することで、本研究の知見の臨床的価値がさらに高まると考えられる。

方法

本研究では、MMTV-PyMT自然発症乳癌モデル、同所性移植モデルとして4T1細胞、およびヒト乳癌細胞株であるMDA-MB-231細胞を使用した。好中球の機能的役割を評価するため、顆粒球コロニー刺激因子 (G-CSF) 欠損マウス (Gcsf-/-; n=24 vs Gcsf+/+ n=13) およびEla2-Cre;ROSA-DTA好中球条件付き除去モデル (Ela2-Cre-DTA+ n=6 vs control n=14) を用いて、自然発症肺転移への影響を評価した。ROSA-DTA (ROSA-Flox-STOP-Flox diphtheria toxin) はジフテリア毒素Aフラグメント (DTA) を条件的に発現させることで細胞除去を可能にする。前転移期における好中球の役割をさらに検討するため、免疫不全Rag1-nullマウス (n=8/群) において抗Ly6G抗体 (12.5 μg/マウス、連日) を用いた好中球枯渇実験を実施した。Rag1-nullマウスは成熟したB細胞およびT細胞を欠損する免疫不全モデルである。

好中球由来因子の影響を評価するため、前転移期肺好中球から14時間調製した肺好中球馴化培地 (LuN medium) を使用した。このLuN medium中でMIC (CD24+CD90+) とnon-MICを培養し、コロニー形成能および自己複製能 (sphere formation index; SFI) を評価した (技術的n=14 control、n=9 LuNの生物学的三重実験)。LuN mediumで処置した癌細胞をマウス乳腺または静脈内に移植し、転移能を評価した (n=5 control、n=4 LuN)。ロイコトリエン (LT) のMIC拡大効果を確認するため、LTB4 (1 μM) およびLTC/D/E4 (100 nM) を用いた実験を行った。

ALOX5のin vivoでの役割を評価するため、Alox5-/-骨髄キメラマウス (n=9 vs WT骨髄 n=6) を作製し、自然発症転移への影響を評価した。最後に、ALOX5阻害剤であるZileuton (100 μg/g/日、DMSO溶解、経口) の転移抑制効果を、MMTV-PyMT (n=7 Zil vs n=9 DMSO)、4T1 (n=7 vs n=5)、およびMDA-MB-231 (n=5 vs n=6) の3つの乳癌モデルで評価した。統計解析には、Student’s t-test、Mann-Whitney test、one-sample t-test、およびtwo-way ANOVAが用いられた。