• 著者: Akshata R. Udyavar, David J. Wooten, Megan Hoeksema, Mukesh Bansal, Andrea Califano, Lourdes Estrada, Santiago Schnell, Jonathan M. Irish, Pierre P. Massion, Vito Quaranta
  • Corresponding author: Vito Quaranta (Vanderbilt University School of Medicine); Pierre P. Massion (Vanderbilt University School of Medicine)
  • 雑誌: Cancer Research
  • 発行年: 2017
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 27932399

背景

小細胞肺がん (small cell lung cancer; SCLC) は肺がんの約13%を占めるが、診断時の進展期 (extensive disease; ED) 患者は1年以内に死亡し、限局期 (limited disease; LD) 患者でも5年生存率は20%程度と極めて予後不良である。標準治療はプラチナ+エトポシド化学療法と放射線療法に半世紀以上変わらず、SCLCは高い初期奏効率を示すものの治療抵抗性再発が急速に出現する点で他がん腫と対照的に困難である。この治療抵抗性の根本的なメカニズムは未解明な部分が多い。

SCLCには細胞起源 (Sutherland et al. CancerCell 2011 の神経内分泌細胞起源研究) と関連する表現型可塑性 (phenotypic variability) が存在し、neuroendocrine (NE) ・non-neuroendocrine (non-NE) の2分類が遺伝子改変マウスモデルで示されてきた (Calbo et al. Cancer Cell 2011)。George et al. Nature 2015 はSCLCの包括的ゲノム解析でNotch経路活性に基づく2サブタイプを同定したが、これらは突然変異プロファイルでは識別できないエピジェネティックレベルの不均一性として現れることが示された。しかし、これらのサブタイプがどのように発生するか、突然変異駆動を伴わずに表現型が安定化される機序、および単一細胞レベルでの可塑性については、これまで十分に研究されていなかった。特に、SCLCの表現型異質性をバルク平均レベルではなく、単一細胞レベルと数理モデルを統合して解析するアプローチが不足していた。

Waddingtonのエピジェネティック地形 (Waddington’s epigenetic landscape) の数学的解釈 (Huang et al. BioEssays 2012) では、抗がん表現型は調節ネットワークのattractor (吸引子) に対応し、分化療法 (differentiation therapy) は悪性attractorから良性attractorへの状態転換として概念化されている。この枠組みをSCLCに適用する研究は本研究以前には存在せず、SCLCの複雑な表現型多様性を説明するための包括的なモデルが不足していた。この知識のギャップを埋めることが、SCLCの治療抵抗性メカニズムの理解と新たな治療戦略の開発に不可欠であると考えられた。

目的

本研究の目的は以下の5点である。(1) ヒトSCLCのバルク転写データから、既知のneuroendocrine (NE) およびmesenchymal-like (ML) サブタイプを駆動する転写因子 (transcription factor; TF) ネットワークを構築すること。(2) Booleanネットワークシミュレーションを用いて、このTFネットワークの安定なattractor (吸引子) 状態を同定すること。(3) 予測されたattractorが、ヒトSCLC細胞株および患者検体の表現型と対応するかどうかを、Western blotおよびフローサイトメトリーにより実験的に検証すること。(4) どちらのattractorにも明確に分類できない細胞株や患者検体が、新規の「ハイブリッド」表現型を構成するかどうかを評価すること。(5) 標準的な細胞傷害性薬剤 (シスプラチン、エトポシド) およびエピジェネティック修飾薬 (JQ1、デシタビン) への曝露が、SCLC細胞の表現型遷移を誘導し、特にハイブリッド状態への収束を引き起こすかどうかを調べること。これらの目的を達成することで、SCLCの表現型多様性の根底にあるメカニズムを解明し、治療抵抗性克服のための新たな標的を特定することを目指した。

結果

SCLCのNE/ML 2つの転写サブタイプ同定: 53のCCLE細胞株と28のCLCGP患者検体をコンセンサスクラスター分析で分類したところ、k=2が最も安定なクラスター構造を示した (Fig 1A-D)。CCLEデータでは26株がクラスター1 (ML)、27株がクラスター2 (NE) に分類された。WGCNA解析により13の遺伝子共発現モジュールが同定され、Blueモジュールeigengeneがクラスター2で有意に上昇し (Bonferroni調整p<0.001)、神経内分泌および上皮経路の濃縮を示した (ハブ遺伝子: CD56、ASCL1、SOX2)。一方、Turquoiseモジュールeigengeneはクラスター1で有意に上昇し (Bonferroni調整p<0.001)、間葉系表現型およびEMT経路の濃縮を示した (ハブ遺伝子: ZEB1、SMAD3、LEF1) (Fig 2、Supplementary Fig S2-S6)。これにより、NE表現型 (クラスター2) とML表現型 (クラスター1) の2つのサブタイプが定義された。

33 TF Booleanネットワークが57の固定点attractorを予測: Blue/Turquoiseモジュール由来の33のTFと361の相互作用からなるBooleanネットワーク (Fig 3A、Supplementary Table S3) をシミュレーションした。Threshold updateルールでは57の固定点attractor (振動attractorは0個) が見つかり、Inhibitory dominantルールでは6つの固定点attractorと5つの2状態振動attractorが同定された。両ルールで類似のNE/ML型attractor群に収束することが示された。同期更新 (2¹²〜2¹⁸の初期状態) でも同じattractorセットが再現された (Fig 3B)。これらのattractorは構造的コヒーレンス (Supplementary Table S4) とDerrida曲線 (Supplementary Fig S9) によって評価され、生物学的に安定であることが示された。

NE/ML attractorがCCLE/CLCGPサンプルと有意に相関: 57の固定点attractorのうち、クラスター2 (NE) 細胞株と有意に相関するattractor群 (NE attractor) およびクラスター1 (ML) 細胞株と相関するattractor群 (ML attractor) が同定された (thresholdルールでMann-Whitney U検定p=9.5×10⁻³⁴、inhibitory dominantルールでp=7.6×10⁻⁹) (Fig 3D)。CLCGP患者検体でも同様の関連が観察された (thresholdルールでp=1.7×10⁻²³、inhibitory dominantルールでp=1.7×10⁻⁶) (Fig 3E)。モデルのattractorはランダムなattractorよりも細胞株および患者検体と有意に高い相関を示した。

「ハイブリッド」表現型の発見: 両attractorに分類できない細胞群: 53のCCLE細胞株中、約10株がNE/MLのどちらのattractorとも有意な相関を示さなかった (Pearson rが低い) (Fig 3D)。これらの細胞株をWestern blotで解析したところ、ASCL1 (NEマーカー) とZEB1/SMAD3/CD44 (MLマーカー) を同レベルで発現していることが確認された (Fig 4A、Supplementary Fig S10)。さらに、単一細胞フローサイトメトリー (20,000〜30,000細胞/サンプル) を用いて個々の細胞を解析した結果、CD56 (NEマーカー) とCD44 (MLマーカー) を同時に発現する「ダブルポジティブ」細胞集団が明確に存在することが示された (Fig 5B)。これはバルク平均のアーティファクトではなく、真の単一細胞ハイブリッド表現型がSCLCに存在することを初めて直接的に実証するものであった。患者検体においても、n=10検体中3検体 (pt1112-1, pt216-1, pt460-1) でCD56とCD44の共発現が確認され、ハイブリッド表現型が患者でも存在することが示唆された (Fig 4B)。

ハイブリッド細胞はNE/MLとは異なる増殖速度と生存特性: ハイブリッド細胞株 (例: NCI-H82) は、純粋なNE細胞株 (例: NCI-H69、H510) や純粋なML細胞株 (例: SHP-77) とは異なる増殖キネティクスおよびスフェロイド形成能を示した。これは、ハイブリッド細胞が両系譜の特性を混合した中間的な表現型を持つことを示唆する (Supplementary Fig S11)。

化学療法とエピジェネティック薬がハイブリッド状態への収束を誘導: NE細胞株 (H69) およびML細胞株 (H82、H841など) に、シスプラチン (1-10 μmol/L、3日)、エトポシド (1-10 μmol/L、3日)、JQ1 (BET阻害剤、500 nmol/L、3日)、デシタビン (DNMT阻害剤、100 nmol/L、3日) を3日間処理した後、フローサイトメトリーで解析した。シスプラチンおよびエトポシド処理により、NE細胞集団からCD44+/CD56+ダブルポジティブ (ハイブリッド) 細胞が顕著に増加し、ML細胞からもCD44+/CD56+集団が増加した。これは、いずれの純粋なNEまたはML状態からもハイブリッド状態への単方向遷移を示唆するものであった (Fig 6A-C、Supplementary Fig S12)。JQ1およびデシタビン処理でも同様の収束パターンが観察され、エピジェネティック修飾が直接ハイブリッド状態を誘導することを支持する。これらの結果は、ハイブリッド状態が治療抵抗性における生存の避難所 (refuge) となる可能性を示唆している。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、SCLCの不均一性に関する先行研究 (Calbo et al. Cancer Cell 2011によるNE/non-NE GEMM研究、George et al. Nature 2015によるNotch経路活性に基づく2分類) と対照的に、数理的なBooleanネットワークモデルと単一細胞フローサイトメトリーを統合してSCLCの表現型を解析した初めての研究である。これまでのバルク集団平均によるNE/MLの2分類が単一細胞解像度では不十分であることを直接実証し、これまで報告されていなかった「ハイブリッド」中間表現型を新規に同定した点が決定的に異なる。Waddingtonのエピジェネティック地形におけるattractor概念をSCLCに初めて適用し、突然変異駆動を伴わないエピジェネティックレベルの表現型決定機構を提示した。

新規性: 本研究で初めて、(1) 33のマスター制御転写因子からなるコアネットワークがSCLCのNE/ML表現型を安定的に駆動するattractorを生成すること、(2) NE/MLのどちらにも分類できないハイブリッド単一細胞表現型が存在すること (CD56+/CD44+ダブルポジティブ、Fig 5)、(3) 化学療法薬およびエピジェネティック修飾薬がNE細胞およびML細胞からハイブリッド状態への単方向遷移を誘導すること、(4) ハイブリッド状態が治療抵抗性の避難所候補であること、が新規に同定された。これは新規な治療抵抗性メカニズム仮説であり、「分化療法」によるハイブリッド状態からNE/ML安定状態への誘導が新たな治療戦略となりうることを示唆する。

臨床応用: 本研究の臨床応用上の意義は複数ある。第一に、SCLCの治療抵抗性メカニズムの理解に新規の枠組みを提供し、化学療法後の再発がハイブリッド状態を起点とすることが示唆されることで、臨床現場での治療抵抗性予防のための新規アプローチ (分化療法、ブロモドメイン阻害剤、低メチル化剤などのハイブリッド状態制御剤) の開発を促す。第二に、CD44+/CD56+ダブルポジティブの単一細胞表現型はフローサイトメトリー (FACS) で測定可能なバイオマーカー候補となり、循環腫瘍細胞 (circulating tumor cell; CTC) や生検検体の解析を通じて、治療抵抗性予測に応用できる可能性がある。第三に、本研究で用いられたBooleanネットワークモデルとWGCNAアプローチは、他の表現型可塑性が問題となるがん種 (例: 膠芽腫、悪性黒色腫) にも拡張可能であり、精密医療の数理基盤として臨床応用される展望がある。

残された課題 / limitation: 著者らが明示する今後の検討課題およびlimitationは以下の通りである。第一に、Booleanモデルは粗い近似であり、TFのアナログな発現レベル (graded expression) や時間遅延を完全には反映しないため、ODEベースまたはマルコフ連鎖モデルによる細密化が今後の検討課題である。第二に、ハイブリッド状態の分子駆動メカニズム (どのTFがハイブリッド状態の安定化を担うか) は本研究では完全には同定されておらず、TFのノックアウト/過剰発現実験による検証が残された課題である。第三に、33のTFネットワークは文献およびARACNEに基づいて構築されているため、未報告のSCLC特異的TFを見落とす可能性があり、より包括的なChIP-seqやATAC-seqデータとの統合が今後の研究展望として残された。第四に、ハイブリッド細胞のin vivo検出 (患者検体、異種移植モデル、遺伝子改変マウスモデルでの確認) は本研究では細胞株に限定されており、ヒトpatient-derived xenograft (PDX) や循環腫瘍細胞 (CTC) での再現がlimitationとして認められる。最後に、標準化学療法以外の新規治療 (PARP阻害剤、免疫チェックポイント阻害剤、Rudin et al. Nature Reviews Cancer 2019のSCLC-A/N/P/Y分類での層別治療など) のハイブリッド状態誘導能は今後の課題である。

方法

バルク転写データ: Cancer Cell Line Encyclopedia (CCLE) データベース (Barretina et al. Nature 2012) から53のSCLC細胞株の遺伝子発現データ (Affymetrix HG-U133AマイクロアレイCELファイル) を取得した。Affy Bioconductorパッケージ (Gautier et al. Bioinformatics 2004) を用いてquantile RMA正規化およびmedian centeringを行い、collapseRows (Miller et al. BMC Bioinformatics 2011) を使用してプローブレベルデータを遺伝子レベルデータに変換した。また、Clinical Lung Cancer Genome Project (CLCGP) から28のSCLC患者検体のデータ、および対照としてGSE6044データセットを使用した。

コンセンサスクラスター分析: Wilkerson et al. Bioinformatics 2010 のConsensusClusterPlus v1.24.0パッケージをR v3.2.3で実行した。80%のサブサンプリング、1,000回の繰り返し、k-means (1 - Pearson相関距離) を用いて、CCLEの53株とCLCGPの28患者検体をそれぞれ2〜10のクラスターに分類した。CCLEとCLCGPのデータセットは、GSE6044データセットで測定された遺伝子のみを含むようにサブセット化された。両データセットでk=2が最も安定なクラスター構造を示した。

Weighted gene coexpression network analysis (WGCNA): Langfelder and Horvath (BMC Bioinformatics 2008) のWGCNAパッケージv1.49をR v3.2.3で用いて、53のCCLE細胞株から13の遺伝子共発現モジュールを同定した。各モジュールは100以上の遺伝子を含み、unsupervised average-linked hierarchical clustering (static height 0.95) で生成された。各モジュールの全体的な発現は、eigengene (第1主成分) によって要約された。BlueモジュールとTurquoiseモジュールがそれぞれクラスター2とクラスター1と有意に関連していることが示された (Bonferroni調整p<0.001)。

転写因子ネットワーク構築 (ARACNE): Margolin et al. (BMC Bioinformatics 2006) のbootstrap版ARACNEを53のCCLE細胞株の発現プロファイルに適用し (p<10⁻⁷、dpi=0、100 bootstraps)、8,706ノード間に27,224の相互作用を生成した。BlueおよびTurquoiseモジュール遺伝子に対するTFの濃縮はFisher正確検定 (p<0.05) で評価された。Gold-standard TF-target bindingデータベース (CHEA、ENCODE、TRANSFAC、JASPAR) および文献データベース (PubMed、Glad4U) を用いてフィルタリングを行い、76の候補TFを得た。このうち、median absolute deviationが50パーセンタイルを超える38のTFを抽出し、発信エッジを持たない5つのTFを除外して、33のTFと361の相互作用からなるコアネットワークを構築した (Supplementary Table S3)。

Booleanネットワークシミュレーション: TFネットワークは、各ノードがON/OFFのバイナリ状態を持つBooleanネットワークとしてシミュレーションされた。ノードはrandom order asynchronous method (Albert et al. Source Code Biol Med 2008) を用いて更新された。2種類の更新ルールが考慮された: (a) threshold update (アクティブな入力が阻害性入力より多い場合にON、少ない場合にOFF)、(b) inhibitory dominant (1つでも阻害性入力がONであればOFF)。8,000のランダムに生成された初期状態から状態遷移ネットワークを構築し、各状態は非同期順序の影響を吸収するために30回反復して初期化された。Attractorの同定にはNetworkXのattracting componentsアルゴリズムが使用された。ネットワークのロバスト性はstructural coherence (Willadsen and Wiles J Theor Biol 2007) およびDerrida curves (Derrida and Pomeau EPL Europhys Lett 1986) を用いて評価された。

サンプル-attractor相関: CCLEおよびCLCGP発現データは0から1にスケーリングされ、各attractorとサンプル間でPearson相関係数が計算された。統計的有意性は、10,000個のランダムなTFベクトルを生成して得られたnull distributionと比較するMann-Whitney U検定によって決定された。

Western blotおよびフローサイトメトリー: 主要TFおよび表面マーカー (CD56、CD44、CD24、CD133、CADM1、EPHA2) のマルチカラーFACSが実施された。20,000〜30,000個の生存単一細胞/サンプルがBD 5-laser機器で収集され、Cytobank (Kotecha et al. Curr Protoc Cytom 2010) でゲーティングされた。薬剤処理実験 (3日間処理) には、シスプラチン、エトポシド (細胞傷害性薬剤)、JQ1 (BET阻害剤)、デシタビン (DNMT阻害剤、エピジェネティック修飾薬) が使用された。

統計解析: Mann-Whitney U検定、Fisher正確検定、Bonferroni調整p<0.001/0.05、Pearson相関係数、null distributionに基づく有意性評価が用いられた。