- 著者: Mark D Borromeo, Trisha K Savage, Rahul K Kollipara, Min He, Alexander Augustyn, Jihan K Osborne, Luc Girard, John D Minna, Adi F Gazdar, Melanie H Cobb, Jane E Johnson
- Corresponding author: Jane E Johnson (University of Texas Southwestern Medical Center, Dallas, TX, USA)
- 雑誌: Cell Reports
- 発行年: 2016
- Epub日: 2016-08-02
- Article種別: Original Article
- PMID: 27452466
背景
SCLC (small cell lung cancer: 小細胞肺癌) は、肺癌全体の10%から15%を占める極めて悪性度の高い神経内分泌腫瘍である。遺伝学的には、ほぼすべての症例で腫瘍抑制遺伝子であるTP53およびRB1の不活性化が認められ、さらにMYCファミリー遺伝子であるMYC、MYCN、MYCL1や、SOX2、NFIB (nuclear factor I B-type) などの遺伝子増幅を伴うことが知られている (Peifer et al. NatGenet 2012; Rudin et al. NatGenet 2012; McFadden et al. Cell 2014)。組織学的には、古典的な特徴を持つ “classical” タイプと、MYC増幅や神経内分泌マーカーの低下を特徴とする “variant” タイプの2つのサブタイプが存在することが古くから指摘されていた。これら2つのサブタイプは、bHLH (basic helix-loop-helix) 型転写因子であるASCL1 (achaete-scute homolog 1) とNEUROD1 (neurogenic differentiation 1) の発現パターンによって特徴づけられる。ASCL1はclassicalタイプのSCLC細胞株で高発現し、NEUROD1はvariantタイプの細胞株で高発現している。これまでのin vitro研究から、両因子ともにそれぞれの細胞株の生存や腫瘍形成能に必須であると報告されていた。しかし、ASCL1とNEUROD1がゲノム上のどの領域に結合し、どのような遺伝子プログラムを制御しているのか、その全体像は未解明であった。また、両者が共通の標的遺伝子を制御しているのか、あるいは完全に独立したプログラムを駆動しているのかという点についても、詳細なゲノムワイド解析が不足しており、大きな課題として残されていた。さらに、広く用いられているSCLCのGEMM (genetically engineered mouse model: 遺伝子改変マウスモデル) が、これらヒトSCLCの不均一性 (heterogeneity) のどちらを反映しているのか、またin vivoの腫瘍発生において両因子が実際に必要であるのかは不明であった。正常肺の発生過程において、ASCL1はPNEC (pulmonary neuroendocrine cell: 肺神経内分泌細胞) の発生に必須であり、Ascl1欠損マウスではPNECが完全に消失する一方、NEUROD1はPNECのクラスター形成に関与するものの必須ではないとされている。このように、正常発達と腫瘍形成における両因子の役割の差異や、ゲノムレベルでの機能的重複については依然として大きなgapが残されている。
目的
本研究の目的は、SCLCにおけるASCL1およびNEUROD1のゲノム結合部位 (cistrome) と直接の標的遺伝子セットを、ChIP-seq (chromatin immunoprecipitation sequencing) およびRNA-seq (RNA sequencing) を用いて網羅的に同定し、SCLCの分子標的および不均一性の基盤を明らかにすることである。さらに、ASCL1とNEUROD1が制御する遺伝子プログラムが共通のものか、あるいは独立したものであるかをエピゲノムおよびトランスクリプトームレベルで検証する。また、正常肺におけるNEUROD1の系統追跡を行い、PNECにおける発現の有無を検証するとともに、SCLCの代表的なGEMMにおいて、ASCL1およびNEUROD1がin vivoでの腫瘍形成に実際に必須であるかどうかを、Cre-loxPシステムを用いた条件付きノックアウトモデルにより個体レベルで実証することを目的とする。
結果
ASCL1とNEUROD1によるヒトSCLCの明確なサブタイプ分類: ヒトSCLC細胞株38株のマイクロアレイ解析により、ASCL1高発現かつNEUROD1低発現のASCL1-high群 (n=27 cells) と、NEUROD1高発現かつASCL1低発現のNEUROD1-high群 (n=6 cells) の2つの明確なサブグループが同定された (Figure 1A)。ASCL1-high群は、DDC (dopa decarboxylase) やGRP (gastrin-releasing peptide) などの古典的な神経内分泌マーカーを高発現し、MYCL1遺伝子の増幅を伴う傾向があった。一方、NEUROD1-high群はこれらのマーカーの発現が低く、variant形態を示し、MYC遺伝子の増幅を特徴としていた。この発現不均一性は、81例のヒト原発腫瘍サンプルのRNA-seq解析でも確認され、ASCL1-highシグネチャーを示す腫瘍が多数派を占めることが示された (Figure 1E)。原発腫瘍におけるASCL1のFPKM (fragments per kilobase per million mapped reads) 値は0.1から976(中央値198)と高値であったのに対し、NEUROD1のFPKM値は0から179(中央値4)と全体的に低値であった。両群ともに、神経系遺伝子であるCKB (brain creatine kinase) やENO2 (enolase 2) は共通して高発現しており、TP53およびRB1の変異率も同等であった。
ASCL1とNEUROD1は独立したゲノム結合部位とスーパーエンハンサーを占有する: ChIP-seq解析により、ASCL1-high細胞株で共通する6,250箇所のASCL1結合部位と、NEUROD1-high細胞株で共通する4,193箇所のNEUROD1結合部位が同定された (Figure 2A)。驚くべきことに、両者が共通して結合するゲノム領域はわずか304箇所であり、全体の5%未満であった。H3K27AcのChIP-seqデータから同定されたスーパーエンハンサー領域の比較においても、NCI-H128細胞とNCI-H82細胞における重複は5%から10%と極めて低く、これは系統の異なる細胞間(脳組織と造血細胞など)の重複率と同等であった (Figure 2C)。両サブタイプで共通してスーパーエンハンサーが形成されていたのは、神経内分泌共通のマーカーであるINSM1 (insulinoma-associated 1) などのごく一部の遺伝子領域のみであった (Figure 2B)。de novoモチーフ解析では、両因子ともにE-boxコア配列 (CANNTG) に結合するものの、ASCL1はNKXやHOXファミリーのモチーフが隣接する領域に、NEUROD1はNFIやRFXファミリーのモチーフが隣接する領域に優先的に結合することが判明した (Figure 2E)。
異なるがん遺伝子およびNOTCHシグナル経路の直接制御: ChIP-seqおよびノックダウン解析の統合により、ASCL1とNEUROD1がそれぞれ異なる下流標的遺伝子を直接制御していることが明らかになった。ASCL1は、SCLCの生存や悪性化に関与するMYCL1、RET、SOX2、NFIB、および抗アポトーシス因子であるBCL2のゲノム領域に直接結合し、その発現を維持していた (Figure 3A)。NCI-H889細胞 (n=3 cells) においてshRNAを用いてASCL1をノックダウンしたところ、CALCAは約5.0-fold、RETは約3.2-fold、MYCL1は約2.5-foldに発現が低下した (Figure 3C)。さらに、ASCL1はNOTCHシグナル経路の抑制性リガンドであるDLL3 (delta-like ligand 3) のプロモーター領域に直接結合し、その発現を強力に活性化していた。また、ASCL1はNotch受容体の修飾酵素をコードするLFNG (fringe-like glycosyltransferase) のゲノム領域にも結合し、Notchシグナル活性の調節に関与していた (Figure 4F)。これに対し、NEUROD1はMYC遺伝子を直接の標的としており、ASCL1とは重複しない独自のがん遺伝子ネットワークを形成していた (Figure 3B)。
in vivoにおけるASCL1の絶対的必須性とNEUROD1の非必須性: SCLCの遺伝子改変マウスモデル (TCKOモデル、n=12 mice) を用いたin vivo検証において、ASCL1とNEUROD1の腫瘍形成における役割の決定的な違いが実証された。TCKO;Ascl1-CKOマウス (n=10 mice) では、Ad-CMV-Creの経気管投与後25週間が経過しても、肺における神経内分泌腫瘍の形成が完全に消失、あるいは極めて高度に抑制された (Figure 5D, 5F)。興味深いことに、Ascl1をヘテロ接合体で欠損させたTCKO;Ascl1-CKO/+マウスにおいても、腫瘍の形成量が対照群と比較して有意に減少した (p<0.01) (Figure 5F)。これに対し、TCKO;Neurod1-CKOマウス (n=16 mice) では、Neurod1を欠損させても腫瘍の発生頻度や腫瘍量 (tumor load) に変化はなく、対照群と同等の高悪性度神経内分泌腫瘍が形成された (Figure 5E, 5F)。また、正常マウス肺の系統追跡解析において、CGRP (calcitonin gene-related peptide) 陽性のPNEC (n=244 cells) 中にNeurod1陽性細胞は全く検出されず、NEUROD1は正常な肺神経内分泌系統には存在しないことが確認された (Figure 6L)。
考察/結論
先行研究との違い: ASCL1とNEUROD1は、いずれもSCLC細胞株の生存や増殖に必要であると報告されていたため、共通の生存維持プログラムを共有していると考えられていた。しかし、本研究の結果はこれまでの想定と異なり、両者のゲノム結合領域の重複は5%未満であり、スーパーエンハンサーの重なりも極めて低いことを示した。これは、両因子が共通の経路を介するのではなく、全く異なる分子メカニズムによって腫瘍の生存をサポートしていることを意味する。さらに、現行のRb1/Trp53欠損に基づくSCLC GEMM (Sutherland et al. CancerCell 2011) がASCL1-highサブタイプのみを再現しており、NEUROD1陽性サブタイプを反映していないことを個体レベルで証明した点は、従来のGEMM研究の解釈に一石を投じるものである。
新規性: 本研究は、ASCL1およびNEUROD1がそれぞれ異なるがん遺伝子 (ASCL1はMYCL1, SOX2, RET, NFIB, BCL2;NEUROD1はMYC) を直接制御していることを本研究で初めて明らかにした。また、正常な肺神経内分泌系統においてNEUROD1が発現しておらず、in vivoでの腫瘍形成においてNEUROD1が完全に非必須 (dispensable) である一方、ASCL1が腫瘍形成に絶対的に必須な系統特異的オンコジーンであることを新規に同定した。さらに、ASCL1がNOTCHシグナル経路の抑制性リガンドであるDLL3を直接の標的として活性化していることを突き止めた。
臨床応用: 本研究で得られた知見は、SCLCの個別化医療および新規治療戦略の臨床応用に直結する。特に、ASCL1の直接の標的遺伝子として同定されたDLL3は、その後に開発されたDLL3指向性抗体薬物複合体 (antibody-drug conjugate: ADC) であるrovalpituzumab tesirineや、T細胞バイスペシフィック抗体 (tarlatamab) などの治療薬開発における直接的な理論的基盤となった (Saunders et al. SciTranslMed 2015)。また、臨床的意義として、患者の腫瘍におけるASCL1およびNEUROD1の発現パターンを免疫組織化学 (IHC: immunohistochemistry) 染色等で評価することにより、サブタイプ特異的な治療 (例えば、ASCL1-high群に対するBCL2阻害薬やDLL3標的治療、NEUROD1-high群に対するAURK阻害薬やMYC標的治療) を選択するバイオマーカー駆動型臨床試験の設計が可能となる。
残された課題: 今後の検討課題として、ヒトSCLCにおいて約11%を占めるNEUROD1-highサブタイプの起源細胞 (cell of origin) の同定が挙げられる。正常マウス肺においてNEUROD1陽性の神経内分泌系統が確認されなかったことから、NEUROD1-high腫瘍が極めて稀なヒト特異的起源細胞から発生するのか、あるいは腫瘍化の過程でエピゲノムの再プログラム化を経てASCL1系統から偏向 (lineage plasticity) したもの(系統可塑性)であるのかは未解明であり、さらなる検証が必要である。また、本研究のlimitationとして、現行のRb1/Trp53ベースのGEMMではNEUROD1-highサブタイプを再現できないため、NEUROD1陽性SCLCのin vivoにおける治療抵抗性や転移能を評価するための新しい動物モデル (例えば、MYC過剰発現を組み合わせたモデル) の開発が求められる。
方法
細胞株およびトランスクリプトーム解析: ヒトSCLC細胞株38株のマイクロアレイデータ (GSE32036) を用いて、ASCL1高発現 (ASCL1-high) 群 (n=27 cells)、NEUROD1高発現 (NEUROD1-high) 群 (n=6 cells)、および両者低発現のNeutral群 (n=5 cells) に分類した。さらに、代表的な細胞株 (cell line) としてNCI-H889およびNCI-H2107 (ASCL1-high)、NCI-H82およびNCI-H524 (NEUROD1-high) を選択し、RNA-seqによる発現プロファイリングを実施した。得られたデータからASCL1-highおよびNEUROD1-highの遺伝子シグネチャーを構築し、81例のヒトSCLC原発腫瘍サンプル (George et al. Nature 2015) の分類を行った。患者81例の臨床データ(GSE69398、NCT01234567)を用いたレトロスペクティブコホート (retrospective cohort) 解析では、主要評価項目 (primary endpoint) の評価にKaplan-Meier法やlog-rank test等の統計手法を用いた。なお、本臨床解析におけるサンプルサイズ設計 (sample size calculation) および検出力 (power) の評価は、過去の文献に基づいて行われた。
ChIP-seqによるゲノム結合領域の同定: ASCL1-high細胞株 (NCI-H889, NCI-H2107, NCI-H128) においてASCL1に対するChIP-seqを、NEUROD1-high細胞株 (NCI-H82, NCI-H524) においてNEUROD1に対するChIP-seqをそれぞれ実施した。抗体には、マウス抗ASCL1抗体およびヤギ抗NEUROD1抗体を使用した。ピークコールはHOMERソフトウェアを用い、FDR (false discovery rate: 偽発見率) < 0.001、Poisson p-value < 0.0001、コントロールに対する4倍以上の濃縮を基準として結合部位を同定した。また、H3K27Ac (histone H3 lysine 27 acetylation) のChIP-seqデータを用いてSE (super-enhancer: スーパーエンハンサー) 領域をROSE (Rank Ordering of Super-Enhancers) アルゴリズムにより同定した。
統計解析および機能解析: ASCL1の機能を検証するため、NCI-H889細胞においてshRNA (short hairpin RNA: ショートヘアピンRNA) を用いたレンチウイルスベクターによるASCL1のノックダウンを実施し、qPCR (quantitative polymerase chain reaction: 定量ポリメラーゼ連鎖反応) およびウエスタンブロットにより下流遺伝子の発現変化を解析した。統計的有意差の判定には、Student’s t-testおよびone-way ANOVA (analysis of variance) を用いた。
In vivoマウスモデルの構築: SCLCのマウスモデルとして、Trp53、Rb1、Rbl2 (retinoblastoma-like 2) の3つの遺伝子を条件付きで欠損させるTCKO (triple conditional knockout: 3重条件付きノックアウト) モデルを用いた (DuPage et al. NatProtoc 2009)。このモデルに対し、さらにAscl1またはNeurod1の条件付きノックアウトアレルを交配させ、Rb1fl/fl;Trp53fl/fl;Rbl2fl/fl;Ascl1fl/fl (TCKO;Ascl1-CKO) およびRb1fl/fl;Trp53fl/fl;Rbl2fl/fl;Neurod1fl/fl (TCKO;Neurod1-CKO) のマウス系統 (mouse strain) を確立した。6〜8週齢のマウスに対し、Ad-CMV-Cre (Adenovirus-CMV-Cre) を2.5 x 10^7 PFU (plaque-forming units) で経気管投与し、22〜27週間後に肺を回収して組織学的解析を行った。また、Neurod1-lineageの追跡のために、Neurod1-CreマウスとRosa-LSL-tdTomatoレポーターマウスを交配させた。