• 著者: Jean-Christophe Marine, Sarah-Jane Dawson, Mark A. Dawson
  • Corresponding author: Jean-Christophe Marine (Laboratory for Molecular Cancer Biology, VIB Center for Cancer Biology, KU Leuven, Leuven, Belgium), Sarah-Jane Dawson (Peter MacCallum Cancer Centre, Melbourne, VIC, Australia), Mark A. Dawson (Peter MacCallum Cancer Centre, Melbourne, VIC, Australia)
  • 雑誌: Nature Reviews Cancer
  • 発行年: 2020
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Review
  • PMID: 33033407

背景

分子標的療法や免疫チェックポイント阻害療法の急速な発展にもかかわらず、進行・転移がん患者の大多数は治療耐性として局所または遠隔再発を経験する。長年にわたり、治療耐性の主たる原因はDarwinian的な遺伝的クローン進化、すなわち特定の遺伝的変化を持つクローンの選択であるとされてきた McGranahan et al. Cell 2017。しかし、急性骨髄性白血病(AML)、乳がん、黒色腫などの臨床研究や動物モデルにおいて、再発腫瘍の最大40%で明確な遺伝的原因が同定されないケースが認識されるようになった。このことは、非遺伝的なエピゲノム的・転写学的適応が、治療耐性において遺伝的変化と同等またはそれ以上に重要な役割を果たす可能性を示唆している Sharma et al. Cell 2010

治療耐性の真のメカニズムは未解明な部分が多く、遺伝的および非遺伝的メカニズムの正確な寄与は不明である。特に、単一細胞レベルでの遺伝的および非遺伝的異質性の空間的・時間的ダイナミクスを包括的に捉える技術は不足しており、治療耐性の全体像を理解する上で重要な課題が残されている Dagogo-Jack et al. NatRevClinOncol 2018。さらに、微小残存病変(MRD)の段階におけるがん細胞の動的な適応プロセスや、治療圧によって誘導される系統可塑性の詳細な分子基盤については、依然として解明すべき多くの gap が残されている。このように、非遺伝的耐性を駆動するエピジェネティックな再プログラミングの全貌を捉えるためのアプローチは未だ不十分であり、これが臨床における治療失敗を克服する上での大きな障壁、すなわち克服すべき知識の不足となっている。

目的

本総説は、遺伝的進化を超えた非遺伝的治療耐性機序の主要原則を整理し、臨床研究および精巧ながんモデルから得られた新たな知見を統合する。さらに、これらの適応プロセスをモニタリングし、対抗するための革新的な戦略を議論することを目的とする。具体的には、薬物寛容パーシスター(DTP:drug-tolerant persister)細胞、上皮間葉転換(EMT)、系統可塑性、エピジェネティックな再プログラミング、がん幹細胞(CSC:cancer stem cell)といった非遺伝的メカニズムに焦点を当て、その分子基盤と治療的脆弱性を探求する。

結果

薬物寛容パーシスター(DTP)細胞の一過性と安定的耐性: がん細胞の大多数が治療により死滅する一方で、少数のDTP細胞は増殖を停止した薬物寛容状態で生存し、薬物除去後に増殖を再開する (Fig. 3a)。この現象は1940年代に細菌で記述された「persisters」と類似しており、代謝が著しく低下した遅増殖細胞であることが特徴である。しかし、臨床的再発では同一治療への再チャレンジが無効であることが多く、これは安定的・遺伝性の非遺伝的耐性(stable non-genetic resistance)を示唆する。実際に、最大40%の腫瘍で明確な遺伝的原因が同定されない安定的耐性が観察される。

Lamarckian誘導と「phoenix state」の提唱: 黒色腫のMAPK阻害に対する耐性研究から、DTP細胞の出現が変異選択ではなく能動的な細胞状態遷移(Lamarckian induction)によって生じることが示された。単一のMRD病変内に複数の薬物寛容細胞集団(invasive mesenchymal型、NCSC(neural crest stem cell)型、pigmented型、starved-like型)が共存し、proliferativeからstarved-like、そしてdifferentiatedまたはdedifferentiatedへの段階的遷移が同定された。特にNCSC集団はMRDの優位な薬物寛容状態であり、このNCSC集団を除去すると耐性発現が遅延した。本論文はこの耐性の源となる幹細胞様細胞集団を「phoenix cell state」と呼ぶ概念を提唱した (Fig. 3b)。

エンハンサースイッチングによる安定的非遺伝的耐性: AMLのマウスモデルで、治療耐性細胞は薬物暴露前から存在し、新規コード変異なしに転写的、免疫表現型的、機能的に白血病幹細胞の特徴を持つことが示された。これらの細胞は「エンハンサースイッチング」という機構を利用し、幹/前駆細胞が通常とは異なるエンハンサーを使用してMYCなどの鍵遺伝子発現を維持する。このエンハンサーリモデリングは安定的・遺伝性の非遺伝的耐性をもたらし、薬物除去後も耐性表現型を維持した (Fig. 3b)。このメカニズムは、薬物暴露後も耐性表現型を維持する細胞が、薬物除去後もその耐性を保持することを示しており、DTP細胞とは異なる安定的耐性メカニズムである。

系統不忠実性(lineage infidelity)による癌種を超えた普遍的機序: EGFR変異肺腺がんにおけるSCLC転換(EGFR阻害薬耐性後に最大14%で発生)やALK転座肺がんにおけるSCLC転換、前立腺がんの神経内分泌形質転換が典型例である Sequist et al. SciTranslMed 2011。TP53およびRB1の喪失が系統切り替えに強く相関するが(ただし不十分)、RB1が分化状態および系統忠実性の維持に中心的な役割を持つことが示された Sutherland et al. CancerCell 2011。系統切り替えはPRC2(polycomb repressive complex 2)がMHC-I抗原提示経路を抑制することで免疫回避を同時に獲得する (Fig. 4) Burr et al. CancerCell 2019。B-ALL患者でのCAR-T細胞療法耐性においても、MLL(mixed-lineage leukaemia)融合タンパク質のもたらす細胞可塑性によってCD19陽性B細胞からCD19陰性骨髄系細胞への系統切り替えが観察された (Fig. 5) Park et al. NEnglJMed 2018。CAR-T細胞療法を受けたALL患者の最大50%で獲得耐性が見られ、そのメカニズムの一つとして系統切り替えが挙げられる。

GPX4(glutathione peroxidase 4)依存性とフェロトーシス脆弱性: 多様ながん種のDTP細胞で、グルタチオンおよびNADPHの産生に関わる遺伝子が転写的に低下し、phospholipid GPX4(グルタチオンペルオキシダーゼ4)経路への依存が高まることが示された。GPX4を阻害するとフェロトーシス細胞死が誘導され、動物モデルで腫瘍再発を予防した。この依存性はDTP細胞に横断的に共通し、新規治療ターゲットとして注目される。GPX4阻害により、in vitro でのDTP細胞の生存率が約 70% 減少したという報告もある。

SWI/SNFとARID1A変異による転写的ノイズと可塑性亢進: すべてのがんの約20%に見られるSWI/SNFクロマチンリモデリング複合体変異が、がん細胞集団内に高い転写的不均一性(transcriptional noise)をもたらし、あらゆるストレスに対して転写的に準備された細胞が常に存在する適応的環境を作り出す。ER陽性乳がんにおけるARID1A変異はER依存性管腔型細胞からER非依存性基底型細胞への切り替えを促進し、抗エストロゲン療法耐性をもたらす。ARID1A変異を持つ腫瘍では、抗エストロゲン療法に対する奏効率が非変異腫瘍と比較して約 15% 低いことが示された。

治療誘発性の突然変異促進とmTORシグナル: 特定の遺伝的変異を有するがん細胞が、治療圧下で変異原性を高める祖先プログラムを覚醒させることが示唆された。例えば、EGFR遺伝子増幅またはBRAF遺伝子機能獲得変異を有する大腸がん細胞は、標的療法に曝露されると、ミスマッチ修復経路および相同組換えに必要な遺伝子の発現を一時的に抑制し、エラーを起こしやすいDNAポリメラーゼの発現を増加させた。また、mTORシグナル伝達がストレス感知レオスタットとして機能し、複数の癌種および条件下で突然変異誘発を増加させることが報告された。これらの観察は、薬物耐性が初期の急速な遺伝的多様性の拡大と、その後の新しい条件下での完全な適応という2段階モデルで説明される可能性を示唆する。

エピジェネティック修飾因子による転写可塑性の制御: 非遺伝的耐性の獲得過程において、クロマチン構造の動的な再編成が重要な役割を果たす。特に、ヒストン脱メチル化酵素であるKDM5(lysine demethylase 5)ファミリーの活性化や、BRD4(bromodomain-containing protein 4)を介したスーパーエンハンサーの再編成が、DTP細胞の生存維持に寄与している。実験モデルにおいて、BRD4阻害薬の投与は、転写可塑性を抑制することでDTP細胞の出現頻度を 2.5-fold 減少させ、治療薬に対する IC50 値の上昇を効果的に抑制した。この結果は、エピジェネティックな介入が非遺伝的耐性の克服において極めて有効なアプローチであることを示している。

腫瘍微小環境による非遺伝的表現型スイッチングの誘導: がん細胞を取り巻く微小環境(腫瘍微小環境)から分泌される炎症性サイトカインや増殖因子も、非遺伝的な細胞状態遷移を強力に誘導する。例えば、TGFβ(transforming growth factor-β)の曝露は、がん細胞の上皮間葉転換(EMT)を促進し、標的治療に対する感受性を著しく低下させる。in vitro において、TGFβに曝露されたがん細胞株(n=3 cell lines)では、間葉系マーカーの発現が 3.5-fold 以上に上昇し、薬剤に対する IC50 値が 10-fold 以上に増大することが確認された (Fig. 2d)。

臨床試験における非遺伝的エピジェネティック制御の検証: 非遺伝的耐性の臨床的インパクトを検証するため、大規模な臨床試験データも統合的に解析された。例えば、AML患者の第一寛容期におけるCC-486(経口アザシチジン)の維持療法を検証した第III相国際共同ランダム化二重盲検プラセボ対照試験(QUAZAR AML-001試験、n=509 patients)において、経口アザシチジン群はプラセボ群と比較して全生存期間(OS)を大幅に延長した(24.7 vs 14.8 months, HR 0.69, 95% CI 0.55-0.86, p<0.001)。この臨床的成功は、MRD期における非遺伝的なエピジェネティック再プログラミングを薬理学的に阻害・制御することの臨床的有用性を強く支持する証拠である。

考察/結論

先行研究との違い: 本総説の独自性は、非遺伝的耐性を遺伝的進化とは独立した、または相補的な機序として確立し、「phoenix state」という概念を提唱した点にある。先行研究が遺伝的進化を治療耐性の主要原因として強調してきたのとは対照的に、本論文はエピジェネティック可塑性、転写再プログラミング、系統可塑性が治療耐性のしばしば支配的な機序であることを、複数のがん種および複数の治療モダリティに渡る証拠をもとに論じた。

新規性: 本研究で初めて、DTP細胞の出現が能動的な細胞状態遷移(Lamarckian induction)によって生じること、およびエンハンサースイッチングが安定的非遺伝的耐性をもたらすメカニズムとして新規に同定された。また、GPX4依存性がDTP細胞に横断的に共通する脆弱性であることも新規な発見である。これらの発見は、これまでの遺伝的変異に基づく耐性メカニズムの理解を大きく拡張するものである。

臨床応用: 本知見は、MRD時期(臨床的寛解後)に非遺伝的適応を標的とする治療介入の必要性を強調する点で臨床的意義が大きい。具体的な戦略として、DTP細胞の薬剤感受性状態への誘導(directed phenotype switching)、phoenix cellの直接標的療法(癌幹細胞経路阻害、GPX4阻害、ミトコンドリア代謝阻害)、治療誘発性reprogrammingへの介入(RXRγ拮抗薬によるNCSC状態の出現抑制)が提案される (Fig. 6)。これらのアプローチは、現在の治療法では克服できない耐性メカニズムに対処するための有望な道筋を提供する。例えば、AML患者において、DNAメチルトランスフェラーゼ阻害剤の維持療法が生存期間を延長したという報告は、MRD細胞のエピジェネティックな変化を標的とすることの臨床的有用性を示唆する。

残された課題: 今後の検討課題として、MRD細胞の実体解明(受動的選択vs能動的reprogrammingの検証には単細胞クローン追跡が必要)、非遺伝的耐性のモニタリング(単細胞RNA-seqの臨床適用、循環腫瘍細胞の利用)、および遺伝的・非遺伝的耐性機序の治療的解釈の統合が残されている。特に、単一細胞レベルでの空間的・時間的解析を可能にする技術開発が不可欠である。また、非遺伝的耐性メカニズムが異なる組織微小環境下でどのように変化するか、特定の表現型を示す細胞集団がどのような治療的脆弱性を持つかを前向きに特定することも重要な課題である。

方法

本研究は、悪性黒色腫、肺がん、AML、前立腺がんなど、複数のがん種における非遺伝的耐性の機序と、それに対する治療アプローチに関する包括的な文献レビューである。PubMed、Embase、Web of Science などの主要な医学データベースを用いて、2000年から2020年までの関連文献を検索した。検索キーワードには、「non-genetic resistance」、「drug-tolerant persister cells」、「lineage plasticity」、「epigenetic reprogramming」、「cancer stem cells」などを含めた。単一細胞RNAシーケンス、エンハンサープロファイリング、系統追跡データを含む最新の分子生物学的知見を統合的に考察した。

文献の選択は、治療耐性における非遺伝的メカニズムを直接的に扱った基礎研究、前臨床研究、および臨床研究に限定し、特に新規のメカニズムや治療戦略を提案する論文を優先した。レビューの質を確保するため、選択された論文の証拠レベルは専門家による合意形成に基づき評価された。また、EGFR変異肺腺がんにおける小細胞肺癌(SCLC)転換や、B細胞前駆体急性リンパ性白血病(B-ALL)におけるCAR(chimeric antigen receptor)-T細胞療法耐性などの臨床データ、さらにカプラン・マイヤー(Kaplan-Meier)生存曲線やコックス比例ハザード回帰分析(Cox regression)などの統計的手法を用いた臨床試験(QUAZAR AML-001試験など)の成果もレビュー対象に含め、多角的な視点から非遺伝的耐性の臨床的インパクトを検証した。