- 著者: Adachi Y, Ito K, Hayashi Y, Kimura R, Tan TZ, Yamaguchi R, Ebi H
- Corresponding author: Hiromichi Ebi (Aichi Cancer Center Research Institute, Nagoya)
- 雑誌: Clinical Cancer Research
- 発行年: 2020
- Epub日: 2020-09-08
- Article種別: Original Article
- PMID: 32900796
背景
KRAS変異は非小細胞肺癌 (NSCLC) 腺癌の約20〜25% (欧米)、10〜15% (アジア) に認められ、コドン12と13での変異が主体である。なかでもKRAS G12C変異はKRAS変異全体の約39%を占める最頻変異である。RASタンパクはその平滑な表面構造とGTP/GDPへのピコモル親和性から長らく「undruggable」とされてきたが、Shokatグループによるswitch II pocketの発見を契機に、GDP結合型KRAS G12Cに共有結合する低分子阻害薬の開発が急速に進んだ。この進展により、KRAS G12C変異を有する腫瘍に対する標的治療の可能性が大きく広がった。
AMG510 (sotorasib、NCT03600883) およびMRTX849 (adagrasib、NCT03785249) の早期臨床試験では、NSCLC・大腸癌を含む進行固形腫瘍でのKRAS G12C阻害の実現可能性と臨床的有効性が示された。これらの薬剤はKRAS G12Cに不可逆的に共有結合し、GTP結合を阻害することでタンパク質を不活性状態にロックし、下流シグナル伝達を抑制する。しかしながら、EGFR変異NSCLCやALK転座NSCLCと同様に、内在性耐性 (一次奏効しない患者) と獲得耐性 (奏効後に進行する患者) が問題となることが予想されていた。標的療法における耐性メカニズムの解明は、治療効果の持続と患者予後の改善のために不可欠である。
先行研究により、KRAS G12C阻害薬処理後にEGFRを介した新規合成KRAS G12Cの活性化や、MEK阻害薬と同様のERBB3・FGFR依存的なRTK再活性化が適応的耐性として生じることが示唆されていた (Misale et al. Clin Cancer Res 2019、Ryan et al. Clin Cancer Res 2020)。また、単一細胞RNAシーケンス解析では、KRAS G12C阻害薬ARS-1620処理後のKRAS G12Cタンパク質がEGFRによって活性化され、GTP結合状態に移行することが報告されている (Xue et al. Nature 2020)。しかし、内在性耐性と獲得耐性に共通する機序、とりわけ上皮間葉転換 (EMT) との関連については未解明であった。EMTは、細胞が上皮細胞としての特徴を失い、間葉系細胞としての特徴を獲得するプロセスであり、がんの進行、転移、薬剤耐性に関与することが知られている (Mani et al. Cell 2008)。特に、EGFR阻害薬耐性においてもEMTが重要な役割を果たすことが報告されている (例えば Byers et al. ClinCancerRes 2013、Zhang et al. NatGenet 2012)。しかし、KRAS G12C阻害薬耐性におけるEMTの役割については、これまで体系的な研究が不足していた。本研究はこの知識ギャップを埋めることを目的とし、EMTがKRAS G12C阻害薬耐性の統一的メカニズムであることを示した初めての体系的研究である。KRAS G12C阻害薬の臨床応用が進む中で、その耐性メカニズムを理解し、克服するための戦略を確立することは喫緊の課題であり、この知識ギャップを埋めることが本研究の重要な目的であった。
目的
本研究の目的は、KRAS G12C変異NSCLC細胞株パネルを用いて、KRAS G12C阻害薬AMG510に対する感受性を規定する因子を同定することである。具体的には、内在性耐性および獲得性耐性の分子機構として、EMTおよびPI3K/AKT経路の関与を詳細に解明することを目指した。さらに、これらの耐性メカニズムを克服するための合理的な多剤併用戦略をin vitroおよびin vivoで検証し、KRAS G12C変異NSCLC患者における治療効果の向上に貢献することを目的とした。本研究は、KRAS G12C阻害薬に対する耐性の根底にある生物学的プロセスを明らかにし、新たな治療戦略開発のための基盤情報を提供することを目指す。
結果
KRAS活性とAMG510感受性の相関: 10株のKRAS G12C変異NSCLC細胞株におけるAMG510感受性評価では、NCI-H358、LU65、NCI-H1385の3株がIC50<100 nmol/Lで感受性を示した。HCC1171、NCI-H23、HCC44、Calu-1は中等度感受性、LU99、NCI-H1792、SW1573は耐性と分類された (Figure 1A, B)。3D培養条件では2D条件よりも感受性が全般的に増強した。KRAS遺伝子のホモ/ヘテロ接合変異の別は感受性を規定しなかった。AMG510感受性株では、促アポトーシス性BH3-onlyタンパクであるBIMおよびPumaの誘導が確認された一方、耐性株ではその誘導が乏しかった (Figure 1C)。KRASタンパク発現量およびKRAS-GTP活性はいずれもAMG510感受性と正の相関を示し、GSEAではKRAS依存性シグネチャーが感受性株群に有意に濃縮された (Figure 1D, E)。
EMTと内在性耐性の関連: GSEA解析により、EMT hallmark遺伝子セットがAMG510耐性株群に有意に濃縮されていることが明らかになった (Figure 2A)。普遍的EMTスコアは耐性群で有意に高く (感受性vs耐性、p<0.05)、AMG510感受性と強い負の相関を示した (Figure 2B)。TGF-β (4 ng/mL) 処理によるEMT誘導 (E-cadherinの低下とvimentinの上昇で確認) 後、感受性株であるH358およびLU65細胞においてAMG510耐性化が明確に誘導された (Figure 2C, D)。EMT誘導細胞ではKRASタンパク発現およびKRAS-GTP活性が低下したが、ERKリン酸化は逆説的に上昇した (Figure 2E)。Twist-ERおよびSnail-ER誘導系でもAMG510耐性化が再現され、EMT転写因子の活性化とKRAS依存性低下という共通メカニズムが確認された (Figure 2F, G, H)。この結果は、EMTがKRAS G12C阻害薬に対する内在性耐性を引き起こす主要な原因であることを強く示唆する。
PI3K/AKT経路が間葉型細胞における耐性機序: AMG510処理によりKRAS-GTP活性は抑制されたが、TGF-β誘導EMT細胞ではAKTリン酸化が持続した (ERKおよびS6リン酸化のリバウンドも観察された) (Figure 3A, B)。PI3K阻害薬GDC-0941の追加はAKTおよびS6リン酸化を完全に抑制し、AMG510との組み合わせでTGF-β処理H358細胞の増殖抑制効果が単独療法より有意に増強された (p<0.05) (Figure 3C, E)。この結果は、KRAS G12C非依存的なPI3K/AKT活性化が耐性の原因であることを示唆する。PI3K阻害薬との併用は、AMG510単独と比較して細胞増殖を約50%抑制した。
IGFR-IRS1経路がPI3K/AKT活性化の主要メカニズム: p85免疫沈降により、EMT誘導H358細胞においてp85-IRS1複合体の増加が確認された (Figure 3F)。IGFR阻害薬linsitinibはTGF-β処理H358細胞のAKTリン酸化を著明に抑制し、IGFR依存的なPI3K活性化を証明した (Figure 3F, G)。IGFBP-2 (IGFRの負の制御因子) はAMG510耐性株で有意に低発現しており (GSEA解析)、TGF-β誘導H358細胞でのIGFBP-2・IGFBP-3 mRNAも有意に低下した (p<0.05) (Figure 3H)。qRT-PCRおよび条件培地タンパク解析でIGFBP-2・IGFBP-3の分泌低下も確認された (Figure 3I)。これらの結果から、IGFBP-2/3低下→IGFR活性化→IRS1-p85結合増加→PI3K/AKT活性化という経路モデルが示唆された。FGFR阻害薬infigratinibはERK再活性化の抑制には有効であったが、AKTリン酸化への影響は限定的であり、PI3K/AKT活性化はFGFRではなくIGFRが主体であることが確認された (Figure 3J, K)。
SHP2阻害薬はPI3K/AKTを制御できない: SHP2阻害薬SHP099はAMG510処理後のERKフィードバック再活性化を完全に抑制したが、AKTリン酸化の低下は軽微であった (IGFR-IRS1によるPI3K活性化はSHP2非依存的) (Figure 4A)。このため、AMG510+SHP099二重療法では増殖抑制効果が限定的であった (Figure 4C)。AMG510+GDC-0941+SHP099トリプル療法のみがAKT・ERK両経路を完全抑制し、5種のメサンキマル様KRAS G12C変異株で細胞増殖を廃絶した (p<0.05) (Figure 4B, E)。BIM・PumaおよびC-PARPの誘導もトリプル療法でのみ確認された (Figure 4D)。トリプル療法は、AMG510単独と比較して細胞生存率を約90%低下させた。
EMTが獲得耐性の原因 (in vitro・in vivo): NCI-H358-AMGRおよびLU65-AMGR細胞は、E-cadherin低下・vimentin上昇等の形態変化とEMTマーカー変化を示した (Figure 5D)。GSEA解析でEMTシグネチャーの上昇とKRAS依存性シグネチャーの低下が確認された (Figure 5C)。ARS-1620耐性株でもEMT誘導が観察され、化学的に異なる薬剤への耐性でも同一機構が働くことが示された (Supplementary Figure S3C, D)。in vivoのAMG510長期投与 (2ヶ月) マウスモデル (n=6 mice/群) でも、獲得耐性腫瘍組織でvimentin発現増加を組織学的に確認した (Supplementary Figure S3E)。いずれの耐性モデルでもKRAS遺伝子の二次変異は検出されなかった。NCI-H358-AMGR皮下移植モデル (n=6 mice/群) で、AMG510+SHP099+GDC-0941トリプル療法のみが腫瘍縮小を達成し、単独・二重療法では腫瘍縮小は得られなかった (Figure 6E)。薬力学解析でトリプル療法のみが腫瘍組織内でAKT・ERK・S6リン酸化を完全抑制することを確認した (Figure 6G)。4週間投与での忍容性 (体重変化なし) も確認された (Supplementary Figure S4D)。
考察/結論
新規性: 本研究は、KRAS G12C阻害薬 (AMG510) に対する内在性および獲得性耐性の共通メカニズムとしてEMTを初めて系統的に同定した。これまで報告されていない知見として、EMT細胞ではKRASへの依存性が低下し (KRAS蛋白・GTP活性の低下)、代わりにIGFBP-2/3の発現低下によるIGFR活性化を介してPI3K/AKT経路がKRAS G12C非依存的に維持されるため、KRAS G12C阻害薬単独では不十分となることを明らかにした。内在性耐性と獲得性耐性の双方にEMTが共通して関与するという発見は、EMT状態がKRAS G12C阻害薬療法の感受性を決定する普遍的な生物学的決定因子であることを示している。
先行研究との違い: EGFR阻害薬耐性においてもEMTが重要な役割を果たすことが知られているが (例えば Byers et al. ClinCancerRes 2013、Zhang et al. NatGenet 2012)、本研究はKRAS G12C阻害薬においてEMTが内在性・獲得性耐性の両方をカバーすることを示した初の研究である点で、これまでの研究とは異なる。また、本研究の耐性株では二次KRAS変異が検出されなかったことは重要である。これは、後続研究 (Adderley et al. 2020、Awad et al. 2020) が二次KRAS変異を獲得耐性の一機序として同定したこととは相補的な知見であり、二次変異非依存的な耐性機序 (EMT/PI3K経路) と二次変異依存的な耐性機序が平行して存在することを示唆する。
臨床応用: 本研究の重要な発見のひとつは、AMG510+SHP2阻害薬の組み合わせ (当時複数の臨床試験が進行中) の潜在的な限界を示したことである。SHP2阻害薬がERKフィードバック制御には有効だが、IGFR-IRS1を介するPI3K/AKT制御には無効であることは、この二剤併用が間葉型KRAS G12C変異腫瘍では不十分である可能性を示す。臨床的にはトリプル療法 (KRAS G12C阻害薬+SHP2阻害薬+PI3K阻害薬) を要するが、複合毒性を考慮すると実施可能性には課題がある。このトリプル療法戦略は、今後の用量最適化・間歇投与・次世代PI3K/mTOR阻害薬との組み合わせ探索において重要な前臨床的根拠となる。EMTが内在性・獲得性耐性の双方に共通した機序であることから、治療前の腫瘍のEMT状態 (上皮型vs間葉型) の事前評価 (例: EMTスコアリング・vimentin/E-cadherin IHC・遺伝子発現プロファイリング) により治療戦略を層別化することの臨床的意義が提示された。感受性株 (上皮型) にはAMG510単独または二剤併用が適切であり、間葉型腫瘍にはトリプル療法または別の戦略が必要となる。
残された課題: 本研究の限界として、EMT誘導にTGF-βを用いたin vitro系に依存している点 (生体内でのEMT誘導環境との差異)、および免疫能正常マウスではなくヌードマウス (免疫不全) を用いたin vivoモデルである点が挙げられる。後者はKRAS G12C阻害薬が免疫系を介して腫瘍制御を増強するという別の作用機序との統合的評価が行えていないことを意味する。また本研究は10株の細胞株パネルに限定されており、患者腫瘍組織でのEMT状態とKRAS G12C阻害薬奏効の前向き相関データは不足している。sotorasib・adagrasibが臨床承認された現在、EMT状態をバイオマーカーとした患者選択および耐性時の治療戦略の前向き評価が今後の検討課題として重要である。
方法
細胞株パネル: KRAS G12C変異NSCLC細胞株10株を研究に用いた。これらは感受性群 (NCI-H358、LU65、NCI-H1385)、中等度感受性群 (HCC1171、NCI-H23、HCC44、Calu-1)、および耐性群 (LU99、NCI-H1792、SW1573) に分類された。細胞株はATCC (H358、H1792、H23、Calu1、SW1573)、韓国細胞株バンク (HCC44、HCC1171、H1385)、日本セルリサーチバンク (LU65、LU99) から取得した。Sangerシーケンスにより、6株がG12Cヘテロ接合変異、4株がホモ接合変異を有することを確認した。
AMG510感受性評価: 2D (組織培養) および3D (スフェロイド) 条件下でCell Viability assayを実施した (n=6 replicates/濃度、72時間処理)。IC50<100 nmol/Lを感受性と定義した。2DアッセイはIncucyte (Essen Instruments) またはCCK-8 assay (Dojindo) で計測し、3DアッセイはCellTiter-Glo 3D (Promega) を使用した。
GSEA (Gene Set Enrichment Analysis): 感受性群 (H358、LU65、H1385) と耐性群 (H1792、LU99、SW1573) 間でKRAS依存性シグネチャーおよびEMT hallmark遺伝子セット (MSigDB HALLMARK_EPITHELIAL_MESENCHYMAL_TRANSITION) の濃縮を評価した。EMTスコアはTan TZ et al. (EMBO Mol Med 2014) の普遍的EMTスコアリング法を使用した。
EMT誘導系: (1) TGF-β (4 ng/mL) を14日間慢性処理し、(2) 4-OHT誘導型Twist-ER (Addgene #18798) およびSnail-ER (#18799、Bob Weinberg, MIT寄贈) 安定発現H358細胞に4-OHT (100 nmol/L) を14日間処理した。E-cadherinとvimentinの発現変化をウェスタンブロットで確認し、EMT誘導を評価した。
獲得耐性株樹立: NCI-H358およびLU65細胞をAMG510 (1 nmol/Lから開始し半対数ステップで最終1 μmol/Lまで漸増、3日ごとに培地交換) に長期曝露し、NCI-H358-AMGRおよびLU65-AMGRを樹立した。ARS-1620 (化学的に別構造のKRAS G12C阻害薬) 耐性株 (H358 ARS-R、最終10 μmol/L) も独立して作製した。
シグナリング解析: RAS-GTP pulldown assay (Millipore; RAF-RBDドメイン結合glutathione-agarose免疫沈降)、Western blot (p-AKT、AKT、p-ERK、ERK、p-S6、S6、BIM、Puma、C-PARP等)、p85免疫沈降によるIRS1結合評価、IGFBP-2・IGFBP-3のqRT-PCR (条件培地タンパクのTCA沈殿を含む) を実施した。
in vivo試験: NCI-H358-AMGR細胞 (5×10^6個) を6〜8週齢の雄ヌードマウスの皮下に移植した。平均腫瘍体積が150〜200 mm³に達した時点でランダムに群分けし (n=6 mice/群)、AMG510 (30 mg/kg)、SHP099 (30 mg/kg、SHP2阻害薬)、GDC-0941 (80 mg/kg、PI3K阻害薬) の単独・二重・三重組み合わせを4週間経口投与した。腫瘍体積はキャリパーで週2回測定し、計算式 (長径×短径²×0.52) で算出した。薬力学解析のため、腫瘍組織のWestern blotを実施した。動物実験は愛知県がんセンター研究所の機関動物実験委員会承認プロトコルに従い実施した。
統計解析: 統計解析には不対Student t検定 (両側) を使用し、多重比較補正にはBonferroni補正を適用した。P値が0.05未満を有意差ありと判断した。