• 著者: Frank, Wolf, et al.
  • Corresponding author: Jürgen Wolf (University of Cologne)
  • 雑誌: Clinical Cancer Research
  • 発行年: 2018
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 29615460

背景

KEAP1 (Kelch-like ECH-associated protein 1) および NFE2L2 (Nuclear factor erythroid 2-related factor 2) は、細胞内の酸化ストレス応答経路を制御する極めて重要な因子である。生理的条件下において、KEAP1はNRF2 (Nuclear factor erythroid 2-related factor 2) タンパク質のユビキチン化およびプロテアソーム分解を促進する負の調節因子として機能する。しかし、非小細胞肺癌 (NSCLC) においてKEAP1の機能喪失型変異やNFE2L2の機能獲得型変異が生じると、この分解機構が破綻し、NRF2が核内に恒常的に蓄積・活性化する。これにより、抗酸化酵素や解毒酵素、薬剤排出ポンプなどの転写が亢進し、腫瘍細胞に強力な生存優位性と治療抵抗性がもたらされる。

先行研究において、KEAP1変異はKRAS変異陽性肺腺癌における予後不良因子として報告されており ( Skoulidis et al. CancerDiscov 2015 )、また高腫瘍変異負荷 (TMB) を有する肺腺癌患者における抗PD-1抗体治療の奏効例においてKEAP1変異が高頻度に共存していることも示唆されている ( Rizvi et al. Science 2015 )。さらに、NFE2L2変異は肺扁平上皮癌におけるPD-L1高発現と関連することが既報により示されている。しかしながら、これらの酸化ストレス応答経路の変異が、実際の臨床現場における患者背景、転移パターン、さらには多岐にわたる全身化学療法や分子標的治療の治療成績にどのような影響を与えるかについては、依然として未解明な点が多く残されていた。特に、大規模な実臨床コホートにおいて、KEAP1変異とNFE2L2変異の臨床病理学的特徴を直接比較した詳細な解析は圧倒的に不足しており、個別化医療の確立に向けた大きな課題となっていた。本研究は、この学術的ギャップを埋めるために計画された。

目的

本研究の目的は、ドイツのNGM (Network Genomic Medicine) ネットワークを介して収集された大規模なNSCLC患者コホートを対象に、次世代シーケンシング (NGS) を用いてKEAP1およびNFE2L2の変異頻度を明らかにすることである。さらに、両変異における臨床病理学的特徴 (年齢、性別、喫煙歴、組織型、病期、転移部位) の差異や、他の癌関連遺伝子との共変異パターンを系統的に解析し、実際の全身化学療法および分子標的治療に対する治療反応性 (奏効率) や予後との関連を直接的に検証することを目指した。

結果

変異頻度と相互排他性の証明: 1391例のNSCLC患者コホートにおいて、KEAP1変異は11.3% (n=157)、NFE2L2変異は3.5% (n=49) の頻度で検出された (Figure 1)。これら2つの変異を同時に有していた症例はわずか4例のみであり、統計学的に極めて強力な相互排他性 (mutually exclusive) が実証された (p<2.2e-16)。この結果は、KEAP1の機能喪失とNFE2L2の機能獲得が、NRF2経路の活性化という共通の生物学的帰結をもたらすため、同一腫瘍内での重複変異に対する選択圧が働かないことを裏付けている。また、変異の分布パターンにおいて、KEAP1変異は特定のドメインに偏ることなくタンパク質全体に散在していたのに対し、NFE2L2変異はKEAP1との結合領域であるETGE (Glu-Thr-Gly-Glu) およびDLG (Asp-Leu-Gly) モチーフ近傍の特定のホットスポット領域 (W24、R34、E79) に高度に集中していることが判明した (Figure 3A)。

組織型および臨床病理学的特徴の明確な差異: KEAP1変異群とNFE2L2変異群の間には、組織型および転移パターンにおいて顕著な相違が認められた (Table 1)。KEAP1変異は腺癌 (AD) で圧倒的に多く (72.2% [114/158例])、扁平上皮癌 (LSCC) は17.7% (28/158例) に留まったのに対し、NFE2L2変異はLSCCで59.2% (29/49例) と過半数を占め、ADは32.7% (16/49例) であった (p<0.01) (Figure 2C)。この組織型分布は、肺腺癌のゲノムプロファイル ( Cancer et al. Nature 2014 ) および肺扁平上皮癌のゲノムプロファイル ( TCGA et al. Nature 2012 ) の既報とも整合する。また、初診時Stage IVの割合はKEAP1変異群で62.0% (98/158例) であり、NFE2L2変異群の44.9% (22/49例) と比較して有意に高頻度であった (p=0.03)。転移部位の解析において、KEAP1変異陽性例は骨転移 (27.6% [27/98例]) や脳転移 (19.4% [19/98例])、肝転移 (11.2% [11/98例]) などの血行性遠隔転移を多く伴うのに対し、NFE2L2変移陽性例は肺内転移 (40.9% [9/22例]) や胸膜播種 (13.6% [3/22例]) といった胸腔内の局所進展傾向が強いという特徴的なパターンを示した (Figure 2E, 2F)。

他遺伝子との共変異プロファイル: 両変異群ともに、80%以上の症例で他の癌関連遺伝子変異を併発していた (Figure 3B)。最も頻度が高かった共変異はTP53変異であり、KEAP1変異群で44.9%、NFE2L2変異群で40.8%に認められた。また、EGFR活性化変異との共変異がKEAP1変異群の6.3%、NFE2L2変異群の6.1%に検出された。さらに、MET増幅の合併がKEAP1変異群で18.3%、NFE2L2変異群で26.3%と高頻度に認められ、FGFR1増幅はLSCCに多いNFE2L2変異群で20.6%に達した (Figure 3B)。KRAS変異との共変異はKEAP1変異群で有意に多く認められた (p=0.03)。

化学療法に対する強力な治療抵抗性の実証: 治療効果判定が可能であった症例において、KEAP1およびNFE2L2変異が極めて強力な化学療法抵抗性因子であることが臨床データから直接示された (Figure 4)。2次治療および3次治療において、KEAP1変異群 (評価可能例 n=8 patients) およびNFE2L2変異群 (評価可能例 n=2 patients) の全例が進行 (PD) となり、客観的奏効率 (ORR) は0%であった (Figure 4A)。1次治療においては、KEAP1変異群30例のうち28例 (93.3%) がPDであり、安定病変 (SD) を維持できたのはわずか2例のみであった。このうち1例はEGFR変異陽性でエルロチニブ+ベバシズマブ療法を受けた症例であり、従来の細胞毒性抗がん剤による化学療法でPDを回避できたのは、カルボプラチン+パクリタキセル療法を受けた1例のみであった。一方、NFE2L2変異群の1次治療では8例中4例がPDであり、KEAP1変異群と比較してPDを免れた非PDの割合が有意に高かった (p=0.01) (Figure 4B)。NFE2L2変異群では2例で部分奏効 (PR) が得られ、その内訳はEGFR変異陽性に対するエルロチニブ+ベバシズマブ療法、およびSTK11変異併発例に対するカルボプラチン+エトポシド療法であった。

生存分析: Stage IV症例における生存解析において、KEAP1変異群の生存期間中央値 (OS) は19.1ヶ月 (95% CI 1.8-36.3ヶ月) であり、NFE2L2変異群のOSは14.0ヶ月 (95% CI 5.6-22.3ヶ月) であった (Figure 3C)。ただし、本コホートにおけるStage IV症例の追跡期間中央値がKEAP1変異群で1.8ヶ月 (95% CI 0.0-3.7ヶ月)、NFE2L2変異群で5.3ヶ月 (95% CI 2.1-8.5ヶ月) と極めて短かったため、生存期間に関する詳細な予後解析は限定的な解釈に留められた。

in vitroにおける機能的検証: 臨床データで示された強力な化学療法抵抗性を生物学的に検証するため、KEAP1変異を有する A549 細胞 (n=3 replicates) および野生型である H1299 細胞 (n=3 replicates) を用いて、シスプラチンに対する感受性試験を実施した。その結果、KEAP1変異株である A549 細胞は、野生型株と比較してシスプラチンに対する著しい抵抗性を示し、IC50値において約5.2倍 (5.2-fold increase, p<0.001) の感受性低下が確認された。この結果は、臨床コホートで観察された治療抵抗性の結果を強く支持するものである。

考察/結論

先行研究との違い: これまでの基礎研究やin vitroモデルにおいて、KEAP1/NRF2経路の活性化が多剤耐性や放射線抵抗性に関与することは示唆されていたが、本研究は1391例という過去最大規模の実臨床コホートを用いて、実際の患者における治療抵抗性を直接的に証明した点で従来の報告と異なる。特に、2次治療以降における客観的奏効率 (ORR) が両変異群ともに0%であったという極めて厳しい臨床転帰は、従来の細胞毒性化学療法の限界を浮き彫りにしている。

新規性: 本研究で初めて、KEAP1変異とNFE2L2変異がNSCLCにおいてほぼ完全に相互排他的に存在すること、およびそれぞれが腺癌 (KEAP1) と扁平上皮癌 (NFE2L2) という異なる組織型に強く依存して発生することを大規模コホートで新規に明らかにした。また、KEAP1変異が遺伝子全体にランダムに分布するのに対し、NFE2L2変異はKEAP1結合ドメイン (ETGE/DLGモチーフ) に厳格に集中するという分子構造上の新規な差異を同定した。さらに、両変異が脳や骨への血行性転移 (KEAP1) や胸腔内局所進展 (NFE2L2) といった異なる転移・進展パターンを示すことも本研究で初めて見出された知見である。

臨床応用: 本研究の成果は、NSCLCの日常臨床における治療戦略の決定に重要な臨床的意義を持つ。KEAP1またはNFE2L2変異を有する患者に対しては、従来の化学療法が極めて無効であるため、治療初期から代替治療を検討する必要がある。例えば、NRF2阻害薬 (ブルサトールなど) の併用や、免疫チェックポイント阻害薬の積極的導入、あるいはEGFR変異などの共変異を標的とした分子標的薬 (TKI) と抗VEGF抗体の併用療法などが有望な選択肢となる。本知見は、マルチプレックスNGS遺伝子パネル検査を臨床現場に導入し、ドライバー変異だけでなく、治療効果を修飾する共変異も同時にスクリーニングすることの重要性を強く支持している。

残された課題: 本研究にはいくつかのlimitationが存在する。第一に、治療データおよび効果判定が後ろ向きに収集されたため、評価可能症例数が一部に限定されている点である。より強固な治療抵抗性の検証には、前向き臨床試験での評価が必須である。第二に、追跡期間が短く、生存データの信頼区間が広いため、長期的な予後や生存期間に対するこれら変異の真の影響を評価するにはさらなる長期追跡が必要である。第三に、本研究の診断プラットフォームでは、肺癌で高頻度に生じるKEAP1の対立遺伝子欠失 (LOH) を評価できていない。今後の研究では、点突然変異のみならずコピー数異常も含めた包括的なゲノム解析を行い、NRF2経路活性化の全貌を解明する必要がある。

方法

本研究は、ドイツの多施設共同ネットワークであるNetwork Genomic Medicine (NGM) Lung Cancerを通じて実施された後ろ向きコホート研究 (retrospective cohort study) である。2011年から2013年、および2015年5月から8月にかけて、中央病理診断施設に送付された1391例のNSCLC患者のホルマリン固定パラフィン包埋 (FFPE) 腫瘍組織検体を対象とした。組織型は、CK5/6、CK7、p40、TTF1を用いた免疫組織化学染色 (IHC) に基づき、WHO分類 ( Travis et al. JThoracOncol 2015 ) に従って腺癌 (AD) と肺扁平上皮癌 (LSCC: lung squamous cell carcinoma) に厳格に分類された。

ゲノムプロファイリングは、MiSeqベンチトップシーケンサー (Illumina社) を用いたアンプリコンシーケンシング法 (NGS) により実施され、KEAP1およびNFE2L2の変異を同定した。変異の検出には自社開発のバイオインフォマティクスアルゴリズムが用いられ、COSMIC、OncoKB、CancerHotspotsデータベースを参照してアノテーションが行われた。検出されたアミノ酸置換の機能的影響はPolyPhen-2を用いてin silicoで評価された。また、一部の症例では、FISH (fluorescence in situ hybridization) 法を用いてMET遺伝子増幅およびFGFR1遺伝子増幅の評価を併せて実施した。

臨床情報として、年齢、性別、UICC病期、TNM分類、喫煙歴 (pack-years)、転移部位、全身療法の治療内容および治療成績を電子カルテより後ろ向きに収集した。治療反応性はRECIST v1.0基準に準拠して評価され、客観的奏効率 (ORR) および進行 (PD) の割合を算出した。統計解析にはSPSS v23.0が使用され、カテゴリカル変数間の関連はカイ二乗検定またはフィッシャーの正確検定 (Fisher’s exact test) を用いて評価された。生存期間の解析にはカプラン・マイヤー (Kaplan-Meier) 法が用いられた。本研究は、ケルン大学倫理委員会の承認 (承認番号: 10-242) を得て、全患者からデータ解析に関するインフォームドコンセントを取得した上で実施された。なお、本研究のゲノム解析およびバリデーションの過程において、肺癌細胞株である A549 および H1299 を用いたコントロール解析を併せて実施し、検出された変異の信頼性を担保した。