• 著者: Skoulidis F, Byers LA, Diao L, Papadimitrakopoulou VA, Tong P, Izzo J, Behrens C, Kadara H, Parra ER, Rodriguez Canales J, Zhang J, Giri U, Gudikote J, Cortez MA, Yang C, Fan Y, Peyton M, Girard L, Coombes KR, Toniatti C, Heffernan TP, Choi M, Frampton GM, Miller V, Weinstein JN, Herbst RS, Wong KK, Zhang J, Sharma P, Mills GB, Hong WK, Minna JD, Allison JP, Futreal A, Wang J, Wistuba II, Heymach JV
  • Corresponding author: John V. Heymach (The University of Texas MD Anderson Cancer Center, Houston, TX, USA)
  • 雑誌: Cancer Discovery
  • 発行年: 2015
  • Epub日: 2015-06-11
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 26069186

背景

KRAS変異は非小細胞肺癌(NSCLC)の約25〜30%に認められる最も頻度の高い腫瘍ドライバーであるが、KRAS変異NSCLCの臨床的不均一性の分子基盤は未解明であった。EGFR変異やALK融合では単一の分子標的阻害薬が60〜80%の奏効率を示すのに対し、KRAS変異NSCLCでは下流シグナル阻害(MEK阻害・PI3K阻害)の奏効率が20%未満に留まっていた。この奏効率の低さは、KRAS変異NSCLCがEGFR変異やALK融合腫瘍と比較して、より大きな分子多様性を持つことを示唆していた。KRAS変異自体(G12C・G12V・G12D等の特定アレル)の分布はサブグループ間で均一であり(p=0.3)、アレル依存性ではなく「共変異パターン」が不均一性を規定する主要因と考えられた。

先行研究では、異なるKRASアミノ酸置換が下流エフェクター経路の活性化パターンや標的薬剤への応答に差異をもたらす可能性が示唆されていたが (Ihle et al. J Natl Cancer Inst 2012)、特定のアレルが補助化学療法への応答を予測しないという報告も存在した (Shepherd et al. J Clin Oncol 2013)。また、前臨床研究では、Kras変異肺腫瘍がTrp53またはStk11/Lkb1共変異を伴う場合、ドセタキセルとセルメチニブ併用療法への応答が異なることが示されており (Chen et al. Nature 2012)、共変異が治療応答性に影響を与える可能性が示唆されていた。しかし、2015年時点でKRAS変異NSCLCを統合多層オミクスで体系的にサブタイプ分類し、サブグループ別の免疫プロファイルと治療脆弱性を解明した研究は存在せず、この知識ギャップが効果的な治療戦略開発の大きな障害となっていた。KRAS変異NSCLCの生物学的・治療的異質性を体系的に解明するための統合的なアプローチが不足しており、これが精密医療の実現に向けた喫緊の課題であった。本研究は、この未解明な領域に焦点を当て、KRAS変異肺腺癌の分子基盤を詳細に解析することを目的とした。

目的

本研究の目的は、転写・変異・コピー数・タンパク質レベルの統合ゲノム解析(NMF非負値行列因子分解クラスタリング)を通じて、KRAS変異肺腺癌の主要サブグループを同定することである。さらに、各サブグループの生物学的特性、免疫プロファイル、および治療脆弱性を複数の独立したコホートで詳細に解明し、KRAS変異肺腺癌の不均一性を規定する分子基盤を明らかにすることを目的とした。最終的には、これらのサブグループ特異的な知見に基づき、個別化された治療戦略の開発に資する新たな標的を特定することを目指した。

結果

NMFクラスタリングによる3サブグループ同定とクローナル性: NMFクラスタリングにより、k=3を最適クラスター数として3つの主要サブグループが同定された。これらのサブグループは、KL(KRAS+STK11/LKB1共変異)、KP(KRAS+TP53共変異)、KC(KRAS+CDKN2A/B不活性化+TTF1低発現)と命名された。この分類は、化学療法歴のない早期コホート(PROSPECT/Chitale)と白金製剤耐性転移コホート(BATTLE-2)のいずれにおいても一貫して再現された(Figure 1E)。クローナル性解析では、KRAS変異(クローナル率98.53%)、STK11/LKB1(100%)、TP53(95.24%)、KEAP1(100%)がほぼすべてクローナル変異であり、腫瘍形成のごく早期に発生する基本的な分岐点を表すことが示された(Supplementary Figure S5)。KRAS;STK11;TP53三重変異(KPL)は、TCGAのn=68コホートで偶然より有意に稀であった(p=0.0018)、これはサブグループが互いに排他的であることを示唆する。KRAS変異アレル(G12C, G12V, G12D)の分布は、サブグループ間で有意な差は認められなかった(p=0.3)。

KCサブグループの特性(TTF1低発現・粘液性消化管様分化): KCサブグループでは、TTF1タンパク質発現がTCGAコホートで均一に低下しており(p=3.78e-07、ANOVA)、PROSPECTのIHC解析でも確認された(p=0.0007)(Figure 3B, C)。KC腫瘍の15例中6例(40%)が浸潤性粘液腺癌と分類され、KL・KP群では0例であった(p=0.000125)。消化管分化のマスター制御因子であるHNF4A(p=3.17e-05)とPDX1(p=6.85e-05)が高発現し、GSEAではBarrett食道および膵癌の遺伝子シグネチャーが濃縮された(NES=-3.685、-3.12)(Figure 3E)。RPPA解析では、リン酸化S6(Ser240/244)およびリン酸化4EBP1(Thr37)が有意に低下しており、PI3K RPPAスコアも3群中最低であったことから、mTORC1シグナルの抑制が特徴的であることが示された(Figure 3A, D)。また、p53転写標的であるmiR-192/194/215クラスターの高発現も確認された(Figure 3F)。

KLサブグループの特性(LKB1-AMPK軸不活性化・酸化ストレス適応・免疫冷腫瘍): KLサブグループでは、STK11/LKB1変異に加え、LKB1タンパク質(p=8.79e-04)およびリン酸化AMPK Thr172(p=0.017)が低下していた(Figure 4A)。STK11野生型KL腫瘍でもLKB1 mRNAが有意に低下し(p=7.57e-06)、LKB1遺伝子座のコピー数喪失が高頻度であった(p=0.006)(Figure 4B, C)。KEAP1変異はKLで高頻度に集積し(p=0.006)、STK11とKEAP1が染色体19p13上に隣接していることから、その共変異は遺伝子座のコピー数喪失と関連していた(Figure 2A, 4E)。ERO1LB(p=8.11e-11)、XBP1、PDIA3、HSPA5、HSP90B1などのERシャペロン群の高発現がNRF2転写シグネチャーの濃縮と一致し、酸化ストレスおよび小胞体ストレス応答(UPR)への適応を示した(Figure 4G, H, I)。免疫マーカー解析では、KLがPD-L1発現が3群中最低であり(p=1.47e-04、IHC H-score p=0.039でKPと比較)、T細胞浸潤シグネチャーやインターフェロンγシグナル(GSEA NES=-4.095)が最も乏しく、「免疫冷腫瘍」のプロファイルを示した(Figure 5D, E)。

KPサブグループの特性(高変異量・炎症性・PD-L1高発現・RFS良好): KPサブグループは3群中最高の体細胞非同義変異数を示し(Figure 2B)、これは喫煙量(pack years)とは独立していた(KL・KCとの比較でp<0.05)。CD274(PD-L1)mRNA発現はKP>KC>KLの順で高く(p=0.000147、BATTLE-2コホートでp=0.007)、PD-1(p=0.01278)やCTLA-4(p=0.0269)などの免疫チェックポイント分子も高発現していた(Figure 5C, D)。GSEAではインターフェロンγシグナル、同種移植拒絶、NKT細胞、樹状細胞経路の濃縮が認められ(NES=-4.985〜-3.272)、炎症性の特徴が確認された(Figure 5B)。PROSPECTコホートにおける無再発生存期間(RFS)解析(n=40)では、KP群が(KL+KC)群と比較して有意に良好なRFSを示し(HR 0.41, 95% CI 0.18-0.93, p=0.029)、多変量解析(補助療法・リンパ節転移を調整)でも独立した予後良好因子であった(p=0.03)(Figure 6A)。

治療脆弱性の差異(HSP90阻害薬のKL選択的有効性): GDSCデータベースの再解析により、KLm/KPLm(STK11/LKB1変異)細胞株はKPm株と比較してHSP90阻害薬17-AAG(p=0.0237)、ganetespib(p=0.0044)、AUY922(p=0.0523)に対して有意に高い感受性を示すことが判明した(Figure 7A, B)。等遺伝子細胞株ペア実験(A549・H460のLKB1発現回復、Calu-6のLKB1ノックダウン)でも、LKB1依存的なHSP90阻害薬感受性が確認された(Figure 7C, D)。ganetespib処理により、c-MYC、CA9(HIF1α標的)、リン酸化S6、リン酸化ERK、リン酸化SRC、CHK1が同時に減少し、KRAS;LKB1 GEMMモデルで有効な治療組み合わせに類似した多経路抑制が再現された(Figure 7E)。さらに、KEAP1変異を伴うKL株ではNQO1高発現(NRF2転写活性の証拠)により、ベンゾキノンアンサマイシン系HSP90阻害薬17-AAGのNQO1介在バイオアクチベーションが増強されることも示され、KL選択的感受性の2つの相補的機序が解明された(Figure 7F, G)。

考察/結論

本研究は、KRAS変異肺腺癌が3つの生物学的に異なるサブグループ(KL・KP・KC)に分類でき、それぞれが独自の共変異パターン、シグナル多様性、免疫プロファイル、治療脆弱性を持つことを、初めて多層統合オミクスと複数独立コホートで実証した。

先行研究との違い: これまでのKRAS G12C vs G12D等のアレル別解析ではサブグループ間の有意な差が認められなかった(p=0.3)のに対し、本研究は「共変異遺伝子(STK11、TP53、CDKN2A)こそがKRAS変異腫瘍の不均一性の主因」というパラダイムを確立した点で、これまでの知見と対照的である。特に、STK11/LKB1とTP53の共変異は化学療法未治療の早期肺腺癌では互いに排他的であり、腫瘍進化の初期段階で異なる経路を規定するゲートキーパーとして機能することが示された。

新規性: 本研究で初めて、KLサブグループがPD-L1低発現の「免疫冷腫瘍」プロファイルを持つことを新規に同定した。この知見は、後に同グループのSkoulidis 2018 Cancer Discoveryでの免疫チェックポイント阻害薬(ICB)耐性機序の系統的実証、KEAP1/NFE2L2変異の免疫抑制作用に関するKitajima研究、Arbour 2018のKEAP1共変異臨床予後解析へとつながる重要な先行知見となった。また、HSP90阻害薬がKLサブグループに選択的に有効であるという前臨床的知見も新規であり、プロテオスタシス機構への依存がSTK11/KEAP1変異腫瘍の合成致死的脆弱性として認識されるきっかけとなった。

臨床応用: KPサブグループの高PD-L1発現と高変異量プロファイルは、ICBとKRAS G12C阻害薬併用試験(例: CodeBreaK 200)での患者選択の科学的根拠を間接的に提供する。KLサブグループにおけるHSP90阻害薬の選択的有効性は、将来的な臨床応用に向けて、LKB1/KEAP1変異を有する患者に対する個別化治療戦略の可能性を示唆する。本研究で公開された18遺伝子分類シグネチャーは、今後のKRAS変異NSCLCにおけるバイオマーカー検証試験への展開を可能にし、精密腫瘍学のテンプレートとして臨床的意義を持つ。

残された課題: 今後の検討課題として、KCサブグループ(TTF1低発現・粘液腺癌)に特化した治療戦略の確立が残されている。また、KLサブグループ向けのSTK11/KEAP1共変異に対するSPARC・STING経路を介した免疫回復戦略の探索、そして本3分類を超えた共変異ランドスケープ(KEAP1単独変異等)の体系的な臨床的意義の解析が必要である。さらに、治療による選択圧の下で共変異パターンが進化する可能性が示唆されており、多領域シーケンスを用いた腫瘍進化の動態解析も今後の重要な研究方向性である。

方法

本研究では、まずThe Cancer Genome Atlas(TCGA)データセット(n=68、KRAS変異肺腺癌)を訓練コホートとしてRNA-seq発現データに非負値行列因子分解(NMF)とconsensus clusteringを実施した。cophenetic相関係数のピークに基づき、k=3が最適クラスター数であることを決定した。このクラスタリング結果に基づき、各サブタイプと相関する6遺伝子からなる18遺伝子の最近傍重心分類器を導出した。この分類器の検証には、2つの独立したコホートを用いた。(1) PROSPECT手術例n=41(化学療法歴なしの早期または局所進行腫瘍)、(2) BATTLE-2試験転移例n=36(白金製剤耐性の転移性腫瘍)。

ゲノム解析には、Foundation Medicineによるターゲットシーケンスと全エクソームシーケンス(WES)を用いた。コピー数解析はAffymetrix SNP 6.0アレイデータに基づき、Mermel et al. GenomeBiol 2011を用いて欠失および増幅ピークを同定した。タンパク質レベルの解析には、50種類以上の総タンパクおよびリン酸化タンパクを対象とした逆相タンパクアレイ(RPPA)を実施した。RNA-seqおよびmiRNA解析も統合的に行った。

変異のクローナル性解析には、Carter et al. NatBiotechnol 2012を用いて、バリアントアレルカウント、サンプル純度、腫瘍倍数体の推定値を統合した。免疫プロファイルの評価は、免疫組織化学(IHC)(PD-L1 H-score、CD8等)およびSubramanian et al. ProcNatlAcadSciUSA 2005、Ingenuity Pathway Analysis(IPA)を用いて行った。

薬剤感受性については、Genomics of Drug Sensitivity in Cancer(GDSC)データベースのKRAS変異NSCLC細胞株22株を再解析し、さらに等遺伝子細胞株ペアを用いた実験でLKB1の状態依存的なHSP90阻害薬感受性を検証した。統計解析にはGraphPad Prism version 6.00またはRシステムを用い、ANOVA、Mann-Whitney検定、Fisher’s exact test、Kruskal-Wallis検定、log-rank test、Cox proportional hazards modelを適用した。すべてのp値は両側検定であり、p≤0.05を有意水準とした。