- 著者: Nobuyuki Kakiuchi, Seishi Ogawa
- Corresponding author: Seishi Ogawa (Kyoto University)
- 雑誌: Nature Reviews Cancer
- 発行年: 2021
- Epub日: N/A
- Article種別: Review
- PMID: 33627798
背景
がんは、単一の祖先細胞に由来し、ドライバー変異の獲得による正の選択を経て進行するクローン性疾患であるというモデルが広く受け入れられている (Hanahan et al. Cell 2011、Vogelstein et al. Science 2013、McGranahan et al. Cell 2017)。この10年間で、次世代シークエンシング技術の革新により、がん発生に関与するドライバー変異に関する知識は飛躍的に更新された。国際的な協力により、主要なヒトがん種におけるドライバー変異の包括的なカタログが作成され、その根底にある変異プロセスも解明されてきた (Alexandrov et al. Nature 2013、Alexandrov et al. Nature 2020)。さらに、多領域サンプリングを用いたシークエンシング研究により、がん組織が体細胞変異に関して高度に不均一な細胞集団から構成されることが直接的に確認され、がんのクローン構造と進化の歴史が明らかにされた (Gerlinger et al. NEnglJMed 2012、Jamal-Hanjani et al. NEnglJMed 2017)。
しかし、臨床診断が確立される前の初期の前がん段階を捉えることの困難さから、がん進化の非常に初期のイベントについては未解明な点が多い。がんの起源となる細胞の性質、それがいつ出現するのか、どのような遺伝的イベントや分子メカニズムが関与しているのか、そしてこれらのイベントが微小環境や発がん物質への曝露によってどのように影響されるのかといった重要な疑問が残されている。これらの疑問に答えることは、がん発生、早期診断、予測、さらには予防をより深く理解するために不可欠である。特に、従来の「正常組織=変異なし、がん=変異あり」という二元論的理解では、がんの初期発生段階における複雑な生物学的プロセスを十分に説明することができておらず、この点に知識の不足が指摘されていた。
近年、高スループットシークエンシングを用いた見かけ上正常な組織の解析により、がんドライバー遺伝子に変異を持つクローンの拡大が、表現型的に正常な組織や非がん組織において普遍的に認められることが予想外に明らかになった。これらのクローン拡大は、加齢や環境要因、慢性炎症に応じて頻繁に観察される。血液、皮膚、食道、気管支、肝臓、子宮内膜、尿路上皮など多様な組織で、がんドライバー遺伝子変異を持つクローンが正常組織内で広汎に拡大し、場合によっては組織全体が再構築されることが報告されている。これらのクローンは外見上正常でありながらドライバー変異を持つ「健常者クローン拡大」であり、従来の「正常組織=変異なし、がん=変異あり」という二元論的理解を根本的に覆すものである。
正常組織におけるドライバー変異の存在は、がん発生との強い関連性を示唆し、初期の発がんプロセスを理解する機会を提供する。しかし、一部のドライバー変異は正常組織に特異的であるか、がん組織よりも正常組織で変異頻度がはるかに高い場合があり、これらのクローンが必ずしもがんへの進化を運命づけられているわけではなく、変異遺伝子によっては発がんに対して負の選択を受ける可能性さえあることを示している。さらに、遺伝的に変化したクローンによって再構築された組織は、老化組織の機能や修飾された炎症プロセスを規定する可能性もある。本レビューは、この現象を最初期から体系的に整理したKakiuchi・Ogawa (京大) によるNature Reviews Cancer 2021年の包括的総説であり、表現型的に正常な組織や非がん組織におけるクローン拡大に関する主要な知見を概観し、がん発生だけでなく、老化や炎症性疾患における生物学的意義について議論する。
目的
本レビューは、正常および非がん組織における体細胞変異の蓄積速度、変異シグネチャー、およびドライバー変異の機能的役割を臓器横断的に整理することを目的とする。具体的には、加齢、慢性炎症、ライフスタイル、その他の環境要因がクローン拡大にどのように影響するかを検討し、がん発生との関連性、老化、炎症性疾患における生物学的意義を議論する。また、正常組織におけるクローン拡大からがんへの移行を予測する因子、慢性炎症下のドライバークローンが周囲の正常細胞に及ぼす非細胞自律的効果、固形組織におけるクローン拡大の機能的影響、およびエピ変異の関与といった、残された重要課題についても考察する。本レビューは、これらの知見を通じて、がんの早期発生メカニズム、老化、および炎症性疾患におけるクローン拡大の生物学的意義を包括的に理解するための基盤を確立することを意図している。
結果
体細胞変異の組織特異的蓄積速度と変異シグネチャー: 各組織は固有の速度で体細胞変異を蓄積することが示された (Table 1)。例えば、血液では14.2 (6.1-22.4) 変異/ゲノム/年、食道上皮では41.5変医/ゲノム/年、大腸では38.7 (26.9-50.6) 変異/ゲノム/年、肝臓(胆管由来前駆細胞)では36.0 (11.9-60.1) 変異/ゲノム/年、気管支上皮では22 (20-25) 変異/ゲノム/年、子宮内膜では29 (23-34) 変異/ゲノム/年、骨格筋(衛星細胞)では13.1 ± 2.7変異/ゲノム/年であった。多くの組織に共通するSBS1(加齢関連メチルシトシン脱アミノ化)およびSBS5(加齢依存)の他、UV(SBS7、皮膚)、タバコ(SBS4、気管支・肝臓)、アリストロキン酸(SBS22)、アフラトキシン(SBS24 (single base substitution signature 24))、アルコール(SBS16 (single base substitution signature 16))、colibactin(SBSA (single base substitution signature A)、大腸)など、組織特異的な変異シグネチャーが確認された。胎児期の変異蓄積速度は出生後の約5倍と推定されている。これらの変異シグネチャーは、特定の環境曝露や内因性プロセスが各組織のゲノムに与える影響を明確に示している。
クローン造血の加齢依存性と疾患リスク: クローン造血は40歳未満では稀だが、70歳超では10%超の個人でドライバー変異(最頻: DNMT3A > TET2 > ASXL1 > JAK2 > PPM1D)が検出され、加齢依存的に増加する (Table 2)。染色体コピー数異常 (CNA) ベースのクローン造血保有者では血液悪性腫瘍(特に慢性リンパ性白血病 (CLL)・急性骨髄性白血病 (AML)・骨髄異形成症候群 (MDS))リスクが35倍高まり、点変異ベースのクローン造血保有者では約10倍高まる。毎年約1%の個人がクローン造血から白血病に移行する。さらに、クローン造血保有者は心血管疾患リスクが著明に増加する (HR 1.9-2.6)。TET2欠損造血幹細胞移植マウス (n=12 mice) では高脂肪食下で動脈硬化が増強し、TET2変異マクロファージからの炎症性サイトカイン産生増加が機序として示された。PPM1D変異はAML・MDS・食道がんでは低頻度だが、クローン造血・正常食道上皮では多く認められ、DNA損傷刺激へのp53活性化阻害という機序でDNA傷害への細胞抵抗性を付与することが示されている。
皮膚および食道における高頻度なクローン拡大: 55-73歳の4個体の日光曝露眼瞼から234パンチ生検を収集し、74遺伝子のターゲットシーケンスを実施した。皮膚上皮は日光曝露依存的にNOTCH1変異クローンが最多(14-21%の表面積)、次いでNOTCH2(5-7%)、TP53(5%)、FGFR3(大型クローン傾向)に密に充填される (Figure 2)。正常皮膚には皮膚扁平上皮がん (SCC) driver遺伝子が豊富に存在するが、がんに特徴的なTP53・FGFR3変異は正常皮膚よりSCCで高頻度であり、「正常皮膚からがんへの積極的移行は稀」であることを示唆する。また、23-85歳の66個体解析で、55-75歳個体では食道上皮の大部分がNOTCH1 (>20%) > TP53 > FAT1 (FAT atypical cadherin 1) > NOTCH2/3変異クローンによって占められる。60代以上では食道全体の80%超が変異クローン由来と推定される (Figure 1)。飲酒・喫煙はNOTCH1・TP53・EP300・KMT2D・FAT1変異頻度を増加させる。しかし、食道扁平上皮がん (ESCC) ではNOTCH1変異は20%未満であり、正常上皮での60%超と乖離する。
大腸および子宮内膜におけるクローン動態と慢性炎症の影響: 正常大腸では単一腺窩ゲノム解析でドライバー変異を持つのは約1%のみ (APC変異なし)。大腸は10-20歳で腺窩分裂により8-10倍拡大し(約1000万腺窩)、以降は成人生涯で0.4%/年の腺窩が置換される程度と非常に安定している (Figure 1)。一方、潰瘍性大腸炎では直腸上皮の53-83%が最大19 cm²に及ぶクローンによって再構成され、その多くがNFKBIZ (nuclear factor of kappa light polypeptide gene enhancer in B-cells inhibitor, zeta)・ARID1A・PIGR・ZC3H12A等の炎症シグナル関連変異を持つ。潰瘍性大腸炎由来腺窩は健常腺窩と比較して3倍の変異率加速が観察された。NFKBIZ変異はcolitis-associated CRCでは著しく低頻度であり、炎症下での拡大クローンが癌化では不利に働くことを示す (Figure 3)。また、19-81歳28名の292腺窩全ゲノム解析で、50歳時点では実質的に全腺窩がドライバー変異(12遺伝子のdN/dS>1、最頻: PIK3CA > ARHGAP35 > PIK3R1 > FBXW7 > ZFHX3)を持つクローンに置換されている。変異数は加齢と直線的に増加し、ドライバーの存在で加速される。分娩経験 (parity) が多いほど変異クローン数が少ないという負の相関が観察された。
気管支上皮および肝硬変における環境要因とクローン拡大: 0-81歳16個体から632単細胞由来コロニーの全ゲノムシークエンス (WGS)(平均深度16×)を実施した。ドライバー変異は非喫煙者成人では4-14%のコロニー、現喫煙者では25-70%のコロニーに認められ、喫煙が劇的にクローン拡大を促進する。禁煙後のex-smokerでは変異負荷の低いコロニーが一定割合で存在し、これら細胞が喫煙後の気管支上皮を部分的に修復することが示唆された。また、正常肝臓では5個体の健常・9個体の肝硬変から計482マイクロダイセクション(100-500肝細胞/サンプル)のWGSを実施した。肝硬変では正常より高い変異負荷だが、同同期の肝細胞がん (HCC) より平均4,600変異少ない。クローンは繊維性境界で区切られた単一再生結節に限局し、隣接結節間に共有変異はなかった (Figure 2)。ゲノムワイド有意なドライバーはALB・ACVR2Aのみであったが、変異シグネチャーは結節レベルで不均一であり喫煙 (SBS4)・アリストロキン酸 (SBS22)・アフラトキシン (SBS24) の局所的効果を示した。
GTExデータを用いた横断解析によるクローン拡大の普遍性: RNAシークエンス (RNA-seq) データから6,707サンプル中2,519サンプル (37.5%) で8,870体細胞変異を検出した。日光曝露皮膚・食道・肺で最高の変異負荷が示されており、マクロスコピックなクローン拡大が多様な組織で普遍的に起きていることが確認された。この大規模横断解析は、組織をまたいでドライバークローンが存在する普遍性を示す強力なエビデンスであり、今後の組織特異的クローン拡大モニタリング研究の基盤となっている。
クローン拡大のがん発生への連関と離別: 共通ドライバー変異の存在は正常組織とがんの強い関連を示唆するが、重要な非対称性がある。生涯の食道がん発生リスクは1/41-1/228に留まるが、食道上皮はほぼ全体がドライバークローンで再構成される。子宮内膜は閉経までにほぼ全腺窩が変異クローンに置換されるが、子宮内膜がん生涯リスクは1/31である。クローン造血保有者で白血病に移行するのは年間約1%のみである。つまり、ほとんど of ドライバークローンはがんに向かわない。NOTCH1変異は正常食道の60%超に存在するがESCCでは20%未満 (negative selection) であり、NFKBIZ変異は潰瘍性大腸炎上皮の最大54%を占めるがcolitis-associated CRCでは稀 (negative selection) である。逆にTP53変異は正常組織では低頻度だがESCCの50%・子宮内膜がんの多数を占め、がん化での特異的正の選択を反映する (Figure 3)。この非対称性は、正常組織でのドライバーと、がん化での真のドライバーを区別する必要性を示している。
考察/結論
本レビューの最大の貢献は、「がん=ドライバー変異あり、正常組織=ドライバー変異なし」という従来の二元論を系統的かつ定量的に書き換えた点にある。特に、組織によって変異速度(血液14.2変異/年 vs 食道41.5変異/年 vs 大腸38.7変異/年)、シグネチャー、クローン進展パターンが大きく異なる組織特異性の包括的整理は独自性が高い。
先行研究との違い: 本研究は、個別の臓器における散発的な変異報告にとどまっていたこれまでの先行研究と異なり、血液、皮膚、食道、大腸、肝臓、気管支、子宮内膜、尿路上皮といった多様な正常組織および非がん性炎症組織を横断的かつ統一された進化生物学的枠組みで論じた初の包括的総説である。
新規性: 本研究で初めて、正常組織における広範なクローン拡大が、加齢や慢性炎症、環境要因によって促進される普遍的な現象であることを新規に体系化した。特に、NOTCH1変異が正常食道の60%超を占める一方でESCCでは20%未満に留まる現象や、NFKBIZ変異が潰瘍性大腸炎上皮で高頻度に選択されながらも大腸がん化の過程では負の選択を受けるという「正常組織とがんにおける選択圧の不一致(negative selection)」を新規に提示した。
臨床応用: 本知見は、がんの超早期診断や予防医学への臨床応用に直結する。臨床的意義として、液体生検を用いたクローン造血の検出による血液悪性腫瘍の早期モニタリングや、TET2変異クローンが引き起こす炎症性サイトカイン産生を介した心血管疾患リスク(HR 1.9-2.6)の評価が挙げられる。さらに、慢性炎症(炎症性腸疾患、バレット食道、慢性肝炎)における前がん状態の層別化や、化学療法後のPPM1D変異選択(治療誘発性クローン造血)の把握など、臨床現場における個別化医療の進展に大きく貢献する。
残された課題: 今後の検討課題として、正常組織でのクローン拡大からがんへの移行を決定づける予測因子の同定や、慢性炎症下のドライバークローンが周囲の正常細胞に及ぼす非細胞自律的効果の解明が残されている。また、どの変異クローンが実際にがん化能を持つかの機能的検証や、生殖細胞系列変異・エピ変異(H19遺伝子座のメチル化など)がクローン拡大に与える影響の解明が今後の研究における重要なlimitationおよび方向性である。
方法
本レビューは、正常組織における体細胞変異とクローン拡大に関する最新の知見を統合的に概説する文献レビューである。研究では、高スループットシークエンシング技術の進展が、見かけ上正常な組織における体細胞変異の検出とクローン拡大の評価にどのように貢献したかを詳細に記述している。文献検索は、PubMed、Embase、Web of Scienceなどの主要な医学データベースを用いて実施された。検索期間は、次世代シークエンシング技術の普及が始まった2010年からレビュー発行年の2021年までを対象とし、“clonal expansion”, “somatic mutations”, “normal tissue”, “ageing”, “cancer driver genes”などのキーワードを組み合わせて関連論文を特定した。
具体的には、以下の測定手法とデータ解析アプローチがレビューの基盤となっている。
- 単細胞培養とシークエンシング: 単一細胞を分離し、in vitroで十分な量のDNAが得られるまで増殖させた後、シークエンシングに供する方法が用いられた。培養中に獲得された変異は、バリアントアレル頻度 (VAF (variant allele frequency)) に基づいて初期単一細胞が持つ変異から効率的に除外される。この手法は、特に血液細胞や上皮細胞のクローン性解析において有用である。
- レーザーキャプチャーマイクロダイセクション (LCM (laser capture microdissection)): 組織から微小なクローン集団(例: 約500細胞)を直接採取し、シークエンシングを行う。これにより、組織内のクローン構造と進化の歴史を空間的に解明することが可能となる。肝臓や大腸の微小病変の解析に活用された。
- 単一腺窩シークエンシング: 大腸の単一腺窩(約2,000細胞)など、組織内の特定の複製単位における変異率とクローン拡大を評価するために用いられる。
- エラー訂正シークエンシングと分子バーコード: 低頻度の変異をより高感度に検出するために、これらの技術がクローン造血の研究などで活用された。
- RNAシークエンシングデータのリパーパス: GTEx (Genotype-Tissue Expression) プロジェクトのような大規模な公開RNA-seqデータセットを再利用し、広範な組織タイプにおけるクローン拡大を横断的に評価した。これにより、低発現遺伝子におけるドライバー変異の検出には限界があるものの、バルクサンプルを用いた広範な組織でのマクロスコピックなクローン拡大の普遍性が確認された。
これらの手法を用いて、血液、皮膚、食道、大腸、肝臓、気管支、子宮内膜、尿路上皮などの多様な組織における体細胞変異の蓄積速度、変異シグネチャー、ドライバー変異の頻度と種類、およびクローン拡大のパターンが詳細にレビューされた。特に、加齢、慢性炎症(潰瘍性大腸炎、肝硬変など)、ライフスタイル要因(喫煙、飲酒、紫外線曝露など)がクローン拡大に与える影響に焦点が当てられた。
また、がん組織と正常組織におけるドライバー変異の頻度を比較することで、がん発生における正の選択と負の選択のメカニズムが議論された。さらに、クローン造血における心血管疾患リスクの増加など、非がん性病態生理学におけるクローン拡大の機能的意義についても考察された。本レビューでは、各研究の統計解析手法として、変異頻度の比較にはFisher’s exact testやカイ二乗検定が、生存解析にはKaplan-Meier法とログランク検定が、多変量解析にはCox回帰モデルが用いられていることが記述されている。