• 著者: Panagis Filippakopoulos, Jun Qi, Sarah Picaud, Yao Shen, William B. Smith, Oleg Fedorov, et al.
  • Corresponding author: Stefan Knapp (Structural Genomics Consortium, University of Oxford); James E. Bradner (Dana-Farber Cancer Institute, Harvard Medical School)
  • 雑誌: Nature
  • 発行年: 2010
  • Epub日: 2010-09-24
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 20871596

背景

ヒストン尾部の ε-N-アセチルリジン (Kac) は、オープンクロマチン構造と転写活性化に対応する代表的なエピジェネティック修飾であり、その「リーダー」として機能するのがブロモドメインである。ヒトには 41 のブロモドメイン含有タンパク質 (合計 57 ブロモドメイン) が存在し、4 ヘリックスバンドル構造の中央疎水性ポケットで保存されたアスパラギン (Asn) 残基を介して Kac を認識する (Owen et al. 2000)。ブロモドメイン含有タンパク質は、転写因子複合体の構成要素として、またエピジェネティック記憶の決定因子として、生物学的に大きな関心を集めてきた (Ptashne 2009)。

BET ファミリー (BRD2/BRD3/BRD4/BRDT) は N 末端側に高度に保存された 2 つのブロモドメインを持ち、BRD4 は M/G1 期に転写開始点に滞在し、P-TEFb (positive transcription elongation factor complex) (CDK9/cyclin T) を有糸分裂染色体にリクルートして、c-Myc や Aurora B などの増殖促進遺伝子の発現を駆動することが知られている (Dey et al. 2009; Yang et al. 2005)。BRD4は転写伸長の重要なメディエーターであり、P-TEFb のリクルートメントを担う (Yang et al. 2005)。P-TEFbの主要構成要素であるサイクリン依存性キナーゼ-9 (CDK9) は、慢性リンパ性白血病において検証済みの標的であり (Phelps et al. 2009)、最近ではc-Myc依存性転写との関連も示唆されている (Rahl et al. 2010)。

さらに、t(15;19) 転座により BRD4 の N 末端ブロモドメインと NUT (nuclear protein in testis) タンパク質が in-frame 融合する NUT midline carcinoma (NMC) は、致死的な扁平上皮癌であり、BRD4-NUT 融合タンパク質が増殖維持と分化阻害の両方を司ることが RNAi 実験で示されている (French et al. 2008)。このことから、ブロモドメイン直接阻害剤の臨床的需要は高かった。しかし、当時、リーダー型エピジェネティックタンパク質の選択的小分子阻害剤は存在せず、タンパク質-タンパク質相互作用を遮断するドラッグライクなリガンドの創出自体が挑戦的課題として残されていた。既存の抗がん剤開発において、BCR-ABLに対するイマチニブ (Druker et al. 2001) や急性前骨髄球性白血病に対するオールトランスレチノイン酸 (Huang et al. 1988) の成功例は、再発性の発がん性転座によって発現する遺伝子産物の直接阻害が有効な治療アプローチであることを示している。しかし、ブロモドメインを標的とした治療薬の開発は未開拓の領域であり、その可能性を検証するための化学プローブが不足していた。特に、このようなエピジェネティックリーダーは「undruggable」と見なされることが多く、小分子による直接的な阻害が困難であるというギャップが残されていた。

目的

本研究の目的は、BET ファミリーのブロモドメイン (BRD2/BRD3/BRD4/BRDT) の Kac 結合ポケットを直接阻害する高親和性・高選択性の化学プローブを開発することである。この新規化合物の生化学的、構造的、細胞学的、および in vivo での薬理活性を多層的に検証することで、以下の二点を実証する。(i) ブロモドメインが小分子リガンドによって標的化可能 (druggable) であることを実証する。(ii) BRD4-NUT 融合タンパク質によって駆動される NUT midline carcinoma (NMC) における治療概念実証 (proof-of-concept) を確立し、この致死的な疾患に対する新たな治療戦略の基盤を築く。具体的には、三菱製薬が抗炎症作用の表現型スクリーニングから見出したチエノジアゼピン骨格のBRD4結合活性を出発点とし、構造活性相関に基づいた最適化を行い、高選択性かつ細胞透過性を持つ阻害剤を創出することを目指した。

結果

JQ1 は BET ファミリーブロモドメインに nM 親和性で結合する高選択性化合物: (+)-JQ1 は BET 全ファミリーブロモドメインの DSF ΔTm を 4.2°C (BRDT(1)) から 10.1°C (BRD4(1)) と顕著に上昇させた (Figure 1b)。ITC により、BRD4(1) に対する Kd は約 50 nM、BRD4(2) に対する Kd は約 90 nM であった (Figure 1c)。BRD3 の両ブロモドメインも同等の親和性を示し、BRD2(1) と BRDT(1) は約 3 倍弱い親和性を示した。BET 以外のブロモドメイン (CREBBP、WDR9(2) など) には有意な ΔTm も結合も検出されず、高い選択性が示された。ΔTm と Kd は良好に相関し (R = 0.96) (Figure 1d)、鏡像異性体 (−)-JQ1 はいずれのブロモドメインにも結合せず、立体特異的な作用機序が確立された。これは、n=3 の独立した実験で確認された。

Kac 競合性と原子分解能の結合様式: AlphaScreen で (+)-JQ1 は BRD4(1)/BRD4(2) からの tetra-acetylated H4 ペプチド置換を IC50 = 77 nM / 33 nM で示した (Figure 1e)。一方、(−)-JQ1 や CREBBP に対する IC50 は >10,000 nM であった。共結晶構造 (BRD4(1)–(+)-JQ1, BRD2(2)–(+)-JQ1) は、(+)-JQ1 が Kac ポケットに完全に収まり、保存された Asn (BRD4 Asn140 / BRD2 Asn429) とトリアゾール環が水素結合を形成し、ZA/BC ループの保存疎水残基と形状相補的に相互作用することを示した (Figure 2a, 3a, b)。MD シミュレーションでは、(−)-JQ1 は ZA ループの Leu92/Leu94 と立体衝突を起こし、(+)-JQ1 結合下では apo 状態で揺らいでいた ZA/BC ループが安定化されることが確認された (Figure 3d, e, f)。これらの結果は、n=3 の独立した実験で得られた。

細胞内クロマチンからの BRD4 と BRD4-NUT の競合解離: U2OS 細胞での FRAP 解析で、JQ1 (500 nM) は GFP-BRD4 の蛍光回復を野生型対照に比べ著しく加速させ、(+)-JQ1 のみで効果が見られ (−)-JQ1 では認められなかった (Figure 4a, b)。同様に GFP-BRD4-NUT の半回復時間 (T1/2) も劇的に短縮し (Figure 4c, d, p < 0.0001)、JQ1 が患者由来 797 NMC 細胞内で BRD4-NUT の特徴的な核内スペックルを 48 時間で消失させて diffuse 染色に変換した。GFP-NUT 単独の動態には影響せず、ブロモドメインを介したクロマチン結合の特異的競合阻害であることが裏付けられた。このデータは n=5 の細胞で実施されたFRAP研究の平均値を示している。

NMC 細胞での分化誘導・G1 arrest・アポトーシス: JQ1 (500 nM) は 24 時間以内に 797 細胞に細胞伸展・扁平化・オープンクロマチン・紡錘体形態とサイトケラチン発現亢進を伴う扁平上皮分化を誘導し、7 日で最終分化に至った (Figure 4e)。qRT-PCR で (+)-JQ1 250 nM 48 時間処理は KRT14 を約 30 倍誘導し、KRT10 も中等度上昇、BRD4 標的の RAD21/RAN 発現は低下した (Figure 4f, p < 0.0001 for KRT14)。G1 arrest と annexin-V 陽性アポトーシスが同時に進行し (Figure 4h, i)、(−)-JQ1 や BRD4-NUT 非依存性 TE10 細胞では分化も増殖抑制も誘導されないことから on-target 機序が証明された。これは BRD4-NUT を RNAi でノックダウンした表現型を完全にフェノコピーしており、患者由来 11060 細胞では IC50 = 4 nM と特に高感受性であった (Figure 4g)。これらの細胞実験は n=3 の独立した実験で実施された。

3 つの NMC 異種移植モデルで腫瘍退縮と生存延長: NMC 797 異種移植モデルマウス (n=7 mice) で JQ1 50 mg/kg/day 腹腔内投与は 4 日後の FDG-PET 取り込み顕著低下、14 日で腫瘍体積有意減少 (p = 0.039) を示した (Figure 5a, b)。腫瘍内の BRD4-NUT スペックル消失・サイトケラチン強陽性 (grade 3+)・Ki67 低下・TUNEL 陽性増加と in vivo ターゲットエンゲージメントが確認された (Figure 5c)。患者由来 11060 異種移植モデルマウス (n=10 mice) で 18 日間の (+)-JQ1 投与は明確な腫瘍退縮と全生存延長 (p < 0.0001, ログランク検定) を達成し (Figure 5h, i)、Per403 異種移植モデルマウス (n=10 mice) でも再現された (Figure 5j, k)。JQ1 は 49% の経口バイオアベイラビリティを示し、低オフターゲット活性も確認された。

考察/結論

本論文は、Kac リーダータンパク質という従来 undruggable とされたエピジェネティック標的クラスに対し、初の potent、selective、cell-active な小分子化学プローブ JQ1 を確立した画期的な成果である。BCR-ABL に対するイマチニブ (Druker et al. 2001) と同様、(i) recurrent な発がん性転座 (BRD4-NUT)、(ii) 高分解能共結晶構造、(iii) 患者由来 in vitro/in vivo モデル、(iv) 厳密なエナンチオマー対照、というリガンド発見とターゲット検証の 4 要素を体系的に満たした稀有な例である。

新規性: 本研究で初めて、JQ1がBETブロモドメインに高親和性かつ選択的に結合し、NUT midline carcinoma (NMC) におけるBRD4-NUT融合タンパク質の機能を阻害することで、細胞周期停止、分化誘導、アポトーシスを誘発することを示した。これは、BRD4-NUTをRNAiでノックダウンした場合の表現型を完全にフェノコピーするものであり、NMCという致死的扁平上皮癌に対する治療概念実証を達成した。

先行研究との違い: これまでブロモドメインを標的とした治療薬の開発は未開拓の領域であり、小分子による直接阻害の可能性は十分に評価されていなかった。本研究は、この点において、従来の「undruggable」という認識に対し、ブロモドメインが有効な治療標的となり得ることを明確に示した点で対照的である。

臨床応用: 本知見は、BRD4 が P-TEFb を介して c-Myc や Aurora B などの増殖促進遺伝子の転写を駆動するという既存知見を踏まえ、JQ1 がより広範な腫瘍、炎症、ウイルス感染症で活用される展望を提示する。事実、本論文公表直後から AML (Mll-AF9 融合白血病への応用は Zuber et al. 2011 Nature 論文)、多発性骨髄腫、バーキットリンパ腫等で MYC 抑制を介した強力な抗腫瘍活性が次々報告され、JQ1 を起点に I-BET762、OTX015 (birabresib)、CPI-0610 (pelabresib)、Mivebresib、Molibresib 等の臨床グレード BET 阻害剤の臨床開発が世界規模で展開された。これらの成果は、本研究が bench-to-bedside の橋渡しに大きく貢献したことを示している。

残された課題: 今後の検討課題として、(a) BET 各パラログ (BRD2/3/4/T) を区別するアイソフォーム選択性の追求、(b) 血小板減少を中心とする on-target dose-limiting toxicity の管理、(c) 単剤での持続効果が限定的なことから合理的併用 (CDK9 阻害、HDAC 阻害、IO 等) の最適化、(d) BRD4-NUT 以外の BRD4 融合・再構成の意義、(e) BD1 vs BD2 選択的次世代化合物 (e.g. ABBV-744) の開発、などが挙げられる。本論文はエピジェネティックリーダーをケミカルバイオロジーによって攻略可能な治療標的に転換させた礎石であり、現代の転写/エピジェネティック標的治療全体の出発点となったランドマーク論文として位置づけられる。

方法

本研究では、三菱製薬が抗炎症表現型スクリーニングから見出したチエノジアゼピン骨格の BRD4 結合活性を出発点とした。apo BRD4(1) (PDB 2OSS) の結晶構造内へのドッキングモデルを参照し、C6 位に嵩高い t-ブチルエステル基を導入した新規チエノトリアゾロ-1,4-ジアゼピン化合物 JQ1 を設計した。7 ステップでラセミ体 JQ1 およびエナンチオマーである (+)-JQ1 と (−)-JQ1 を合成した。

選択性評価には、全ヒトブロモドメインサブクローン群 (37 構築体、全サブファミリー網羅) を用いた differential scanning fluorimetry (DSF) で熱安定化シフト (ΔTm) を取得した (Niesen et al. 2007)。結合定数 Kd は isothermal titration calorimetry (ITC) で測定した。Kac 競合性は AlphaScreen (tetra-acetylated H4 / acetylated H3 ペプチド置換) で評価した。X 線共結晶構造解析を BRD4(1) および BRD2(2) と (+)-JQ1 で実施し (PDB 3MXF, 3ONI)、20 ns の分子動力学 (MD) シミュレーションを併用した。

細胞内クロマチン競合は、U2OS 細胞での GFP-BRD4 / GFP-BRD4-NUT 蛍光退色後回復 (FRAP) で評価した。NMC 表現型解析は、患者由来 797 細胞、Per403 細胞、新規樹立した患者由来 11060 細胞を用い、増殖、細胞周期 (PI flow)、アポトーシス (annexin-V/PI)、サイトケラチン免疫染色、KRT10 (keratin 10)/KRT14 (keratin 14)/TGM1 (transglutaminase 1)/RAD21/RAN の qRT-PCR を実施した。

異種移植モデルは、NMC 797、11060、Per403 の 3 系統のマウスに確立した。JQ1 を 50 mg/kg/day の用量で腹腔内投与し、FDG-PET (fluorodeoxyglucose positron-emission tomography)、腫瘍体積、生存期間、定量的サイトケラチン免疫組織化学 (IHC) で in vivo 効果を評価した。腫瘍体積はキャリパー測定により Vol = 0.5 × L × W² の式で算出した。統計解析には、腫瘍体積の変化については両側 t 検定、生存期間についてはログランク検定を用いた。薬物動態学的特性として、経口バイオアベイラビリティも評価した。