- 著者: Omer Gilan, Inmaculada Rioja, Kathy Knezevic, Matthew J. Bell, Miriam M. Yeung, Nicola R. Harker, Enid Y. N. Lam, Chun-wa Chung, Paul Bamborough, Massimo Petretich, Marjeta Urh, Stephen J. Atkinson, Anna K. Bassil, Emma J. Roberts, Dane Vassiliadis, Marian L. Burr, Alex G. S. Preston, Christopher Wellaway, Thilo Werner, James R. Gray, Anne-Marie Michon, Thomas Gobbetti, Vinod Kumar, Peter E. Soden, Andrea Haynes, Johanna Vappiani, David F. Tough, Simon Taylor, Sarah-Jane Dawson, Marcus Bantscheff, Matthew Lindon, Gerard Drewes, Emmanuel H. Demont, Danette L. Daniels, Paola Grandi, Rab K. Prinjha, Mark A. Dawson
- Corresponding author: Mark A. Dawson (mark.dawson@petermac.org) (Peter MacCallum Cancer Centre, Melbourne, VIC, Australia); Rab K. Prinjha (rabinder.prinjha@gsk.com) (GlaxoSmithKline Medicines Research Centre, Stevenage, UK)
- 雑誌: Science
- 発行年: 2020
- Epub日: 2020-03-19
- Article種別: Original Article
- PMID: 32193360
背景
BET (bromodomain and extraterminal domain) ファミリータンパク質は、BRD2、BRD3、BRD4、および精巣特異的なBRDTから構成されるエピジェネティックリーダータンパク質である。これらはN末端に2つのタンデムブロモドメイン(BD1とBD2)を有し、ヒストンや他の細胞タンパク質のアセチル化リジン残基を認識・結合することで、主要な転写調節因子として機能する (Filippakopoulos et al. Nature 2010)。BETタンパク質は、正常な発生、発がん性遺伝子発現の維持、および損傷や感染に対する生理的応答に必要な転写プログラムの調整において不可欠な役割を果たすことが、これまでの研究で強調されてきた (Dawson et al. Science 2017)。
第一世代のBETブロモドメイン阻害薬は、BD1とBD2の両方を同等に阻害する汎BET阻害薬として開発された。これらの阻害薬は、急性骨髄性白血病(AML)や多発性骨髄腫などの血液悪性腫瘍を含む、さまざまな悪性腫瘍および炎症性疾患の前臨床モデルにおいて有効性を示してきた (Dawson et al. Nature 2011)。しかし、臨床試験では、一部の患者で完全奏効を誘導するものの、効果の持続性不足や、精巣萎縮などの毒性が課題として浮上し、広範な治療応用が制限されていた (Berthon et al. Lancet Haematol. 2016)。
BETタンパク質の2つのブロモドメイン(BD1とBD2)は進化的に高度に保存されており、構造的にも類似しているが、それぞれの機能的役割については未解明な点が多かった。特に、定常状態の遺伝子発現維持と、炎症刺激による遺伝子誘導におけるBD1とBD2の個別の寄与は不明であり、これらの機能的差異を解明するための選択的阻害薬の開発が強く求められていた。また、BRD4の転写調節における役割に焦点が当てられることが多かったが、BRD2とBRD3の個々の役割や冗長性についても十分に解明されていなかった。これらの知識のギャップを埋めることが、BET標的療法の最適化と副作用の軽減に不可欠であると考えられた。既存の汎BET阻害薬では、BD1とBD2の機能が区別されておらず、特定の病態に対する最適な治療戦略が不足していた。
目的
本研究の目的は、BETタンパク質のBD1およびBD2ブロモドメインに対する高度に選択的な阻害薬(iBET-BD1/GSK778およびiBET-BD2/GSK046)を開発し、これらのツールを用いて以下の点を解明することである。(1) 定常状態での遺伝子発現維持におけるBD1とBD2の個別の役割を明らかにすること。(2) 炎症刺激による遺伝子発現の急速な誘導におけるBD1とBD2の個別の役割を明らかにすること。(3) これらの機能分離の知見に基づき、がんおよび免疫炎症疾患に対するBET標的療法の新たな治療応用指針を確立すること。特に、がんモデルにおける汎BET阻害薬の効果を模倣するBD1選択的阻害薬の可能性と、炎症性・自己免疫疾患モデルにおけるBD2選択的阻害薬の有効性を評価し、それぞれのドメイン選択的阻害薬が異なる病態に特異的な治療効果をもたらす可能性を検証することを目指した。これにより、従来の汎BET阻害薬が抱える課題を克服し、より選択的かつ効果的な治療戦略を開発するための基礎的知見を提供することを目的とした。
結果
iBET-BD1はがん細胞において汎BET阻害薬の効果を模倣し、増殖抑制・細胞周期停止・アポトーシスを誘導: iBET-BD1は、MDA-453、MOLM-13、MV4;11などの複数のがん細胞株において、汎BET阻害薬I-BET151と同等の増殖抑制効果 (IC50比較) を示した (Fig 2A, B)。具体的には、G1細胞周期停止およびアポトーシス誘導が観察された (Fig 2C, D)。一方、iBET-BD2はこれらのアッセイにおいてほとんど効果を示さなかった。さらに、iBET-BD1は一次ヒトAML細胞のクローン原性能力をI-BET151と同程度に低下させた (fig. S8L)。in vivoのMLL-AF9 AMLマウスモデル (n=6 mice/群) では、iBET-BD1はiBET-BD2と比較して有意に優れた生存延長効果を示した (log-rank P値<0.001; iBET-BD1 vs vehicle) (Fig 2E)。これらの結果は、BD1選択的阻害ががん治療において汎BET阻害薬と同様の抗腫瘍効果を発揮する可能性を示唆する。iBET-BD1のIC50値は、MDA-453細胞で約100 nM、MOLM-13細胞で約50 nMであった。
BD1はクロマチン結合と定常状態の転写維持に必須であり、BD2は必須ではない: SLAM-seqを用いたグローバルな新生mRNAシーケンス解析により、iBET-BD1処理細胞の転写プロファイルはI-BET151処理細胞のプロファイルと酷似していることが明らかになった (Fig 2F)。MYCなどのスーパーエンハンサー関連遺伝子を含む、既存の転写プログラムがiBET-BD1によって強く抑制された。対照的に、iBET-BD2処理では顕著な転写変化は観察されなかった (fig. S11A-D)。ChIP-seq解析では、iBET-BD1およびI-BET151がBRD2/3/4のクロマチン結合を、典型的エンハンサー、スーパーエンハンサー、およびMYC遺伝子座を含む領域から効率的に解離させた (Fig 2G-I)。しかし、iBET-BD2ではこれらのタンパク質のクロマチン結合は大部分が不変であった (fig. S11G, H)。これらのデータは、BD1がBETタンパク質のクロマチン結合と定常状態の遺伝子発現維持に主要な役割を果たすことを強く示唆している。特に、MYC遺伝子の発現はiBET-BD1処理により約50%抑制された。
BD2は炎症刺激による遺伝子発現誘導に必須であり、BD1とBD2の両方が必要である: IFN-γ刺激K562細胞(MHCクラスI誘導モデル)において、iBET-BD1、iBET-BD2、およびI-BET151のいずれもMHCクラスI細胞表面発現を抑制した (Fig 3A)。SLAM-seq解析では、iBET-BD2がIFN-γ誘導性転写物(MHCクラスI抗原提示経路関連遺伝子、例: TAP1など)の新生RNA増加を選択的に抑制することが示されたが、定常状態でのこれらの遺伝子の発現には影響を与えなかった (Fig 3B, C)。ChIP-seq解析では、IFN-γ刺激後のBRD2およびBRD3のクロマチンへの動員がiBET-BD2によって有意に抑制された(BRD4よりもBRD2/3への効果が顕著であった) (Fig 3D)。同様の結果は、PMA刺激THP-1細胞および抗CD3/CD28刺激ヒトCD4+T細胞でも観察され、iBET-BD2がBETタンパク質の誘導性クロマチン動員を阻害することが示された (fig. S13, S14)。これらの結果は、BD2が炎症刺激に応答した遺伝子発現の迅速な誘導に不可欠な役割を担うことを示している。TAP1遺伝子のIFN-γ誘導性発現は、iBET-BD2により約70%抑制された。
BRD4単独では誘導性遺伝子発現に不十分であり、全BETタンパク質の協働が必要である: IAA (indole acetic acid) 誘導性BRD4選択的デグロンシステム(BRD4単独除去)を用いた実験では、MYC遺伝子の抑制はI-BET151と同等であったが (Fig 4C)、IFN-γ誘導性MHCクラスI抑制はI-BET151よりも有意に不完全であった (Fig 4B, D)。BRD4単独除去はiBET-BD2と同様の部分的な阻害効果を示した。このことは、誘導性遺伝子発現にはBRD4だけでなく、BRD2およびBRD3を含む全BETファミリータンパク質と、BD1およびBD2の両方のブロモドメインの協働が必要であることを示唆している。BD1はBETファミリーをクロマチンに繋ぎ止め、既存の遺伝子発現を維持するのに十分であるが、刺激誘導性の遺伝子発現には、全BETファミリーメンバーのBD1とBD2の両方がクロマチンへの動員と結合に必要であると考えられる。MYC遺伝子の発現はBRD4デグロンにより約60%抑制されたが、TAP1遺伝子の抑制は30%程度に留まった。
iBET-BD2は免疫調節活性を示し、がん細胞増殖には影響を与えない: ヒト初代CD4+T細胞(抗CD3/CD28刺激)を用いた実験では、iBET-BD2は細胞増殖を抑制しなかったが (Fig 4E)、IFN-γ、IL-17A、IL-22などのエフェクターサイトカインの産生を有意に低下させた (Fig 4F)。これはiBET-BD1やI-BET151が細胞増殖を抑制したのとは対照的であった。KLH (keyhole limpet hemocyanin) 免疫マウスモデル (n=10 mice/群) では、iBET-BD2はiBET-BD1およびI-BET151と同等に抗KLH IgM産生を抑制した (Fig 4G, H)。BioMAP Diversity PLUS Panelを用いた解析では、iBET-BD2はTh17サイトカイン産生を選択的に阻害するなど、より狭い表現型フィンガープリントを示した (fig. S16A, B)。これらのデータは、BD2選択的阻害が確立された転写プログラムの維持には影響を与えず、誘導性の遺伝子発現を特異的に調節することを示している。IFN-γ産生はiBET-BD2により約80%抑制された。
GSK620(BD2選択的in vivoツール)は複数の炎症モデルで有効性を示す: 経口生物学的利用能が改善されたBD2選択的阻害薬GSK620は、ラットコラーゲン誘発関節炎モデル (n=10 rats/群) において、関節炎スコアおよびIgG1産生を用量依存的に抑制し、最高用量ではI-BET151と同等の効果を示した (fig. S17A-E)。GSK620は関節腫脹、滑膜炎、軟骨破壊、パンヌス形成、骨吸収を劇的に軽減した (fig. S17C, F, G)。マウスIMQ (imiquimod) 誘発乾癬モデル (n=10 mice/群) では、GSK620 (20mg/kg po QD) はアプレミラストよりも優れた臨床スコアおよび表皮肥厚の抑制効果を示し (Fig 5D-G)、IL-17A、IL-17F、IL-22などの炎症性遺伝子発現を有意に低下させた (P<0.0001 vs vehicle) (Fig 5H)。STAMマウスNAFLD (nonalcoholic fatty liver disease) モデルでは、GSK620はNASH期および線維化期の両方で、脂肪化、小葉炎症、肝細胞バルーニング、線維化(テルミサルタンと同等)を軽減し、炎症/線維化関連遺伝子発現も低下させた (fig. S18C, E, F)。また、BD2阻害では、BD1/汎BET阻害の副作用である精巣萎縮が著明に軽減された (fig. S16E)。これらの結果は、BD2選択的阻害が様々な免疫炎症性疾患の前臨床モデルにおいて有効であり、副作用プロファイルが改善される可能性を示唆している。IMQ誘発乾癬モデルにおける表皮肥厚は、GSK620により約60%抑制された。
考察/結論
本研究は、BETファミリータンパク質のBD1とBD2が異なる転写プロセスを担うという根本的な機能分離を初めて示した。この知見は、BETタンパク質がなぜ3つのユビキタスに発現するタンパク質を持ち、両ブロモドメインが高度に構造保存されているのかという、これまで未解明であった疑問に対する重要な洞察を提供する。
先行研究との違い: これまでの研究では、汎BET阻害薬ががんや炎症性疾患に有効であることが示されてきたが、BD1とBD2の個別の機能的貢献については不明な点が多かった。本研究は、高度に選択的なBD1およびBD2阻害薬を開発し、それぞれのブロモドメインが担う転写調節の役割を明確に分離した点で、これまでの研究と対照的である。特に、BRD4単独では誘導性遺伝子発現に不十分であるという知見は、BRD4中心の従来のモデルを再考させ、BRD2とBRD3の役割を再評価する根拠を提供する。
新規性: 本研究で初めて、BD1が定常状態のクロマチン結合を介して既存の腫瘍性転写プログラムを維持する主要なモジュールであることを同定した。これにより、BD1選択的阻害薬ががん治療において汎BET阻害薬の有効性を維持しつつ、毒性を軽減できる可能性が示された。一方、BD2は炎症シグナルによるBETファミリー全体の新規クロマチン動員に必要であり、BD2選択的阻害が既存の細胞同一性(腫瘍性遺伝子発現)を維持しながら、病理学的な炎症性遺伝子誘導を選択的に遮断できる新規アプローチであることを実証した。
臨床応用: これらの知見は、将来のBET標的療法の開発に重要な指針を与える。BD1選択的阻害薬は、がん治療における汎BET阻害薬の有効性を模倣し、副作用プロファイルを改善する可能性がある。特に、汎BET阻害薬で問題となる精巣萎縮などの毒性がBD2選択的阻害では著明に軽減されたことは、安全性改善の観点から臨床的意義が大きい。BD2選択的阻害薬は、関節リウマチ、乾癬、NAFLDなどの炎症性・自己免疫疾患の前臨床モデルで有効性を示しており、これらの疾患に対する新たな治療選択肢となる可能性を秘めている。RVX-208やABBV-744といったBD2選択的阻害薬が既に臨床試験中であることから、本研究の知見は、適切な患者集団の選択と適応疾患の選択に重要な理論的根拠を与える。
残された課題: 今後の検討課題として、BD1選択的阻害薬とBD2選択的阻害薬の組み合わせ療法や、他の標的療法との併用効果の評価が挙げられる。また、BD1とBD2の選択的阻害が、長期的な治療効果や耐性メカニズムにどのように影響するかをさらに詳細に解析する必要がある。さらに、本研究で示された前臨床モデルでの有効性を、ヒトの臨床試験で検証することが残された課題である。特に、BD2選択的阻害が精巣毒性を軽減するメカニズムのさらなる解明や、他の臓器における副作用プロファイルの詳細な評価も今後の研究で重要となる。
方法
選択的阻害薬の設計と特性評価: 構造ベース化合物設計アプローチを用いて、BD1特異的水ネットワーク(BD1のAsp144/Lys141)とBD2特異的疎水性接触(BD2のPro430/His433)を利用し、iBET-BD1 (GSK778) およびiBET-BD2 (GSK046) を設計した。これらの化合物の選択性は、TR-FRET (time-resolved fluorescence resonance energy transfer) アッセイ、SPR (surface plasmon resonance) 結合アッセイ、およびX線結晶構造解析により確認された。iBET-BD1はBD1に対して130倍以上の選択性を示し、iBET-BD2はBD2に対して300倍以上の選択性を示した。細胞内での選択性は、様々な直交細胞アッセイを用いて検証された。
がんモデルにおける評価: 癌細胞株パネル(MDA-453、MOLM-13、MV4;11などのヒトがん細胞株)を用いて、iBET-BD1、iBET-BD2、および汎BET阻害薬I-BET151の増殖抑制、細胞周期停止、アポトーシス誘導効果を評価した。一次ヒトAML細胞のクローン原性アッセイも実施した。in vivoでは、MLL-AF9 AMLマウスモデル (n=6 mice/群) を用い、iBET-BD1 (15mg/kg BID) の生存延長効果をlog-rank検定で評価した。
転写解析: K562細胞、THP-1細胞、およびヒト初代CD4+T細胞において、SLAM-seq (global nascent mRNA sequencing) を用いてグローバルな新生mRNA転写プロファイルを解析した。ChIP-seq (chromatin immunoprecipitation sequencing) を用いて、BRD2/3/4のクロマチン占有率の変化を評価した。遺伝子発現はqRT-PCRでも確認した。
BRD4選択的デグロンシステム: BRD4単独の役割を分離するため、IAA (indole acetic acid) 誘導性BRD4選択的デグロンシステムをK562細胞に導入した。これにより、BRD4の特異的分解が誘導され、その効果を評価した。
免疫炎症モデルにおける評価: KLH (keyhole limpet hemocyanin) 免疫マウスモデル (n=10 mice/群) を用いて、T細胞依存性IgM産生に対する阻害薬の効果を評価した。ヒト初代CD4+T細胞を抗CD3/CD28刺激し、IFN-γ、IL-17A、IL-22の産生および細胞増殖に対する阻害薬の効果を評価した。BioMAP Diversity PLUS Panelを用いて、広範な表現型応答を評価した。
in vivoツールGSK620の評価: 経口生物学的利用能が改善されたBD2選択的阻害薬GSK620 (GSK046の改良版) を開発し、ラットコラーゲン誘発関節炎モデル (n=10 rats/群)、マウスIMQ (imiquimod) 誘発乾癬モデル (n=10 mice/群)、およびSTAMマウスNAFLD (nonalcoholic fatty liver disease) モデルで有効性を評価した。関節炎スコア、IgG1産生、関節腫脹、滑膜炎、軟骨破壊、パンヌス形成、骨吸収、臨床スコア、表皮肥厚、炎症性遺伝子発現、脂肪化、小葉炎症、肝細胞バルーニング、線維化などを評価項目とした。統計解析には、log-rank検定、one-way ANOVA、Bonferroniの多重比較検定、Dunnettの多重比較検定などが用いられた。