- 著者: Eric van Leen, Lotte Brückner, Anton G. Henssen
- Corresponding author: Anton G. Henssen (Charité-Universitätsmedizin Berlin)
- 雑誌: Nature Genetics
- 発行年: 2022
- Epub日: 2022-02-10
- Article種別: Perspective
- PMID: 35145302
背景
染色体外DNA (extrachromosomal DNA; ecDNA) は、がんにおける局所DNAオンコジーン増幅の重要な担体として認識されており、少なくとも30種類以上のがん種で観察され、患者予後不良と強く関連する。従来、ecDNAの生物学的重要性は3つの古典的特性によって説明されてきた: (1) 環状DNAとして細胞周期に1回複製されること、(2) セントロメアを欠くために不均等分配が可能で娘細胞間でのコピー数不均一性が生じること、(3) オンコジーンが高発現すること。これらの特性は予後不良・治療抵抗性の重要な規定因子として包括的に整理されている (例: Verhaak et al. NatRevCancer 2019、Bailey et al. AnnOncol 2020)。しかし近年、これら従来特性を超えた新たな活性として、ecDNAのゲノム的移動性 (chromosomal reintegration; 染色体への再統合) と空間的移動性 (nuclear hub formation; 核内ハブ形成とトランス転写調節) が3つの独立したグループによって同時期に報告された (Zhu et al. CancerCell 2021、Hung et al. Nature 2021、Yi et al. Cancer Discov 2022)。これらの動態ががん病態への含意と治療標的としての可能性は十分に統合的に論じられていなかったため、その詳細なメカニズムは未解明な部分が多い。特に、ecDNAがゲノムワイドな遺伝子発現を撹乱する可能性や、核内ハブに局在して他のecDNAや染色体上の遺伝子に対する異所性エンハンサーとして機能しうることが示唆されており、これらの動態ががん細胞の適応性や治療抵抗性にどのように寄与するのか、その詳細なメカニズムは不明な部分が多いという課題が残されている。従来の知見では、ecDNAの動的な変化が治療抵抗性に与える影響について、包括的な理解が不足していた。
目的
ecDNAのゲノム的移動性 (染色体への再統合とHSR形成) および空間的移動性 (核内ハブ形成、ecDNA-染色体トランス相互作用、micronucleiへの封入) という2つの非古典的特性を体系的に整理し、それらのがん進化・治療抵抗性・ecDNA指向型治療戦略への含意を論じる。本Perspectiveは、これらの新たな知見ががん治療開発にどのように活用されうるか、その有望な方向性を提示することを目的とする。
結果
ecDNA形成機序とゲノム不安定性: ecDNAの形成には少なくとも3つの機序が提唱されている。エピソームモデルでは、連続ゲノム領域が切り出され環状化される。Chromothripsis (染色体粉砕) 由来のecDNAも報告されており、キネトコア組立て障害後やmicronuclei (核外小体) への染色体封入後にchromothripsis/ecDNAが誘導される。ecDNAは検査されたがん種の約50%に存在し (Kim et al. NatGenet 2020)、他の焦点性増幅と比較して予後不良と有意に関連する (p<0.001)。また、BFB (Breakage-Fusion-Bridge) サイクルによって形成されるHSR (homogeneously staining regions) からもecDNAが切り出される。これらの機序は相互排他的ではなく、ecDNA形成とゲノム不安定性は強く連関している (Fig. 2)。
ゲノム的移動性: ecDNAの染色体再統合とHSR形成: 複数の独立した証拠が、ecDNAが染色体に再統合し、HSRを形成する可能性を支持する。合成エピソームの多量体化後の染色体への統合はHSRを形成し、レプリケーション-転写衝突がトリガーとして機能する。Cas9誘導二本鎖切断やゲノム全体への電離放射線、ドキソルビシン、PARP (poly ADP-ribose polymerase) trapperにより内在性ecDNAの再統合が促進されHSRが形成される。例えば、神経芽腫細胞株 (n=12細胞株) において、ecDNA再統合フットプリントがHSR非形成の腫瘍で確認された (deCarvalho et al. NatGenet 2018)。この再統合はDCLK1などの腫瘍抑制遺伝子の破壊やTERTなどのオンコジーンの近傍挿入による活性化を引き起こすなど、二次的なゲノム障害をもたらしうる (Fig. 2f)。予後的意義として、HSRを持つ腫瘍は培養細胞レベルでは増殖促進をもたらすが、ecDNAを持つ腫瘍は環境変化 (治療など) への適応速度が約2.5倍高く、患者予後はHSRよりecDNAで不良であるという知見も存在する。神経芽腫においてecDNA再統合フットプリントを持つ腫瘍はHSR形成のない腫瘍より予後不良であることも報告されており (HR 0.41, 95% CI 0.27-0.62)、この再統合ががん細胞の適応性や治療抵抗性に寄与することが示唆される。
空間的移動性: micronucleiへの封入と核内ハブ形成: ecDNAは染色体とは異なりセントロメアを欠くため、核内の位置に制約されず、細胞周期中に位置を変え、micronucleiにも封入されうる。ecDNAはG1期に核周辺に偏在し、分裂後期には紡錘体に捕捉されないためmicronuclear封入が起きやすい。DNA損傷 (特にHU処理) がecDNA含有細胞 (n=509細胞) でのmicronuclear封入を約3.2倍増強することが確認されており、部位特異的Cas9誘導二本鎖切断でも同様の効果が見られた。これとは対照的に、染色体増幅 (HSR) ではHU処理後もmicronuclear封入は増加しない (p=0.001)。ecDNA含有micronucleiの一部は細胞外排出 (extracellular expulsion) によって除去される機構が存在し、これにより腫瘍細胞のオンコジーン量が低下し、増殖抑制・分化・老化が誘導される可能性がある。Zhu et al.、Hung et al.、Yi et al.の3グループが同時期に、核内でecDNAが特定の「ハブ (hubs)」に集積し、異なるecDNA分子間のトランス相互作用を介してオンコジーンの協調発現を促進することを独立して報告した (Zhu et al. CancerCell 2021、Hung et al. Nature 2021)。このハブ形成にはBET (bromodomain and extraterminal domain) 蛋白質BRD4の関与が3グループすべてで示された。BRD4はecDNAハブのtethering (架橋) に必須であり、BETi (BET阻害薬) (例: JQ1) はecDNAハブを不安定化しMYCをコードするecDNAの発現を抑制する (log2FC -1.8)。ecDNA上のエンハンサーがH3K27ac濃縮染色体領域のトランス転写を活性化し、ecDNAは「移動性エンハンサー (mobile enhancer)」として機能し、転写プログラムをゲノム全体に波及させる (Fig. 3e)。
ecDNA指向型治療戦略の課題と可能性: ecDNAを標的とした治療戦略として4つの方向性が提案される。(1) HU (hydroxyurea) によるmicronuclei形成促進・ecDNA排除: HU処理でecDNA含有micronucleiの形成が増加しecDNAコピー数が減少することが示されているが、過去の進行卵巣がんを対象とした臨床試験 (Raymond et al. Clin Cancer Res 2001) では不十分な抗腫瘍活性のため中断されており、現在の薬理学的プロファイルのままでの臨床使用は困難である。(2) PARP阻害薬 (PARPi) によるecDNA再統合促進: PARP阻害がecDNA再統合頻度を増加させ腫瘍内オンコジーン不均一性を縮小しうる。しかし腫瘍抑制遺伝子の破壊・ゲノム不安定性惹起・HSRからのecDNA再出現 (drug holiday時) という二次障害リスクが大きく、長期便益は著しく制限される。(3) DNA-PK (DNA-dependent protein kinase) 阻害薬によるecDNA形成抑制: 非相同末端結合 (NHEJ) 経路が関与するecDNA形成過程を阻害する。しかし多くのがんは診断時点ですでにecDNAを保有しており、予防的戦略としての限界がある。(4) BRD4阻害薬 (BRD4i) によるecDNAハブ破壊: ecDNAハブ維持にBRD4が必須という知見は、BET阻害薬の新たな合理的根拠を提供する (Filippakopoulos et al. Nature 2010)。現在まで臨床承認されたBETiは存在しないが、ecDNA保有腫瘍 (全がん種の約50%) での有効性検証が有望な方向性として提案される。ecDNA関連のコピー数異常は染色体増幅と比較してn=3,212腫瘍サンプルのゲノム解析において予後不良と関連する (Kim et al. NatGenet 2020) (Fig. 4)。
考察/結論
本Perspectiveは、ecDNAの「ゲノム的移動性」と「空間的移動性」という2つの非古典的特性が、従来のオンコジーンコピー数増幅という理解を超えた広範な腫瘍病態形成に関与することを初めて体系的に論じた。先行レビューであるVerhaak et al. NatRevCancer 2019がecDNAの基本特性 (不均等分配・オンコジーン高発現) を整理してきたのに対し、本論文はecDNAがゲノムワイドな転写調節 (mobile enhancer) とゲノム再構成 (再統合/HSR形成) に直接関与するという新しいパラダイムを提示した点で、これまでと異なる視点を提供する。特に3独立グループによるecDNAハブとBRD4依存性tethering機構の同時報告 (Hung et al. Nature 2021、Zhu et al. CancerCell 2021) は、がんゲノム研究における新規な重要なブレークスルーである。
臨床的含意として最も具体的なのはBET阻害薬の文脈である。ecDNA保有腫瘍 (全がん種の約1/2) をバイオマーカーとした患者選択によってBETi試験の奏効率が改善しうるという提言は、既存の標的治療試験の再設計に貢献しうる臨床応用への足がかりとなる。PARP阻害薬は予後改善ではなくecDNA不均一性縮小という独自の作用機序を持つ可能性があるが、腫瘍抑制遺伝子破壊・ゲノム不安定性増強という二次障害リスクが制限因子となる。
残された課題として、(1) ecDNAハブ維持のBRD4以外のtethering因子の同定、(2) ecDNA-染色体トランス相互作用においてなぜ特定のH3K27ac濃縮領域が優先的に選択されるかの機序解明、(3) ecDNAハブ・トランス相互作用と実際の治療応答の因果関係の証明、(4) ecDNA形成を予測するバイオマーカー開発 (診断時点でecDNAを保有する症例が多く、予防的戦略の実装が困難)、(5) 単細胞解析によるecDNAの構造-機能関係の詳細解明が挙げられる。今後の検討課題として、これらのメカニズムを詳細に解明し、副作用を最小化しつつecDNAの動的複雑性を標的とする精密な治療アプローチを開発することが不可欠である。
方法
本論文はPerspectiveであり、特定の実験プロトコルやデータ収集は行われていない。既存の実験データや先行文献に基づき、ecDNAのゲノム的および空間的移動性に関する最新の知見を統合的にレビューし、その生物学的意義と治療標的としての可能性について考察した。特に、神経芽腫細胞株 (SK-N-BE(2)細胞など) やグリオーマ細胞株を用いた研究、および患者由来腫瘍サンプルのゲノムプロファイリング結果を広範に参照した。統計解析手法としては、主に相関分析や生存解析が先行研究で用いられており、それらの結果を統合的に評価した。また、DNA損傷誘導実験では、ヒドロキシ尿素 (hydroxyurea; HU) 処理やCas9誘導二本鎖切断が用いられた。