- 著者: Samuel F. Bakhoum, Bryan Ngo (co-first), Ashley M. Laughney, Julie-Ann Cavallo, Charles J. Murphy, Peter Ly, Pragya Shah, Roshan K. Sriram, Thomas B. K. Watkins, Neil K. Taunk, Mercedes Duran, et al.
- Corresponding author: Samuel F. Bakhoum (Memorial Sloan Kettering Cancer Center, New York, USA); Lewis C. Cantley (Weill Cornell Medicine, New York, USA)
- 雑誌: Nature
- 発行年: 2018
- Epub日: 2018-01-17
- Article種別: Original Article
- PMID: 29342134
背景
染色体不安定性 (CIN: chromosomal instability) は、有糸分裂時の染色体分配エラーに起因する進行がんの普遍的な特性であり、腫瘍の不均一性、薬剤抵抗性、転移、および予後不良と相関することが疫学的に知られていた。CINを持つ細胞では微小核 (micronuclei) の形成が頻繁に観察されており、その核膜破裂によってゲノムDNAが細胞質に漏出する現象が報告されていた (Hatch et al. 2013)。細胞質DNAは、cGAS-STING (cyclic GMP-AMP synthase-stimulator of interferon genes) シグナル経路によって感知され、抗ウイルス免疫応答に重要な役割を果たすことが知られている (Sun et al. 2013)。しかし、CIN細胞における慢性的cGAS-STING活性化と転移促進との直接的な因果関係は、これまで未確立であった。先行研究では、CINと転移の相関関係は示されていたものの (Jamal et al. NEnglJMed 2017)、CINが転移の単なる傍観者 (bystander) なのか、それとも直接的なドライバーなのかという根本的な問いに対する明確な答えは得られていなかった。このギャップを埋めるためには、CINのみを選択的に操作できる実験系を確立し、その因果関係を厳密に検証することが不足していた。また、CINが転移を駆動する具体的な分子メカニズム、特に微小核形成、細胞質DNA漏出、cGAS-STING経路の活性化、およびその下流シグナル伝達がどのように転移形質を誘導するのかについては、詳細な解明が求められていた。
目的
本研究の目的は、染色体不安定性 (CIN) ががん転移の直接的なドライバーであるかどうかを、非運動性微小管脱重合キネシン-13ファミリータンパク質であるKIF2B (kinesin-13 family protein KIF2B) およびMCAK (mitotic centromere-associated kinesin) の過剰発現によってCINのみを選択的に抑制する実験系を用いて検証することである。具体的には、CINが転移を駆動する分子機構として、微小核形成、細胞質DNA漏出、cGAS-STING経路の活性化、および非古典的NFκBシグナル伝達を介した上皮間葉転換 (EMT: epithelial-to-mesenchymal transition) の誘導という一連のプロセスを解明することを目指す。さらに、この経路ががん治療の新たな標的として妥当であるかを評価することも目的とする。これにより、CINが転移の単なる相関因子ではなく、その発生と進行に不可欠な因果的役割を果たすことを確立し、新たな治療戦略開発への道筋を示すことを目指す。
結果
ヒト転移巣でのCIN濃縮: 79組の原発腫瘍と脳転移のマッチドペア解析において、転移巣のwGII (CINの代理指標) スコアが原発腫瘍より有意に高かった (p < 0.05)。Mitelman Databaseの解析 (n=983例の原発乳がんおよびn=186例の転移乳がんクローン) では、原発腫瘍が近二倍体 (2n) 優位であるのに対し、転移巣は近三倍体 (3n) に濃縮されており、転移クローンあたりの染色体異常数は原発の約2倍であった。頭頸部扁平上皮がんのアナフェーズ解析でも、染色体分配エラー頻度がリンパ節転移と有意に相関した (p < 0.05、N+群 n=22 vs. N-群 n=18患者)。これらの結果は、ヒト転移巣においてCINが選択的に濃縮されることを示唆している (Fig 1a-d)。
CINが転移の直接ドライバー: MDA-MB-231細胞は47%のアナフェーズ細胞に染色体分配エラーを示す。KIF2B/MCAK過剰発現 (CIN-low) によりこのエラー率は有意に低下し、KIF2A過剰発現 (対照) やdnMCAK過剰発現 (CIN-high) では変化しなかった。心腔内注射モデルでは、KIF2B/MCAK群 (CIN-low、n=20 mice) の中央生存期間が207日であったのに対し、CIN-high対照群 (n=9 mice) は70日であり、有意な生存期間延長が確認された (ログランクp < 0.05)。4T1モデルでは、乳腺脂肪体への原位内注射後、CIN-low群で原発腫瘍増殖が軽度増強されたにも関わらず、自然発生転移は有意に抑制された。H2030肺腺がんモデルでも同様の転移抑制が確認された。さらに、心腔内注射または原位内モデルのいずれにおいても、転移巣は原発腫瘍より有意に高いCIN率を示し、CIN-low細胞を注射した場合でも転移巣ではCINが再濃縮されることが示された (n=10 PDXモデルを含む)。MAD2過剰発現によりMCAK発現細胞の染色体ミスセグリゲーションが部分的に回復すると、転移も増加した (Fig 2c-e, Fig 3b-d)。
CINによるEMT誘導と浸潤増加: scRNA-seq解析 (n=6,821 cells、KIF2B/MCAK/dnMCAKの3株を比較) により、CIN-high細胞 (主にdnMCAK発現) の45%がEMT遺伝子を高発現するサブポピュレーション「M」に分類されたのに対し、CIN-low細胞ではわずか6%であった。バルクRNA-seqでは、CIN-lowとCIN-high細胞間で1,584遺伝子が差次発現し、CINシグネチャーの上位23遺伝子は、乳がん患者1,809名のメタ解析において、がんサブタイプ、グレード、リンパ節状態とは独立に遠隔転移無増悪生存期間 (DMFS) を予測した (Extended Data Fig 4, 5)。CIN-high細胞はin vitroで有意に高い浸潤・移動能を示し、アクチン再構成、ビメンチン拡散、β-カテニン核移行などのEMT形質変化が確認された。MAD2過剰発現はMCAK発現細胞の浸潤・移動を回復させた (Fig 4a, b)。
CINが細胞質DNAを生成: CIN-high細胞はCIN-low細胞よりも多数の微小核を保有していた。選択的形質膜透過処理後の細胞質dsDNA定量 (dsDNA/DAPI比) はCIN-high群で有意に高く、細胞分画後の定量では細胞質DNA量がCIN-lowと比較して約4倍高かった (n=5 vs. n=4 cell lines)。二本鎖特異的ヌクレアーゼ処理でdsDNAシグナルが消失し、抗体の特異性を確認した。Y染色体特異的ミスセグリゲーション誘導DLD-1モデル (Dox/IAA処理) では、2-3日後にY染色体由来のフラグメントが細胞質に散在したが、対照染色体15は核内に留まった。cGASがおよそ半数 (約50%) の微小核に局在し、lamin B2過剰発現による微小核膜破裂抑制でcGAS陽性微小核の比率が有意に減少し、同時に転移も抑制された (心腔内注射・尾静脈注射の両モデルで確認) (Fig 5c-i)。
細胞質DNA応答による転移促進: CIN-high細胞ではSTINGタンパク量増加と核周囲局在が確認され、RELB核移行の増加 (n=150 cells) およびp100低下・p52/p100比上昇といった非古典的NFκB経路の活性化徴候が認められた。しかし、古典的NFκB経路やI型インターフェロンシグナル伝達の活性化は認められなかった。STING shRNA (n=7-9 mice) またはRELB/NFKB2 shRNAによってCIN-high細胞の浸潤・転移が有意に抑制され、逆にcGAMP添加でCIN-low細胞の浸潤・移動が増強された。TCGA乳がんコホート (n=330 vs. n=332) の解析では、非古典的NFκBシグネチャー高発現が不良なDMFSおよびDFS (disease-free survival) と独立に相関しており、本経路のヒト腫瘍における普遍的な役割を支持する (Fig 6d-g)。
考察/結論
本研究は、染色体不安定性 (CIN) が単なる転移の傍観者ではなく、微小核形成、細胞質DNA漏出、cGAS-STING経路の活性化、非古典的NFκBシグナル伝達、そして上皮間葉転換 (EMT) の誘導という明確な因果関係を持つ直接的な転移ドライバーであることを証明した先駆的な研究である。これまで、CINと転移の相関は多くの先行研究で示されてきたが、CINのみを選択的に操作する実験系を用いてその因果関係を確立し、さらに詳細な分子機構を明らかにした点が本研究の新規性である。特に、「がん細胞が自己のゲノム不安定性を免疫センサーに利用して転移を促進する」という逆説的な機構は、炎症、転移、および染色体生物学を統合する新しいパラダイムを提示した点で、これまでの知見と異なっている。
CIN抑制による生存期間延長 (中央生存期間70日に対し207日) という劇的な効果は、キネシン-13活性化や紡錘体チェックポイント強化による転移抑制が有望な治療戦略となりうることを示唆する。この知見は、臨床応用において、CINを標的とした薬剤開発の合理性を提供する。ただし、STING経路は抗腫瘍免疫にも必要なため、STING阻害による転移抑制という戦略は文脈特異的な制御が必要である。CIN細胞では慢性的なSTING活性化が逆説的に転移促進的に機能するが、急性的なSTING活性化は免疫活性化に寄与する可能性があり、その使い分けが臨床的課題となる。また、lamin B2過剰発現による微小核膜破裂抑制でも転移が抑制されたことは、核膜安定化が新たな治療標的になりうることを示した。
残された課題として、(1) CIN-high細胞がなぜI型インターフェロン応答ではなく非古典的NFκB経路を選択的に活性化するのかの分子機構 (慢性的cGAS飽和による応答の質的変化が示唆される)、(2) 免疫原性細胞死との関係 (CIN細胞由来の細胞外小胞 (EV) にdsDNAやcGASが含まれ、EV媒介の転移前ニッチ形成に寄与する可能性)、(3) 非古典的NFκBと古典的NFκBの拮抗が予後に与える影響 (TCGA解析では非古典的NFκBシグネチャー高発現が不良予後と関連)、(4) 放射線耐性との関連 (CIN細胞は放射線感受性を変化させることが先行研究で示唆) が挙げられる。これらの今後の検討課題は、本研究で確立されたメカニズムの全体像をさらに深掘りし、より効果的な治療戦略を開発するために重要である。
方法
本研究では、ヒト三種陰性乳がん細胞株 (MDA-MB-231)、マウス乳がん細胞株 (4T1)、およびヒト肺腺がん細胞株 (H2030) を主要な実験モデルとして用いた。これらの細胞株に対し、KIF2BまたはMCAKを過剰発現させることでCINを抑制した (CIN-low群)。対照群としてKIF2A (kinesin-13 family protein KIF2A) を過剰発現させた細胞、およびCINを増強するためにドミナントネガティブMCAK変異体 (dnMCAK) を過剰発現させた細胞 (CIN-high群) を作製した。染色体分配誤差率は、アナフェーズ期の染色体追跡により定量し、各条件でn=150細胞を解析した。全ゲノムカリオタイピングを実施し、染色体数および構造異常を評価した。転移モデルとしては、心腔内注射による全身転移モデルと、乳腺脂肪体への原位内注射による自然発生転移モデルを確立し、ルシフェラーゼ生物発光イメージングによって転移病変を追跡した。生存解析はログランク検定を用いて行った。
分子メカニズムの解析には、バルクRNAシーケンス (RNA-seq) およびシングルセルRNAシーケンス (scRNA-seq) を実施し、合計n=6,821細胞の遺伝子発現プロファイルを解析した。これにより、EMTおよび炎症関連遺伝子の発現変化を評価した。細胞質DNAの定量は、選択的形質膜透過処理後のdsDNA染色およびγH2AX染色、ならびに細胞分画後のDNA定量によって行った。cGAS-STINGおよびNFκBシグナル伝達の活性化は、RELBの核移行、p100/p52比の定量、および関連タンパク質の免疫ブロッティングによって評価した。STINGのノックアウト (KO) またはshRNAによるノックダウン、およびcGAMP添加によるSTING活性化実験を実施し、その機能的役割を検証した。微小核膜破裂の抑制には、lamin B2の過剰発現を用いた。さらに、Y染色体特異的ミスセグリゲーションを誘導するDLD-1細胞モデル (Dox/IAA (indole-3-acetic acid) 処理) を用いて、ミスセグリゲートした染色体からの細胞質DNA漏出を直接的に示した。
ヒト臨床データ解析としては、公開されているn=79組の原発腫瘍と脳転移のマッチドペアにおけるweighted-genomic integrity index (wGII) スコアを解析し、CINと転移の関連を評価した。また、Mitelman Databaseに登録されたn=983例の原発乳がんおよびn=186例の転移乳がんのクローンにおけるカリオタイプ解析を行った。頭頸部扁平上皮がん患者の原発腫瘍におけるアナフェーズ染色体ミスセグリゲーション頻度とリンパ節転移の関連も解析した。統計解析には、二側性Wilcoxon matched-pairs signed rank test、二側性Mann-Whitney test、二側性t検定、ログランク検定、および二側性Fisher’s exact testを用いた。RNA-seqデータ解析には、Dobin et al. Bioinformatics 2013、Anders et al. Bioinformatics 2015、Love et al. GenomeBiol 2014、およびSubramanian et al. ProcNatlAcadSciUSA 2005を用いた。scRNA-seqデータはZheng et al. NatCommun 2017で処理した。