• 著者: Arnaud Augert, Emily Eastwood, Ali H. Ibrahim, Nan Wu, Eli Grunblatt, Ryan Basom, Denny Liggitt, Keith D. Eaton, Renato Martins, John T. Poirier, Charles M. Rudin, Francesca Milletti, Wei-Yi Cheng, Fiona Mack, David MacPherson
  • Corresponding author: David MacPherson (Fred Hutchinson Cancer Research Center, Seattle, WA, USA)
  • 雑誌: Science Signaling
  • 発行年: 2019
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 30723171

背景

小細胞肺癌 (SCLC) は極めて悪性度の高い神経内分泌癌であり、過去数十年にわたり一次治療の標準療法であるプラチナ製剤とエトポシドの併用療法に大きな進展が見られず、5年生存率は5%未満と極めて低い水準に留まっている。非小細胞肺癌 (NSCLC) で確立されたEGFRやALKなどのドライバー変異を標的とする分子標的療法はSCLCでは見出されておらず、主要な体細胞変異であるTP53とRB1の腫瘍抑制遺伝子喪失は薬剤標的として困難であるとされている (George et al. Nature 2015Rudin et al. NatGenet 2012)。

SCLCは神経内分泌分化プログラムに依存しており、転写因子ASCL1 (Achaete-scute homolog 1) がこのプログラムを駆動することが知られている (Borromeo et al. CellRep 2016)。一方、NOTCHシグナルはASCL1を負に制御し、マウスSCLCモデルではNOTCH活性化が腫瘍抑制因子として機能することがGeorge et al. (2015) により報告されている。これらの遺伝子依存性に関する知見は、NOTCH活性化やASCL1抑制の薬理学的アプローチが困難であるため、SCLCの臨床的進展にこれまで大きな影響を与えてこなかった。

SCLCではクロマチン制御遺伝子の頻繁な変異が認められ、エピジェネティックな異常が治療標的となりうると考えられている (George et al. 2015)。リジン特異的ヒストン脱メチル化酵素1A (LSD1; Lysine-specific histone demethylase 1A、別名KDM1A) はSCLCで高発現しており (Mohammad et al. 2015)、LSD1阻害剤が急性骨髄性白血病 (AML) およびSCLCモデルにおいて選択的な抗増殖活性を示すことが先行研究で報告されていた (Mohammad et al. 2015)。しかし、SCLCにおけるLSD1阻害剤の作用機序、特にNOTCH-ASCL1軸との関連性については未解明な点が残されており、その詳細な分子メカニズムの解明が不足していた。

目的

本研究は、高選択的LSD1阻害剤ORY-1001 (iadademstat) のSCLCにおける作用機序を分子レベルで詳細に解明することを目的とする。具体的には、LSD1-NOTCH-ASCL1軸を介した抗腫瘍効果のメカニズムを明らかにするとともに、化学療法耐性SCLCに対する新規治療オプションとしての臨床応用可能性を前臨床モデルで検証することを目指した。

結果

ORY-1001のSCLC選択的抗増殖活性とNOTCH-ASCL1軸の変調:ORY-1001は275細胞株パネルのスクリーニングにおいて、SCLC細胞株のサブセットに対しサブナノモルからナノモルレンジの半数有効濃度 (EC50) 値で抗増殖活性を示した (Fig. 1A)。特にASCL1高発現SCLC亜型で高感度であり、他の肺癌 (NSCLC) や上皮系癌では活性が低いことから、SCLCへの選択性が確認された。応答性の高い4つのSCLC細胞株 (NCI-H510A, NCI-H1417, NCI-H146, NCI-H187) を用いたRNAシーケンス (RNA-seq) 解析 (偽発見率 FDR <0.05) により、1,400遺伝子の発現変動が認められた。遺伝子オントロジー解析では、NOTCHシグナル経路遺伝子 (NOTCH1, NOTCH2, HES1, HEY1, DLL1など) が上方制御され、一方、ASCL1および神経内分泌マーカー (CHGA, SYP, NCAM1など) が下方制御されることが明らかになった (Fig. 1B, 1C)。患者由来異種移植 (PDX) ex vivo実験では、培養したFHSC04細胞がORY-1001に対しIC50 13 nMで顕著な感受性を示した (Fig. 2A)。感受性PDXモデルFHSC04では、ORY-1001処理後20時間以内に活性型NOTCH1細胞内ドメイン (N1ICD) およびRE1-silencing transcription factor (REST) タンパク質が増加し、ASCL1タンパク質が急速に減少する動態が観察された (Fig. 2H)。これらの転写およびタンパク質レベルでの変化は、LSD1阻害がNOTCHシグナルを活性化し、ASCL1を抑制することを示唆する。

LSD1阻害によるNOTCH1遺伝子座のヒストンH3K27アセチル化増加:クロマチン免疫沈降シーケンス (ChIP-seq) 解析により、ORY-1001処理後の感受性SCLC細胞株NCI-H510Aおよび感受性PDX FHSC04において、NOTCH1遺伝子座のLSD1結合ピークに重なる領域でヒストンH3K27アセチル化 (H3K27Ac) の顕著な増加が認められた (Fig. 3A, 3B)。これはNOTCH1プロモーター/エンハンサー領域の脱抑制を示唆する。LSD1はコファクターオブRE1-サイレンシング転写因子 (CoREST) 複合体の一部としてヒストン脱アセチル化酵素 (HDAC1/2) と共に作用し、NOTCH1遺伝子座のヒストンアセチル化状態を制御していることが示唆された。REST遺伝子の転写開始点付近でもLSD1結合ピークとH3K27Acピークの関連が確認された (fig. S4)。一方、感受性の低いNCI-H526細胞ではNOTCH1遺伝子座のH3K27Acに変化は認められず、NOTCH1の活性化も観察されなかった (Fig. 3A, fig. S3)。これらの結果は、LSD1阻害によるNOTCH1およびRESTの発現上昇が、これらの遺伝子座におけるH3K27Ac増加と相関することを示す。

LSD1-NOTCH-ASCL1軸の機能的検証:短鎖ヘアピンRNA (shRNA) を用いたLSD1ノックダウンはNCI-H510A細胞およびFHSC04 PDX ex vivo細胞において、NOTCH1発現増加、ASCL1減少、細胞生存率低下を誘導し、ORY-1001の薬理学的効果を再現した (Fig. 4A, 4B)。ASCL1の直接ノックダウンも同様に細胞生存率を低下させ、ASCL1がこの経路の下流エフェクターでありSCLC細胞の生存に重要であることを支持する (Fig. 4C, 4D)。ドキシサイクリン誘導性N1ICDの過剰発現は、ASCL1抑制と細胞生存率低下 (cleaved caspase 3増加、細胞増殖の有意な減少) を引き起こし、ORY-1001の表現型を模倣した (Fig. 4E, 4F)。さらに、ガンマセクレターゼ阻害剤 (GSI; DBZまたはRO4929097) とORY-1001の併用実験では、GSIがORY-1001によるNOTCH活性化 (N1ICDおよびHES1発現) を阻害し、ASCL1抑制および抗腫瘍効果 (細胞死の減少) を部分的に減弱させた (Fig. 5A, 5C, 5D, 5E)。具体的には、GSI存在下ではORY-1001のIC50値が顕著に増加し、細胞生存率も上昇した (Fig. 5C, 5D)。これらの結果は、LSD1阻害→NOTCH活性化→ASCL1抑制というエピスタシス関係を確立し、NOTCHシグナル活性化がORY-1001の細胞毒性作用に不可欠であることを示す。

in vivoでの強力な抗腫瘍効果と化学療法耐性克服:7種類のSCLC PDXモデルを用いたin vivo評価において、ORY-1001 (400 μg/kg 週1回経口投与) はASCL1陽性の6モデル全てで腫瘍増殖抑制効果を示した (Fig. 6A)。特に、化学療法耐性患者由来のPDXモデルFHSC04では、ORY-1001単剤療法により完全かつ持続的な腫瘍退縮が誘導され、治療中止後 (21日目) も10匹中6匹のマウスで腫瘍フリー状態が研究期間中維持された (Fig. 6A, 6B)。この効果は標準治療であるシスプラチン・エトポシド併用療法 (CIS-ETO) よりも優れており、CIS-ETOで観察された有意な体重減少はORY-1001では認められなかった (Fig. 6C)。腫瘍組織の免疫組織化学染色では、ORY-1001処理により細胞増殖マーカーPH3 (リン酸化Ser10ヒストンH3) には有意な変化がないものの、アポトーシスマーカーTUNEL (ターミナルデオキシヌクレオチジルトランスフェラーゼ媒介dUTPニックエンドラベリング) 陽性細胞が有意に増加した (P < 0.05) (Fig. 6D)。in vivo RNA-seq解析 (Robinson et al. Bioinformatics 2010, FDR <0.01) でもNOTCH1経路遺伝子の過剰発現とASCL1および神経内分泌マーカー (CALCA, GRP, INSM1など) の抑制が確認された (Fig. 6E, 6F)。ASCL1発現を欠く唯一のPDXモデルJHU-LX33はORY-1001に非応答性であり (Fig. 6A)、ASCL1発現がORY-1001への応答性バイオマーカーとなる可能性が示唆された。FHSC04モデルはRB1およびTP53のホモ接合性切断型ナンセンス変異とCREB結合タンパク質 (CREBBP) の1塩基対フレームシフト欠失を有していた。

考察/結論

本研究は、LSD1阻害剤ORY-1001がSCLCにおいてNOTCH1遺伝子座のH3K27Acを増加させNOTCH転写を脱抑制し、その結果としてASCL1を抑制することで神経内分泌分化プログラムを破綻させ、腫瘍形成を抑制する新規なメカニズムを明らかにした点で重要である。これまでLSD1がSCLCの生存に必須であることは示されていたが (Mohammad et al. 2015)、その詳細な作用機序は不明であった。本研究は、LSD1-コファクターオブRE1-サイレンシング転写因子 (CoREST)-ヒストン脱アセチル化酵素 (HDAC1/2) 複合体を介したNOTCH1座位のアセチル化制御という新たなエピジェネティック制御機構を解明し、LSD1阻害効果をNOTCH-ASCL1軸に結びつけた点で新規性が高い。

先行研究と異なり、本研究ではLSD1阻害によるNOTCH1活性化がヒストンH3K4メチル化 (H3K4me2) の変化を介するものではなく、H3K27Acの増加と関連していることを示唆している。これは、LSD1の主要な効果がH3K4メチル化とは無関係である可能性を示唆しており、急性骨髄性白血病 (AML) における最近の研究 (Maiques-Diaz et al. Cell Rep. 2018) とも整合的である。LSD1阻害がNOTCH1遺伝子座に結合し、ヒストン脱アセチル化酵素 (HDAC1/2) を含むCoREST複合体を介してH3K27Acのレベルを制御している可能性が示唆された。

臨床応用の観点では、化学療法耐性患者由来のPDXモデルFHSC04においてORY-1001単剤で完全かつ持続的な腫瘍退縮が得られたことは、標準療法に抵抗性を示すSCLC患者に対する新規な治療オプションとして大きな期待を抱かせる。ORY-1001 (iadademstat) は既にSCLCの第I/II相臨床試験 (CLEPSIDRA試験) に進展しており、本研究はその臨床的意義を裏付ける科学的根拠を提供した。ベースラインのNOTCH/ASCL1比率やASCL1発現が治療奏効の予測バイオマーカーとなる可能性も示唆された。

残された課題として、POU2F3やNEUROD1などの異なるSCLC亜型におけるORY-1001の感受性評価、原発性および獲得性の薬剤耐性機構の解明、免疫チェックポイント阻害薬との併用戦略の検討が挙げられる。また、例外的な奏効を示したFHSC04モデルで認められたCREB結合タンパク質 (CREBBP) 変異が、LSD1阻害剤への感受性を予測するバイオマーカーとなり得るか、今後の研究で検証する必要がある。さらに、LSD1阻害が免疫応答を増強する可能性も指摘されており (Sheng et al. Cell 2018)、免疫担当マウスモデルを用いたLSD1阻害の腫瘍免疫および免疫チェックポイント阻害剤への影響を評価することも今後の方向性である。

方法

  • 細胞株およびPDXモデルのin vitroスクリーニング: 275種類の細胞株パネルを用いたORY-1001の広範なin vitro抗増殖スクリーニングを実施し、SCLC細胞株における半数有効濃度 (EC50) を測定した。また、7種類のSCLC患者由来異種移植 (PDX; Patient-derived xenograft) モデルのex vivo培養細胞を用いてORY-1001への感受性を評価した。
  • 遺伝子発現およびクロマチン状態解析: ORY-1001処理後のSCLC細胞株およびPDX ex vivo培養細胞における遺伝子発現変化をRNAシーケンス (RNA-seq) により解析した。データ解析にはRobinson et al. Bioinformatics 2010およびGOseq (Young et al. Genome Biol. 2010) を用いた。遺伝子オントロジー (GO; Gene Ontology) 解析にはEnrichr (Kuleshov et al. Nucleic Acids Res. 2016) およびDAVID (Database for Annotation, Visualization and Integrated Discovery) (Huang et al. NatProtoc 2009) を使用した。また、LSD1、ヒストンH3K4ジメチル化 (H3K4me2)、ヒストンH3K27アセチル化 (H3K27Ac) に対する抗体を用いたクロマチン免疫沈降シーケンス (ChIP-seq) により、クロマチン状態の変化を評価した。ChIP-seqリードはBurrows-Wheeler Aligner (Li and Durbin Bioinformatics 2010) を用いてヒトゲノム (hg19) にアラインメントされ、HTSeq (Anders et al. Bioinformatics 2015) でカウントが生成された。
  • 遺伝子操作および薬理学的検証: 短鎖ヘアピンRNA (shRNA) を用いたLSD1およびASCL1のノックダウン実験を実施し、細胞生存率への影響を評価した。さらに、ドキシサイクリン誘導性NOTCH1細胞内ドメイン (N1ICD) 過剰発現系およびガンマセクレターゼ阻害剤 (GSI; gamma-secretase inhibitor、DAPT, RO4929097) との併用実験により、LSD1-NOTCH-ASCL1軸の機能的関係を薬理学的に検証した。
  • in vivo抗腫瘍効果評価: 化学療法感受性および耐性SCLC PDXマウスモデルを含む複数の異種移植モデルにおいて、ORY-1001のin vivo抗腫瘍効果を評価した。腫瘍体積、体重変化、組織学的変化 (PH3およびTUNEL染色)、およびNOTCH-ASCL1マーカー発現を追跡した。FHSC04モデルの遺伝学的特徴を明らかにするため、低カバレッジ全ゲノムシーケンスによるコピー数変異 (CNV) 解析および509種類の癌関連遺伝子パネルのターゲットリシーケンスを実施した。