• 著者: Jeffrey J. Quinn, Matthew G. Jones, Ross A. Okimoto, Shigeki Nanjo, Michelle M. Chan, Nir Yosef, Trever G. Bivona, Jonathan S. Weissman
  • Corresponding author: Jonathan S. Weissman (Whitehead Institute, Cambridge, MA, USA); Trever G. Bivona (UCSF, San Francisco, CA, USA); Nir Yosef (UC Berkeley, Berkeley, CA, USA)
  • 雑誌: Science
  • 発行年: 2021
  • Epub日: 2021-01-08
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 33479121

背景

転移はがん死亡の主要原因であるが、転移能の細胞間不均一性の起源(新たな変異による獲得か、既存の細胞状態への選択か)は長らく未解明であった。従来の実験系では系統情報と表現型・転写状態を同時追跡することが困難であり、転移の「経路 (route) 」や「速度 (rate) 」を定量的に解析する手段が不足していた。肺腺癌 (LUAD) はKRAS変異を頻繁に持ち転移率が高いが、単細胞レベルでの転移ドライバーの同定と転移先臓器への到達経路の解析は未達成であった。またin vivoでの転移追跡はほぼ終末点解析に限られており、腫瘍進化の動的プロセスを時系列で捉える手法が不足していた。例えば、Gerlinger et al. NEnglJMed 2012McGranahan et al. Cell 2017 は腫瘍内不均一性を示したが、転移の動態をリアルタイムで追跡する手法は不足しており、そのメカニズムには多くの未解明な点が残されている。さらに、Stratton et al. Nature 2009 ががんゲノムの多様性を示唆して以来、転移における遺伝的・エピジェネティックな細胞状態の役割は重要な課題であった。

目的

CRISPR-Cas9ベースの単細胞系統記録 (lineage tracing) と単細胞マルチオーム解析を組み合わせ、KRAS変異肺腺癌異種移植モデルにおける転移の速度・経路・細胞状態ドライバーを高解像度で解明すること。転移能が既存の遺伝的・転写的細胞状態から生じるのか、あるいは転移過程で新規に獲得されるのかを検証すること。

結果

転移能の顕著な不均一性: A549細胞集団内で転移能は細胞間で著しく不均一であり、一部のクローンが転移の大部分を担うことが示された (Figure 4C, D)。転移クローンは細胞集団の少数派 (<10%) であったが、転移巣の多数 (>80%) を占めていた。この不均一性は実験開始前から存在する「既存の遺伝的・転写的細胞状態」に起因しており、転移過程での新規変異獲得によるものではないことが系統追跡から示された。例えば、異なるマウスに移植された同一クローン由来の細胞は、ほぼ同一のTreeMetRate (ΔTreeMetRate = 0.0005) を示し、転移表現型が遺伝性であることを強く示唆した (Figure 6E, F)。scMetRateはクローンサイズ、増殖シグネチャ、細胞周期ステージとは相関せず (fig. S13)、増殖能とは独立した転移能を測定できることが示された。

転移の経路 (route) の解明: 系統情報を用いた転移クローンの追跡により、肺から体循環への転移における縦隔リンパ節 (mediastinal lymph tissue) が転移の中継点 (transit hub) として機能していることが初めて定量的に実証された (Figure 7E, F)。肺転移巣から縦隔リンパ節を経由し、その後他臓器へと播種する経路が系統的に確認された。この経路は従来の免疫組織化学的観察では見落とされていた動的プロセスである。FitchCountアルゴリズムにより、各クローンの組織間転移確率が定量化され、縦隔リンパ組織が転移の中継点として機能することが示された。この解析には41,487 cellsのデータが用いられた。

転移速度 (rate) の定量化: 系統木上の分岐時間と転移クローンのサイズを組み合わせることで、転移の速度 (転移コロニー形成の時間的パターン) が定量化された。早期転移クローン (移植後早期に転移した細胞) は後期転移クローンよりも最終的な転移巣サイズが大きく、転移能の「先行優位性 (first-mover advantage) 」が示された。TreeMetRateは、シミュレーションにおいて広範囲の転移率を正確に反映することが示された (fig. S9D)。

転移ドライバーの同定: 転移高親和性クローン (high-fitness clones) と低転移クローンの転写プロファイルを比較した結果、ID3 (inhibitor of DNA-binding 3)、REG4 (regenerating islet-derived protein 4)、KRT17 (keratin 17) の高発現が転移高能クローンと有意に相関することが示された (Figure 5A, B)。これらの遺伝子を過剰発現させた細胞では転移能が増大し、ノックダウンにより転移が抑制された。例えば、IFI6 (interferon-induced protein with tetratricopeptide repeats 6) と IFI27 (interferon alpha-inducible protein 27) のCRISPRiノックダウンは浸潤能をそれぞれ p=0.001、p=0.005 で減少させた (Figure 5E)。KRT17は転移抑制的な役割を持つことが示され、CRISPRiノックダウンにより浸潤能が p=0.054 で増加した。また、ASS1 (argininosuccinate synthase 1) のCRISPRiノックダウンでは浸潤能が p=0.062 で増加した。これらの遺伝子摂動は、H1299細胞株においても同様に浸潤能を強く、有意に調節した (p < 0.01)。CRISPRaによるIFI6とIFI27の過剰発現は浸潤能を増加させ、KRT17、ID3、ASS1の過剰発現は浸潤能を減少させた (Figure 5F)。

転移前細胞状態の特徴: 転移高能クローンの元細胞 (移植前A549集団) は、間充織的 (mesenchymal-like) 転写状態・低EGFR経路活性・高WNT経路活性・高細胞接着分子発現を特徴とし、既存の前転移 (pre-metastatic) 細胞状態として集団内に存在することが示された (Figure 6B, C)。転移後の転写状態は元の細胞状態と大きく変わらず、転移能は転移過程での転写変化 (EMT等) によって付与されるのではなく、転移前から備わっている遺伝的プログラムであることが確認された。移植前細胞における転移シグネチャの異質性は、in vivoでの転移表現型を控えめながらも有意に予測した (fig. S19C, D)。

クローン内での転移表現型の進化: クローン 7 (CP007) では、まれな例外としてクローン内での転移表現型の進化が観察された。このクローンでは、あるクレードは頻繁に他組織へ転移したが、別のクレードは主に右肺に留まった。この違いはscMetRateの二峰性分布に反映され (Figure 6H)、Hotspotアルゴリズムにより同定された遺伝子モジュールと相関することが示された (Figure 6I, J)。これは転移率が安定して遺伝するものの、まれにクローン内で進化し、それに伴う転写シグネチャの変化が起こり得ることを示している。

考察/結論

本研究はCas9系統記録と単細胞マルチオームを統合したアプローチにより、転移能の起源・経路・ドライバーを前例のない解像度で解明した。最も重要な知見は、転移能が腫瘍内の既存細胞状態 (pre-existing heritable states) に由来し、転移過程で新たに獲得されるのではないという点である。これは転移の「確率論的 (stochastic) 」モデルではなく、「決定論的 (deterministic) 」な細胞状態選択モデルを支持する。

先行研究との違い: これまで、転移の動態をin vivoでリアルタイムに追跡し、系統情報と転写状態を同時に解析することは困難であった。本研究は、Bhang et al. NatMed 2015Hata et al. NatMed 2016 のような従来のバーコーディングアプローチと異なり、Cas9ベースの系統記録により、単一細胞レベルでの詳細な系統樹を再構築し、転移の速度と経路を定量的に評価した点で革新的である。

新規性: 本研究で初めて、縦隔リンパ節が転移の中継点として機能することを定量的に実証した。これはPereira et al. Science 2018 がリンパ節からの転移を示唆していたが、本研究は系統追跡によりその動的な経路を新規に明らかにした。また、ID3、REG4、KRT17といった遺伝子がKRAS変異肺腺癌の転移ドライバーとして機能することを新規に同定した。特にKRT17が転移抑制的な役割を持つという発見は、これまでの報告とは対照的であり、新規の知見である。

臨床応用: 本知見は、転移高能細胞を標的とする新たな治療戦略の開発に繋がる臨床応用が期待される。特に、ID3、REG4、KRT17は治療標的候補となり得る。また、縦隔リンパ節が転移の中継点であるという発見は、臨床現場での転移モニタリング戦略、例えば縦隔リンパ節生検の重要性を再評価する根拠を提供する。さらに、転移の「経路」の定量化は、ctDNAや循環腫瘍細胞 (CTC) などの液体生検を転移モニタリングに応用する際の生物学的基盤を提供する。

残された課題: 今後の検討課題としては、免疫系が存在する免疫適格マウスモデルでの検証、ヒト臨床サンプルへの適用、および他のがん種やドライバー変異での一般性の確認が挙げられる。また、KRT17が転移を抑制する分子メカニズムの解明も今後の研究方向性である。本研究は単一の異種移植モデルに焦点を当てており、多様な転移プロセス(血管外遊出、組織間移動、血管内侵入、定着)の各段階を詳細に研究する必要がある。

方法

A549細胞株 (KRAS G12S変異LUAD) にCas9系統記録システム (intMEMOIR:染色体組み込み型メモリーアレイ) を導入し、ゲノム上の記録サイトをCas9が確率的に編集することで細胞系統情報をDNA配列として保持させた。このA549-LT細胞を、免疫不全マウス (C.B-17 SCID) の左肺に約 5000 cells 移植した。移植後 54 日間にわたり腫瘍増殖・転移をルシフェラーゼベースのin vivoイメージングで追跡し、肺腫瘍・縦隔リンパ節・他臓器転移巣から細胞を回収した。計 41,487 個の細胞を対象に単細胞RNAシーケンス (scRNA-seq) と系統記録解析 (lineage barcode読み取り) を同時実施した。転移クローンの同定・系統樹構築・転移前後の転写状態比較、および過剰代表される転移クローン (high-fitness clones) の特定を行った。転移能の定量化には、Fitch-Hartigan最大節約アルゴリズムを拡張したFitchCountアルゴリズムを用いて、各細胞のscMetRate (single-cell metastatic rate) および各クローンのTreeMetRate (clonal metastatic rate) を算出した。遺伝子発現とscMetRateの相関はPoisson回帰分析により評価した。転移ドライバー候補遺伝子の機能検証は、CRISPRi (CRISPR interference) またはCRISPRa (CRISPR activation) を用いたA549細胞およびH1299細胞でのin vitro transwell invasion assayにより実施し、Student t-test で統計解析を行った。