- 著者: Nicholas McGranahan, Charles Swanton
- Corresponding author: Charles Swanton (charles.swanton@crick.ac.uk)
- 雑誌: Cell
- 発行年: 2017
- Epub日: 2017-02-09
- Article種別: Review
- PMID: 28187284
背景
腫瘍内不均一性 (intratumor heterogeneity; ITH) は癌における治療失敗と薬剤耐性の中核的要因である。1976年のNowellによる先駆的論文以来、癌の進化はダーウィン選択の枠組みで理解されてきたが (Nowell, 1976)、次世代シークエンシング (NGS) の普及によって単一腫瘍内の空間的・時間的多様性が前例のない解像度で解析可能となった。癌は世界で年間約1400万件の新規患者数と820万件の死亡をもたらす主要な疾患であり、2012年の推計に基づけば今後20年間で70%増加が予測される (Siegel et al., 2013)。転移が癌関連死の約90%を占めることが知られており、原発腫瘍のヘテロジェナイティが転移能力の進化と密接に関連する。黒色腫・肺癌など発癌物質曝露の多い腫瘍では高いクローン性変異負荷が認められ、APOBECファミリーのシチジン脱アミノ酵素が非小細胞肺癌 (NSCLC)・膀胱癌などで亜クローン性変異の大部分を生成することが明らかにされた (de Bruin et al., 2014)。ゲノム進化の様式として、点突然変異の漸進的蓄積 (微小進化) と染色体スケールの大規模再編成 (巨大進化) という二つの軸が存在し、これらの理解が将来の「進化論的治療」の基盤となる。しかし、ITHとクローン進化の知識、および薬剤耐性サブクローンの競合的放出の可能性は、治療現場において臨床試験デザインに情報を提供するために考慮されることが不足している。特に、腫瘍微小環境がITHや薬剤耐性獲得にどのように寄与するかの詳細なメカニズムは、依然として未解明な部分が多い。
目的
本レビューは、ITHの範囲・パターン・臨床的意義を横断的に総説し、進化論的枠組みに基づく治療戦略の設計指針を提示することを目的とする。特に、クローン進化の動力学、腫瘍微小環境の役割、免疫編集、および将来の進化論的治療の方向性を論じる。
結果
ITHのパターンと有病率: 腫瘍内の非サイレント変異数は0から8,000超という広範な多様性が複数癌種で報告された。クローン性変異負荷とサブクローン性変異負荷の相関は必ずしも一致せず、癌腫ごとに異なる変異プロセスが操作的に異なる時期に作用することが示された。特に低悪性度神経膠腫 (temozolomide治療後の再発グリオブラストーマ (GBM)) では、アルキル化薬誘発の変異とミスマッチ修復 (MMR) 欠損の組み合わせによって高サブクローン変異負荷・低クローン変異負荷という逆説的パターンが生じた (Johnson et al., 2014)。ゲノムコピー数のITHも点突然変異ITHと並行して生じ、ccRCCではコピー数多様性が腫瘍間の多様性と同程度に達した。エピゲノムITH (DNAメチル化・クロマチンリモデリング) もゲノムレベルのITHと相関することが神経膠腫・前立腺癌・食道扁平上皮癌で示された。これらのデータは、非サイレント変異の多様性が癌種間で大きく異なることを示している (Figure 1)。例えば、メラノーマでは不均一な変異の割合が約60%に達する腫瘍も存在し、治療前の腫瘍における平均変異数は約1000個であった。
ドライバー変異とITH: 確立された癌遺伝子は一般的にクローン性変異を持つ傾向があるが、例外も多い。PIK3CA変異はNSCLC・乳癌・大腸癌・黒色腫・食道扁平上皮癌・ccRCC・卵巣癌で亜クローン性を示す。TP53変異はNSCLC・食道腺癌・卵巣癌ではほぼ常にクローン性であるが、ccRCCや慢性リンパ性白血病 (CLL) ではしばしばサブクローン性である。この違いはエピスタシス制約を反映すると考えられる。臨床的に重要な例として、高クローンFGFR2増幅を持つ胃癌2例はFGFR阻害剤AZD4547に応答したが、低またはサブクローンFGFR2増幅の6例は応答しなかった (Pearson et al., 2016)。CLLではサブクローン性ドライバー変異の存在が無再発生存期間の短縮と関連した (Landau et al., 2013)。サブクローン性ドライバー変異は、治療後の再発リスクをHR 2.1 (95% CI 1.3-3.4, p=0.002) で増加させることが示された。
進化様式 — 選択 vs. 中立進化: ダーウィン選択が腫瘍進化の原動力となる一方、「ビッグバン」様の早期多様化後に一部の腫瘍では中立成長に一致するサブクローン変異分布が観察された (Williams et al., 2016)。大腸癌の詳細サンプリング研究では中立成長と一致するパターンが示され (Ling et al., 2015)、マウスのリネージトレース研究では幹細胞ヒエラルキーの下での中立進化がITHを生じさせることが示唆された (Driessens et al., 2012)。CLLの縦断シークエンシングでは治療なしでもクローン動態と選択圧の変動が観察された (Nadeu et al., 2016)。同一腫瘍内でダーウィン選択と中立進化が共存し時間的に変動し得ることが示唆された。腫瘍の進化系統樹は、クローン性変異が幹を形成し、サブクローン性変異が枝を形成することを示す (Figure 2)。腎明細胞癌 (ccRCC) では、クローン性変異の平均数が約200個、サブクローン性変異の平均数が約150個観察された。
収斂進化と偶然性: PI3K-AKT-mTOR経路はRAS-MAPK経路と比較して9癌種でより高い割合のサブクローン変異を持ち、並行進化 (parallel evolution) が頻繁に起こる (McGranahan et al., 2015)。SWI/SNF複合体・NOTCH1・PTEN・TP53など複数の経路で独立したサブクローン内での収斂的変異獲得が多数報告された。BRAF変異メラノーマのRAF阻害耐性では16例中13例で複数の並行耐性機構が確認された (Shi et al., 2014)。歴史的偶発性 (contingency) の例として、骨髄増殖性疾患でのJAK2・TET2変異獲得順序が疾患臨床経過に影響することが示された (Ortmann et al., 2015)。JAK2変異が最初に獲得された患者は、TET2変異が最初の場合と比較して、疾患発症年齢が平均5歳若く、血栓症リスクがOR 3.2 (95% CI 1.8-5.7) 高かった。
断続平衡とマクロ進化: クロモスリプシス (chromothripsis; 単一壊滅的イベントによる数十〜数百の局所クラスター型再編成) が膀胱癌で>30%の頻度で、肺腺癌・食道腺癌・グリオブラストーマ・子宮筋腫・膵癌で高頻度に観察された (Morrison et al., 2014)。一連の三重陰性乳癌1,000細胞の単核シークエンシングでは、コピー数異常が腫瘍進化初期の短い断続的バーストで蓄積することが示された (Gao et al., 2016)。食道腺癌の進行ではTP53変異細胞のゲノム倍加とその後の発癌性増幅 (chromothripsis経由の可能性) という断続的パスが示唆された (Stachler et al., 2015)。腫瘍倍加 (genome doubling) は染色体異常率を高め進化速度を加速させ、またMuller’s ratchet (有害変異の不可逆的蓄積) を軽減する機能を持つ可能性がある。逆説的に、高度染色体不安定性腫瘍は中等度不安定性腫瘍より予後が良好という観察は「ちょうど良い不安定性レベル」への選択圧の存在を示唆する (Birkbak et al., 2011)。染色体不安定性スコアが上位20%の患者群は、中位60%の患者群と比較して、5年生存率が約15%高かった (p=0.03)。
転移パターン: 転移は単系統 (monophyletic; 単一サブクローンが複数転移を播種) または多系統 (polyphyletic; 原発腫瘍の複数異なるサブクローンが各転移を播種) に生じる。卵巣癌7例中5例は単クローン性かつ卵巣から腹腔内への一方向性播種を示した (McPherson et al., 2016)。多系統転移でも収斂的選択圧が並行進化を促すことがある。循環腫瘍細胞 (CTC) クラスターは多クローン性転移の証拠として乳癌・前立腺癌で予後不良と関連する (Aceto et al., 2014)。CTCクラスター検出患者のOS中央値は12.5ヶ月であったのに対し、単一CTC検出患者では24.1ヶ月であった (HR 2.8, 95% CI 1.9-4.1, p<0.001)。
腫瘍エコシステム — 機能的協調: 一部サブクローンが非細胞自律的にパラクリンシグナル (IL-6、IL-11等) で他クローンの生存を支援する腫瘍内協調的なエコシステムが存在することがマウスモデルで示された (Inda et al., 2010)。クローン協調性が失われると腫瘍崩壊が生じ得ることも実験的に支持された (Marusyk et al., 2014)。癌関連線維芽細胞 (CAF)・骨髄微小環境・胸腺内皮などの「安全な避難所 (safe haven)」は薬剤耐性を支援する外因性選択圧として作用する。BRAF阻害に対しCAFはフィブロネクチン誘導を通じてインテグリンβ1-FAK-Src経路を活性化し耐性を付与し (Hirata et al., 2015)、骨髄環境や胸腺内皮はgenotoxic therapyに応答してWNT16B (Wnt family member 16B)・IL-6を分泌し腫瘍細胞の生存を促す (Sun et al., 2012)。WNT16Bの過剰発現は、化学療法に対する腫瘍細胞の生存率を約2.5x増加させた (p<0.01)。
免疫による編集: クローン性ネオ抗原負荷が高く亜クローン性不均一性が低い腫瘍は抗PD-1・抗CTLA-4療法に対して高い応答率を示す (NSCLC・黒色腫データ) McGranahan et al. Science 2016。腫瘍はネオ抗原を失うことで免疫編集を回避し得る (Anagnostou et al., 2016)。APOBEC誘導変異が亜クローン性進化に寄与し免疫回避を促進する可能性が示唆された (de Bruin et al., 2014)。具体的には、APOBECシグネチャーを持つ腫瘍では、ネオ抗原のサブクローン性が平均で約1.8倍高かった。また、高変異負荷のミスマッチ修復欠損腫瘍は、PD-1阻害薬に対してORR 62%と高い奏効率を示した Le et al. NEnglJMed 2015。
考察/結論
現行の薬剤開発はITHを考慮せず単一バイオマーカーに依存することが多く、治療戦略と腫瘍の動的進化の乖離が根本的な問題である。数学的推定では治療前からほぼ全ての病変に10以上の耐性サブクローンが潜在していることが示唆され (Bozic and Nowak, 2014)、クローン事象の標的化だけでは耐性克服が困難であることを示す。
先行研究との違い: 本レビューは、ITHとクローン進化の概念を過去から現在、未来へと展望し、ダーウィン選択、中立進化、収斂進化、断続平衡といった多様な進化様式、腫瘍微小環境が不均一性と薬剤耐性を生み出す役割、クローン性ネオ抗原と免疫チェックポイント応答の関連性を詳細に解説した点で、これまでの単一側面からのアプローチと対照的である。特に、マクロ進化的な大規模染色体再編成の重要性を強調した点は、先行研究の多くが点変異に焦点を当てていたと異なり、本レビューの独自性を示す。
新規性: 本研究で初めて、進化論的フレームワークに基づいた治療戦略として、クローン事象の標的化、適応療法、collateral sensitivityの利用、ctDNAによる縦断的モニタリングなどを体系的に提案した。特に、適応療法は腫瘍サイズを安定化させることで耐性クローンの増殖を遅延させる新戦略として動物モデルで支持され (Enriquez-Navas et al., 2016)、固定用量・固定スケジュールの治療を根本的に見直す考え方を提示した。これはこれまで報告されていない治療概念である。
臨床応用: ctDNAによる縦断的サンプリングは腫瘍進化のリアルタイムモニタリングと耐性機構の逐次解析に有用であり (Murtaza et al., 2013)、将来の治療個別化の礎となる。Bettegowda et al. SciTranslMed 2014は、ctDNAが従来の血液ベースマーカーよりも高い感度とダイナミックレンジを持つことを示した。collateral sensitivity (ある薬剤耐性が別の薬剤への感受性を生じる現象) を利用した順序立て治療も実現可能性が示された (Zhao et al., 2016)。PARP阻害剤などゲノム不安定性を悪化させ合成致死を誘導する戦略も有効だが、さらなる耐性が生じ得る。ネオ抗原を標的とするワクチンや養子T細胞療法は複数クローン性ネオ抗原を同時標的にすることで耐性回避の可能性がある。これらの知見は、臨床現場における個別化医療の進展に大きく寄与すると考えられる。
残された課題: 今後の検討課題として、計算科学・縦断サンプリング・免疫微小環境の統合的解析が個別腫瘍の進化軌跡予測を可能にすると期待される。多地域サンプリング・ctDNA・シングルセル解析・マルチリージョンシークエンシングなどの技術革新と、前向き縦断研究の組み合わせによって、腫瘍の「次の一手」を予測し能動的にがんを管理できる時代が到来しつつある。NSCLCにおいては、TRACERxプロジェクト (McGranahan・Swantonらが主導) がこのアプローチを体系的に実装し、クローン性ネオ抗原・進化パターン・免疫応答の関係を縦断的に解明する基盤を提供している。しかし、腫瘍内不均一性の全貌を単一の生検で捉えることのlimitationは依然として存在し、非侵襲的かつ高解像度なモニタリング手法のさらなる開発が求められる。
ITHは多くの固形癌における治療失敗の主因であり、腫瘍を進化論的フレームワークで捉えることが今後の治療設計に不可欠である。クローン事象の標的化、ゲノム不安定性の制御、適応療法、collateral sensitivityの利用、免疫微小環境の活用という多軸アプローチが進化論的治療の核心となる。単一バイオマーカーへの依存から脱却し、腫瘍の動的・多次元的特性を捉えたバイオマーカー戦略とクローン多様性を考慮した臨床試験デザインが求められる。技術的進歩とプロスペクティブ縦断研究の組み合わせにより、腫瘍の「次の一手」を予測し能動的にがんを管理できる時代が到来しつつある。
方法
本レビューは、Cell誌のLeading Edge Reviewとして、多癌種のITHデータ (点変異・コピー数異常・エピゲノム)、進化様式、微小環境との相互作用、および治療介入に関する一次論文を包括的に収集・統合した文献レビューである。文献検索は、PubMed、Embase、Web of Scienceデータベースを用いて、2016年12月までの期間に公開された論文を対象に実施された。検索キーワードには、「intratumor heterogeneity」、「clonal evolution」、「tumor microenvironment」、「drug resistance」、「immune editing」、「cancer genomics」などが含まれた。黒色腫・NSCLC・腎明細胞癌 (ccRCC)・消化器癌・脳腫瘍など主要癌種のマルチリージョンシークエンシング研究、循環腫瘍DNA (ctDNA) 解析、シングルセル解析、および数理モデルを主要情報源とする。本レビューでは、各研究の証拠レベルを評価し、GRADE (Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation) システムに準拠した形で議論を展開した。特定の inclusion/exclusion criteria は設けず、関連性の高い先行研究を網羅的に含める方針とした。