• 著者: Yan Xu, Lumei Wang, Hongjia Zhang, Lin Liang, Hui Han, Tianyu Xiao, Cheng Zhang, Qiye He, Zuoren Yu, Jinli Gao
  • Corresponding author: Jinli Gao (Department of Pathology, Shanghai East Hospital, Tongji University School of Medicine, Shanghai, China)
  • 雑誌: Cell Death Discovery
  • 発行年: 2026
  • Epub日: 2026-06-18
  • Article種別: Original Article
  • DOI: 10.1038/s41420-026-03224-6

背景

胸部 SMARCA4 欠損未分化腫瘍 (thoracic SMARCA4-deficient undifferentiated tumor: SMARCA4-UT) は WHO 分類第 5 版で独立エンティティとして認定された極めて稀で高悪性度の腫瘍で、SMARCA4 (BRG1) タンパク質の欠失を特徴とし、中位全生存期間わずか 4〜7 か月の不良予後を示す。SMARCA4 は SWI/SNF クロマチンリモデリング複合体の触媒コアサブユニットをコードしており、その欠失が腫瘍形成を促進するメカニズムは十分に解明されていなかった。

癌幹細胞 (cancer stem cells: CSCs) は自己複製・分化能・腫瘍形成・転移・治療抵抗性を示す細胞亜集団であり、NSCLC での CSC マーカーとして SOX2・c-Myc・CD34 が同定されている。先行研究では SMARCA4-UT 組織が CD34・SOX2 陽性を呈することが示されており Miranda et al. ProcNatlAcadSciUSA 2019、腫瘍の高い侵攻性・免疫回避・治療抵抗性が CSC の特性と一致することも指摘されていた。Wnt/β-catenin・PI3K/AKT・Notch などの複数の経路が CSC を制御すること、特に Wnt ファミリータンパク質が幹細胞の自己複製と前駆細胞増殖を canonical/non-canonical 経路で制御することは確立されているが Cooper et al. CancerCell 2019胸部 SMARCA4-UT における Wnt 経路が CSC 誘導に果たす役割はこれまで未解明のままであった。このため SMARCA4-UT に対する標準化治療プロトコールも確立されておらず、新規治療標的の同定が急務とされていた。とりわけ SMARCA4 欠失が具体的にどの Wnt リガンドを転写制御するか、その機序が癌幹細胞誘導に必須かどうか、そして Wnt 阻害が臨床的に有効かどうかという 3 つの知識の不足が、SMARCA4-UT の治療開発を妨げてきた根本的な問題として未解決のまま残されていた。

目的

臨床 SMARCA4-UT 検体・SMARCA4 欠損 NSCLC 細胞・担癌マウスモデル・患者由来オルガノイドを用いて、SMARCA4 欠失が誘導する癌関連表現型と示差的遺伝子発現変化を解明し、胸部 SMARCA4-UT に対する新規治療標的としての Wnt 経路の有用性を検証する。

結果

臨床 SMARCA4-UT 検体における CSC マーカー過剰発現と増殖能亢進

患者由来の SMARCA4-UT・NSCLC・正常肺組織のパラフィン切片を免疫組織化学 (IHC) で解析した (Fig 1, Fig 2)。SMARCA4-UT 組織では SMARCA4 陽性細胞率が 3.5% にとどまり、正常肺組織や NSCLC の約 95% と比べて劇的に低下していた。増殖マーカー Ki67 の陽性率は SMARCA4-UT で約 66%、NSCLC で 21% であり、SMARCA4-UT の高い増殖能を示した。CSC マーカー解析では、SMARCA4-UT 組織で SOX2 陽性率が 90%、CD34 陽性率が 82.7% に達し、正常肺組織や NSCLC ではほぼ検出されなかった。c-Myc の陽性率も SMARCA4-UT で約 30.7% と、NSCLC の 9.3% を大幅に上回った。以上の IHC データは、SMARCA4 欠失と CSC 様表現型の高い相関性を臨床検体レベルで裏付けた。

SMARCA4 ノックダウンによる細胞増殖・浸潤・腫瘍球形成亢進と担癌マウス腫瘍成長促進

NSCLC 細胞株 H1299 に lentiviral shRNA で SMARCA4 を安定ノックダウンし、各種機能アッセイを実施した。CCK-8 増殖アッセイおよびコロニー形成アッセイにより、shSMARCA4 H1299 はベクター対照と比較して有意に高い増殖率を示した (Fig 3b, 3c)。腫瘍球形成アッセイでは、SMARCA4 ノックダウン細胞が形成した腫瘍球の直径が day 10 時点で約 125 μm と、対照細胞の約 63 μm の 2 倍に達し (p<0.01)、癌幹細胞様特性の亢進が確認された (Fig 3d)。CSC マーカー (SOX2・CD34・c-Myc・hTERT) は mRNA および タンパク質レベルで一致して上昇し、EMT マーカー (Snail・Slug・N-cadherin) も同様に亢進した (Fig 3e-3h)。創傷治癒アッセイおよびトランスウェルアッセイにより遊走能・浸潤能の有意な増大も確認された。同様の結果は別の NSCLC 細胞株 H460 でも再現性をもって確認された (Fig 4)。ヌードマウスへの皮下移植実験 (n=5/群、25 日間追跡) では、shSMARCA4 H1299 由来腫瘍が対照群より有意に速く増大し、腫瘍重量も有意に大きかった (Fig 5a-5d)。IHC で Ki67・c-Myc の発現増加が in vivo でも確認された (Fig 5g, 5h)。

RNA-seq による Wnt10A 過剰発現と SMARCA4 直接転写調節の同定

shSMARCA4 H1299 細胞と対照細胞の RNA-seq 解析 (fold change ≥2、補正 p<0.05) において、263 遺伝子の発現上昇と 141 遺伝子の発現低下が同定された (Fig 6a)。上昇遺伝子の Wikipathway エンリッチメント解析では Wnt シグナル・CKAP4 シグナル・小細胞肺癌・胚性幹細胞多能性・上皮間葉転換 (EMT) の 5 経路が高度に濃縮され (Fig 6b)、GSEA でも Wnt シグナル・癌調節・幹細胞制御・DNA 損傷応答が有意に濃縮された (Fig 6c)。上位 10 遺伝子の中に Wnt10A (Wingless-related integration site 10A) という Wnt リガンドファミリーメンバーが含まれており、その mRNA および タンパク質レベルでの発現上昇が RT-qPCR および Western blot で確認された (Fig 6d, 6e)。ChIP-Atlas データベースの SMARCA4 ChIP-seq データ解析により Wnt10A プロモーター領域に強い SMARCA4 結合ピークが確認され、SMARCA4 ChIP-PCR でも Wnt10A プロモーターへの直接結合が検証された (Fig 6f, 6g)。これらの結果は、SMARCA4 が Wnt10A プロモーターへの直接結合を介して Wnt10A 発現を転写レベルで抑制していることを示す。

β-catenin KO による Wnt/β-catenin 依存的 CSC 誘導の証明

SMARCA4 ノックダウン H1299 細胞では TOPFlash (TCF Optimal Promoter/ルシフェラーゼレポーター)/FOPFlash (変異型陰性対照) アッセイで Wnt/TCF/LEF 転写活性の増大が確認され (Fig 7a)、免疫蛍光染色で β-catenin が細胞質から核へ移行することが可視化された (Fig 7b)。Wnt/β-catenin 経路の必須性を証明するため CRISPR-Cas9 で β-catenin ノックアウト (KO) H1299 細胞を作製した (Fig 7c)。フローサイトメトリーによる CD34 陽性細胞率定量 (Fig 7d)・腫瘍球形成アッセイ (Fig 7e)・幹細胞マーカー遺伝子発現解析 (Fig 7f) の総合結果、β-catenin KO 単独では CSC マーカーが低下し、SMARCA4 ノックダウン単独では増加したが、β-catenin KO の背景では SMARCA4 ノックダウンが CSC マーカーをさらに上昇させなかった。これにより SMARCA4 欠失による癌幹細胞誘導が Wnt/β-catenin 経路に依存的であることが確立された (Table 1)。

Wnt 阻害剤 PRI-724 と化学療法の相乗効果:細胞株から患者由来オルガノイドへの展開

SMARCA4 ノックダウン H1299 細胞では対照細胞と比べ CD34 陽性癌幹細胞が約 3 倍多く含まれていた (Fig 8c)。Wnt シグナル阻害剤 PRI-724 の 1.0 μM 処置により shSMARCA4 H1299 の CD34 陽性率が対照レベルまで低下したが、対照 H1299 の CD34 陽性率には有意な変化がなかった。腫瘍球形成アッセイでも SMARCA4 ノックダウン誘導の腫瘍球形成が 1.0 μM PRI-724 で完全に逆転された (Fig 8d)。Annexin V/PI アポトーシスアッセイでは、PRI-724 と化学療法 Pemetrexed の併用が SMARCA4 欠損 H1299 細胞でのアポトーシス誘導で相乗効果を示した (Fig 8a, 8b)。患者由来 SMARCA4-UT オルガノイドへの 7 日間投与において PRI-724 は Pemetrexed 陽性対照を上回るオルガノイド成長阻害を示した (Fig 9a, 9b)。

考察/結論

① 先行研究との違い: 先行研究では SMARCA4-UT と NSCLC の病理形態学的関連が示唆されていたが (Rekhtman et al.)、SMARCA4 欠失と CSC 誘導を結びつける機序的証明、特に Wnt10A という具体的なリガンドへの転写制御が直接的なメカニズムとして同定されたことはこれまで報告されていない新知見である。既存研究が SMARCA4 欠失の腫瘍形成促進作用を指摘するにとどまっていたのと異なり、本研究は SMARCA4 → Wnt10A → Wnt/β-catenin → CSC という直線的な分子カスケードを β-catenin CRISPR-KO を用いた救済実験で厳密に証明した点が従来研究と大きく異なる。

② 新規性: 本研究で新規に同定されたのは、SMARCA4 が Wnt10A プロモーターへ直接結合してその転写を抑制するという後成的・転写的制御の具体的実体である。ChIP-seq + ChIP-PCR という二重検証によりこの結合の直接性が確立されており、SMARCA4-UT の分子病態における Wnt10A を新規の治療標的として位置づけた点は画期的である Luga et al. Cell 2012 が Wnt-PCP 経路の癌転移促進作用を報告していたが、SWI/SNF クロマチンリモデリングによる Wnt10A の直接転写制御という機序は本研究で初めて示された。

③ 臨床応用: 現在 SMARCA4-UT に対する標準化治療ガイドラインは存在せず、免疫チェックポイント阻害剤 (ICI) の有効性を示す予備的データが一部あるのみである。本研究が示した PRI-724 (Wnt/β-catenin 阻害剤) と Pemetrexed の患者由来オルガノイドでの相乗効果は、臨床応用への直接的な第一歩を示している。特に PDO モデルで PRI-724 が Pemetrexed 単独を上回る腫瘍抑制効果を示した知見は、SMARCA4-UT に対する Wnt 阻害を主軸とした新規治療レジメンの前臨床根拠として価値が高い。

④ 残された課題: 本研究の主要な限界は、SMARCA4-UT の疾患モデルとして SMARCA4 KO NSCLC 細胞を使用した点であり、真の SMARCA4-UT とは完全には一致しない可能性がある。SMARCA4 ノックアウトがマウスで胚致死であるためin vivo での完全再現が困難という制約がある。また PDO での有効性は示されたが、十分な症例数を持つ前臨床動物試験および臨床試験がまだ実施されておらず、今後の研究でこれらの確認が必要である。さらに、免疫チェックポイント阻害剤との組み合わせ効果や適切な患者選択バイオマーカーの同定も今後の課題として残されている。

方法

H1299・H460 NSCLC 細胞株 (ATCC) を使用した in vitro 実験および BALB/c ヌードマウス (6-8 週齢、n=5/群) 皮下移植 in vivo 実験、臨床患者検体の IHC 解析、ならびに患者由来 SMARCA4-UT オルガノイドによる薬物感受性試験を実施した。SMARCA4 ノックダウンは lentiviral shRNA (3 種: shRNA1-3) で達成し Western blot・RT-qPCR で確認。RNA-seq は Illumina Novaseq X Plus で実施し HISAT2 マッピング・DESeq2 で差次発現解析 (fold change ≥2、Q値<0.05)。GSEA 解析は Gene Ontology (GO)・KEGG・WikiPathway の predefined gene set を使用。ChIP-PCR は BsmBI 制限部位認識プロトコールに従い抗 BRG1/SMARCA4 抗体で実施。TOP/FOPFlash Dual-Luciferase システムで Wnt/TCF/LEF 転写活性を定量。β-catenin KO は lentiCRISPRv2 ベクターに sgRNA (5’-TACCCAGCGCCGTACGTCCA-3’) を導入して実施。アポトーシスは Annexin V/PI フローサイトメトリーで評価。腫瘍球形成は serum-free DMEM/F12 + 2% B27 + 20 ng/mL EGF + 20 ng/mL bFGF 培地で 10 日間培養、直径を計測した (n≥3 独立実験、3 連反復)。細胞生存率は ATP-TCA アッセイ (PDO)、CCK-8 アッセイ (細胞株) で測定。統計は two-tailed Student’s t 検定 (mean ± SEM)、p≤0.05 を有意とした。IRB 承認番号: 2025YYS-018。腫瘍体積式: (length × width²)/2。