• 著者: Zhang X*, Huang L* (co-first), Li J, Cai Y, Chen W, Ren Y, Yuan X, Sun W, Sun S§, Chu Q§ (co-corresponding)
  • Corresponding author: Qian Chu, Wei Sun, Shuguo Sun, Xianglin Yuan (Tongji Hospital / Tongji Medical College, Huazhong University of Science and Technology)
  • 雑誌: Journal for ImmunoTherapy of Cancer
  • 発行年: 2026
  • Epub日: 2026-05-26
  • Article種別: Original Article
  • DOI: 10.1136/jitc-2025-014327

背景

免疫チェックポイント阻害薬 (ICI) は NSCLC の標準治療として確立されており、ペムブロリズマブ + 化学療法の組み合わせが PFS・OS を改善することが示されている Gandhi et al. NEnglJMed 2018。しかし、一次耐性・二次耐性 (acquired resistance) が依然として大きな障壁となり、ICI に応答しない患者への対応は未解決のまま残されている Schoenfeld et al. CancerCell 2020。PD-L1 TPS は現在の標準的予測バイオマーカーであるが、感度・特異度に限界があり、PD-L1 陰性集団でも奏効し、陽性集団でも無効例が多い Sharma et al. Cell 2017。YAP (yes-associated protein) は Hippo シグナル伝達経路の主要下流エフェクターであり、腫瘍免疫回避・PD-L1 発現制御・免疫細胞浸潤調節に関与することが示されてきたが、NSCLC の免疫療法成績との臨床的連関および治療標的としての実現可能性は体系的に検討されていなかった。また、YAP を阻害し後天性 ICI 抵抗性を逆転させる臨床実装可能な薬剤の同定とその作用機序解明は手薄であり、エビデンスが不足していた。

目的

YAP タンパク質発現を NSCLC 患者の ICI 治療成績予測バイオマーカーとして検証し、YAP 活性を抑制することで ICI 抵抗性を逆転させうる薬剤を transcriptomics ベースでスクリーニングし、同定された HDACi tucidinostat (TD) の抗腫瘍機序と後天性 ICI 抵抗性逆転能を前臨床モデルおよび臨床症例で実証する。

結果

YAP高発現はNSCLC患者においてICI治療成績の独立した予測因子であり、PD-L1を凌駕する: Tongji Hospital から後方視的に 141 例の NSCLC 患者 (男性 111 例・女性 30 例、免疫単独 9 例・免疫 + 化学療法または抗血管新生療法の併用 132 例 [93.62%]、追跡期間中央値 17 ヵ月 [範囲 1-49 ヵ月]) を登録した。YAP タンパク質発現を IHC の IRS (immunoreactive score: 免疫反応性スコア) で定量し、ROC 解析によりカットオフ IRS=6 を決定した (訓練コホート AUC=0.835、95%CI 0.737-0.932; 検証コホート AUC=0.765、95%CI 0.660-0.871)。全体コホートでは YAP の ROC AUC=0.802 (Fig. 2E)。YAP 高発現 (IRS>6) は治療奏効率の低下と有意に相関した (Fig. 2D)。多変量ロジスティック回帰 (Firth’s penalized likelihood method) では YAP スコアは免疫療法奏効の独立した予測因子であり (OR=13.545、95%CI 5.708-35.870、p<0.001、Fig. 1E)、多変量 Cox 回帰でも PFS (HR=2.568、95%CI 1.699-3.882、p<0.001) および OS (HR=1.993、95%CI 1.118-3.544、p=0.020) の独立した予後不良因子であった (Fig. 2F)。一方、PD-L1 は TPS 1%・5%・10%・25%・50% いずれのカットオフでも奏効群と非奏効群を一貫して弁別できず (Fig. 2D、2G)、YAP は PD-L1 よりも優れた予測精度を示した。

TranscriptomicスクリーニングによるYAP阻害候補薬としてのHDAC阻害薬の同定: YAP/TAZ (transcriptional coactivator with PDZ-binding motif) 二重ノックダウン H1299 細胞の RNA-seq 解析で 965 個の差次的発現遺伝子 (DEG) が同定された (268 down・697 up)。YAP 標的遺伝子との重複解析で 59 遺伝子を特定し (downregulated 57、upregulated 2)、これを CLUE (CMAP-based computational drug repurposing platform) に入力すると 45 種の YAP 標的薬候補が同定され、そのうち HDAC 阻害薬が最大カテゴリー (11 剤) を占めた (Fig. 3D)。中国開発の経口 HDAC 阻害薬 TD (tucidinostat) は NSCLC 各種細胞株で YAP mRNA を有意に抑制し (Fig. 3E、n=3、mean±SEM、両側 t 検定)、免疫蛍光染色により YAP の核内局在および転写活性の低下も確認された (Fig. 3F、G)。

TucidinostatはYAP依存的にNSCLC細胞増殖を抑制し肺癌オルガノイドの増殖を阻害する: 5 株の NSCLC 細胞株 (H1299、A549、H1975、H1703、H2170、Procell より取得・STR verified) および患者由来初代 LUAD-P 細胞に TD 10μM を 36-48 時間投与すると YAP タンパク質発現の顕著な低下が Western blot で確認された (n=3 独立実験; mean±SEM; Fig. 4A、B)。細胞増殖は CCK-8 アッセイで、コロニー形成は H1299・A549 は 3μM、H1975・H1703・H2170 は 1μM での 7-10 日間処理で評価し、TD は YAP の抑制程度に依存して増殖を阻害した (Fig. 4C、D)。患者由来 LCO (lung cancer organoid: 肺癌オルガノイド) では TD 5/10/20μM × 10-15 日間処理で用量依存的な増殖抑制が確認され IC50 を GraphPad Prism で算出した (Fig. 4F、G)。さらに、YAP 過発現はTD による増殖抑制を部分的に逆転させ (Fig. 4I)、TD の抗腫瘍効果に YAP 抑制が主要な役割を果たすことが示された。

TucidinostatはH3K27ac-SNAI2軸を介してYAP転写を抑制する新規エピジェネティック機序を示す: A549 細胞の TD 処理後 RNA-seq データを解析すると転写抑制因子 SNAI2 が上昇しており、RT-qPCR 検証では SNAI2 mRNA が 15 倍超増加し、これと対応して YAP 発現が低下した (Fig. 5A、n=3、mean±SEM)。ChIP-qPCR 解析では TD 処理後に SNAI2 プロモーター領域の H3K27ac (ヒストン H3 第27番リジン残基アセチル化) が顕著に増加し (Fig. 5E、n=3、ANOVA)、さらに SNAI2 の YAP プロモーター結合も有意に増強された (Fig. 5F、n=3、ANOVA)。siRNA による SNAI2 ノックダウンは TD による YAP 抑制を解除し (Fig. 5C、D)、TD → HDAC 阻害 → H3K27ac 増加 → SNAI2 転写活性化 → SNAI2 が YAP プロモーターに結合 → YAP 転写抑制 という間接的エピジェネティック制御経路が明らかとなった。また、TD が miR-132-3p・miR-138-5p を上昇させてもこれらの miRNA 阻害薬と AGO2 ノックダウンはいずれも TD の YAP 抑制を解除せず、miRNA-AGO2 経路の非関与が示された。

YAP高発現は免疫抑制性腫瘍微小環境を形成しCD8+ T細胞浸潤を阻害する: TCGA NSCLC コホートを CIBERSORT (computational immune cell deconvolution algorithm) で解析すると、YAP 高発現群は CD8+ T 細胞・CD4+ memory activated T 細胞・濾胞性ヘルパー T 細胞・M1 マクロファージの浸潤が有意に減少し、免疫抑制性 M2 マクロファージが有意に増加した (Fig. 6C、Wilcoxon rank-sum test)。後天性免疫耐性への移行した 3 例の paired 腫瘍組織では、耐性サンプルで YAP と下流ケモカイン CCL2 が著明に増加し、CD8+ T 細胞浸潤が顕著に減少していた (Fig. 6D、E、n=3 or 5/群、t 検定)。TD 処理後 A549 細胞では CCL2・PD-L2・FAS・MALT1・PLAUR などの免疫関連遺伝子が変動し、YAP 過発現によってこれらの発現が部分的に回復した (Fig. 6A、B)。

TD+ICI+抗血管新生療法の三剤併用が後天性ICI抵抗性NSCLC 2例で腫瘍退縮を誘導した: 多ライン治療後に ICI 後天性抵抗性を来した YAP 高発現 NSCLC 2 例に TD + PD-1 阻害薬 + 抗血管新生薬の三剤併用を施行した。患者 P43 (左腋窩リンパ節転移) では三剤導入後に病変の著明な縮小と腫瘍マーカーの低下が確認され (Fig. 6F、G)、血小板減少・白血球減少による TD 一時中断期間 (8/21-12/4, 2024) を挟み最終評価 PR・疾患制御期間 11 ヵ月であった。患者 P142 では左肺結節病変の安定化が約 6 ヵ月持続した (Fig. 6H)。両症例とも TD 以外の重篤な有害事象は観察されなかった。

考察/結論

① 先行研究との違い: これまでの研究では PD-L1 TPS が NSCLC の ICI 治療選択の標準バイオマーカーとして用いられてきたが、本研究の 141 例コホートではいずれの PD-L1 TPS カットオフ (1-50%) も奏効群と非奏効群を一貫して弁別できなかった。これは PD-L1 が固形腫瘍における抵抗性・免疫回避の多様な機序を十分に反映しないという先行研究の指摘と整合しており、YAP という新規軸の予測的優位性が本研究で初めて大規模後方視的データで示された点で従来報告と異なる。

② 新規性: 本研究は NSCLC の ICI 治療成績における YAP の予測的役割を新規に示し、かつ TD が miRNA や Hippo リン酸化経路とは独立した H3K27ac-SNAI2 軸を介して YAP を転写レベルで抑制するという新規なエピジェネティック機序を初めて解明した。また、YAP 高発現 ICI 後天性抵抗性患者への TD 三剤併用という新規な治療戦略を 2 症例で臨床的に実証した。

③ 臨床応用: YAP IHC は IRS スコアリングで定量可能であり PD-L1 と同じ FFPE (formalin-fixed paraffin-embedded) 組織で実施できる。TD はすでに T 細胞リンパ腫・多発性骨髄腫・乳癌で承認済みであり、NSCLC への適用拡大の基礎的根拠として本データは直接的に活用しうる。臨床応用は ICI 抵抗性 NSCLC においての YAP-IHC スクリーニング → TD + ICI 三剤併用という逐次的戦略として想定される。

④ 残された課題: 本研究の限界として、後方視的 2 施設コホートで選択バイアスがあり、組み合わせレジメンが不均一 (93.62% が併用療法) である点が挙げられる。2 症例の臨床成績は TD 単独の貢献を評価するには不十分であり、前向き多施設試験での検証が必要である。YAP IHC の標準化・カットオフの外部検証、TD 三剤療法の最適用量・投与スケジュール・毒性管理、YAP 非高発現例における ICI 抵抗性の代替機序解明が今後の研究方向性である。

方法

研究デザイン: 141 例後方視的コホート (Tongji Hospital / Taizhou Affiliated Hospital、2018.12-2024.3) + in vitro 機序解析 + 患者由来 LCO + 2 例臨床症例報告。倫理承認: TJ-IRB20230626。

YAP IHC: 手術または生検 FFPE 組織切片 (5μm) を YAP 一次抗体 (CST Cat# 14074、RRID:AB_2650491、1:100) で染色。IRS (immunoreactive score) = 染色強度 (0-3) × 染色割合 (0-4)、ROC でカットオフ IRS>6 を決定。PD-L1 は 22C3 pharmDx assay (Agilent SK006、RRID:AB_2889976) で TPS として定量。

RNA-seq・CLUE解析: YAP/TAZ KD H1299 細胞 RNA-seq (Illumina、HISAT2 アライメント、DESeq2 差異発現解析、3 生物学的反復)。DEG を CLUE (connectivity map) プラットフォームに入力し薬剤候補スクリーニング。RNA-seq データは NCBI SRA (Bioproject GSE3141・GSE26939 含む公開データも解析; 本研究 raw data: PRJNA967199・PRJNA1224547) に登録。

細胞株: H1299、A549、H1975、H1703、H2170 (以上 Procell より取得、STR 解析で同一性確認、マイコプラズマ陰性確認済み)。HEK-293T (Procell)。LCO: 術後組織から標準プロトコル (Driehuis et al. 2020) で樹立。

ChIP-qPCR: A549 細胞、抗 H3K27ac 抗体 (Abcam ab4729、RRID:AB_2118291) および抗 SNAI2 抗体 (Santa Cruz sc-166902X、RRID:AB_2857906)、input の % として enrichment を算出。

統計: χ2 検定・両側非対応 t 検定・一元配置 ANOVA (GraphPad Prism/IBM SPSS/R)。Kaplan-Meier 法 + Cox 比例ハザード回帰 (多変量)。多変量ロジスティック回帰は Firth’s penalized likelihood 法 (小標本バイアス補正)。ROC curve + AUC (最適カットオフ)。TCGA CIBERSORT は Wilcoxon rank-sum 検定。p<0.05 を有意とした。