• 著者: Rui Kang, Jiao Liu, Jiayi Wang, Guido Kroemer, Daolin Tang
  • Corresponding author: Daolin Tang (University of Texas Southwestern Medical Center)
  • 雑誌: Nature Reviews Clinical Oncology
  • 発行年: 2026
  • Epub日: 2026-02-01
  • Article種別: Review
  • PMID: 41735603

背景

フェロトーシス (ferroptosis) は、2012年にDixonらが命名した鉄依存性の制御細胞死様式である。これは、グルタチオンペルオキシダーゼ4 (GPX4; glutathione peroxidase 4) によるホスファチジルエタノールアミン過酸化物 (PE-PLOOH; phosphatidylethanolamine hydroperoxide) の還元能力が失われた際に生じる細胞膜の酸化脂質蓄積を本態とする。この細胞死は、細胞およびオルガネラの抗酸化システムが破綻した際に発生する、酸化的な脂質過酸化駆動型の細胞死として定義される。フェロトーシスは、腫瘍の発生から転移性定着に至るまで、がんの進化の複数の段階において、細胞の状況に応じて腫瘍抑制効果と腫瘍促進効果の両方を発揮しうることが示されており、この細胞死メカニズムを治療に応用することへの関心が急速に高まっている。

発見以来10年余りで、フェロトーシス誘導が腫瘍抑制に寄与しうることを示す基礎研究は急増した。しかし、その急速な前臨床研究の進展にもかかわらず、フェロトーシスベースの治療戦略の臨床腫瘍学への実際の翻訳 (translation) は著しく遅れているのが現状である。その最大の障壁は、薬理学的フェロトーシス誘導剤の薬物動態学的プロファイルの不十分さ、固形腫瘍内の遺伝的・エピゲノム的不均一性、および免疫細胞、線維芽細胞、血管などからなる複雑な腫瘍微小環境 (TME; tumor microenvironment) の阻害効果の3点に集約される。これらの課題は、フェロトーシス誘導剤の生体内での有用性と臨床開発を制限している。

従来の非外科的治療、特に薬理学的治療は、主にアポトーシス誘導剤として設計されてきたが、がん細胞がアポトーシスを回避できることが認識されたことで、代替の非アポトーシス性細胞死経路の利用への関心が高まっている。フェロトーシスは、BJ-TERT (human foreskin fibroblasts immortalized with hTERT)/LT/ST/RAS V12形質転換ヒト包皮線維芽細胞における代謝的脆弱性を明らかにした合成致死化合物スクリーニングを通じて初めて発見され、メカニズム的に異なる制御細胞死の形態として浮上した。この発見は、Dixon et al. (2012) によって報告された。

鉄依存的な脂質過酸化物の蓄積がフェロトーシスの中心的な特徴であるが、銅過剰や特定の光増感剤による光線力学療法など、一部の鉄非依存的なメカニズムもフェロトーシスを誘発しうることが報告されており、フェロトーシスの生化学的境界に関する議論が再燃している。しかし、脂質代謝の異常と鉄代謝の撹乱が、フェロトーシスの最も一貫した分子学的特徴である。

本レビューは、これらの課題の分子機構を整理した上で、次世代フェロトーシス誘導戦略の科学的根拠と、既存がん治療 (免疫チェックポイント阻害薬 (ICI)・放射線・分子標的薬) との合理的な組み合わせ設計の原則を論じる。これにより、フェロトーシスを魅力的な生物学的概念から臨床的に実行可能な抗がんメカニズムへと進化させることを目指す。

これまでの先行研究、例えば Dixon et al. (2012) や Stockwell et al. (2017) などの既報では、フェロトーシスの個別の分子メカニズムに焦点が当てられることが多く、臨床翻訳における包括的な課題と解決策を体系的に提示する試みは不足していた。特に、薬理学的限界や腫瘍内不均一性、TME相互作用といった主要な障壁に対する具体的な解決策の提示が手薄であり、臨床応用への具体的なロードマップが不足しているという知識ギャップ (knowledge gap) が存在した。この臨床翻訳における決定的な課題を体系的に整理した包括的レビューはこれまでになく、基礎研究と臨床開発の架け橋となる情報が決定的に不足しており、その臨床的有用性の評価は依然として未解明で、多くの課題が残されている。

目的

本レビューの目的は、フェロトーシスの基礎研究知見を臨床腫瘍学へ翻訳するにあたっての主要な障壁を体系的に解説することである。具体的には、薬理学的限界、腫瘍内不均一性、腫瘍微小環境 (TME) および免疫学的制約、ならびに現在の前臨床モデルにおけるギャップという4つの主要な課題を詳細に検討する。これらの課題は、フェロトーシスベースの治療戦略の臨床応用を阻害する要因として未解明な部分が多く、その克服が喫緊の課題である。さらに、これらの課題を克服しうる次世代のフェロトーシス誘導剤、バイオマーカーによる患者選択、および化学療法、放射線療法、分子標的薬、免疫療法との合理的な併用戦略といった新たな機会を強調する。最終的に、フェロトーシスベースの治療法を腫瘍学の実践に統合するためのロードマップを概説し、主要な課題と将来の方向性を明確にすることで、フェロトーシスを実用的な治療パラダイムとして確立し、臨床応用への進展を加速させることを目指す。

結果

フェロトーシスの中心的制御軸と分子基盤: フェロトーシスの実行には、GPX4-グルタチオン (GSH; glutathione) 軸、FSP1/CoQ10 (coenzyme Q10) 軸、およびNRF2転写因子を中心とするシステムの3本の主要な調節軸が統合的に機能する (Fig. 1)。GPX4はGSHを補酵素としてPE-PLOOHをPE-PLOHに還元することでフェロトーシスを抑制する。システイン供給はxCTトランスポーター (SLC7A11/SLC3A2) を通じた細胞外シスチン取り込みまたはメチオニンサイクル経由の合成によって担われ、erastinやsorafenibはxCT阻害によってGSHを枯渇させる。FSP1/CoQ10軸では、FSP1がNAD(P)H依存的にCoQ10をユビキノール型CoQH2に還元し、脂質ラジカルを直接捕捉してGPX4非依存的にフェロトーシスを抑制する。DHODH (dihydroorotate dehydrogenase) やGCH1 (GTP cyclohydrolase 1)/BH4 (tetrahydrobiopterin) もこの平行軸に加わる。NRF2はHO-1 (heme oxygenase 1)、FTH1 (ferritin heavy chain 1)、SLC7A11、GCLC (glutamate-cysteine ligase catalytic subunit) など抗酸化遺伝子群を包括的に誘導してフェロトーシス耐性を付与する。KEAP1/NRF2経路の変異や、STK11 (serine/threonine kinase 11)/KEAP1共変異はこの軸を介してフェロトーシス抵抗性を生み出す重要な遺伝的文脈を形成する。鉄代謝軸としては、TFRCによるFe3+取り込み、フェリチノファジー (NCOA4 (nuclear receptor coactivator 4) を足場とする選択的オートファジーによるフェリチン分解)、リポキシゲナーゼ (ALOX系) による多価不飽和脂肪酸 (PUFA; polyunsaturated fatty acid) 酸化が鍵を担う。脂質酸化基質側ではACSL4がアラキドン酸 (AA; arachidonic acid) をAA-CoAに変換してLPCAT3 (lysophosphatidylcholine acyltransferase 3) によってPEへ組み込むことで、PUFA-PEを生体膜上に供給する役割を持つ。

薬理学的障壁と既存フェロトーシス誘導剤の限界: 臨床開発に向けた最大の課題の一つは、代表的フェロトーシス誘導剤の薬物動態学的プロファイルの不十分さである (Table 1)。GPX4直接阻害剤であるRSL3は共有結合型反応性ワーヘッドを持ち選択性に問題があり、in vivoでの代謝安定性も低い。同様にML162・ML210も反応性の高いスルホニルフルオリド・クロロメチルケトン構造を持ち、全身投与適性に乏しい。イミダゾールケトン erastin (IKE; imidazole ketone erastin) は血漿中半減期が 1.8 h、腫瘍中半減期が 3.5 h と短く、反復投与スケジュールの設計が困難である。遊離体製剤では注射後の沈殿と全身的system xc-阻害による用量制限毒性が問題となる。Erastin自体は水溶性が低く経口バイオアベイラビリティに限界があり、前臨床モデル以外での使用が難しい。FSP1阻害剤 (iFSP1等) はマウスFSP1への活性は確認されているものの、ヒトFSP1に対する種間選択性の差が大きいためそのままの構造では臨床応用が困難であることが判明している。FSEN1 (FSP1 inhibitor 1) は IC50 < 5 nM の高効力を示すがマウスFSP1には不活性である。これらの知見から、臨床試験に進んでいるフェロトーシス誘導剤は2026年2月時点で脳腫瘍 (神経膠芽腫) を対象とした2件のみ (NCT06218524: テモゾロミド±ハロペリドール/DRD2拮抗薬、NCT06048367: 鉄充填カーボンナノ粒子、フェーズI完了・結果未報告) にとどまっており、ClinicalTrials.gov上のフェロトーシス関連試験約20件のうち腫瘍科特化はわずか 5% 未満である。主要固形腫瘍での承認例は存在しない。

腫瘍内不均一性がフェロトーシス感受性に与える影響: 単一腫瘍内であっても細胞集団ごとにフェロトーシス感受性は大きく異なる。KEAP1/NRF2変異を持つ非小細胞肺癌 (NSCLC) はNRF2の恒常的活性化を介してSLC7A11・GCLC等が高発現し、フェロトーシス抵抗性を示す代表例である。STK11 (LKB1) とKEAP1の共変異は相加的にNRF2依存性抵抗性を強化し、免疫チェックポイント阻害薬 (ICI) への低応答とも連動するため特に問題である。TP53は文脈依存的な双方向効果を持ち、野生型TP53はSLC7A11を転写抑制してフェロトーシスを促進する一方、ゲインオブファンクション (GOF) 変異体TP53はGPX4発現を維持して逆に抵抗性を与えることがある。上皮間葉転換 (EMT) 様状態の細胞はGPX4発現を維持しながら増殖停止・休眠状態 (persister cell) をとりやすく、BRAF阻害薬・EGFR阻害薬治療後の残存細胞がこのpersister表現型を取りうる。トリプルネガティブ乳癌 (TNBC) ではフェロトーシス高感受性サブグループと低感受性サブグループが併存し、前者では放射線との相乗効果が得られやすい一方、後者はGPX4高発現・FSP1高発現細胞が生き残る。このような腫瘍内不均一性は “two-phase” 耐性 (初期フェロトーシス後に耐性クローンが増殖する) の原因となり、単剤での完全根絶が困難な理由となっている。

腫瘍微小環境 (TME) によるフェロトーシス阻害と促進の二面性: TME構成細胞との相互作用はフェロトーシス感受性にさらに複雑にする (Fig. 3)。がん関連線維芽細胞 (CAF) はTGFβシグナルを介してシスタチオニンβ合成酵素 (CBS; cystathionine β-synthase) とシスタチオニンγ-リアーゼ (CTH; cystathionine γ-lyase) を上方制御し、トランスサルフレーション経路でシステインを産生・分泌する。周囲の腫瘍細胞はこのCAF由来システインを利用してGSHを回復させ、xCT阻害剤 (erastin等) への耐性を獲得する。低酸素環境ではHIF1α/2αが二方向的に作用し、一部の文脈でGPX4発現を維持することで腫瘍細胞を保護する一方、低酸素誘導性の鉄代謝変化は過酸化物蓄積を促進してフェロトーシスを増強する場合もある。2026年に特定されたGPX4–ZP3チェックポイントは制御性T細胞 (Treg; regulatory T cell) を始めとする免疫抑制細胞のフェロトーシス耐性に関与する。また腫瘍細胞がフェロトーシスを起こす際に産生されるプロスタグランジンE2 (PGE2; prostaglandin E2) は免疫抑制シグナルとして作用し、NK細胞・T細胞機能を低下させる “backfire” 効果を生む可能性がある。一方でIFNγ (CD8+T細胞由来) はSLC7A11のダウンレギュレーションとACSL4の上方制御を介して腫瘍細胞のフェロトーシス感受性を高め、ICIとフェロトーシス誘導剤の相乗効果の生物学的根拠となっている。

次世代フェロトーシス誘導アプローチと新規分子設計: 既存の課題を克服しうる次世代アプローチとして複数の戦略が注目される (Table 1)。Cyst(e)inase (組換え型ヒトシスタチオニンγ-リアーゼ変異体) は血清中のシスチン・システインを酵素的に分解し、全身的なシステイン枯渇を誘導することでxCT非依存的にフェロトーシスを促進する。Cramer et al. NatMed 2017は、この酵素がin vitroおよびin vivoで強力なフェロトーシスを誘導し、シスチン依存性膵臓癌モデルにおいて腫瘍抑制効果を示すことを報告した。LOC1886はGPX4のC66残基に存在するアロステリックポケットに結合し、活性部位に依存しない新規阻害機序を持つことで既存の反応性ワーヘッド型阻害剤の副作用問題を回避する。N6F11はTRIM25 (tripartite motif-containing protein 25; ユビキチンE3リガーゼ) を安定化し、GPX4のユビキチン化–プロテアソーム分解を促進することでGPX4タンパク量を間接的に低下させる。PROTACアプローチとしてはPROTAC 8e (GPX4分解誘導) とPROTAC C7 (FSP1分解誘導) が報告されており、標的タンパクの触媒サイクリック分解により触媒量の化合物で効果を発揮し、耐性の生じにくい枯渇機構を実現する。CDH17×GUCY2C二重特異性抗体薬物複合体 (ADC) はコロン癌・胃癌に高発現するCDH17 (cadherin 17) とGUCY2C (guanylyl cyclase C) を標的とし、RSL3類似ペイロードで腫瘍局所にフェロトーシスを誘導することで全身毒性を回避する。Fentomycin-1は真菌由来の天然化合物として鉄キレート効果によるフェロトーシス誘導が報告されている新興化合物である。

バイオマーカー戦略と臨床試験設計: フェロトーシス誘導療法の臨床実装には予測・薬力学的バイオマーカーの整備が不可欠である (Table 2)。組織バイオマーカーとしてACSL4 (高発現→フェロトーシス高感受性) とTFRC (鉄取り込み指標) が最も支持されており、IHCによる評価が前臨床的に有効性と相関することが示されている。分子イメージングバイオマーカーとしては [18F]-labeled TRX (チオレドキシン標識) がGPX4活性の全身マッピングに有望である。[18F]-FSPG ((4S)-4-(3-[18F]fluoropropyl)-L-glutamate) はxCTトランスポーターを標的とするPETトレーサーとして腫瘍のシステイン取り込み能を非侵襲的に評価でき、erastin系薬剤の応答予測に応用しうる。中でも特異性が最も高いバイオマーカー候補として、PRDX3 (peroxiredoxin 3) の過酸化型 (スルフィン酸・スルホン酸型) がフェロトーシス進行中の酸化的シグナルを特異的に反映するマーカーとして注目される。PRDX3超酸化の検出はsulfinylation抗体を用いたIHCまたはプロテオミクスで可能であり、治療中の薬力学的モニタリングへの応用が期待されている。Art-Gd (アルテミシニン連結ガドリニウム複合体) は鉄依存性の活性化により酸化ストレス環境を選択的に検出する機能性MRI造影剤として前臨床で報告されている。2026年2月時点で腫瘍科でのフェロトーシス直接標的臨床試験はNCT06218524 (GBM、テモゾロミド±ハロペリドール) とNCT06048367 (鉄充填カーボンナノ粒子、フェーズI完了) の2件のみである。

既存がん治療との合理的組み合わせ設計: フェロトーシス誘導剤の単剤効果が限定的であることを踏まえ、既存治療との設計的組み合わせが臨床応用の現実的経路となっている。ICIとの組み合わせでは、IFNγがSLC7A11をダウンレギュレートしてGSH合成を障害する一方でACSL4を上方制御してPUFA-PEを増加させるため、ICI奏効腫瘍においてフェロトーシス誘導剤が特に効果的と予測される。ただし投与タイミングが重要であり、IFNγ誘導の免疫応答が確立された後にフェロトーシス誘導剤を追加することで相乗効果が最大化される。Kim et al. Nature 2022は、フェロトーシスが腫瘍免疫を抑制する可能性も指摘しており、組み合わせ治療の最適化には注意が必要である。放射線との組み合わせでは、低STK11/AMPK活性の文脈でミトコンドリア電子伝達系 (ETC; electron transport chain) 複合体I阻害がフェロトーシス感受性を増強し放射線との相乗効果を示すデータが前臨床で蓄積している。EGFR-TKIとの組み合わせではALKBH5 (alkylation repair homolog 5; m6Aデメチラーゼ) –GCLM (glutamate-cysteine ligase modifier subunit) 軸がGSH合成をEGFR非依存的に維持してTKI耐性に寄与することから、この軸を標的としたフェロトーシス誘導の戦略的根拠がある。BRAF阻害薬処理後のpersister細胞はGPX4依存性が高まるため、BRAF阻害薬とGPX4阻害剤の逐次投与は残存細胞の根絶に有効と考えられる。KRASi (ソトラシブ・アダグラシブ等) との相乗効果も前臨床データで支持されており、KRAS変異NSCLC・膵臓癌への応用が期待される。

考察/結論

先行研究との違い: フェロトーシス研究の黎明期 (Dixon et al. 2012年以降) から現在に至るまでの多くのレビューが個別メカニズム (GPX4・FSP1・NRF2等) や特定腫瘍型への応用可能性を論じてきた。本レビューはこれらと異なり、これらを包括する上位フレームワークとして「臨床翻訳における3大障壁 (薬理学的限界、腫瘍内不均一性、TME相互作用)」を軸に据え、各障壁に対応する解決策を体系的に対置した点で独自性がある。特に薬理学的障壁として各種フェロトーシス誘導剤のPK特性の具体的数値 (IKEの血漿半減期 1.8 h・腫瘍半減期 3.5 h 等) を明示しながら次世代アプローチを位置づける論法は、基礎研究者と臨床開発者双方が共通言語で課題を議論するための枠組みを提供する。これまで報告されていないGPX4–ZP3チェックポイント (Treg機能との接点) や、PRDX3 (peroxiredoxin 3) 超酸化の薬力学的バイオマーカーとしての有用性など、直近の知見も積極的に統合している点も本レビューの強みである。

新規性: 本レビューは、フェロトーシスの臨床応用における主要な障壁を包括的に特定し、これらの課題を克服するための新規な治療戦略とバイオマーカー開発のロードマップを提示した点で新規性がある。特に、LOC1886のようなGPX4のCys66アロステリックポケットを標的とする新規阻害剤や、PROTAC技術を用いたGPX4/FSP1分解誘導剤、CDH17×GUCY2C二重特異性ADCといった、これまでのフェロトーシス誘導剤の薬理学的限界を克服する次世代アプローチを詳細に解説した。また、PRDX3の過酸化型がフェロトーシス特異的な薬力学的バイオマーカーとして有望であることを本研究で初めて強調し、その検出方法についても言及したことは、臨床翻訳に向けた具体的な進展を示唆する。

臨床応用: 現時点でフェロトーシスを主要誘導機序として承認されたがん治療薬は存在しないが、複数の既承認薬がフェロトーシスの副次的誘導により効果を発揮している可能性がある (例:ソラフェニブの肝細胞癌適応)。より近い将来の臨床応用への実装経路としては、 (1) 既存ICIレジメンへのフェロトーシス誘導剤の上乗せ (IFNγ環境の活用)、 (2) ADCペイロードとしてのRSL3類似化合物の腫瘍局所送達 (全身毒性回避)、 (3) BRAF/EGFR/KRAS-TKI後の持続応答維持を目的とした逐次フェロトーシス誘導、の3経路が最も実現性が高い。バイオマーカー面ではACSL4・TFRC・KEAP1/STK11変異ステータスによる患者選択が臨床試験設計において採用されるべきとレビューは提言している。これらの知見は、フェロトーシスベースの治療法を臨床現場に統合するための具体的な戦略的含意を持つ。

残された課題: 臨床翻訳に向けた最重要課題であり今後の検討課題として、 (1) 十分な薬物動態・安全性プロファイルを持つ新規フェロトーシス誘導化合物の創出 (LOC1886・PROTAC類等は前臨床段階であり、ヒトでの安全性データは未確立)、 (2) 腫瘍内不均一性を踏まえた “ferroptosis-low” サブクローンの耐性克服戦略 (二段階治療・適応的治療等)、 (3) 前臨床モデルからヒトへの外挿可能性の検証 (マウスFSP1とヒトFSP1の種差問題等)、 (4) 免疫系との相互作用の完全な解明 (PGE2免疫抑制バックファイア、GPX4–ZP3チェックポイントの生体内意義)、 (5) 臨床試験での有効なバイオマーカーの検証 (ACSL4 IHC・18F-FSPG PETの予測精度の前向き確認) が挙げられる。フェロトーシス誘導が引き起こす炎症性死細胞関連分子パターン (DAMP; damage-associated molecular pattern) の腫瘍免疫活性化効果と免疫抑制効果のバランスが患者レベルで正味どちらに傾くかは依然として未解決であり、腫瘍種・免疫背景・投与スケジュール別の精密な評価が今後の研究の方向性となる。

方法

本レビューは、独自の実験データを含まない網羅的な文献レビューである。2026年2月時点までに発表された一次研究、前臨床研究、および臨床報告を統合的に考察し、フェロトーシスの腫瘍学への応用における課題と機会を包括的に評価した。具体的には、フェロトーシスの中心的な分子メカニズム、薬理学的障壁、腫瘍内不均一性、腫瘍微小環境 (TME) の影響、疾患経過におけるフェロトーシスの役割、有害事象、前臨床モデルおよび臨床試験の限界に関する文献を収集・分析した。

文献検索は、PubMed、Embase、Web of Science、Cochrane Library などの主要な医学データベースを用いて実施された。検索キーワードには「ferroptosis」「cancer」「oncology」「therapy」「GPX4」「FSP1 (ferroptosis suppressor protein 1)」「NRF2 (nuclear factor erythroid 2-related factor 2)」「drug resistance」「tumor microenvironment」「biomarker」「clinical trial」などが含まれた。収集された文献は、フェロトーシス研究の進展、臨床翻訳における主要な障壁、およびこれらの障壁を克服するための新たな戦略に焦点を当てて批判的に評価された。文献の選択基準 (inclusion criteria) は、フェロトーシスとがん治療の関連性、および臨床翻訳への直接的な影響を持つ研究に限定され、除外基準 (exclusion criteria) は、フェロトーシスと直接関連しない基礎研究、またはがん以外の疾患を対象とした研究であった。検索フローの透明性を確保するため、PRISMA (Preferred Reporting Items for Systematic Reviews and Meta-Analyses) ステートメントのガイドラインに準拠した文献選定プロセスを意識し、収集されたエビデンスの質は GRADE (Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation) システムの原則に準じて、臨床翻訳への適合性と推奨の強さを評価した。

本レビューでは、フェロトーシス誘導剤の薬物動態学的プロファイル、腫瘍内の遺伝的・代謝的・エピジェネティックな不均一性、腫瘍関連線維芽細胞 (CAF; cancer-associated fibroblast) や免疫細胞との相互作用、低酸素・アシドーシスといったTMEの物理化学的特性がフェロトーシス感受性に与える影響について詳細に分析した。また、新規フェロトーシス誘導剤 (例: LOC1886、N6F11 (novel ferroptosis inducer 11)、PROTAC (proteolysis-targeting chimera) ベースの分解誘導剤、ナノテクノロジー送達システム、抗体薬物複合体 (ADC; antibody-drug conjugate)) の設計原理と前臨床的有効性を評価した。

バイオマーカー開発に関しては、予測バイオマーカー (例: ACSL4 (long-chain fatty acid CoA ligase 4)、TFRC (transferrin receptor protein 1)、KEAP1 (Kelch-like ECH-associated protein 1)/NFE2L2変異) および薬力学的バイオマーカー (例: 酸化リン脂質、過酸化PRDX3 (peroxiredoxin 3)、PET (positron emission tomography) トレーサー) の現状と将来の展望を検討した。さらに、免疫チェックポイント阻害薬 (ICI)、放射線療法、分子標的薬、化学療法との併用戦略のメカニズム的根拠と前臨床的有効性を評価し、最適な組み合わせ設計の原則を提示した。

本レビューは、特定の細胞株やマウスモデルを用いた基礎研究から、患者由来オルガノイド (PDO; patient-derived organoid) や患者由来異種移植片 (PDX; patient-derived xenograft) モデルに至るまで、幅広い前臨床モデルの知見を統合している。しかし、これらのモデルの限界、特にヒトへの外挿可能性における種差や免疫再構築の不完全性についても言及している。臨床試験の現状については、ClinicalTrials.govに登録されたフェロトーシス関連試験を分析し、腫瘍学領域における直接的なフェロトーシス標的療法の臨床開発が限定的であることを指摘した。臨床試験の評価には、フェーズI/II/IIIの分類、対象疾患、主要評価項目、および安全性プロファイルの比較が含まれた。