- 著者: Haorui Zhang, Zongxu Zhang, Peiyu Wang, et al.
- Corresponding author: Yu Feng (BGI Research), Deng Pan (Tsinghua University), Zexian Zeng (Peking University)
- 雑誌: Cell
- 発行年: 2026
- Epub日: 2026-07-23
- Article種別: Original Article
- PMID: 42190664
背景
空間トランスクリプトーミクスは組織レベルの生物学的理解を大きく進展させ、TME (tumor microenvironment; 腫瘍微小環境) における細胞コミュニティの解明に貢献してきた。一方、CRISPR-Cas9 による遺伝子編集はプールスクリーニングと組み合わせることで遺伝子機能を網羅的に探索できるが、これまでは単一細胞 RNA-seq (Perturb-seq / CROP-seq) レベルの摂動-表現型解析に留まっており、組織内の空間情報と遺伝子摂動を同時に捉えるプラットフォームは確立されていなかった (Zahalka et al. NatRevCancer 2022)。イメージングベースの手法による sgRNA (single guide RNA) 検出は試みられているが、トランスクリプトーム網羅的な解析には対応できず、空間 CRISPR スクリーンと全トランスクリプトームプロファイリングを統合する解析基盤が不足しており、空間機能ゲノミクス研究に gap が存在していた。さらに腫瘍内の免疫細胞の空間的配置および細胞間クロストークが抗腫瘍免疫応答を直接規定することが示されており (Ho et al. Cell 2026)、SPP1+ 腫瘍関連マクロファージが CD8+ T 細胞の抗腫瘍免疫を抑制することは知られていたが、SPP1-CD44 軸を介した空間レベルでの T 細胞機能抑制機構は解明されていなかった (Li et al. NatCommun 2026)。本研究では、高スループット空間 CRISPR スクリーンと全トランスクリプトーム空間プロファイリングを統合する SPAC-seq (spatial CRISPR screen sequencing; 空間 CRISPR スクリーンシーケンシング) プラットフォームおよび統計解析ツールキット TARDIS (target prioritization toolkit for perturbation data in spatial omics) を開発し、空間機能ゲノミクスの新たなフレームワークを構築することを目的とした。
目的
空間 CRISPR スクリーン技術 SPAC-seq と統計解析ツール TARDIS を開発し、腫瘍転移・T 細胞浸潤・T 細胞空間局在の制御遺伝子を空間的に解明するとともに、Icam1/CD44/Bhlhe40 の機能と SPP1-CD44 マクロファージ-T 細胞軸の抑制機構を明らかにする。
結果
SPAC-seq の技術的開発と in vivo 検証:
SPACseq プラスミドの mRNA-embedding 法は、mini-pool (6 sgRNA) での genomic DNA シーケンシングとの相関が Pearson ρ=0.9970 (p<0.0001、n=5 マウスレプリカ) と近似一致を示し、9,040 sgRNA ライブラリでも ρ=0.9414 (p<1.0×10^-32) の高相関を維持した (Fig 1)。direct-capture 法と mRNA-embedding 法の比較では、いずれも ρ>0.95 の高相関が確認された。mRNA 埋め込み sgRNA の発現量は CROP-seq 比で 9.08-fold 高く、KO 効率は 75.19% (CROP-seq: 85.2%)。MC38-Cas9 細胞を用いた in vivo 皮下腫瘍スクリーン (n=5 マウス、1,520 sgRNA) では、1,393/1,520 (91.64%) の sgRNA を single section で検出し、空間的 Spearman 相関は全セクション間でρ>0.92 (p<1.0×10^-300)、sgRNA の SSIM (structural similarity index) 中央値 0.9995 と高い空間再現性を実証した。
腫瘍転移スクリーンによる Icam1 の免疫監視機構の解明:
MC38-Cas9 細胞を静脈内投与した肺転移モデル (n=5 マウス) に対して SPAC-seq + TARDIS を適用し、221 遺伝子摂動を解析した (Fig 2)。TARDIS は免疫浸潤 (N1) と免疫排除 (N2) ニッチを同定し、Icam1 摂動腫瘍が免疫排除ニッチに有意に濃縮されることを確認 (p<0.0001)。Icam1 摂動細胞は非標的 control と比較して腫瘍面積が有意に増加 (p<0.001) し、CD3+CD8+ T 細胞浸潤が有意に低下した。mIF 染色による検証では M2 様マクロファージの増加 (Spp1/Cd163 陽性) と CD8+ T 細胞排除が確認された。ICAM1-LFA-1 相互作用が腫瘍-T 細胞免疫シナプスを促進する TCR 共刺激軸が免疫監視に必須であることが示された。
CD44 が CD8+ T 細胞の空間局在と抗腫瘍免疫を制御する:
OT1-Cas9 T 細胞を用いた 2 段階スクリーン (Step 1: 9,040 sgRNA bulk in vivo スクリーン、Step 2: SPAC-seq 時空間スクリーン) を実施し (Fig 3)、TARDIS 解析で Cd44 摂動が最も顕著な T 細胞空間局在変化を誘導することを同定した。CD44 KO OT1 T 細胞は SIINFEKL 再刺激で IFN-γ gMFI (geometric mean fluorescence intensity) が 2-fold 増加し (Fig 4)、CD8+ T 細胞疲弊マーカー Tim3/TIM-3 の低下も確認された。CD44 KO OT1 は in vivo で野生型対照 OT1 より有意に腫瘍抑制効果が高く、抗 PD-1 との組み合わせで相乗的な腫瘍制御を示した。ミトコンドリア ROS (reactive oxygen species; 活性酸素種) 解析では CD44 KO T 細胞の ROS++ 集団が有意に減少し、CD44 が ROS 蓄積を介した T 細胞機能障害を誘導することが示された。
SPP1-CD44 軸が T 細胞抗腫瘍免疫を抑制する:
SPAC-seq データから CD44 と相互作用するリガンドとして Spp1 (osteopontin) が上位に同定された (Fig 5)。TCGA-COAD (Colon Adenocarcinoma; 大腸腺がん) データでは SPP1 発現が ROS レベルと正相関 (ρ=0.56, p=8.6×10^-25)、M2 様マクロファージ浸潤と正相関 (ρ=0.42, p=9.0×10^-14)、T 細胞浸潤と負相関 (ρ=-0.21, p=2.7×10^-4) を示した。SPP1-OE BMDM との共培養は野生型 OT1 T 細胞の IFN-γ 産生を抑制したが CD44 KO 細胞は影響を受けず、SPP1-CD44 シグナルが T 細胞のミトコンドリア ROS 増加・鉄 (Fe) イオン取り込み亢進・ferroptosis 誘導を介して T 細胞機能を障害することが実証された。抗 SPP1 抗体治療は腫瘍制御を改善し T 細胞疲弊を抑制した (Fig 5Q-S)。
Bhlhe40-CXCR4 軸による CD8+ T 細胞局在制御:
32 万以上のヒトおよびマウス TIL (tumor-infiltrating lymphocyte; 腫瘍浸潤リンパ球) scRNA-seq データの in silico スクリーンと SPAC-seq 解析を統合し (Fig 6)、TF (transcription factor; 転写因子) Bhlhe40 の摂動が CD8+ T 細胞の空間局在を最も大きく変化させることを TARDIS で同定した。Bhlhe40 摂動 T 細胞は腫瘍実質部より線維化辺縁領域に偏在し、CXCL12-CXCR4 シグナル経路への応答性増大が確認された。sgRNA-FISH (fluorescence in situ hybridization; 蛍光 in situ ハイブリダイゼーション) と mIF による検証で Bhlhe40 摂動 OT1 T 細胞が腫瘍辺縁の CXCL12+ 細胞と共局在することが確認された。Bhlhe40 は CXCR4 発現を負に制御することで T 細胞の腫瘍内局在を規定するという TF-ケモカイン受容体軸が示された。
考察/結論
① 先行研究との違い: 従来の Perturb-seq / CROP-seq は単一細胞レベルの摂動-表現型解析を実現したが、空間情報を持たないため in vivo での細胞局在・ニッチ形成・細胞間相互作用の制御遺伝子同定が困難であったことと異なり、SPAC-seq は単一細胞解像度の空間情報と全トランスクリプトームを統合した高スループット CRISPR スクリーンを初めて実現した。また Bhlhe40 の機能に関しては、従来の bulk CRISPR スクリーンでは Bhlhe40 欠損が抗腫瘍免疫を改善するという報告があったが、本研究の空間スクリーンは Bhlhe40 欠損 T 細胞が腫瘍辺縁に偏在して実質部への浸潤が低下することを示しており、空間情報を欠く従来スクリーンの結果と異なる解釈を提供した。
② 新規性: 本研究で初めて、空間 CRISPR スクリーンと全トランスクリプトーム空間プロファイリングを統合する SPAC-seq プラットフォームと TARDIS 解析ツールキットを新規に開発した。さらに SPP1-CD44 マクロファージ-T 細胞抑制軸を空間解像度で初めて解明し、CD44 が鉄イオン取り込み・ミトコンドリア ROS・ferroptosis を介した新規の T 細胞機能障害経路を制御するという機構を新規な知見として提示した。
③ 臨床応用: ICAM1 標的二重特異性抗体は T 細胞免疫を増強する治療戦略として既に開発されており、本研究で Icam1 欠損が免疫排除を促進するという空間的機構の解明は臨床応用への橋渡しとなる。抗 SPP1 抗体は臨床評価段階にあり、CD44 KO T 細胞の ACT は抗 PD-1 との相乗効果を示したことから、空間 CRISPR スクリーンで同定された遺伝子標的が次世代 ACT および組み合わせ免疫療法の開発を推進する臨床的意義を持つ。TCGA-COAD での SPP1 高発現と ICB 非奏効の関連は、SPP1-CD44 軸を ICI 耐性バイオマーカーとして活用できる可能性を示す。
④ 残された課題: SPAC-seq の sgRNA KO 効率 (75.19%) は CROP-seq (85.2%) より低く、デュアル sgRNA カセットを導入することで改善の余地がある。また現状のシーケンシング深度では single-cell レベルの詳細解析に制限があるため、今後の空間シーケンシング技術の深度向上が必要である。さらに SPAC-seq を CRISPRa/i や ORF スクリーンへ拡張すること、マクロファージや線維芽細胞など他の細胞タイプへの適用、および多様な疾患・組織への展開が今後の方向性として挙げられる。
方法
プラットフォーム開発: SPAC-seq は逆転写ウイルスベースの SPACseq プラスミドを使用し、mRNA に sgRNA 配列を埋め込む mRNA-embedding 法と、プローブベースの direct-capture 法の 2 種の sgRNA 検出戦略を実装。Visium HD および Stereo-seq の 2 種の空間トランスクリプトーム測定プラットフォームに対応。TARDIS は Python / R で実装し、sgRNA ライブラリの前処理・統計モデリング・空間摂動解析を提供 (GitHub: github.com/zenglab-pku/TARDIS)。
生体実験: 細胞株 MC38-Cas9 (マウス大腸がん)、MC38-OVA、OT1-Cas9 (卵白アルブミン特異的 CD8+ T 細胞)、SW480-NY-ESO-1 を使用。マウスモデルは C57BL/6 野生型および Rag1-/- C57BL/6 マウスへの皮下・静脈内腫瘍移植。ACT (adoptive cell transfer; 養子細胞移入) モデルで CD44 KO (knockout; ノックアウト) OT1 T 細胞の抗腫瘍効果を評価。Ramp1 cKO (conditional knockout; 条件的ノックアウト) および CSF1R (colony stimulating factor 1 receptor; コロニー刺激因子 1 受容体) 阻害薬 PLX5622 によるマクロファージ除去実験も実施。BMDM (bone marrow-derived macrophage; 骨髄由来マクロファージ) + SPP1 OE (overexpression; 過剰発現) による in vitro 共培養実験。空間データは GSA (Genome Sequence Archive): CRA023189 に登録。
統計: MAGeCK (CRISPR screen 解析)、Pearson および Spearman 相関、unpaired t-test (Welch’s correction)、一元 / 二元配置 ANOVA、FDR (false discovery rate; 偽発見率) 管理、GSEA (gene set enrichment analysis)、NMF (nonnegative matrix factorization; 非負値行列因子分解) を使用した。