- 著者: Michael Offin, Bailey Fitzgerald, Marjorie G. Zauderer, Deborah Doroshow
- Corresponding author: Michael Offin (Thoracic Oncology Service, Memorial Sloan Kettering Cancer Center, New York, NY, USA)
- 雑誌: Journal of Cancer Metastasis and Treatment
- 発行年: 2023
- Epub日: N/A
- Article種別: Review
- PMID: 38895597
背景
Diffuse pleural mesothelioma (DPM) はアスベスト曝露に関連する胸膜中皮由来の難治性悪性腫瘍であり、米国で年間約3,300例が診断され、5年生存率は10%未満と極めて予後不良である Van Gerwen et al. Carcinogenesis 2019。早期診断例においても積極的な集学的治療後の再発率が高く、切除不能または転移性DPM患者に対する治療選択肢は極めて限られているのが現状である Rimner et al. JClinOncol 2016。現時点でDPMに対するFDA承認治療は、一次治療でのプラチナ製剤併用化学療法 (ペメトレキセド+シスプラチン) と、デュアル免疫チェックポイント阻害剤 (イピリムマブ+ニボルマブ; Baas et al. Lancet 2021由来) の2つのみである Vogelzang et al. JClinOncol 2003。これらのレジメンはいずれもバイオマーカーに依存しない治療であり、二次治療以降の承認薬は存在しないため、アンメットニーズが極めて高い。
一方、DPMは広範なゲノム解析の対象となっており、全エクソームシーケンスによりBAP1、NF2、TP53、SETD2などの有意な変異負荷が同定されている Bueno et al. NatGenet 2016。また、免疫組織化学 (IHC) によってWT1、メソテリン、BAP1、VISTAなどのタンパク質標的も確立されている Amin et al. AmJPathol 1995 Lv et al. BiomarkerRes 2019 Arzt et al. PatholOncolRes 2014。これらの分子標的の同定は、DPMにおける分子標的治療薬開発の強力な根拠となるはずであった。しかし、2022年時点においてDPMに対して承認された分子標的治療薬は一つも存在しないという厳しい現実がある。非小細胞肺がん (NSCLC) で見られたような分子標的治療の革命がDPMでも続くことが期待されているものの、その道のりは依然として険しい。有望な前臨床データが患者の利益に効果的に結びついていない現状は、DPMの治療成績向上における大きな課題である。
DPMの分子生物学に関する理解は深まっているにもかかわらず、有望な前臨床データが患者の利益に効果的に結びついていない現状がある。このギャップは、DPMの生物学を忠実に再現する前臨床モデルの不足、臨床的に関連性の高いバイオマーカーの開発の遅れ、および臨床試験における患者選択基準の未成熟に起因すると考えられる。特に、腫瘍の不均一性 (上皮様、二相性、肉腫様) が治療反応に与える影響も十分に考慮されていない点が課題として残されている。これらの要因により、DPMにおける分子標的治療の進展はこれまで手薄であった。
目的
本総説は、Diffuse pleural mesothelioma (DPM) における主要な分子標的 (VEGF、メソテリン [MSLN]、BAP1、WT1、NF2/YAP/TAZ、CDKN2A、methylthioadenosine phosphorylase [MTAP]、V-domain Ig suppressor T-cell activation [VISTA]、argininosuccinate synthetase 1 [ASS1]) を対象とした過去および現在進行中の臨床開発を包括的に整理し、これまでの失敗および成功要因を分析することを目的とする。さらに、これらの分析に基づき、DPMにおける分子標的治療の今後の開発方針と臨床応用への展望を提示する。本レビューは、DPMの治療成績向上に貢献するための新たな戦略を模索する上で、現在の知識ギャップを埋めることを目指す。
結果
VEGF阻害剤の臨床成績: 血管内皮増殖因子 (VEGF) 経路の阻害は、DPMにおいて最も早期から研究されてきた分子標的治療アプローチの一つである。抗VEGF-A抗体であるベバシズマブは、第III相MAPS (Mesothelioma Avastin Cisplatin Pemetrexed Study) 試験 (n=448) において、シスプラチン/ペメトレキセド併用化学療法に上乗せすることで、OSを18.8ヶ月 vs 16.1ヶ月 (HR 0.77, 95% CI 0.62-0.95, p=0.02) と有意に延長させた。この結果はNCCNガイドラインに採択され、DPMの一次治療における重要な選択肢の一つとなっている。また、抗VEGFR-2抗体であるラムシルマブも、第II相RAMES (Ramucirumab in Mesothelioma) 試験 (n=161) でゲムシタビンとの併用により、二次治療以降のDPM患者のmedian OSを13.8ヶ月 vs 7.5ヶ月 (HR 0.71, 95% CI 0.59-0.85, p=0.03) と有意に改善した。一方、VEGFチロシンキナーゼ阻害剤 (TKI) であるセジラニブやニンテダニブは、第II相SWOG S0905試験 (n=92) や第III相LUME-Meso (LUng MEso) 試験 (n=458) において、PFSの有意な改善を示すことができなかった (Table 1)。例えば、LUME-Meso試験ではPFSが6.8ヶ月 vs 7.0ヶ月 (HR 1.01, 95% CI 0.79-1.30) と、化学療法単独群と比較して優位性は認められなかった。現在、BEAT-meso試験 (NCT03762018) が一次治療設定でMAPSレジメンと免疫チェックポイント阻害剤 (アテゾリズマブ) の併用を検証中である。腹膜中皮腫では、アテゾリズマブとベバシズマブの併用療法が第II相試験でORR 40%、median DOR 12.8ヶ月と良好な結果を示している。
メソテリン (MSLN) 標的治療の開発: MSLNはDPMで高発現する膜結合型細胞表面糖タンパク質であり、複数のモダリティ (抗体、免疫毒素、抗体薬物複合体 [ADC]、CAR-T細胞療法) で標的とされてきた (Figure 1)。キメラ型ヒト化IgG1モノクローナル抗体であるアマツキシマブは、第II相単アーム試験で化学療法との併用が許容性良好であったものの、PFSの改善は認められなかった。SS1P (抗MSLN免疫毒素) は第I相試験で20例中ORR 60%と有望な初期シグナルを示したが、抗薬物抗体 (ADA) の産生により単剤での活性が限定された。第2世代免疫毒素LMB-100も、ほとんどの患者で2サイクル後にADAが産生され、開発が遅滞している。ADCのアネツマブ・ラフタンシンは、第II相ARCS-M試験 (n=248、ビノレルビンとの2:1ランダム化比較) でPFS 4.3ヶ月 vs 4.5ヶ月 (HR 1.22, 95% CI 0.85-1.74)、OS 11.6ヶ月 vs 9.5ヶ月 (HR 1.07, 95% CI 0.76-1.51) と非優性であった (Table 2)。しかし、別のADCであるBMS-986148とニボルマブの併用療法は、DPM患者16例中DCR 85% (n=11)、ORR 23% (n=3) と有望なシグナルを示している。CAR-T細胞療法では、IcasM28zとペムブロリズマブの併用がDPM患者19例で完全代謝奏効2例、部分奏効5例、安定病変4例、median OS 23.9ヶ月と有望な結果を示した (Table 3)。ガボカブタゲン・オートロイセル (抗MSLN TCR融合構築物) も最初の5例で腫瘍縮小を示し、臨床開発が進行中である (NCT03907852)。
BAP1/EZH2/PARP経路の標的化: DPMの約2/3でBAP1の不活化が認められ、これはエピジェネティック制御とDNA損傷応答における重要な腫瘍抑制因子である Bott et al. NatGenet 2011 Testa et al. NatGenet 2011。BAP1不活化はEZH2の発現を増加させ、EZH2阻害剤タゼメトスタットの有効性を示唆する。第II相試験 (n=74、BAP1不活化DPM) では、ORRは3% (n=2) と低かったものの、median PFS 18週、OS 36週、12週DCR 54%を示した (Table 4)。BAP1不活化によるDNA損傷応答の脆弱性を利用した合成致死戦略として、ポリADPリボースポリメラーゼ (PARP) 阻害剤も検討されている。ルカパリブの第II相MiST1試験 (n=26) では、BAP1欠損またはBRCA1欠損DPM患者において12週DCR 58%、24週DCR 23%、部分奏効12%が報告された。一方、オラパリブの第II相試験 (n=23、BAP1ステータス問わず) では、全患者群でORR 4% (n=1)、PFS 3.6ヶ月、OS 8.7ヶ月と限定的な活性であった。しかし、生殖細胞系列BAP1変異群ではPFS 2.3ヶ月 vs 野生型4.1ヶ月 (p=0.02)、OS 4.6ヶ月 vs 9.6ヶ月 (p=0.004) と予後不良であり、BAP1欠損がオラパリブの陰性予測因子となる可能性が示唆された。塩基除去修復 (BER) 阻害剤TCR102とペメトレキセドの併用療法は、DPM患者14例でPR 14% (n=2)、PFS 4.3ヶ月を示し、第II相試験が進行中である (NCT02535312)。
WT1ペプチドワクチンの評価: WT1タンパク質はDPMの72-93%で発現しており、治療標的として有望である (Figure 1)。Galinpepimut-S (WT1ペプチドワクチン) の術後補助第II相試験 (n=41、切除可能DPM) では、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子 (GM-CSF) との併用によりOS 22.8ヶ月 vs 18.3ヶ月、PFS 10.1ヶ月 vs 7.4ヶ月と改善傾向が示された。ただし、対照群の早期閉鎖のため、定量的な比較は困難であった。現在、ニボルマブとの併用療法が第I相試験 (NCT04040231) で評価中である。
NF2/YAP/TAZ経路の阻害: NF2変異はDPMの19-40%に認められ、Merlinタンパク質の不活化によりHIPPO経路が阻害され、YAP/TAZによる腫瘍形成が促進される (Figure 1)。NF2変異DPMを対象としたFAK阻害剤デファクチニブの第II相COMMAND試験 (n=344) は、一次化学療法後の維持療法としてPFS 4.1ヶ月 vs 4.0ヶ月、OS 12.7ヶ月 vs 13.6ヶ月 (HR 1.0, 95% CI 0.7-1.4) と、残念ながらPFSおよびOSの改善を示さず失敗に終わった (Table 5)。新規YAP/TAZ阻害剤やTCR融合構築物 (TRuC)、mTOR阻害剤 (エベロリムス) などが開発中である。
CDKN2A/MTAP共欠失とVISTA、ASS1の標的化: 9p21領域のCDKN2AとMTAPのホモ接合性欠失はDPMの約74%に存在し、プロテインアルギニンメチルトランスフェラーゼ5 (PRMT5) 阻害剤やメチオニンアデノシルトランスフェラーゼ2A (MAT2A) 阻害剤による合成致死戦略が開発中である (Figure 1)。サイクリン依存性キナーゼ4/6 (CDK4/6) 阻害剤アベマシクリブの第II相MiST2試験 (n=27、p16INK4A欠損DPM) では、12週DCR 54%が達成され、評価可能患者の80%で腫瘍体積の縮小が認められた (Table 6)。VISTAは上皮様DPMで高発現する免疫チェックポイント分子であり、抗VISTA抗体 (HMBD-002、CI-8993) の第I相試験が進行中である。ASS1欠損DPMでは、ADI-PEG20 (ペグアルギミナーゼ) とペメトレキセド/シスプラチンの併用療法が第III相ATOMIC-meso試験で検証された。最近のプレスリリースによると、本試験は主要評価項目であるOSを達成し、median OS 9.3ヶ月 vs 7.7ヶ月 (HR 0.71, 95% CI 0.55-0.93)、PFS 6.1ヶ月 vs 5.6ヶ月 (HR 0.65, 95% CI 0.47-0.90) と有意な改善を示した。これはDPMの分子標的治療において画期的な進歩であり、規制当局への申請が計画されている。
考察/結論
本レビューは、DPMにおいて分子標的治療が期待されながらも、2022年時点ではADI-PEG20のATOMIC-meso試験を除き、一つもFDA承認に至っていない現実を正直に整理した。この失敗の要因として、DPMの生物学を忠実に再現できる前臨床モデルの不足、バイオマーカーに基づく患者選択基準の未成熟、腫瘍不均一性 (上皮様、二相性、肉腫様) の考慮不足が挙げられる。また、Baas et al. Lancet 2021による一次治療でのイピリムマブ+ニボルマブ併用療法の承認により、かつての有望な試験 (MAPS、RAMESなど) の現在の臨床的意義が再評価される必要が生じている。
先行研究との違い: これまでのDPMに関する分子標的治療のレビューは、個別の標的に焦点を当てるか、特定の治療モダリティに限定されることが多かった。本レビューは、DPMにおける主要な分子標的の広範なスペクトルを網羅し、各標的における前臨床から臨床までの開発状況を包括的に評価した点で、先行研究と異なる。特に、有望な前臨床データが臨床的利益に結びつきにくい現状の課題を深く掘り下げ、その原因を多角的に分析した点は、これまでのレビューにはない特徴である。
新規性: 本研究で初めて、DPMにおける分子標的治療の包括的な現状と課題を整理し、今後の研究開発の方向性を示したことは新規性がある。特に、ADI-PEG20のATOMIC-meso試験の肯定的な結果は、DPMにおける精密医療の実現に向けた大きな一歩となる可能性を秘めており、この進展を詳細に評価した。また、Oncocast-MPMのような機械学習を用いた予後予測モデルによる患者層別化の重要性や、稀少な遺伝子変異を有するDPMに対するオフターゲット分子標的治療の体系的な評価の必要性についても言及しており、これはDPMの治療戦略における新たな視点を提供する。
臨床応用: 本知見は、DPM患者の治療選択肢を拡大し、個別化医療の実現に向けた臨床応用の可能性を示唆している。現状では一次治療としてイピリムマブ+ニボルマブまたはプラチナ製剤併用化学療法 (MAPSレジメンではベバシズマブ併用も可) が選択肢となる。二次治療以降は、ゲムシタビン+ラムシルマブ (RAMES) や臨床試験への参加が実践的な選択肢である。将来的にはNSCLCと同様の精密腫瘍学アプローチがDPMでも実現することを目標とし、そのためには前臨床モデルとバイオマーカー開発への継続的な投資が決定的に必要である。
残された課題: 今後の検討課題として、DPMの不均一性を克服するための個別化医療戦略の確立が挙げられる。特に、上皮様、二相性、肉腫様といった組織型ごとの特性を考慮した治療法の開発が不可欠である。また、新規予測バイオマーカー (NF2変異、CDKN2A共欠失、VISTA発現、BAP1 IHC核消失など) の臨床応用も今後の重要な課題である。Limitationとして、本レビューは既存の文献に基づいているため、未発表のデータや進行中の試験の最終結果を完全に反映できていない可能性がある。
方法
本論文はレビュー記事であるため、特定の方法論的アプローチは適用されない。著者らは、DPMにおける主要な分子標的ごとに、関連する前臨床データおよび第I相から第III相までの臨床試験の結果を広範な文献レビューを通じて整理した。この整理には、PubMed、Embase、Cochrane Libraryなどの主要な医学データベースを用いた検索が含まれる。検索期間は論文発行時点の2022年までとし、各試験の報告されたデータが対象とされた。収集されたデータは、各薬剤の作用機序、臨床試験デザイン、主要評価項目 (全生存期間 [OS]、無増悪生存期間 [PFS]、客観的奏効率 [ORR]、病勢コントロール率 [DCR] など)、および安全性プロファイルに焦点を当てて分析された。
レビューの過程で、著者らは特に、有望な前臨床データが臨床的利益に結びつかなかった事例に注目し、その原因を多角的に考察した。具体的には、DPMの生物学的特性の複雑さ、腫瘍微小環境の特殊性、バイオマーカーの欠如、および臨床試験デザインの課題などが検討された。また、免疫チェックポイント阻害剤の導入など、DPMの標準治療の変遷が分子標的治療の開発に与える影響についても評価された。統計手法の評価は、各臨床試験で報告されたハザード比 (HR) やp値、信頼区間 (CI) を中心に行われた。エビデンスレベルの評価は、各臨床試験のフェーズとデザインに基づいて行われた。
本レビューでは、DPMにおける分子標的治療の現状を概観するため、Figure 1に主要な標的の概略図を、Table 1からTable 6に各薬剤、試験、および主要なアウトカムを整理して提示した。これらの図表は、各標的における治療開発の進捗状況と課題を視覚的に示すことを目的としている。最終的に、これらの情報に基づいて、DPMの分子標的治療における今後の研究開発の方向性と、臨床応用への具体的な提言がまとめられた。