• 著者: Kuniko Sunami, Hideaki Takahashi, Katsuya Tsuchihara, Masayuki Takeda, Tatsuya Suzuki, Yoichi Naito, Kazuko Sakai, Noboru Yamamoto, Kazuto Nishio
  • Corresponding author: Kazuto Nishio (Kindai University Faculty of Medicine, Osaka)
  • 雑誌: Cancer Science
  • 発行年: 2018
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Guidance/Joint Consensus (Practice Guideline)
  • PMID: 30187675

背景

分子生物学の進歩により、癌細胞の悪性形質転換に関与する多数のゲノム変異 (遺伝子変異、欠失、挿入、遺伝子融合、コピー数異常を含む) が同定され、これらは薬剤感受性予測、癌の分類・確定診断、予後予測に資する腫瘍バイオマーカーとして期待されてきた。一方でアクショナブルな標的遺伝子の増加により、個別の単一遺伝子検査では検体量の制約と治療開始前の許容ターンアラウンドタイム (TAT, turnaround time) の観点から限界が顕在化していた。次世代シーケンシング (NGS, next-generation sequencing) ベースの遺伝子パネル検査は、多数の変異を一度に検出できるため、この限界を解決する技術として注目されていた。

先行研究では、ゲノム変異解釈の標準化に向けて欧米から重要な指針が公表されていた。Association for Molecular Pathology (AMP)、American Society of Clinical Oncology (ASCO)、College of American Pathologists (CAP) の合同コンセンサスは、癌における配列変異の解釈・報告の標準を Tier I–IV の枠組みで提示し (Li et al. 2017, J Mol Diagn 19:4-23)、American College of Medical Genetics and Genomics (ACMG) は臨床エクソーム・ゲノムシーケンスにおける二次的所見の報告に関する方針を更新し (ACMG SF v2.0; Kalia et al. 2017, Genet Med 19:249-255)、National Comprehensive Cancer Network (NCCN) ガイドラインは遺伝性腫瘍関連遺伝子の取り扱いを整理していた。これら欧米の先行研究は変異解釈の枠組みを与えたものの、いずれも各国の医療制度に依存していた。しかし、これらはいずれも欧米の医療制度を前提としており、日本の国民皆保険制度・規制環境・医療文化に即した統一指針は存在せず、この点が明確な知識のギャップ (gap in knowledge) であった。

日本では2018年当時、免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬の普及とともに、がんゲノム医療 (cancer clinical sequencing) の社会実装が急速に進んでいたが、検査適応・施設要件・インフォームドコンセント・結果解釈の枠組みを束ねる体系的ガイダンスが不足していた。特に標準治療が存在しない固形癌患者に対する遺伝子パネル検査の運用指針が手薄であり、検体品質管理やエキスパートパネルによる解釈の標準化も未確立であった。このような国内指針の欠落を埋めることが喫緊の課題であった。

目的

日本における固形癌患者を主対象とした NGS ベース遺伝子パネル検査について、日本臨床腫瘍学会 Japanese Society of Medical Oncology (JSMO)、日本癌治療学会 Japan Society of Clinical Oncology (JSCO)、日本癌学会 Japanese Cancer Association (JCA) の3学会合同コンセンサスとして、検査の適応・実施・解釈・治療選択に関する基本原則を定めた臨床実践ガイダンス (第1.0版) を策定することを目的とした。具体的には、(1) 検査対象集団と実施タイミングの規定、(2) 癌種特性に応じた優先度の層別化、(3) 検体品質管理の要件、(4) 実施医療施設・検査室の要件、(5) インフォームドコンセントの必須項目、(6) ポストアナリシス段階のゲノムデータ取り扱い、(7) エキスパートパネルによる報告書要件、(8) 欧米基準と整合したエビデンスレベル分類と治療オプション提示の原則を、日本の国民皆保険制度下でのコスト効率と公平なアクセスを考慮しつつ全国統一的に提示することを目指した。

結果

検査対象・実施タイミングと1患者1回原則: 本ガイダンスは固形癌の体細胞変異を対象とし、生殖細胞系列変異・造血器腫瘍は原則対象外とした (情報提供として言及)。実施タイミングは (1) 薬物療法開始前 (標準治療のない患者で適切な治療戦略選択に資するゲノム情報を取得する目的) と (2) 標準治療不応・進行後の新規治療探索のための検査、の2段階に整理した。検査は原則として1患者あたり1回とし、抗癌薬治療後に生検等で新たな検体が得られる場合のみ例外的に再検査を認めた。この1患者1回原則は、医療費の70%–90%を公的にカバーする国民皆保険制度の下で、高額な NGS のコストを制御しつつ公平なアクセスを担保する日本独自のアプローチである。

コンパニオン診断優先と承認試薬の使用義務: 非小細胞肺癌 (NSCLC) や大腸癌のように承認済みコンパニオン診断 (CDx, companion diagnostic) または同等の遺伝子関連検査が利用可能な場合は、確立された当該検査を優先することを明記した。遺伝子パネルに含まれる遺伝子の一部が既に CDx として承認・使用されている場合は、対応する医療系統団体のガイドラインに従って標準治療を決定するとした。検査は原則として医薬品医療機器等法 (薬機法) で承認された DNA シーケンサー、ライブラリ調製試薬、テンプレート DNA 調製試薬、解析プログラムを用いて実施することを義務付けた。

癌種別の優先度層別化: 癌種特性に応じて検査の位置付けを以下のように層別化した。小児癌・希少癌は患者数が少なく診断が難しく標準治療が未確立であるため、初期診断時からゲノム変異に基づく診断支援・予後予測・治療選択を目的とした遺伝子パネル検査を推奨した。原発不明癌は診断と治療戦略決定に時間を要するため、原発巣推定と有効薬剤選択を支援する目的でパネル検査を推奨した。その他の固形癌では、標準治療のない段階あるいは標準治療不応後における治療オプション探索を目的とした検査を推奨し、造血器腫瘍・遺伝性腫瘍は別途定める指針に委ねた。

検体品質管理とポストアナリシスのデータ取り扱い: 検体は日本病理学会のゲノム医療病理組織検体取扱いガイドライン等を参照した適切な品質管理下で用いることを要求した。ポストアナリシス段階では、2016年改正個人情報保護法の下でゲノムデータの法的扱いを明確化し、全ゲノム配列データ・全エクソームシーケンスデータに加えて、40以上の相互に独立した一塩基多型 (SNP, single nucleotide polymorphism) データ、および4塩基反復が9座位以上の短鎖縦列反復 (STR, short tandem repeat) データを「個人識別符号」と規定した。医学的アノテーションを付したゲノム情報は「要配慮個人情報」に該当し、保管・共有・二次利用に厳格な取り扱いが義務付けられる。

施設要件3項目とインフォームドコンセント: 実施医療施設・検査室は、(i) 検査全工程の品質保証、(ii) 結果の客観的・妥当な解釈、(iii) 臨床試験 (治験を含む) や先進医療 (senshin-iryo) と併用した適応外薬使用等を含む実際の治療提供、の3要件を満たす必要があるとした。具体的要件は「がんゲノム医療中核拠点病院」指定要件に準拠する。インフォームドコンセントでは、検査の有用性と限界、エビデンスレベルの低い変異では治療オプションが限定されること、偶発的・二次的所見 (生殖細胞系列変異を含む) が検出され得ること、結果返却における「知る権利・知らない権利」の保障、患者の同意なき家族への開示の制限を、必要に応じ遺伝カウンセラーと協働して事前に説明し、患者または法的代理人の同意を得ることを求めた。

エキスパートパネルの報告書とエビデンスレベル分類: 遺伝子パネル検査の結果は、医学的解釈を提供できるエキスパートパネルが報告書を作成するとした。報告書には検体・データの品質保証、検出変異の生物学的意義とエビデンスレベル、二次的所見の有無と関連エビデンスレベル、推奨される後続アクションと予想されるリスク、治療薬の承認状況、関連治験情報を含めることを規定した。各ゲノム変異に対するエビデンスレベルは欧米の Tier 分類と大きく乖離しない形で段階的に定義され (表1)、開発中の遺伝子パネルに収載される癌関連遺伝子ごとにも外部レビューを経て個別のエビデンスレベルが割り当てられた (表2)。変異情報の解釈にあたっては、参照すべき国内外の癌ゲノム知識データベースの一覧を整理して提示した (表3)。報告書の作成においては、原則としてエビデンスレベルが2以上の場合に、十分な説明と同意のもと患者の状態・状況に応じて治療を行い、臨床試験や先進医療と併用した適応外薬使用を含む治療オプションを文書で提示するとした。エビデンスレベルが2未満の変異については、有効性を支持する根拠が限定的であることを明示し、治療選択肢が限られる旨をインフォームドコンセントの段階で患者に説明することを求めた。

考察/結論

国際標準との整合と日本独自の枠組み: 本ガイダンスは欧米の確立した標準である AMP/ASCO/CAP 合同ガイドラインや ACMG SF v2.0 (Kalia SS ら, Genet Med 2017) との整合性を保ちつつ、国民皆保険制度・規制環境・医療倫理という日本固有の文脈に適合した枠組みを提示した点で、既報の欧米ガイダンスとは対照的である。とりわけ「1患者1回」原則 (新検体取得時の例外あり) は、医療費の70%–90%を公的負担とする制度下でコスト制御と公平なアクセスを両立させる設計であり、これまでの研究で示された欧米基準には存在しない日本の医療経済的背景を強く反映している。遺伝子パネル検査の出力を治療選択へ橋渡しするという発想自体は、包括的癌遺伝子パネルによる変異量推定と免疫療法効果予測を検討した先行研究 (Campesato et al. Oncotarget 2015) や、大規模パネルによる腫瘍変異量と免疫療法後生存の関連を多癌腫で示した報告 (Samstein et al. NatGenet 2019) と軌を一にする。

新規性と臨床応用への含意: 日本の医療制度に即した包括的な NGS 遺伝子パネル検査ガイダンスが本研究で初めて3学会合同コンセンサスとして確立されたことは、国内のがんゲノム医療の標準化において新規な達成である。本ガイダンスは2019年の FoundationOne CDx および NCC オンコパネルの保険承認に先立つ実施体制整備を直接後押しし、がんゲノム医療中核拠点病院・連携病院ネットワークの全国展開、エキスパートパネル (分子腫瘍ボード) の設置と多職種チーム化に具体的な指針を与えた。腫瘍変異量を横断的な genomic biomarker として治療選択に用いる潮流 (Goodman et al. MolCancerTher 2017Cristescu et al. Science 2018) を国内の保険診療体制へ橋渡しする臨床的含意は大きく、bench-to-bedside の制度的基盤として機能した。

残された課題: 本ガイダンスのエビデンスは専門家コンセンサスが中心であり、個々の推奨を支持する無作為化比較試験等の高位エビデンスが限定的である点が残された課題である (limitation)。今後の改訂では、液体生検 (ctDNA, circulating tumor DNA / cfDNA, cell-free DNA) 技術の進歩、マルチオミクス解析、腫瘍免疫プロファイリング、二次的所見への対応 (遺伝カウンセリング体制の充実) を反映した更新が求められる。また、エビデンスレベルや収載遺伝子 (Table S2) は診断・治療技術の進展に伴い継続的に改訂される前提であり、国際多施設研究への参加とデータ共有におけるプライバシー保護と研究促進の両立も継続的な検討課題である。

方法

本ガイダンスは JSMO・JSCO・JCA の合同作業グループおよびガイドライン委員会による専門家コンセンサスとして策定された。無作為化比較試験を主導する性質の文書ではなく、各推奨は既存文献のレビューと専門家合議に基づき、欧米の確立した標準 (AMP/ASCO/CAP 合同ガイドライン、ACMG SF v2.0、NCCN ガイドライン) との整合性を保つ形で整備された。対象は固形癌の体細胞変異であり、生殖細胞系列変異および造血器腫瘍は方法論・標的遺伝子・適用が固形癌と大きく異なるため原則として対象外とし、情報提供としてのみ言及して別途の指針に委ねた。

策定にあたっては、(i) 共通の検査対象集団と実施タイミング、(ii) 癌種特性に応じた優先度層別化、(iii) 検体品質管理 (日本病理学会のゲノム医療病理組織検体取扱いガイドラインを参照)、(iv) 実施施設・検査室の要件、(v) インフォームドコンセント、(vi) ポストアナリシス段階のデータ取り扱い (2016年9月改正・2017年5月30日全面施行の改正個人情報保護法に準拠)、(vii) エキスパートパネル報告書、(viii) エビデンスレベル分類の各領域ごとに推奨を作成した。エビデンスレベルは欧米の Tier 分類との整合を保ちながら日本の医療制度に適合した定義 (Table S1) を採用し、開発中・開発準備中の実験的遺伝子パネルに含まれる癌関連遺伝子に対しても外部レビューを経て個別のエビデンスレベルを割り当てた (Table S2)。参照すべき癌ゲノム知識データベースは Table S3 に整理した。施設要件は厚生労働省の「がんゲノム医療中核拠点病院」(Cancer Genomic Medicine Core Hospital) 指定要件の検討内容を踏まえて設定された。