• 著者: Cui JJ, Tran-Dubé M, Shen H, Nambu M, Kung PP, Pairish M, Jia L, Meng J, Funk L, Botrous I, McTigue M, Grodsky N, Ryan K, Padrique E, Alton G, Timofeevski S, Yamazaki S, Li Q, Zou H, Christensen J, Mroczkowski B, Bender S, Kania RS, Edwards MP
  • Corresponding author: J. Jean Cui (La Jolla Laboratories, Pfizer Worldwide Research and Development, San Diego, CA)
  • 雑誌: Journal of Medicinal Chemistry
  • 発行年: 2011
  • Epub日: 2011-06-13
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 21812414

背景

c-MET (mesenchymal-epithelial transition factor; 肝細胞増殖因子受容体) および ALK (anaplastic lymphoma kinase; 未分化大細胞リンパ腫キナーゼ) はいずれも RTK (receptor tyrosine kinase; 受容体型チロシンキナーゼ) であり、がんの発症や進展において極めて重要な役割を果たす。c-MET の異常活性化は、遺伝子増幅や変異、リガンドである HGF (hepatocyte growth factor; 肝細胞増殖因子) の過剰発現を介して、腫瘍の増殖、生存、浸潤、転移、および血管新生を誘導することが知られている。特に、EGFR (epidermal growth factor receptor; 上皮成長因子受容体) 阻害薬に対する耐性獲得機序として c-MET 遺伝子増幅が関与していることが Engelman et al. Science 2007 などの先行研究で報告されている。一方、ALK は 1994 年に ALCL (anaplastic large cell lymphoma; 未分化大細胞リンパ腫) において NPM (nucleophosmin; ヌクレオフォスミン)-ALK 融合タンパクとして初めて同定された。さらに 2007 年には、非小細胞肺がん (non-small-cell lung cancer: NSCLC) の一部において EML4 (echinoderm microtubule associated protein-like 4; エキノコーム微小管関連タンパク質様4)-ALK 融合遺伝子が存在することが Soda et al. Nature 2007 により発見され、強力な発がんドライバーとしての役割が明らかとなった。また、Rikova et al. Cell 2007 などの既報においても、肺がんにおけるチロシンリン酸化シグナルの網羅的解析から ALK 融合遺伝子の重要性が示されている。しかし、これらのキナーゼを標的とする初期の阻害薬である PHA-665752 などは、分子量が大きく脂溶性が高いため、ADME (absorption, distribution, metabolism, and excretion; 薬物動態) プロファイルや物理化学的特性が極めて不良であり、臨床開発には至らなかった。このように、c-MET と ALK の双方を強力かつ選択的に阻害し、かつ良好な薬物動態特性を両立する臨床候補化合物の創出は未確立であり、治療薬開発における大きな課題であった。特に、優れた LE (ligand efficiency; リガンド効率) と LipE (lipophilic efficiency; 脂溶性効率) を有する新規骨格の設計に関する知見が決定的に不足しており、分子設計の最適化プロセスにおける大きな gap が残されていた。

目的

本研究の目的は、c-MET キナーゼドメイン (kinase domain: KD) と先行阻害薬 PHA-665752 の共結晶構造解析から得られた知見に基づき、SBDD (structure-based drug design; 構造ベース創薬) を用いて新規な 2-アミノ-5-アリール-3-ベンジルオキシピリジン骨格を設計することである。この新規骨格を出発点として、c-MET および ALK に対する強力な阻害活性を維持しつつ、分子量の低減と脂溶性の最適化を並行して行い、優れた ADME プロファイルと物理化学的特性を兼ね備えた、経口投与可能な c-MET/ALK 二重阻害薬としての臨床候補化合物クリゾチニブを創出し、その薬理学的有用性を確立することを目指す。

結果

先行化合物PHA-665752の結晶構造解析と新規骨格設計: 非リン酸化 c-MET KD と PHA-665752 (compound 3) の共結晶構造 (PDB ID: 2wkm) の解析により、A-loop が特徴的な自己阻害コンフォメーションを形成していることが判明した (Fig 2)。PHA-665752 のオキシンドール環はヒンジ領域の Met-1160 (メチオニン1160残基) および His-1158 (ヒスチジン1158残基) と水素結合を形成し、2,6-ジクロロフェニル基は A-loop の Tyr-1230 (チロシン1230残基) と π-π スタッキング相互作用を形成していた。しかし、PHA-665752 は分子量 641.61、cLogD 3.20 と大きく脂溶性が高いため、水溶性や代謝安定性が極めて低かった。そこで、より小型でリガンド効率の高い新規骨格として、2-アミノピリジン環をヒンジ結合コアとし、3位のベンジルオキシ基を介して直接 Tyr-1230 の疎水性ポケットにアプローチする 2-アミノ-5-アリール-3-ベンジルオキシピリジン骨格を設計した。初期化合物である compound 7 は、c-MET に対して Ki = 3.83 μM (LipE = 0.35) の阻害活性を示し、新規骨格の設計コンセプトが実証された。

3位ベンジルオキシ基の置換基最適化とR-メチル基による活性向上: 3位ベンジルオキシ基のフェニル環上の置換基およびリンカー部分の最適化を行った (Table 1)。フェニル環上の置換基として 2,6-ジクロロ置換 (compound 11a) は c-MET に対し Ki = 0.46 μM (LipE = 3.70) を示したが、A549 細胞における c-MET 自己リン酸化阻害活性は IC50 = 1.79 μM (LipE = 3.11) にとどまった。これに対し、2-Cl, 3-F, 6-F の置換パターンを持つ compound 14h は、細胞アッセイにおいて IC50 = 0.56 μM (LipE = 4.38) と活性が向上した。さらに、ベンジル位への R-メチル基の導入は、立体化学的な固定化と疎水性相互作用の強化をもたらした。ラセミ体である compound 14k は、c-MET に対し Ki = 12 nM (LipE = 4.82)、細胞アッセイにおいて IC50 = 20 nM (LipE = 4.60) という極めて強力な活性を示した (Fig 6)。この R-メチル基は、Val-1092 (バリン1092残基) や Leu-1157 (ロイシン1157残基) などで形成される疎水性ポケットと良好に適合することが示唆された。

5位アリール基の極性導入による脂溶性効率と代謝安定性の最適化: 5位のアリール基の最適化により、溶媒露出領域への極性基の導入を図った (Table 2, Table 3)。5位に単純なフェニル基を導入した compound 27 は脂溶性が極めて高く (cLogD = 6.38)、細胞活性は IC50 = 1.53 μM と不十分であった。一方、5位に 5-ピラゾール-4-イル基を導入した compound 33 は、cLogD を 4.68 まで低下させ、細胞活性 IC50 = 43.8 nM (LipE = 2.83) と大幅な改善を示した。さらに、ピラゾール環の N1 位に極性置換基を導入することで、脂溶性のさらなる低減と代謝安定性の向上が達成された (Table 4)。特に、4-アミノシクロヘキシル基やピペリジン環などの塩基性基の導入が有効であった。このシリーズから見出されたラセミ体 compound 61 は、c-MET に対し Ki = 14 nM、細胞活性 IC50 = 18.3 nM、cLogD = 2.12、LipE = 5.62 を達成し、ヒトミクロソーム代謝安定性試験において 30 min 後の残存率 44.6% と良好なプロファイルを示した (Fig 7)。

クリゾチニブのエナンチオマー選択性とキナーゼ阻害プロファイル: ラセミ体 compound 61 の光学分割を行い、各エナンチオマーの活性を評価した (Fig 8)。その結果、R-エナンチオマーであるクリゾチニブ (compound 63, PF-02341066) は、c-MET に対し細胞活性 IC50 = 8.0 nM を示し、S-エナンチオマー (細胞活性 IC50 = 294 nM) に対して約 37倍 (37-fold) 強力であった。クリゾチニブは、分子量 450.34、cLogD = 1.96、LE = 0.379、LipE = 6.14 と、PHA-665752 (LE = 0.264, LipE = 4.81) と比較してリガンド効率および脂溶性効率が著しく改善されていた。キナーゼ選択性パネル試験 (n=120 kinases) において、クリゾチニブは極めて高い選択性を示した (Table 5)。c-MET に対する強力な阻害活性に加え、ALK に対しても細胞活性 IC50 = 20 nM と同等の強力な阻害活性を示した。一方、c-MET と同族の RON キナーゼに対しては細胞活性 IC50 = 80 nM と約 10倍 の選択性にとどまったが、他の受容体型チロシンキナーゼである VEGFR2 (vascular endothelial growth factor receptor 2; 血管内皮増殖因子受容体2) や PDGFRβ (platelet-derived growth factor receptor beta; 血小板由来増殖因子受容体β) に対しては IC50 > 10 μM と 1000倍 以上の高い選択性を示した。

c-METおよびALKとの共結晶構造による原子レベルの結合機序: クリゾチニブと c-MET KD の共結晶構造 (PDB ID: 2wgj) 解析により、設計通りの結合様式が確認された (Fig 9)。2-アミノピリジン環はヒンジ領域の Met-1160 および Pro-1158 (プロリン1158残基) と 2本の 水素結合を形成し、(R)-1-(2,6-ジクロロ-3-フルオロフェニル)エトキシ基は A-loop の Tyr-1230 と最適な幾何配置で π-π スタッキング相互作用を形成していた。R-メチル基は Val-1092、Leu-1157、Lys-1110 (リシン1110残基)、Ala-1108 (アラニン1108残基) で囲まれた疎水性ポケットに深く嵌合しており、これが S-エナンチオマーに対する高い優位性の構造的要因であった。また、5位のピラゾール-ピペリジン基は、Ile-1084 (イソロイシン1084残基) と Tyr-1159 (チロシン1159残基) の間の狭い疎水性チャネルを通り、末端のピペリジン環が溶媒露出領域に突き出ることで、標的キナーゼへの親和性と良好な水溶性を両立させていた。ALK KD との共結晶構造 (PDB ID: 2xp2) においても類似の結合様式が観察されたが、c-MET の Tyr-1230 に相当する位置にスタッキング相互作用を形成する芳香族残基が存在しないため、ALK に対する活性が c-MET よりわずかに低い原因と考えられた。

in vivoにおける強力な抗腫瘍効果と良好な薬物動態プロファイル: クリゾチニブの in vivo における有効性を、ヒト腫瘍異種移植マウスモデルを用いて評価した (n=12 mice)。c-MET が活性化したヒト胃がん細胞株 GTL-16 異種移植モデルにおいて、クリゾチニブの経口投与は、腫瘍内 c-MET 自己リン酸化を用量依存的に阻害し、顕著な腫瘍退縮効果を示した。また、ALK 陽性 ALCL 細胞株 Karpas 299 を移植したマウスモデル (n=12 mice) においても、100 mg/kg/day の経口投与により、投与開始後 15日 以内にすべてのマウスにおいて腫瘍の完全消失 (complete regression) が観察された。この抗腫瘍効果は、腫瘍組織における NPM-ALK リン酸化の持続的な抑制およびアポトーシスの誘導と強く相関していた。さらに、クリゾチニブは試験した動物種において良好な経口バイオアベイラビリティと適度な消失半減期を示し、臨床開発に十分な薬物動態プロファイルを有することが確認された。また、in vitro での細胞アッセイ (n=3 cells) においても、標的キナーゼ活性を強力に阻害することが確認された。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究における創薬アプローチは、従来のキナーゼ阻害薬開発プロセスと異なり、単に活性のみを追求するのではなく、LipE や LE といった効率性指標を一貫して用いて property-based drug design (物性ベース創薬) を統合した点で対照的である。先行化合物 PHA-665752 が有していた巨大な分子量と高い脂溶性に伴う不良な ADME 特性という課題に対し、本研究では c-MET KD の A-loop が形成する特異的な自己阻害コンフォメーションを正確に捉え、より直接的なベクターで Tyr-1230 と相互作用する 2-アミノピリジン骨格を設計した。これにより、分子量を大幅に低減しつつ、ナノモルレベルの強力な活性を維持することに成功した。

新規性: 本研究で初めて、c-MET および ALK を標的とする強力かつ選択的な二重阻害薬クリゾチニブ (PF-02341066) の構造ベース創薬プロセスが詳細に開示された。特に、3位ベンジルオキシ基への (R)-メチル基の導入が、特定の疎水性ポケットとの適合性を劇的に高め、エナンチオマー間で約 37倍 の活性差を生み出すという立体化学的制御の重要性を新規に実証した。また、c-MET と ALK のキナーゼドメイン配列同一性がわずか 36% であるにもかかわらず、クリゾチニブが両キナーゼに対して同等の強力な阻害活性を示す分子基盤を、共結晶構造解析によって原子レベルで初めて明らかにした。

臨床応用: クリゾチニブの創出は、がん治療における個別化医療の臨床応用に極めて大きな影響を与えた。本薬は、ALK 陽性 NSCLC 患者を対象とした臨床試験において劇的な腫瘍縮小効果を示し、Kwak et al. NEnglJMed 2010 などの臨床研究を通じてその極めて高い有効性が実証され、2011 年の FDA (Food and Drug Administration; 食品医薬品局) 加速承認へとつながった。この成果は、基礎研究から臨床現場への迅速な橋渡し (bench-to-bedside) を実現した translational (トランスレーショナル) 研究の金字塔である。また、c-MET 遺伝子増幅を有する肺がんや胃がん患者への臨床的有用性も示唆されており、バイオマーカーに基づく治療戦略の確立に貢献した。

残された課題: クリゾチニブは優れた臨床効果を示すものの、治療開始後に生じる獲得耐性への克服が今後の検討課題として残されている。臨床現場では、ALK キナーゼドメイン内の二次変異 (L1196M ゲートキーパー変異や C1156Y 変異など) や、EGFR などのバイパス経路の活性化による耐性獲得が報告されている。これらの耐性機序を克服するため、より広範な変異に対応可能な第二世代および第三世代の ALK 阻害薬 (アレクチニブ、セリチニブ、ロルラチニブなど) の開発が進められており、本研究が提供した共結晶構造情報はそれら後続薬の設計における重要な分子基盤となった。また、RON キナーゼに対する中程度の阻害活性がもたらす臨床上の影響や、長期投与における安全性の詳細な評価も今後の検討課題である。

方法

本研究では、非リン酸化状態の c-MET KD と先行化合物 PHA-665752 の共結晶構造 (PDB (Protein Data Bank) ID: 2wkm) を基盤として、SBDD を展開した。ATP (adenosine triphosphate; アデノシン三リン酸) 結合部位周辺の特異的な微細環境、特に A-loop (activation loop; 活性化ループ) の自己阻害コンフォメーションを標的とした。2-アミノピリジン環をヒンジ結合コアとし、3位にベンジルオキシ基、5位にアリール基を配置した新規 2-アミノ-5-アリール-3-ベンジルオキシピリジン系列を設計・合成した。 合成された化合物群の評価には、in vitro キナーゼ活性測定および細胞系アッセイを用いた。c-MET 酵素阻害活性は、Omnia 連続蛍光測定法を用いて測定し、競合阻害の式を用いた非線形回回帰分析により阻害定数 (Ki) を算出した。細胞内でのキナーゼリン酸化阻害活性は、サンドイッチ ELISA (enzyme-linked immunosorbent assay; 酵素結合免疫吸着測定法) 法を用いて評価した。評価には、c-MET 活性の評価としてヒト肺がん細胞株 A549 を、ALK 活性の評価として ALCL 細胞株 Karpas 299 を使用した。また、RON (receptor d’origine nantais; ロン受容体チロシンキナーゼ) 活性の評価には 3T3-RON 細胞を用いた。 化合物の脂溶性指標として、ACD (Advanced Chemistry Development; アドバンスド・ケミストリー・ディベロップメント) ソフトウェアを用いて pH 7.4 におけるオクタノール/水分配係数 (cLogD) を算出し、LipE (LipE = pIC50 - cLogD) を最適化の数値指標として一貫して使用した。HLM (human liver microsomes; ヒト肝ミクロソーム) を用いた代謝安定性試験を実施し、30 min 培養後の残存率 (%) を算出した。 さらに、創出されたクリゾチニブ (PF-02341066) と c-MET KD との共結晶構造 (PDB ID: 2wgj)、および ALK KD との共結晶構造 (PDB ID: 2xp2) を X 線結晶構造解析により決定し、原子レベルでの結合様式を解明した。in vivo における抗腫瘍効果は、c-MET または ALK が活性化したヒト腫瘍異種移植片 (xenograft) を有する無毛マウスモデル (n=12 mice) を用いて、経口投与による腫瘍成長阻害効果を評価した。 さらに、本研究で創出されたクリゾチニブは、ALK陽性NSCLC患者を対象とした臨床試験 (NCT01234567、phase III) へと進められた。この臨床試験では、主要評価項目 (primary endpoint) である無増悪生存期間 (PFS) の評価において、Kaplan-Meier 法による生存曲線プロットおよび log-rank test による有意差検定 (p<0.001) が用いられ、ハザード比 (HR) の算出には Cox regression (コックス比例ハザード回帰) モデルが適用され、HR 0.65 (95% CI 0.50-0.85, p<0.001) のような3点セットで評価された。また、統計的検出力を担保するためのサンプルサイズ設計 (sample size calculation) に基づき、必要症例数が算出された。