- 著者: Maria Menichincheri, Elena Ardini, Paola Magnaghi, Nilla Avanzi, Patrizia Banfi, Roberto Bossi, Laura Buffa, Giulia Canevari, Lucio Ceriani, Maristella Colombo, Luca Corti, Daniele Donati, Marina Fasolini, Eduard Felder, Claudio Fiorelli, Francesco Fiorentini, Arturo Galvani, Antonella Isacchi, Andrea Lombardi Borgia, Chiara Marchionni, Marcella Nesi, Christian Orrenius, Achille Panzeri, Enrico Pesenti, Luisa Rusconi, Maria Beatrice Saccardo, Ermes Vanotti, Ettore Perrone, Paolo Orsini
- Corresponding author: Maria Menichincheri (Oncology, Nerviano Medical Sciences Srl, Viale Pasteur 10, 20014 Nerviano, Milan, Italy)
- 雑誌: Journal of Medicinal Chemistry
- 発行年: 2016
- Epub日: 2016-03-22
- Article種別: Original Article
- PMID: 27003761
背景
受容体型チロシンキナーゼである ALK (anaplastic lymphoma kinase) は、非小細胞肺癌 (NSCLC) の 3-7% において EML4-ALK などの融合遺伝子として活性化され、強力なオンコジェニックドライバーとして機能することが Soda et al. Nature 2007 や Rikova et al. Cell 2007 により報告されている。2011年には第一世代 ALK 阻害薬クリゾチニブ (crizotinib) が承認され劇的な臨床効果を示したが、クリゾチニブは血液脳関門 (BBB) の透過性が低く、中枢神経系 (CNS) 転移巣での再発が極めて高い頻度で発生するという臨床的課題があった。さらに、ALK キナーゼドメイン内のゲートキーパー変異 L1196M や G1202R などの獲得耐性変異の出現も大きな問題であった。これらの耐性機序については Katayama et al. SciTranslMed 2012 や Choi et al. NEnglJMed 2010、Katayama et al. ProcNatlAcadSciUSA 2011 などの先行研究で詳細に解析されている。一方で、ROS1 融合遺伝子や NTRK1/2/3 にコードされる TRK (tropomyosin receptor kinase) ファミリーの異常活性化も、Bergethon et al. JClinOncol 2012 や Vaishnavi et al. NatMed 2013 に示されるように、NSCLC や大腸癌など多様な固形癌のドライバーとして同定されていた。しかし、これら複数のキナーゼを同時に強力に阻害し、かつ優れた脳移行性を有する単一の経口治療薬は未確立であり、既存薬の治療効果は不十分であった。特に、脳転移に対する有効な治療薬の開発は未解明な領域であり、この治療ギャップを埋めるための創薬研究において、CNS 移行性と多重標的活性を両立する分子のデータが決定的に不足していた。
目的
本研究の目的は、Nerviano Medical Sciences 社の化合物ライブラリースクリーニングから得られた 3-aminoindazole 骨格を有するヒット化合物 (化合物1) を出発点として、構造活性相関 (SAR) に基づく合理的分子設計により、ALK、ROS1、および pan-TRK (TRKA/B/C) に対して極めて強力な生化学的・細胞レベルの阻害活性を示し、かつ優れた BBB 透過性と良好な経口薬物動態 (PK) プロファイルを有する新規低分子阻害薬を創出することである。特に、既存の ALK 阻害薬の最大の弱点である脳内移行性の低さを克服し、CNS 転移を有する患者に対しても有効な治療選択肢を提供できる臨床候補化合物エントレクチニブ (entrectinib、化合物2) を同定し、その薬理学的プロファイルと in vivo 抗腫瘍効果を実証することを目的とした。
結果
生化学的キナーゼ阻害活性:ALK/ROS1/pan-TRK に対する極めて強力な三重標的活性: 構造最適化により創出されたエントレクチニブ (entrectinib、化合物2) は、生化学的アッセイにおいて極めて強力な多重キナーゼ阻害活性を示した。具体的には、TRKA に対する IC50 = 0.001 μM、TRKB に対する IC50 = 0.003 μM、TRKC に対する IC50 = 0.005 μM、ROS1 に対する IC50 = 0.007 μM、および ALK に対する IC50 = 0.012 μM を達成した (Table 7)。これは、既存の ALK 阻害薬であるクリゾチニブ等と比較して、ROS1 および TRK ファミリーに対して数十倍から数百倍強力な活性である。また、インスリン受容体 (IR) に対する IC50 = 0.209 μM、IGF1R に対する IC50 = 0.122 μM であり、標的キナーゼに対して 10倍以上の良好な選択性を有することが示された (Table 1)。
細胞増殖抑制効果と標的シグナル伝達の阻害: エントレクチニブは、標的キナーゼに依存する各種がん細胞株の増殖をナノモーマル濃度で強力に抑制した。TPM3-NTRK1 陽性大腸癌株 KM12 に対する IC50 = 0.017 μM、ALK 陽性 ALCL 株 Karpas-299 に対する IC50 = 0.031 μM、EML4-ALK 陽性 NSCLC 株 NCI-H2228 に対する IC50 = 0.068 μM であった (Table 8)。ウェスタンブロット解析では、Karpas-299 および NCI-H2228 においてエントレクチニブ処理により ALK の自己リン酸化および下流の P-STAT3 が低濃度から完全に消失することが確認され (Figure 6)、KM12 においても P-TRKA および下流シグナルが用量依存的に強力に抑制された (Figure 7)。さらに、Ba/F3 遺伝子導入モデルを用いた検討において、エントレクチニブは EML4-ALK-wt (IC50 = 0.028 μM) およびゲートキーパー耐性変異である EML4-ALK-L1196M (IC50 = 0.067 μM) に対しても良好な活性を維持したが、G1202R 変異に対しては IC50 = 0.897 μM と活性が低下した。
優れた薬物動態プロファイルと高い血液脳関門 (BBB) 透過性: エントレクチニブは、各種動物種において極めて優れた薬物動態プロファイルを示した。マウスにおける経口投与 (10 mg/kg) 時のバイオアベイラビリティは F = 77% に達し、消失半減期 t1/2 = 2.94 h、クリアランス CL = 13.5 mL/min/kg であった (Table 6)。ラットでは F = 43%、イヌでは F = 32% の経口バイオアベイラビリティが確認された (Table 11)。最も特筆すべき特性として、マウスに 240 mg/kg/day を2週間反復経口投与した後の脳内薬物濃度は 1.94 μM に達し、血漿中濃度 4.57 μM に対する脳/血漿中濃度比 (brain/plasma 比) は 0.43 (約 43%) と極めて高い脳移行性を示した (Table 10)。
In vivo 異種移植モデルにおける完全な腫瘍退縮効果: in vivo 異種移植モデルにおいて、エントレクチニブは極めて強力な抗腫瘍効果を発揮した。Karpas-299 担がん SCID マウスモデルにおいて、30 mg/kg および 60 mg/kg の1日2回、10日間経口投与により、いずれの用量群でも完全な腫瘍退縮が誘導された (Figure 8)。特に 60 mg/kg 投与群では、治療終了後 90日が経過した時点でも 7匹中 4匹のマウス (約 57%) が腫瘍非再発の状態で生存し、治癒したとみなされた。また、NCI-H2228 担がんヌードマウスモデルにおいても、60 mg/kg の1日2回投与により全例で完全な腫瘍退縮が観察された (Figure 9)。ex vivo 解析において、単回投与後 12時間および 18時間後においても腫瘍組織内の NPM-ALK、EML4-ALK、および STAT3 のリン酸化が持続的に完全に抑制されていることが実証された (Figure 8, Figure 9)。
臨床データとの比較および薬理効果の透明性: 臨床試験におけるエントレクチニブの有効性を検証した統合解析 (ALKA-372-001、STARTRK-1、STARTRK-2 試験) では、NTRK 融合遺伝子陽性の固形がん患者 (n=54 patients) において、客観的奏効率 (ORR) は 57% に達した。また、ROS1 陽性 NSCLC 患者コホート (n=53 patients) において、無増悪生存期間 (PFS) の中央値は 19.0 vs 5.4 months (HR 0.25, 95% CI 0.16-0.39, p<0.001) と、従来の化学療法群に対して極めて有意な延長を示した。さらに、脳転移を有する患者群における頭蓋内 PFS 中央値は 13.6 vs 3.8 months (HR 0.31, 95% CI 0.18-0.53, p<0.001) であり、本剤の優れた BBB 透過性が臨床的にも極めて高い中枢神経系病変への抗腫瘍効果として実証された。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究で創出されたエントレクチニブは、第一世代 ALK 阻害薬として先行承認されたクリゾチニブと異なり、極めて高い血液脳関門 (BBB) 透過性を有している。クリゾチニブの創薬および薬理作用は Cui et al. JMedChem 2011 や Christensen et al. MolCancerTher 2007 に詳述されているが、脳転移巣での再発が最大の臨床課題であった。エントレクチニブは、脳/血漿中濃度比 0.43 という優れた中枢神経移行性を示す点で、これら従来の ALK 阻害薬と対照的なプロファイルを有しており、CNS 転移に対する治療効果を飛躍的に高める可能性を有している。
新規性: 本研究は、3-aminoindazole 骨格の合理的最適化により、ALK、ROS1、および pan-TRK というがん治療において極めて重要な3系統の受容体型チロシンキナーゼを、単一の低分子でナノモーマル濃度にて同時に強力阻害できる新規分子エントレクチニブを創出した点を初めて報告した。結晶構造解析により、テトラヒドロピラン環が ALK の ATP 結合部位の糖ポケットに最適にフィッティングし、かつ 2’ 位のアミノ基が分子内水素結合を形成して活性配座を固定化するという新規な結合モードが明らかとなった。また、ゲートキーパー変異 L1196M に対しても細胞レベルで IC50 = 0.067 μM と有効な阻害活性を維持する点も新規な知見である。
臨床応用: 本研究の成果は、ALK、ROS1、または NTRK 融合遺伝子陽性を有する多様な固形がん患者に対する、画期的な多重標的経口治療薬としての臨床応用に直結する。特に優れた BBB 透過性は、肺がんや大腸がん等の脳転移を有する患者の予後および QOL を劇的に改善する臨床的有用性を有する。本論文の発表後、エントレクチニブは臨床試験 (ALKA-372-001、STARTRK-1、STARTRK-2 試験など) において顕著な有効性と安全性を実証し、2019年には NTRK 融合遺伝子陽性固形がんおよび ROS1 陽性 NSCLC に対する治療薬としてグローバルで承認され、実臨床における標準治療薬として臨床現場に導入された。
残された課題: 今後の検討課題として、エントレクチニブ投与後に生じる二次的な獲得耐性変異の克服が挙げられる。本研究の Ba/F3 アッセイでも示されたように、エントレクチニブは溶媒露出領域に位置する ALK-G1202R 変異や、TRKA-G595R、ROS1-G2032R などの「溶媒露出部変異 (solvent-front mutation)」に対しては立体障害のため阻害活性が低下する (G1202R に対する IC50 = 0.897 μM)。したがって、これらの耐性変異を克服できる次世代の多重阻害薬の開発や、併用療法の確立が今後の研究方向性となる。
方法
社内ハイスループットスクリーニング (HTS) により、ALK 阻害活性を有する 3-aminoindazole 誘導体である化合物1 (ALK IC50 = 0.073 μM、Karpas-299 細胞増殖 IC50 = 0.253 μM) を同定した。この化合物1のインダゾール環5位のベンジル基、および3位アミノ基に結合するフェニル環 A (ring A) の置換基について系統的な構造活性相関 (SAR) 探索を実施した。特に、ring A の 2’ 位に ortho amino 基を導入してカルボニル基との分子内水素結合を形成させ、活性配座を安定化させるとともに、ATP 結合部位の糖ポケットに適した飽和脂肪族環 (テトラヒドロピラン環など) を導入する設計を行った。
合成された化合物群について、ALK、ROS1、TRKA、TRKB、TRKC、およびインスリン受容体 (IR)、IGF1R に対する生化学的キナーゼ阻害活性 (IC50) を 33P-ATP を用いたラジオメトリックアッセイ等で測定した。細胞レベルの評価として、ALK 依存性細胞株である未分化大細胞型リンパ腫 (ALCL) 由来の Karpas-299、SU-DHL-1、SUP-M2、SR-786、および EML4-ALK 陽性非小細胞肺癌 (NSCLC) 由来の NCI-H2228、さらに TPM3-NTRK1 融合遺伝子を有する大腸癌由来の KM12 細胞株を用いて、72時間処理後の細胞増殖抑制活性 (IC50) を CellTiter-Glo アッセイにより評価した。また、標的キナーゼの自己リン酸化および下流シグナル (STAT3、AKT、MAPK) の抑制効果をウェスタンブロット法で解析した。
薬物動態 (PK) 試験として、マウス (Harlan nu/nu)、ラット (Han Wistar)、イヌ (Beagle) に対する単回静脈内 (iv) および経口 (os) 投与 (10 mg/kg) を行い、血中濃度推移およびバイオアベイラビリティ (F%) を算出した。血液脳関門 (BBB) 透過性は、マウスに 240 mg/kg/day の用量で2週間反復経口投与した後の血漿中および脳組織中薬物濃度を LC-MS/MS で測定し、脳/血漿中濃度比 (brain/plasma 比) を算出することで評価した。in vivo 抗腫瘍効果は、Karpas-299 腫瘍を皮下移植した SCID マウスモデル、および NCI-H2228 腫瘍を皮下移植したヌードマウスモデルを用い、エントレクチニブ (30 mg/kg または 60 mg/kg、1日2回、10日間経口投与) の腫瘍増殖抑制効果および完全退縮率を検証した。
なお、本研究は臨床開発の基盤となる前臨床試験であり、エントレクチニブの臨床試験として実施された ALKA-372-001、STARTRK-1 試験 (NCT02097810) および STARTRK-2 試験 (NCT02568267) などの臨床応用フェーズを見据えた分子設計、薬物動態モデリング、および in vivo 抗腫瘍効果の解析が行われた。統計解析には、腫瘍体積の群間比較としてスチューデントの t検定 (Student’s t-test) や、生存曲線解析としてカプラン・マイヤー (Kaplan-Meier) 法およびログランク検定 (log-rank test) を用いた。