- 著者: Felip E, Rosell R, Maestre JA, Rodríguez-Paniagua JM, Morán T, Astudillo J, Alonso G, Borro JM, González-Larriba JL, Torres A, Camps C, Guijarro R, Isla D, Aguiló R, Alberola V, de Cos JJ, Andreo F, Arrabal R, Carcereny E; Spanish Lung Cancer Group
- Corresponding author: Rafael Rosell, MD (Catalan Institute of Oncology and Autonomous University of Barcelona, Hospital Germans Trias i Pujol, Badalona, Spain)
- 雑誌: Journal of Clinical Oncology
- 発行年: 2010
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article (Phase 3 randomized 3-arm trial)
- PMID: 20516435
背景
切除可能NSCLCに対する周術期化学療法の最適戦略については、術後補助 (adjuvant) 化学療法と術前 (neoadjuvant) 化学療法という2つのアプローチが並立してきた。術後補助化学療法については、Winton et al. NEnglJMed 2005、Douillard et al. LancetOncol 2006、Pignon et al. JClinOncol 2008などの大規模ランダム化試験およびメタアナリシスにより、シスプラチンベースのレジメンが5年OSを絶対値で5.4%改善することが確立されていた。しかし、これらの試験では、術後補助化学療法の遵守率が60%程度にとどまるという課題が指摘されていた。例えば、Arriagada et al. NEnglJMed 2004では、計画された治療を完了できない患者が多数存在したことが報告されている。また、Strauss et al. JClinOncol 2008では、Stage IB患者に対する術後パクリタキセル・カルボプラチン療法がOS改善を示せなかったことから、レジメン選択の重要性も示唆されていた。
一方、術前化学療法には4つの理論的利点が想定されていた。第一に、微小転移への早期全身介入により、再発リスクを低減できる可能性。第二に、腫瘍縮小効果により、完全切除 (R0) 率の向上やより温存的な手術が可能となる可能性。第三に、化学療法に対する腫瘍の感受性をin vivoで評価できるため、奏効例では予後良好であることが示唆される可能性。第四に、術前の良好な体力を活かすことで、術後よりも化学療法遵守率が向上する可能性である。しかし、術前と術後化学療法を直接比較した大規模ランダム化試験はほとんど存在せず、どちらのアプローチが早期NSCLC患者にとって最適であるかは未解明であった。特に、術前化学療法の効果については、小規模な研究で生存利益の傾向が示唆されていたものの、統計的有意差を示すには至っていなかった。
このような背景から、スペインSLCG (Spanish Lung Cancer Group) は、手術単独、術前化学療法、術後化学療法の3戦略を直接比較するNATCH (Neoadjuvant versus Adjuvant Taxol/Carboplatin Hope) 試験を立案した。本試験は、術前と術後という周術期化学療法の2戦略を同一試験内で直接評価した世界的に希少な3群RCTとして位置づけられ、早期NSCLCにおける最適な治療戦略を確立するための重要な知識ギャップを埋めることを目的とした。特に、術後補助化学療法における遵守率の不足が問題視される中で、術前アプローチの遵守率の優位性を検証することも重要な課題であった。
目的
早期切除可能NSCLC (Stage IA >2cm・IB・II・T3N1) を対象に、手術単独、術前carboplatin+paclitaxel化学療法+手術、手術+術後carboplatin+paclitaxel化学療法の3戦略を直接比較し、主要エンドポイントであるDFS (無病生存期間) を検証すること。副次エンドポイントはOS (全生存期間)・病理学的完全奏効 (pCR) 率・化学療法遵守率・毒性プロファイルである。本研究は、術前または術後化学療法の追加が手術単独と比較してDFSを延長するかどうかを評価することを目的とした。また、術前化学療法群における腫瘍縮小効果と病理学的奏効の程度、および両化学療法群における治療関連毒性を詳細に解析することも目的とした。特に、術前と術後で化学療法の遵守率に差があるか否かを明確にすることも、本試験の重要な目的の一つであった。
結果
DFS — 3群間で主要エンドポイント差は認められず:主要エンドポイントであるDFSについて、術前化学療法+手術 (B群) vs 手術単独 (A群) のハザード比 (HR) は0.92 (95% CI 0.81-1.04, P=0.176) と統計的有意差は認められなかった。術後化学療法 (C群) vs 手術単独 (A群) のHRは0.96 (95% CI 0.75-1.22, P=0.74) であり、同様に有意差はなかった。5年DFS率は、A群 (手術単独) 34.1%、B群 (術前) 38.3%、C群 (術後) 36.6%であった。3群間の絶対DFS差は最大4.2%ポイントにとどまり、術前・術後いずれの化学療法戦略も手術単独に対して統計的に有意なDFS改善を示せなかった (Figure 2A, 2B)。Stage別サブグループ解析では、Stage II-T3N1 subgroupで術前群のHRが0.81 (95% CI 0.64-1.02, P=0.07) と数値上は良好な傾向を示したが、有意差には至らなかった。本試験はB群 vs A群の5年DFS改善を15%と仮定して設計されており、実際の改善幅が小さかったため、検出力が不十分であった可能性が指摘される。
OS — 5年OS 44-47%で3群間に有意差なし:副次エンドポイントのOSも3群で同等であった。5年OS率は、A群 (手術単独) 44.0%、B群 (術前) 46.6%、C群 (術後) 45.5%であった (Figure 4)。各比較でP値はいずれも統計的有意差なしであり、術前・術後いずれの化学療法戦略も長期OSを有意に改善しなかった。B群のOS数値が最も高かったものの、この2.6%の絶対差は統計的有意性の域に達しなかった。Stage II-T3N1患者における5年OS率は、手術単独群で34.5%、術前群で41.3%、術後群で36.6%であり、術前群と手術単独群のHRは0.88 (95% CI 0.69-1.12, P=0.31) であった。
化学療法遵守率 — 術前97% vs 術後66.2% (P<0.0001):本試験の最も重要な比較知見として、化学療法の遵守率に術前・術後で著明な差が認められた。化学療法開始率: B群 (術前) 97% (199例中193例) vs C群 (術後) 66.2% (210例中139例) (P<0.0001)。計画全3サイクル完了率: B群 90.4% (180/199例) vs C群 60.9% (128/210例)。術後群ではC群211例のうち実際に化学療法を受けたのは140例 (66%) にとどまり、71例 (34%) が化学療法を全く受けられなかった。開始できなかった理由として、手術後の体力低下、術後合併症による回復遅延、患者の治療意欲低下などが挙げられた。B群では化学療法を開始した193例のうち180例が全3サイクルを完了しており、完了率は93.3%であった。この遵守率の著明な差異 (97% vs 66.2%、P<0.0001) は、実臨床における術後補助化学療法の実施可能性の根本的な問題として本試験が明確に示した最重要知見である。
術前化学療法の腫瘍縮小効果 — ORR 53.3%・pCR 10.5%と予後との関連:B群での術前3サイクル施行後の客観的奏効率 (ORR) は53.3% (CR 9% + PR 44.2%) であった。安定 (SD) は31.7%、進行 (PD) は5.5%であった。病理学的完全奏効 (pCR) 率: 10.5% (19/181切除例)。pCR達成例の5年DFSは59%であり、非pCR例より良好な傾向を示した。臨床奏効例 (PR+CR) の5年DFSは51%であった。非奏効例 (SD+PD) の5年DFSは32%であった。これらのデータは術前化学療法が腫瘍の生物学的感受性をin vivoでリアルタイム評価できることを示し、pCRが予後代替マーカーとなる可能性を示唆した。術前化学療法後の手術施行率: B群 91% (181/199例)。術前化学療法による手術合併症の増加は認められなかった。
手術関連アウトカムと毒性プロファイル:3群の手術施行率はほぼ同等で (A群 95.2%・B群 91%・C群 95.7%)、術後30日死亡率は3群共通で約6%であった (A群 5.5%、B群 5%、C群 7.5%)。肺全摘術後の術後死亡率は7.0%、肺葉切除術・二葉切除術後の術後死亡率は5.7%であった。carboplatin+paclitaxel化学療法のGrade 3/4毒性として好中球減少 (術前9.3% vs 術後6.5%)、貧血 (術前0.5% vs 術後1.4%)、悪心・嘔吐 (術前1.6% vs 術後2.9%)、疲労 (術前2.6% vs 術後2.2%)、末梢神経障害 (術前0.5% vs 術後1.4%) が主なものであった (Table 2)。両化学療法群でGrade 3/4の有害事象の発生率は類似しており、管理可能な範囲にとどまった。化学療法関連の死亡は各群で1例ずつ報告された (骨髄無形成と低血圧性ショック、カルボプラチンによるアナフィラキシー)。手術術式は開胸術が主体で、完全切除 (R0) 達成率は3群で同等であった。術前群では19.3%の患者が術後にStage ≥IIIA N2と診断されたのに対し、手術先行群では25.9%であった。
考察/結論
NATCH試験は早期切除可能NSCLCで術前化学療法・術後化学療法・手術単独の3戦略を直接比較した世界的に希少な3群RCTである。主要エンドポイントDFSでは3群間に有意差はなく (術前 HR 0.92, 95% CI 0.81-1.04; 術後 HR 0.96, 95% CI 0.75-1.22)、いずれの化学療法も手術単独に対する有意なDFS改善を示せなかった。この陰性結果には複数の方法論的要因が関与している可能性がある。第一に、本試験が採用したcarboplatin+paclitaxelは当時の術後補助化学療法標準であるcisplatin+vinorelbine (JBR.10、ANITA、LACE) と異なり、Strauss et al. JClinOncol 2008でもcarboplatin+paclitaxelの術後補助療法は有意差を示せなかったことから、レジメン選択の影響が推測される。第二に、化学療法サイクル数が3サイクルと他の術後補助化学療法試験の4サイクルより少なかった可能性も指摘される。また、本試験はStage I患者を多く含んでおり、これらの患者は化学療法の恩恵を受けにくいことが知られているため、これも陰性結果の一因となった可能性がある。
先行研究との違い: 本試験は、術前化学療法と術後化学療法を同一試験内で直接比較した点で、これまでの多くの試験と異なり、周術期化学療法の最適なタイミングに関する重要な知見を提供した。特に、術後補助化学療法の遵守率が多くの先行研究で問題視されてきたのに対し、本試験は術前アプローチの遵守率の優位性を明確に示した。
新規性: 本研究で初めて、早期NSCLCにおける術前化学療法の遵守率が97%と極めて高いことを示した。これは、術後化学療法の遵守率66.2% (P<0.0001) と比較して著しく高く、術前アプローチの実践的優位性を新規に同定したものである。さらに、術前化学療法後のpCR率10.5%とORR 53.3%は、腫瘍の生物学的感受性をin vivoでリアルタイム評価できることを示し、pCR達成例での5年DFS 59%という良好な予後は、neopathological responseが予後代替マーカーになりうることを示唆した。
臨床応用: これらの知見は、術後補助化学療法の実施が困難な患者群において、術前化学療法がより現実的な選択肢となりうることを示唆する。特に、術後合併症や体力低下により治療を断念せざるを得ない患者が多い臨床現場において、術前アプローチは治療完遂率を高め、結果としてより多くの患者に全身治療の恩恵をもたらす可能性を秘めている。現在の標準治療である周術期免疫化学療法の設計においても、本試験が示した「術前アプローチの実施可能性の高さ」という原則は継承されている。
残された課題: 本試験は、統計的検出力が不十分であった可能性があり、小規模ながらも臨床的に意味のあるDFS改善を見逃した可能性がある。今後の検討課題として、より強力な化学療法レジメンや、免疫療法との併用など、新たな治療戦略を用いた大規模なランダム化比較試験が必要である。また、pCRが予後代替マーカーとして機能する可能性が示唆されたものの、その確固たる確立にはさらなる研究が残されている。Limitationとしては、PETスキャンが必須でなかったことや、縦隔鏡検査の実施率が低かったことが、術前の病期診断の精度に影響を与え、外科的結果に影響を及ぼした可能性も挙げられる。
方法
本研究は、多施設共同の3群ランダム化Phase 3試験 (NATCH試験; Spanish Lung Cancer Group) として実施された。登録期間は1999年から2004年までであった。適格基準は、組織学的に確認された切除可能NSCLC、Stage IA (>2cm)・IB・II・T3N1 (第6版UICC病期分類 Goldstraw et al. JThoracOncol 2007に基づく)、ECOG Performance Status 0-2、年齢18歳以上、および十分な血液学的・肝機能・腎機能であった。過去の化学療法や放射線治療の既往がある患者、非黒色腫皮膚がんや子宮頸部上皮内癌以外の既往癌がある患者、臨床的に重大な心機能障害、活動性感染症、神経学的または精神医学的疾患を有する患者は除外された。
無作為化・群構成: 合計n=624名の患者が無作為に3群に割り付けられた。A群: 手術単独 (n=212)、B群: 術前化学療法+手術 (n=201)、C群: 手術+術後化学療法 (n=211)。無作為化は中央システムを通じて行われ、腫瘍サイズ (<3cm vs 3-5cm vs >5cm) および年齢 (≤60歳 vs >60歳) で層別化された。
化学療法: B群およびC群の化学療法は共通で、carboplatin AUC 6 (Day 1) + paclitaxel 200 mg/m² (Day 1) を3週ごとに3サイクル施行した。B群 (術前) では、3サイクル終了後2-4週以内に根治手術を行った。C群 (術後) では、術後回復後に3サイクル施行した。A群は手術のみであった。化学療法中の有害事象はNCI-CTC (National Cancer Institute Common Toxicity Criteria) version 2.0に従って評価された。
手術: 手術は、術前化学療法群では3サイクル終了後3-4週以内、手術単独群および術後化学療法群では無作為化後速やかに実施された。術式は肺葉切除術、二葉切除術、または肺全摘術であり、少なくとも6個の肺門・縦隔リンパ節の郭清が推奨された。病理学的N2病変を有する患者には術後放射線療法が許容された。
主要・副次エンドポイント: 主要エンドポイントはDFS (無病生存期間) であり、intention-to-treat集団で解析された。DFSは、無作為化日から再発、手術不能と判明した日、手術を受けなかった患者の初回進行日、または再発なく死亡した日までの期間と定義された。副次エンドポイントはOS (全生存期間)・pCR (病理学的完全奏効) 率 (B群のみ)・化学療法遵守率・Grade 3/4毒性であった。追跡中央値は約51ヶ月であった。
統計解析: 統計学的検出力は、B群 vs A群の5年DFS改善を15% (30%から45%へ) と仮定し、有意水準5% (両側)、検出力80%で各群200例、合計n=624例を設定した。DFSおよびOS曲線はKaplan-Meier法を用いて作成され、ログランク検定およびCox比例ハザードモデルにより比較された。全てのP値は両側検定であった。データ解析はSTATA (version 10.0) を用いて実施された。