• 著者: Wen Gao, Michael Wang, Li Wang, et al.
  • Corresponding author: Bingliang Fang (MD Anderson Cancer Center, Houston)
  • 雑誌: Journal of the National Cancer Institute
  • 発行年: 2014
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Brief Communication
  • PMID: 25214559

背景

非小細胞肺癌(NSCLC)は世界的に主要な癌死因の一つであり、その治療法開発は喫緊の課題である。特に、上皮成長因子受容体(EGFR)遺伝子に変異を有するNSCLCは、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬(TKI)であるgefitinibやerlotinibに対して高い感受性を示すことが報告されており、これらの薬剤はEGFR変異陽性NSCLCの標準治療として確立されている Lynch et al. NEnglJMed 2004Pao et al. ProcNatlAcadSciUSA 2004。しかし、これらの第一世代EGFR-TKIに対する治療効果は一時的であり、治療開始後約10〜13ヶ月で獲得耐性が発現することが大きな課題となっている Zhou et al. LancetOncol 2011

獲得耐性の最も一般的なメカニズムは、EGFR遺伝子のエクソン20に生じるT790M二次変異であり、これは耐性患者の約50%に認められる Pao et al. PLoSMed 2005Kobayashi et al. NEnglJMed 2005。T790M変異は、ATP結合部位におけるTKIとの結合親和性を低下させることで、第一世代EGFR-TKIの効果を著しく減弱させる。このため、T790M変異を有するerlotinib耐性NSCLCに対する新たな治療戦略の開発が強く求められていた。特に、当時有効な治療選択肢が不足しており、このアンメットニーズを満たす薬剤の探索が喫緊の課題であった。

Ibrutinibは、ブルトン型チロシンキナーゼ(BTK)を不可逆的に阻害する経口小分子薬であり、B細胞リンパ腫や多発性骨髄腫などの血液悪性腫瘍において顕著な抗腫瘍活性を示し、マントル細胞リンパ腫に対して米国食品医薬品局(FDA)の承認を取得していた。BTKはB細胞抗原受容体シグナル伝達に特異的に関与するキナーゼであり、NSCLCにおけるBTKの発現やその役割は当時未解明であった。しかし、ibrutinibがEGFRファミリーキナーゼとの相互作用を持つ可能性も示唆されており、固形腫瘍、特にEGFR変異陽性NSCLCに対するその抗腫瘍活性は未検討であった。既存のEGFR-TKIに耐性を示すT790M変異陽性NSCLCに対する治療選択肢が不足している状況において、ibrutinibのような新規作用機序を持つ薬剤の探索は重要な課題であった。本研究は、ibrutinibがEGFR変異NSCLC細胞株、特にT790M変異を有するerlotinib耐性株に対して有効性を示す可能性を検証することを目的とした。

目的

本研究の目的は、まず39株のNSCLC細胞株パネルを用いてibrutinibの抗腫瘍活性を包括的に評価し、その選択性を明らかにすることである。次に、ibrutinibの作用機序がBTK依存性であるか、あるいはEGFRへの直接作用を介するものであるかを詳細に解析することを目指した。具体的には、ibrutinibがEGFRのリン酸化を抑制する能力を評価し、アポトーシス誘導との関連を検証する。さらに、in vitroでの知見を補完するため、H1975細胞株を用いたマウス異種移植モデルにおいて、ibrutinibのin vivoでの有効性を検証し、erlotinib耐性EGFR変異NSCLCに対する新規治療薬候補としての可能性を評価することを最終目的とした。これらの解析を通じて、ibrutinibがEGFR変異NSCLC、特にT790M変異を有するerlotinib耐性腫瘍に対する新たな治療選択肢となり得るか否かを判断するための基礎的データを提供することを目指した。

結果

NSCLC細胞株パネルにおけるibrutinibの選択的抗腫瘍活性: 39株のNSCLC細胞株パネルに対するibrutinibの細胞増殖抑制効果を評価した結果、36株ではIC50値が2〜30 μMと高濃度を要した。これは、リンパ腫治療で達成される血中濃度(約0.5〜1.5 μM)を大きく超えるものであり、これらの細胞株に対する臨床的効果は期待できない水準である。しかし、残りの3株、すなわちHCC827(EGFR exon 19欠失変異)、H1975(EGFR L858R変異およびT790M変異)、H292(EGFR野生型だが構成的活性化)では、IC50値が0.002〜0.195 μMと低値を示した (Figure 1A)。これらのIC50値は、ibrutinibの臨床的に達成可能な血中濃度範囲内であった。特に、HCC827とH1975はEGFR変異株であり、H292はEGFR野生型であるもののEGFRが構成的に活性化していることが確認された。この結果は、ibrutinibがEGFR変異またはEGFR構成的活性化を有するNSCLC細胞に対して選択的な抗腫瘍活性を示す可能性を示唆した。

erlotinib耐性H1975細胞におけるibrutinibの有効性: 9株のNSCLC細胞株を用いてerlotinibとibrutinibの抗腫瘍活性を比較した。EGFR変異感作性株では、ibrutinibのIC50値はerlotinibと同等または近似する水準であった。特筆すべきはH1975細胞株(EGFR L858R+T790M変異)の結果である。H1975細胞はerlotinibに対してはIC50が30 μMを超える高度な耐性を示したが、ibrutinibに対してはIC50が0.195 μMと低い値を示し、明確な感受性を示した(補足表1)。この結果は、ibrutinibがT790M変異によるerlotinib耐性を克服する可能性を持つことを強く示唆するものであった。一方、H1650細胞(EGFR exon 19欠失変異およびPTEN欠失)は、erlotinib、ibrutinib、および第二世代EGFR阻害薬であるafatinibのいずれに対しても耐性を示し、ibrutinibのIC50は2.63 μMであった。これは、PTEN欠失によるPI3K/Akt経路のバイパス活性化が耐性メカニズムとして関与している可能性を示唆している。H1975細胞におけるibrutinibとafatinibの用量反応曲線を比較したところ、両薬剤は同程度の抗腫瘍活性を示した (Figure 1B)。

ibrutinibのBTK非依存性およびEGFR直接阻害作用: ibrutinibのNSCLC細胞に対する抗腫瘍活性がBTK阻害を介するのか、あるいはEGFRへの直接作用によるものかを検証した。ウエスタンブロット解析により、試験した全てのNSCLC細胞株(HCC827、H1975、PC-9、H1650など)においてBTKタンパク質の発現は検出されなかった(補足図1)。この結果は、ibrutinibのNSCLC細胞に対する増殖抑制効果がBTK依存的な経路を介さないことを明確に示している。次に、EGFRリン酸化への影響を評価したところ、H1975細胞においてerlotinibはpEGFR Y1068リン酸化を抑制できなかったが、ibrutinibは用量依存的にpEGFR Y1068リン酸化を抑制した (Figure 2A)。これは、ibrutinibがT790M変異によるerlotinib耐性をバイパスしてEGFRを直接阻害する可能性を示唆する。HCC827細胞では、ibrutinibがEGFR Y1173リン酸化を用量依存的に抑制し、アポトーシス誘導のマーカーであるPARP1およびカスパーゼ-3の切断をフローサイトメトリーおよびウエスタンブロットで確認した (Figure 2D)。これらの結果は、ibrutinibがEGFR変異NSCLC細胞において、BTK非依存的にEGFRを直接阻害し、アポトーシスを誘導することで抗腫瘍活性を発揮することを示唆した。

H1975 T790M異種移植モデルにおけるin vivo有効性: H1975(EGFR L858R+T790M)細胞株を用いたヌードマウス皮下異種移植モデル (n=5/群) において、ibrutinibのin vivoでの有効性を評価した。ibrutinib 25 mg/kgの連日経口投与群は、溶媒群およびerlotinib 50 mg/kg投与群と比較して、腫瘍増殖を有意に抑制した (Figure 1C)。溶媒群との比較でP=0.03であった。erlotinib群は溶媒群と腫瘍増殖に差がなく、H1975細胞のerlotinib耐性がin vivoでも確認された。生存解析(Kaplan-Meier法)の結果、ibrutinib群の平均生存期間は29.8日(95% CI: 26.0〜33.6日)であり、溶媒群およびerlotinib群の平均生存期間17.8日(95% CI: 14.3〜21.3日)と比較して、統計学的に有意な生存期間の延長を認めた(P=0.008、log-rank検定) (Figure 1D)。この結果は、ibrutinibが治療可能血中濃度でT790M変異を有するerlotinib耐性腫瘍の増殖を抑制し、in vivoで生存期間を延長できることを明確に示した。

考察/結論

本Brief Communicationは、BTK阻害薬であるibrutinibが、EGFR変異を有するNSCLC細胞株、特にT790M変異によってerlotinib耐性を示すH1975細胞株に対して、選択的な抗腫瘍活性を示すことを初めて実証した概念実証研究である。本研究で示されたibrutinibの低IC50値(0.002〜0.195 μM)は、リンパ腫治療で達成される血中濃度範囲内であり、臨床応用への可能性を示唆するものであった。

先行研究との違い: これまでのibrutinibに関する研究は主に血液悪性腫瘍におけるBTK阻害作用に焦点を当てていたが、本研究はibrutinibの抗NSCLC作用がBTK非依存的であり、EGFRの直接阻害を介していることを明確に示した点で、これまでの報告と異なっている。特に、T790M変異を有するH1975細胞においてerlotinib耐性を克服し、EGFRリン酸化を抑制できたことは、当時のT790M耐性克服薬開発の文脈において極めて重要な知見であった。

新規性: 本研究で初めて、ibrutinibがBTK非依存的にEGFRを直接阻害し、EGFR変異NSCLC細胞、特にT790M変異を有するerlotinib耐性株に対してin vitroおよびin vivoで抗腫瘍活性を示すことを明らかにした。この発見は、既存の薬剤に新たな作用機序を見出すという点で新規性が高い。H1975マウス異種移植モデルにおけるibrutinibによる有意な生存期間延長(平均生存期間29.8日 vs 17.8日、P=0.008)は、T790M陽性腫瘍に対するibrutinibの実際の有効性を示すものであった。

臨床応用: 本研究の知見は、T790M変異によるerlotinib耐性EGFR変異NSCLCに対する新規治療薬候補としてibrutinibを位置づけるものであり、臨床的意義は大きい。当時の臨床現場では、T790M耐性に対する有効な治療選択肢が限られており、ibrutinibがそのギャップを埋める可能性を秘めていた。しかし、その後の臨床開発(ibrutinibのNSCLCに対する第I/II相試験)では、EGFR変異NSCLCに対するibrutinibの活性は限定的であることが明らかとなり、最終的に第三世代EGFR-TKI(osimertinibなど)がT790M変異陽性NSCLCの標準治療として確立されたため、ibrutinibのNSCLC治療における臨床的地位は実現しなかった。

残された課題: 本研究にはいくつかのlimitationが存在する。ibrutinibのEGFR阻害効果は培養細胞株で評価されており、組換えEGFRタンパク質を用いた直接的な阻害活性の評価は行われていない。また、野生型EGFRと変異型EGFRに対するibrutinibの選択的効果のメカニズムは詳細には解明されていない。in vivo研究は皮下腫瘍モデルで実施されており、より生理的なオルソトピックモデルや脳転移モデルでの評価が今後の課題として残されている。さらに、ibrutinibはEGFR阻害薬で一般的に見られる皮膚発疹が少ないことが報告されており、これはBTK非依存的なEGFR阻害作用と関連する可能性があり、そのメカニズム解明も今後の検討課題である。

方法

細胞株および試薬: 39株のヒトNSCLC細胞株パネルを、American Type Culture Collection (ATCC) およびドイツ微生物細胞培養コレクション (DSMZ) から入手し、推奨される培地で培養した。IbrutinibはSelleck Chemicals社から、erlotinibおよびafatinibはLC Laboratories社から購入した。

細胞生存率アッセイ: 各NSCLC細胞株を96ウェルプレートに播種し、翌日、0.01 μMから30 μMの範囲でibrutinibを3日間処理した。細胞生存率は、Cell Counting Kit-8 (CCK-8) アッセイを用いて測定し、50%阻害濃度 (IC50) を算出した。比較のため、erlotinib (9株) およびafatinib (H1975株) についても同様のアッセイを実施した。各アッセイは4連で実施し、2回繰り返した。

ウエスタンブロット解析: 細胞をibrutinibまたはerlotinibで処理後、溶解液で細胞を回収し、タンパク質濃度を測定した。SDS-PAGEで分離後、ポリフッ化ビニリデン (PVDF) メンブレンに転写し、BTK、リン酸化EGFR (pEGFR Y1068、pEGFR Y1173)、総EGFR、PARP1、カスパーゼ-3、およびβ-アクチンに対する一次抗体を用いて免疫ブロットを行った。二次抗体としてHRP標識抗体を使用し、化学発光法で検出した。

アポトーシス解析: HCC827細胞をibrutinibで処理後、Annexin V-FITC/PI二重染色法を用いてフローサイトメトリーによりアポトーシス細胞の割合を評価した。PARP1およびカスパーゼ-3の切断はウエスタンブロット解析で確認した。

マウス異種移植モデル: 6〜8週齢の雌ヌードマウス (n=5/群) の側腹部にH1975細胞(EGFR L858R+T790M変異)を皮下移植した。腫瘍径が4〜5 mmに達した時点で、以下の3群に無作為に割り付け、連日経口投与を開始した:1) ibrutinib 25 mg/kg、2) erlotinib 50 mg/kg、3) 溶媒(対照群)。腫瘍体積は定期的に測定し、腫瘍径が15 mmに達した時点で安楽死させた。動物実験は、MD Anderson Cancer Centerの施設ガイドラインおよびNIHの「Guidelines for the Care and Use of Laboratory Animals」に従って実施した。

統計解析: 細胞生存率アッセイのデータは、2つのアッセイの平均値と標準偏差で示した。群間の統計的有意差は、両側Studentのt検定および一元配置分散分析(ANOVA)を用いて評価した。P値が0.05未満の場合を統計的に有意と判断した。生存期間の解析にはKaplan-Meier法を用い、平均生存期間はlog-rank検定により比較した。全ての統計解析は両側検定で実施した。