- 著者: William Pao, Vincent A. Miller, Katerina A. Politi, Gregory J. Riely, Romel Somwar, Maureen F. Zakowski, Mark G. Kris, Harold Varmus
- Corresponding author: William Pao (Memorial Sloan-Kettering Cancer Center, New York, NY)
- 雑誌: PLoS Medicine
- 発行年: 2005
- Epub日: 2005-02-22
- Article種別: Original Article
- PMID: 15737014
背景
EGFR チロシンキナーゼドメインの体細胞活性化変異(exon 19 欠失、exon 21 L858R)は、非小細胞肺癌(NSCLC)患者の約 10%(米国)から高頻度(東アジア)で認められ、ゲフィチニブやエルロチニブといった EGFR チロシンキナーゼ阻害剤(EGFR-TKI)への高い感受性と相関することが、複数の先行研究で報告されている(Lynch et al. NEnglJMed 2004、Paez et al. Science 2004、Pao et al. ProcNatlAcadSciUSA 2004)。これらの薬剤は、EGFR 活性化変異を有する NSCLC 患者に劇的な臨床効果をもたらすものの、残念ながら、初期奏効を示した患者のほとんどが最終的に病勢進行を経験する。この獲得耐性のメカニズムは、当時まだ十分に解明されていなかった。
他のキナーゼ阻害剤であるイマチニブを用いた慢性骨髄性白血病(CML)の研究では、ABL キナーゼドメインの変異(特にゲートキーパー変異である T315I)が、イマチニブに対する二次耐性の 50%〜90% を占めることが報告されていた。同様のゲートキーパー変異は、消化管間質腫瘍(GIST)における KIT T670I 変異や、好酸球増多症候群(HES)における PDGFR-α T674I 変異など、他のキナーゼ関連疾患のイマチニブ耐性でも観察されており、キナーゼ阻害剤に対する獲得耐性の共通メカニズムとして、ATP 結合ポケット内のスレオニン残基が嵩高いアミノ酸に置換されることが示唆されていた。
EGFR-TKI に対する獲得耐性においても、同様のメカニズムが存在する可能性が考えられたが、その具体的な分子メカニズムは未解明であった。同時期に Kobayashi らが症例報告で EGFR T790M 変異を報告していたが、複数症例での確認と、この変異が実際に薬剤耐性を付与する機能的な効果を持つかどうかの詳細な解析が不足していた。本研究は、EGFR-TKI に初期奏効後耐性化した肺腺癌患者において、EGFR キナーゼドメインの追加変異を探索し、その機能的意義を明らかにすることを目的とした。
目的
ゲフィチニブまたはエルロチニブに初期奏効後、病勢進行(獲得耐性)を呈した肺腺癌患者の腫瘍検体において、EGFR exon 18-24 の追加変異をシークエンス解析により同定すること。さらに、同定された変異、特に T790M 変異が、EGFR-TKI に対する薬剤感受性に与える機能的影響を、生化学的アッセイおよび細胞株を用いた細胞生存率アッセイにより詳細に解析すること。これにより、EGFR-TKI 獲得耐性の分子メカニズムを解明し、新たな治療戦略開発の基盤を提供することを目的とした。
結果
EGFR 活性化変異の同定と T790M 二次変異の検出: ゲフィチニブまたはエルロチニブに初期奏効後耐性化した肺腺癌患者 6 例中 3 例において、EGFR キナーゼドメインに二次変異である T790M(exon 20, 2369 C→T)が同定された。これらの患者はすべて、治療前に EGFR 活性化変異(exon 19 欠失または exon 21 L858R)を有していた。
患者 1 (delL747-S752 → +T790M): 63歳の非喫煙女性。ゲフィチニブ投与開始前には EGFR L858R 変異が検出された。9ヶ月後の病勢進行時(肺生検)および 14ヶ月後の胸水検体において、L858R 変異に加え、exon 20 の T790M 変異が新たに検出された。胸水検体では T790M 変異アレルがより顕著であり、耐性サブクローンの増殖を示唆した(Figure 2A)。治療前の気管支鏡生検では腫瘍細胞が少なく、変異は検出されなかった。
患者 2 (delL747-E749;A750P → +T790M): 55歳女性。エルロチニブ投与開始前検体には exon 19 欠失(delL747-E749;A750P)のみが検出され、T790M 変異は認められなかった。エルロチニブ投与 23ヶ月後の胸椎進行病変および 25ヶ月後の肺進行病変の両方で、既存の exon 19 欠失に加え、T790M 変異が検出された(Figure 2B)。
患者 3 (delE746-A750 → +T790M): 55歳の非喫煙女性。アジュバントゲフィチニブ投与後の胸水検体で、既存の exon 19 欠失(delE746-A750)に加え、T790M 変異が検出された(Figure 2C)。ゲフィチニブ中止 4ヶ月後の検体であったため、T790M 変異のピークは比較的小さかった。
T790M 変異の頻度と特異性: 治療歴のない NSCLC 患者 155 例(96 例の新鮮凍結腫瘍検体と 59 例のパラフィン包埋腫瘍検体)の EGFR exon 20 シークエンス解析では、T790M 変異は 1 例も検出されなかった。これは、T790M 変異が EGFR-TKI 治療後の獲得耐性に特異的に関連する可能性を示唆する。耐性化した 6 例中 3 例で T790M 変異が検出されたが、残りの 3 例では検出されず、他の耐性メカニズムの存在が示唆された。KRAS exon 2 変異は、耐性化した 6 例すべてで陰性であった。
PCR-RFLP アッセイによる T790M 変異の確認: ダイレクトシークエンスで T790M 変異のピークが小さい場合があったため、新規に開発した PCR-RFLP アッセイを用いて T790M 変異の存在を独立して確認した。このアッセイは、T790M 変異によって生成される NlaIII 制限サイトを利用し、野生型 EGFR が 106 bp の断片を生成するのに対し、T790M 変異型 EGFR は 97 bp の断片を生成する(Figure 3A)。H1975 細胞株(T790M 陽性)では 97 bp と 106 bp の両断片が検出され、H2030 細胞株(野生型 EGFR)では 106 bp 断片のみが検出された。患者検体では、治療前検体では 97 bp 断片は検出されず、病勢進行後の検体でのみ 97 bp 断片が検出され、T790M 変異の存在が確認された(Figure 3B)。このアッセイはダイレクトシークエンスよりも約 2 倍高い感度を示した。
機能解析: T790M 変異による EGFR-TKI 感受性低下: 293T 細胞に野生型 EGFR、L858R 変異 EGFR、または exon 19 欠失変異 EGFR と、それぞれに T790M 変異を導入した構築体を一時的にトランスフェクションし、ゲフィチニブまたはエルロチニブに対するリン酸化 EGFR(p-EGFR)の阻害を評価した。結果として、ゲフィチニブ(20 nM〜2 µM)およびエルロチニブは、野生型 EGFR および L858R 変異 EGFR の p-EGFR を濃度依存的に阻害したが、T790M 変異を有するすべての構築体では p-EGFR が持続し、薬剤による阻害が認められなかった(Figure 4A, 4B, 4C)。これは、T790M 変異が EGFR-TKI の結合を阻害し、キナーゼ活性の抑制を妨げることを示唆する。
NSCLC 細胞株における薬剤感受性: NSCLC 細胞株を用いた Calcein AM 生細胞アッセイでは、L858R 変異単独の H3255 細胞株はゲフィチニブに対し高い感受性を示し、IC50 は約 0.01 µM であった(Figure 5)。一方、L858R 変異と T790M 変異の両方を有する H1975 細胞株は、ゲフィチニブに対し約 100 倍の感受性低下を示し、IC50 は約 1 µM であった。この感受性は、野生型 EGFR と KRAS 変異を有する H2030 細胞株と同程度であった。エルロチニブでも同様の結果が得られた(Figure S3)。RT-PCR とクローニングによる解析で、H1975 細胞株では T790M 変異と L858R 変異が同一アレル上に存在することが確認された。
考察/結論
本研究は、ゲフィチニブまたはエルロチニブに初期奏効後耐性化した肺腺癌患者において、EGFR キナーゼドメインの T790M 二次変異が薬剤耐性と関連することを、複数症例(6 例中 3 例)の分子解析と機能解析によって初めて実証した。この知見は、同時期に Kobayashi らが報告した症例報告を裏付け、EGFR-TKI 獲得耐性における T790M 変異の主要な役割を確立するものであった。
先行研究との違い: 従来の EGFR-TKI 感受性変異(L858Rやexon 19欠失)が薬剤への応答性を示す一方で、本研究はこれらの変異を持つ腫瘍が治療後に獲得する耐性のメカニズムを分子レベルで解明した点で、これまでの研究とは異なる。特に、T790M変異が、薬剤感受性EGFR変異と共存することで、その感受性を著しく低下させることを生化学的および細胞レベルで示した点は重要である。
新規性: 本研究で初めて、T790M 変異が BCR-ABL の T315I、KIT の T670I、PDGFR-α の T674I と同様のゲートキーパー変異であり、キナーゼ阻害剤耐性に共通するスレオニンから嵩高い残基への置換という原則が EGFR-NSCLC でも保存されていることを新規に示した(Table 3)。T790M 変異は、EGFR キナーゼドメインの ATP 結合ポケット内に位置し、ゲフィチニブやエルロチニブのアニリン基との水素結合を妨げ、嵩高いメチオニン側鎖が薬剤の芳香族部分と立体的な衝突を起こすことで、ATP 結合には影響を与えずに薬剤結合を阻害すると考えられる。
臨床応用: 本知見は、EGFR-TKI 獲得耐性に対する新たな治療戦略の合理的開発の出発点となった。T790M 変異の同定は、CL-387,785、HKI-272(ネラチニブ)といった不可逆的第二世代 EGFR-TKI、さらに T790M 選択的第三世代阻害薬(オシメルチニブ)の開発を促進した。また、ラパチニブのように異なる結合様式を持つ阻害薬の可能性も提示された。これらの薬剤は、T790M 変異を有する腫瘍に対する効果が期待される。さらに、本研究は、標的療法における治療中の再生検(rebiopsy)の重要性を強調し、病勢進行時の腫瘍組織の分子プロファイリングが、治療選択に不可欠であることを示した。
残された課題: 本研究では、獲得耐性を示した 6 例中 3 例で T790M 変異が検出されなかった。これは、他の代替的な耐性メカニズムが存在することを示唆しており、今後の検討課題である。後の研究で MET 遺伝子増幅、HER2 遺伝子増幅、小細胞癌への形質転換などが同定されているが、本研究時点ではこれらは未解明であった。また、T790M 変異を有するサブクローンが、治療開始前から低頻度で存在し、TKI 圧下で選択的に増殖するのか、あるいは治療中に de novo に出現するのかについても、さらなる研究が必要である。H1975 細胞株が治療歴なしに T790M 変異を持つことの意義も、今後の研究で解明されるべき点である。
方法
本研究では、Memorial Sloan-Kettering Cancer Center において、ゲフィチニブまたはエルロチニブに初期奏効後、病勢進行を呈した肺腺癌患者 5 例と、アジュバント療法中に再燃した 1 例の計 6 例から、治療前および治療後の腫瘍検体(気管支鏡生検、CTガイド下生検、胸水など)を採取した。これらの検体からゲノム DNA を抽出し、EGFR exon 18-24 および KRAS exon 2 の領域についてダイレクトシークエンス解析を実施した。すべてのシークエンス反応は順方向および逆方向の両方で行われ、同定された変異は独立した PCR 産物から少なくとも 2 回確認された。
特に、新規に同定された T790M 変異(2369 C→T)については、NlaIII 制限酵素サイトの生成を利用した PCR-RFLP(制限酵素断片長多型)蛍光キャピラリー電気泳動アッセイも開発し、その存在を確認した。この PCR-RFLP アッセイは、H1975 細胞株(L858R および T790M 陽性)と H2030 細胞株(EGFR 野生型)の DNA を用いた希釈系列で校正され、ダイレクトシークエンスの感度 6% に対し、3% の変異アレルを検出可能であった。
機能解析のため、野生型 EGFR、L858R 変異 EGFR、delL747-E749;A750P 変異 EGFR のそれぞれに T790M 変異を導入した EGFR cDNA を作製した。これらの cDNA を 293T ヒト胎児腎細胞に一時的にトランスフェクションし、ゲフィチニブまたはエルロチニブ存在下でのリン酸化 EGFR(Y1092)および総 EGFR のウェスタンブロット解析により、薬剤感受性を評価した。
さらに、NSCLC 細胞株である H3255(L858R 変異単独)、H1975(L858R 変異と T790M 変異を両方持つ)、および H2030(KRAS G12C 変異、EGFR 野生型)を用いて、Calcein AM 生細胞アッセイにより、ゲフィチニブおよびエルロチニブに対する細胞生存率を比較した。これにより、T790M 変異が細胞レベルでの薬剤耐性にどのように寄与するかを評価した。H1975 細胞における T790M と L858R 変異の同一アレル上の存在は、RT-PCR 後に cDNA をクローニングし、個々のクローンをシークエンス解析することで確認された。