- 著者: Katharine A. Price, Christopher G. Azzoli, Lee M. Krug, et al.
- Corresponding author: Vincent A. Miller (Memorial Sloan-Kettering Cancer Center, New York)
- 雑誌: Journal of Thoracic Oncology
- 発行年: 2010
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 20871262
背景
非小細胞肺がん (NSCLC) において、上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害薬 (EGFR-TKI) であるゲフィチニブやエルロチニブは、EGFR遺伝子変異陽性患者に高い奏効を示すが、最終的には獲得耐性を生じ、病勢進行に至ることが知られている Lynch et al. NEnglJMed 2004、Paez et al. Science 2004、Pao et al. ProcNatlAcadSciUSA 2004。獲得耐性の機序の一つとして、PI3K/Akt/PTEN/mTOR経路の下流活性化が示唆されており、この経路の異常はEGFR-TKIの初期耐性にも関与する可能性が指摘されている。特に、KRAS遺伝子変異はEGFR-TKIに対する原発性耐性と関連することが報告されている Pao et al. PLoSMed 2005。
mTOR (mammalian target of rapamycin) は、PI3K/Akt/PTEN経路の下流に位置するセリン・スレオニンキナーゼであり、細胞の増殖と生存を制御する。前臨床研究では、mTOR阻害薬がNSCLC細胞において抗腫瘍活性を示す可能性が示唆されていた。しかし、mTOR阻害薬単独での第II相臨床試験における客観的奏効割合 (ORR) は、進行NSCLC患者で3〜8%と限定的であった。EGFR-TKIとmTOR阻害薬を併用することで、EGFR経路とPI3K/Akt/mTOR経路の両方を二重に阻害し、相乗的な抗腫瘍効果が得られる可能性が前臨床的に示唆されていた。特に、EGFR変異陰性やKRAS変異陽性の患者群において、この併用療法が新たな治療選択肢となることが期待された。
本研究のPhase I部分では、ゲフィチニブ250 mg/日とエベロリムス5 mg/日の併用療法の安全性が確認された。しかし、この組み合わせがEGFR-TKI感受性の低い集団、特に喫煙歴のある患者やKRAS変異を有する患者において、臨床的に意味のある有効性を示すかについては、さらなる検討が必要であり、その有効性は未解明であった。既存の治療法では十分な効果が得られない患者群に対する新たな治療戦略の開発が不足しており、この併用療法の臨床的有用性を評価することが重要な課題として残されていた。特に、EGFR変異が検出されない、あるいはKRAS変異が存在する患者群において、従来のEGFR-TKI単剤療法では奏効が期待できないため、新たな治療アプローチが強く求められていた。
目的
本研究の目的は、進行非小細胞肺がん (NSCLC) 患者を対象に、ゲフィチニブ250 mg/日とエベロリムス5 mg/日の併用療法の客観的奏効割合 (ORR) を評価することである。具体的には、未治療の患者コホートと、プラチナ製剤およびドセタキセルまたはペメトレキセドによる化学療法既治療の患者コホートの2群において、主要評価項目であるORRを評価し、この併用療法がさらなる検討に値するかを判断する。副次評価項目として、無増悪生存期間 (PFS) および全生存期間 (OS)、ならびに安全性プロファイルを評価する。また、EGFRおよびKRAS遺伝子変異の有無と治療奏効との関連性についても探索的に解析し、特定の分子サブタイプにおける併用療法の有効性を検討する。本試験は、この併用療法が、特にEGFR-TKIに抵抗性を示す可能性のある患者群において、臨床的に意義のある改善をもたらすかどうかの判断基準を提供することを意図している。
結果
患者登録と背景: 2004年5月から2008年8月にかけて、合計62名の患者が本試験に登録された。内訳は、化学療法未治療コホート1が31名、化学療法既治療コホート2が31名であった。患者の年齢中央値は66歳 (範囲 40-86歳)、女性が50%、98%がIV期、全例が現在喫煙者または元喫煙者であり、85%が腺癌であった (Table 1)。EGFR変異解析は59/62例で実施され、EGFR活性化変異は3例 (5%) で検出された (エクソン19欠失が3例)。KRAS変異解析は55/62例で実施され、KRAS変異は16例 (29%) で検出された。KRAS変異の内訳は、G12Cが7例、G12Aが2例、G12Vが2例、G12Dが2例、G12Fが2例、G13Dが1例であった。
主要エンドポイント (ORR) の達成状況: 全患者62例における客観的奏効割合 (ORR) は13% (8/62例、95% CI 5-21%) であった。8例全てが部分奏効 (PR) であり、完全奏効 (CR) は認められなかった。化学療法未治療コホート1では5例がPRを達成し、化学療法既治療コホート2では3例がPRを達成した。いずれのコホートも、Simon二段階デザインで事前設定された成功基準である「31名中6名以上 (19%) の奏効」を達成しなかったため、本併用療法はさらなる検討に値しないと判断された。部分奏効を達成した8例における奏効持続期間中央値は10ヶ月であった。
無増悪生存期間 (PFS) および全生存期間 (OS): 全患者における無増悪生存期間 (PFS) 中央値は4ヶ月 (範囲 1-26ヶ月) であった。全生存期間 (OS) 中央値は12ヶ月であった。コホート別にみると、化学療法未治療コホート1のOS中央値は27ヶ月 (95% CI 13.9-37.0ヶ月)、化学療法既治療コホート2のOS中央値は11ヶ月 (95% CI 7.8-15.0ヶ月) であった (Figure 3)。化学療法未治療コホートの1年生存率は59%であり、既治療コホートの1年生存率は39%であった。コホート1でのOS延長は、試験治療後に受けた後続治療 (化学療法やEGFR-TKIなど) の影響が大きいと解釈された。全体的なPFS 4ヶ月、OS 12ヶ月という成績は、併用療法による相乗効果を明確に支持するものではなかった。
EGFR変異およびKRAS変異と奏効の関連: EGFR活性化変異陽性患者 (n=3) のうち、3例全て (100%) が部分奏効を達成した。これはゲフィチニブのEGFR変異に対する既知の感受性を反映していると考えられる。EGFR変異陰性患者 (n=59) における奏効割合は8% (5/59例、95% CI 1-15%) であった。EGFR変異陽性で奏効した患者のうち1例は、後にT790M変異を獲得し、病勢進行を認めた。 KRAS変異陽性患者 (n=16) のうち、2例 (13%、95% CI 4-36%) で部分奏効が認められた。興味深いことに、この2例はいずれもKRAS G12F変異を有していた。KRAS G12F変異はNSCLCにおけるKRAS変異全体の1%未満と稀なサブタイプである。KRAS G12F変異以外のKRAS変異を有する患者では奏効は認められなかった (Figure 1, Figure 2)。この結果は、KRAS G12F変異を有する腫瘍においてmTOR阻害薬が特異的な活性を示す可能性を示唆する、仮説生成的な知見である。
安全性プロファイル: 治療関連有害事象はTable 2に示されている。最も頻繁に報告された有害事象 (全グレード) は、皮疹/落屑 (60%)、下痢 (56%)、口腔内潰瘍 (52%)、疲労 (45%) であった。グレード3/4の非血液学的毒性は13名の患者で経験された。主なグレード3/4毒性には、下痢 (4例、6%)、疲労 (4例、6%)、リンパ球減少症 (13例、21%)、低ナトリウム血症 (5例、8%)、血小板減少症 (4例、6%)、貧血 (4例、6%) などが含まれた。重篤な有害事象は21名の患者で30件報告された。治療関連の入院は1件 (グレード3の下痢) であった。7名の患者 (11%) が毒性のため減量を要し、19名の患者 (31%) が治療中断を要した。2名の患者が薬剤関連の肺毒性の懸念から試験を中止した。1名の患者は、ゲフィチニブ関連の肺毒性が疑われ、治療中止後5日後に死亡した。全体として、安全性プロファイルは許容範囲内であったが、有効性の限界から試験はnegativeと結論された。
考察/結論
本第II相試験は、進行NSCLC患者に対するゲフィチニブとエベロリムスの併用療法が、全体で13%という限定的な客観的奏効割合しか示さず、事前設定された奏効閾値である19%を達成しなかったため、negative trialと結論された。この結果は、本併用療法がさらなる大規模な臨床試験に進むべきではないことを示唆している。
先行研究との違い: 本研究のORR 13%は、未選択のNSCLC患者におけるゲフィチニブ単剤の奏効割合 (約1%) や、mTOR阻害薬単剤の奏効割合 (3-8%) と比較して、顕著な改善を示さなかった。これは、前臨床データで示唆された相乗効果が、臨床現場の未選択患者集団では十分に発揮されなかったことを示唆しており、これまでの期待とは対照的な結果であった。特に、本試験の患者は全例が喫煙者または元喫煙者であり、EGFR変異陽性患者が少ない集団であったため、ゲフィチニブ単剤でのベースライン活性が低かったことが、全体の奏効割合を押し下げた一因と考えられる。Mok et al. NEnglJMed 2009の報告では、EGFR変異陰性患者におけるゲフィチニブの奏効割合は1%であった。本研究におけるEGFR変異陰性患者での奏効割合8%は、エベロリムス単独または併用療法による活性を反映している可能性が示唆される。
新規性: 本研究で初めて、KRAS G12F変異を有する2例の患者がゲフィチニブとエベロリムスの併用療法で部分奏効を達成したことは、新規の興味深い知見である。KRAS G12F変異はNSCLCにおけるKRAS変異の稀なサブタイプであり、この特定の変異がmTOR阻害薬に対する感受性と関連する可能性を示唆する。これは、KRAS変異を有するNSCLC患者の一部に対する標的治療の可能性を示唆するものであり、これまで報告されていない特異的なバイオマーカーの同定につながる可能性がある。
臨床応用: 本研究の知見は、EGFR変異の有無にかかわらず、進行NSCLC患者にゲフィチニブとエベロリムスの併用療法を広く適用することの臨床的有用性が限定的であることを示している。しかし、KRAS G12F変異を有する患者における奏効は、特定の分子サブタイプに焦点を当てた治療戦略の重要性を強調するものであり、将来的な臨床応用に向けて、このサブタイプにおけるmTOR阻害薬の役割をさらに検討する臨床的意義がある。
残された課題: 今後の検討課題として、KRAS G12F変異を有するNSCLC患者におけるmTOR阻害薬の有効性を検証するためのさらなる前臨床および臨床研究が必要である。また、mTOR阻害がMAPK経路やAkt経路の活性化を誘導するフィードバックループの存在が報告されており、これらの経路を同時に阻害する併用療法の検討も残された課題である。本試験のlimitationとしては、EGFR変異のスクリーニングが限定的であったこと、PIK3CA変異やPTEN状態などの追加のバイオマーカー情報が不足していたことが挙げられる。これらの分子学的情報を包括的に評価することで、mTOR阻害薬の作用機序や耐性メカニズムに関するより深い洞察が得られる可能性がある。
方法
本研究は、Memorial Sloan-Kettering Cancer Centerで実施された第II相単群Simon二段階デザインの臨床試験である。進行NSCLC患者62名が登録され、以下の2つのコホートに分けられた:コホート1は化学療法未治療患者31名、コホート2はシスプラチンまたはカルボプラチンとドセタキセルまたはペメトレキセドによる化学療法既治療患者31名である。この試験は、NCT番号が付与されていないものの、Memorial Sloan-Kettering Cancer Centerの治験審査委員会によって承認された。
患者選択基準: 病理学的に確認されたIIIB期(悪性胸水または心嚢水を含む)、IV期、または再発NSCLC患者が対象とされた。Karnofskyパフォーマンスステータスは70%以上、測定可能病変を有することが必須であった。不安定な脳転移、他の活動性癌、またはEGFR-TKIによる治療歴がある患者は除外された。本試験では、EGFR-TKI感受性が低い集団を対象とするため、全患者が現在喫煙者または元喫煙者であった。
治療: 全患者にゲフィチニブ250 mg/日とエベロリムス5 mg/日が毎日経口投与された。これは以前の第I相試験で決定された用量である。毒性管理のため、エベロリムスは2.5 mg/日に、ゲフィチニブは250 mg隔日投与に減量することが許容された。グレード3または4の毒性に対しては、毒性がグレード1以下に回復するまで両薬剤の一時的な投与中断が許容された。グレード3または4の皮膚毒性の場合、ゲフィチニブのみを中断し、エベロリムスは継続された。
評価: 治療開始後1ヶ月目に評価を行い、その後は2ヶ月ごとに評価を実施した。腫瘍反応はRECIST (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors) ガイドラインに基づき評価された Therasse et al. JNatlCancerInst 2000。有害事象はNCI-CTCAE (National Cancer Institute Common Terminology Criteria for Adverse Events) version 3.0を用いてグレード分類された。
統計解析: Simon二段階デザインが用いられ、各コホートで個別に評価された。各コホートの最初の16名で2名未満の奏効であった場合、そのコホートは不活性と判断され、患者登録は中止されることになっていた。16名中2名以上の奏効が認められた場合、コホートは31名に拡大された。ゲフィチニブとエベロリムスの併用療法がさらなる検討に値すると判断される基準は、いずれかのコホートで31名中6名以上 (19%) の客観的奏効が認められた場合と設定された。このデザインは、第一種過誤率10%、検出力80%であった。無増悪生存期間 (PFS) は、治験薬初回投与日から客観的な病勢進行が最初に確認された日までの期間と定義された。全生存期間 (OS) は、試験登録日から死亡日までの期間と定義され、Kaplan-Meier法を用いて推定された。
分子生物学的解析: 治療前の腫瘍組織検体は、EGFRエクソン19および21、ならびにKRASエクソン2の変異解析に供された。これらの解析は、既報の標準的な方法を用いて実施された。