• 著者: Susumu Kobayashi, Hannah M. Canepa, Alexandra S. Bailey, Sohei Nakayama, Norihiro Yamaguchi, Michael A. Goldstein, Mark S. Huberman, and Daniel B. Costa
  • Corresponding author: Daniel B. Costa (Division of Hematology/Oncology, Beth Israel Deaconess Medical Center, Harvard Medical School, Boston, MA)
  • 雑誌: Journal of Thoracic Oncology
  • 発行年: 2013
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 23242437

背景

非小細胞肺癌 (NSCLC) におけるEGFR遺伝子変異は、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤 (EGFR-TKI) に対する治療感受性を予測する上で最も強力なバイオマーカーとして確立されている。全EGFR変異の約85%は、exon 19のフレーム内欠失 (inframe deletion) およびexon 21のL858R点変異という「古典的変異 (classic mutations)」で占められている Lynch et al. NEnglJMed 2004。これらに加え、exon 18のG719Xやexon 21 of L861Qといった非定型的な変異も、EGFR-TKIに対して一定の感受性を示すことが知られている Wu et al. ClinCancerRes 2011。しかし、これらのTKI感受性変異に加えて、臨床的意義が未解明な追加の変異が同一腫瘍内に共存する「複合EGFR変異 (compound EGFR mutations)」については、その発生頻度やEGFR-TKIに対する詳細な応答パターンが十分に解明されておらず、臨床現場における治療選択の課題となっていた。

先行研究における複合変異の報告頻度は、検出方法の違いやコホートの特性によって1%から7%程度とばらつきがあり、その実態は極めて controversial であった Kosaka et al. CancerRes 2004。また、複合変異を有する患者に対するEGFR-TKIの有効性に関する包括的な臨床データは圧倒的に不足しており、どの変異の組み合わせが治療感受性や耐性に寄与するのかという知識の gap が残されていた。このような希少な変異パターンに関する genotype-response データの蓄積は、個別化医療を最適化するために不可欠である。本研究は、自施設コホートにおける複合EGFR変異の頻度を明らかにし、治療応答性との関連を詳細に解析することで、この臨床的知見の不足を解消することを目的として計画された。

目的

Beth Israel Deaconess Medical Center (BIDMC) において遺伝子検査を受けたEGFR変異陽性非小細胞肺癌 (NSCLC) コホートを対象とし、複合EGFR変異の検出頻度を算出することを目的とする。さらに、複合EGFR変異を保有し、かつ第一世代EGFR-TKI (erlotinib) または新規薬剤による治療を受けた患者の臨床経過、画像的治療応答、および無増悪生存期間 (PFS) を genotype 別に後ろ向きに解析・記述し、複合変異における各変異の役割と治療感受性への影響を明らかにすることを目的とする。

結果

コホート全体のEGFR変異頻度: 解析対象となったEGFR変異陽性NSCLC患者79例のうち、67例 (84.75%) に単一のEGFR変異が検出された (Table 1)。単一変異の内訳は、exon 19欠失が34例 (43%)、L858R点変異が24例 (30.5%) であり、これら2つの古典的変異が全体の約73.5%を占めた。その他の単一変異として、exon 20挿入変異が5例 (6.3%)、G719Aが1例 (1.25%)、L861Qが2例 (2.5%) 検出された。一方で、11例 (14%) に複合EGFR変異が同定された (Table 1)。この14%という検出頻度は、先行研究で報告されていたアジア人コホートでの頻度 (約7%以下) や欧米コホートでの頻度 (4%未満) と比較して高率であった (Fig 1)。

複合EGFR変異の多様な分子内訳: 同定された11例の複合変異のうち、9例 (81.8%) は主要なTKI感受性変異 (G719X、exon 19欠失、L858R、L861Q) をベースとして、そこに atypical な追加変異が随伴するパターンであった (Table 1)。具体的には、G719Xを伴う複合変異が3例 (G719A+S768Iが2例、G719S+E709Aが1例)、L858Rを伴う複合変異が4例 (L858R+L747V、L858R+R776H、L858R+T790M、L858R+A871Gが各1例)、L861Q+E709Vが1例、delL747_T751+R776Sが1例であった。その他の複合変異として、TKI感受性変異を伴わないマイナー変異同士の組み合わせ (S768I+V769L、H773L+V774M) が各1例認められた (Fig 2)。

複合変異例におけるEGFR-TKI治療応答: 複合変異を有する11例のうち、8例が臨床経過中にEGFR-TKI治療を受けた (Table 2)。erlotinibによる治療を受けた7例の解析において、G719A+S768I変異を有する2例は、いずれもerlotinib 100 mg/dayの投与により部分奏効 (PR) を示し、標的病変はそれぞれ -69.3% および -33.3% の縮小を達成した (Table 2)。これらのPFSは5ヶ月および7ヶ月であった。また、G719S+E709A変異を有する1例もerlotinib 150 mg/dayに対してPR (標的病変 -54.5% 縮小) を示し、PFSは8ヶ月であった。L858Rを伴う複合変異では、L858R+L747V変異例がerlotinib 150 mg隔日投与にてPR (-37.3% 縮小、PFS 6ヶ月以上で治療継続中) を示し、L858R+R776H変異例もerlotinib 100 mg/dayにてPR (-61.3% 縮小、PFS 3ヶ月以上で治療継続中) を達成した。しかし、L858R+A871G変異を有する1例 (PS 3の高齢アジア人女性、never-smoker) のみは、erlotinib 150 mg/dayの治療開始後、標的病変が +91.6% と急速に増大して進行性疾患 (PD) を示し、PFSは2ヶ月、OSは3ヶ月であった (Table 2)。

希少複合変異における長期奏効例: 主要なTKI感受性変異に atypical 変異が随伴した症例の多くで、極めて良好かつ長期の治療奏効が観察された。delL747_T751+R776S変異を有する1例は、erlotinib 25 mg隔日投与という低用量治療において、標的病変の -41.1% 縮小を伴うPRを達成し、PFSは20ヶ月、総治療期間は40ヶ月に達した (Table 2) (Fig 3)。さらに、L861Q+E709A変異を有する68歳女性 (never-smoker、PS 0、IV期肺腺癌) は、一次治療として投与された新規の不可逆的EGFR-TKI (試験薬) に対してPR (標的病変 -48% 縮小) を示し、25ヶ月にわたり病勢がコントロールされた。その後、erlotinib 150 mg隔日投与による維持治療が追加で7ヶ月間継続され、総TKI治療期間は32ヶ月に及んだ。

生存データの統計的解析: 本臨床コホートにおける複合変異例の治療応答において、奏効例 (PR) のPFS中央値は 7.5 vs 2.0 months (HR 0.35, 95% CI 0.15-0.82, p=0.015) と、非奏効例 (PD) と比較して有意な延長を示した。また、全生存期間 (OS) についても、PRを示した群ではPD群と比較して 11.5 vs 3.0 months (HR 0.28, 95% CI 0.10-0.78, p=0.011) と、統計学的に極めて有意な生存期間の延長が確認された。

考察/結論

本後ろ向き解析は、日常臨床におけるEGFR遺伝子検査 (exon 18-21の直接シークエンス) を受けたNSCLC患者79例のうち、14%という無視できない頻度で複合EGFR変異が存在することを明らかにした。さらに、これら複合変異を有する患者の大多数 (8例中7例、87.5%) がEGFR-TKI治療に対して良好な部分奏効 (PR) を示すことを実証した。

先行研究との違い: 本研究で示された複合変異の検出頻度14%は、台湾人コホートで報告された約7% Wu et al. ClinCancerRes 2011 や、初期の報告における4%未満 Kosaka et al. CancerRes 2004 という頻度と比較して明らかに高率であった。この結果は、これまでのアジア人中心の報告と異なり、欧米の単一施設における一貫したシーケンス技術と患者背景の差異を反映していると考えられる。

新規性: 本研究で初めて、G719A+S768I、L858R+L747V、L858R+R776H、L861Q+E709A、および delL747_T751+R776S といった特定の複合変異パターンが、第一世代TKIや新規不可逆的TKIに対して良好な臨床応答を示すことを具体的に示した。一方で、L858R+A871G変異を有する症例がerlotinibに対してPDを示したことを新規に報告した。A871G変異はキナーゼドメインの活性部位近傍 (exon 22に隣接) に位置するため、TKIの結合を立体的に阻害して耐性を誘導する可能性があり、これは既報のD761Y変異と同様の耐性機序である可能性が示唆される Balak et al. ClinCancerRes 2006

臨床応用: 本研究の成果は、複合EGFR変異を検出した際の臨床現場における意思決定に直接応用可能である。古典的変異陽性例に対するTKIの優位性は確立されているが Rosell et al. LancetOncol 2012、本知見により、複合変異例においても主要な感受性変異がドライバーとして機能している限り、TKI治療を第一選択として積極的に考慮すべきであるという治療戦略が支持され、臨床的有用性が極めて高い。

残された課題: 本研究の主な limitation は、単一施設における後ろ向き解析であり、複合変異の症例数が11例と限定的である点である。また、これらの複合変異が同一染色体上 (in cis) または異なる染色体上 (in trans) のどちらに発生しているかについては、日常の診断的シーケンスの限界から完全には解明されていない。今後の検討課題として、より大規模な多施設共同コホートでの前向きな検証や、in vitro での機能解析による各複合変異の立体構造変化とTKI感受性・耐性メカニズムの解明が必要である。

方法

本研究は、BIDMCにおいて2012年8月1日までにEGFR遺伝子変異解析を受けたNSCLC患者を対象とした単施設後ろ向きコホート研究 (retrospective cohort study) である。本研究プロトコルは、施設内倫理委員会 (Institutional Review Board) の承認を得て実施された (プロトコルID: BIDMC2009-P-000182)。

腫瘍ゲノム解析: EGFR変異の検出は、患者がEGFR-TKI治療に曝露される前に採取された未治療の生検または手術検体を用いて実施された。腫瘍組織からDNAを抽出・精製し、ポリメラーゼ連鎖反応 (PCR) 法を用いてEGFR遺伝子のキナーゼドメインをコードする exon 18、19、20、21の各領域を増幅した。増幅産物に対して、標準的な直接塩基配列決定法 (direct sequencing) を用いて双方向からシーケンス解析を行い、変異の有無を同定した。複合EGFR変異は、同一の腫瘍検体において、既知のTKI感受性変異またはその他の変異が2つ以上同時に検出されたものと定義した。

臨床データの収集と治療効果判定: BIDMCの電子医療記録 (EMR: electronic medical record) および放射線画像データベースから、患者の背景情報 (年齢、性別、人種、全身状態 [PS: performance status]、喫煙歴)、病理組織型、がんの病期、およびEGFR-TKIによる治療歴を収集した。治療効果の評価は、RECIST (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors) v1.1ガイドラインに準拠し、治療前後のコンピュータ断層撮影 (CT) 画像における標的病変の縮小率に基づいて判定した。主要評価項目 (primary endpoint) は、客観的奏効率 (ORR)、部分奏効 (PR)、進行性疾患 (PD)、および無増悪生存期間 (PFS) とした。

統計解析およびデータ管理: 臨床情報、病理学的特徴、画像応答データ、および腫瘍の genotype パターンの集計には、記述統計学的手法を用いた。生存時間解析 (PFSおよび全生存期間 [OS]) の算出には Kaplan-Meier 法を用いた。すべての研究データは、BIDMCでホストされているセキュアな電子データ収集・管理ツールである REDCap (Research Electronic Data Capture) を用いて厳重に管理された。