• 著者: Balak MN, Gong Y, Riely GJ, Somwar R, Li AR, Zakowski MF, Chiang A, Yang G, Ouerfelli O, Kris MG, Ladanyi M, Miller VA, Pao W
  • Corresponding author: William Pao (Human Oncology and Pathogenesis Program, Memorial Sloan-Kettering Cancer Center, New York, NY)
  • 雑誌: Clinical Cancer Research
  • 発行年: 2006
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 17085664

背景

EGFR遺伝子の活性化変異(exon 19欠失やL858Rなど)を有する非小細胞肺がん(NSCLC)患者は、gefitinibやerlotinibといったEGFRチロシンキナーゼ阻害薬(TKI)の単剤療法に対して劇的な初期奏効を示すことが知られている。しかし、これらの患者は中央値で約12ヶ月後に全例が獲得耐性を発現し、病勢が進行するという共通の課題に直面する。この獲得耐性のメカニズムを解明し、克服することは、EGFR変異陽性NSCLC患者の長期的な治療成績向上にとって喫緊の課題であった。

先行研究である Pao et al. PLoSMed 2005 は、獲得耐性を示したNSCLC患者5例の腫瘍を解析し、そのうち2例(40%)でEGFR T790M二次変異を同定した。このC→T変異(ヌクレオチド2,369、exon 20)は、アミノ酸レベルでメチオニン→トレオニン置換(T790M)を引き起こし、gefitinibやerlotinibのEGFR ATP結合ドメインへの結合を立体的に阻害すると予測された。この報告以降、複数の研究グループから同様のT790M変異に関する報告が相次ぎ、合計26例の獲得耐性症例におけるT790M変異の解析結果がまとめられた。これらの報告では、二次変異を保有する15例中14例(93%)がT790M変異を有することが示され、その高頻度性が注目された。

他のキナーゼ阻害薬耐性メカニズムと比較しても、EGFR T790M変異の頻度と集中度は際立っていた。例えば、ABL-imatinib系におけるBCR-ABL T315I変異は約20%の耐性例で認められ、KIT-imatinib系におけるKIT T670I変異は27%の耐性例で報告されているに過ぎない。このようなEGFR T790M変異の特異的に高い頻度は、その生物学的機序の解明が重要であることを示唆していた。

EGFR活性化変異は、日本人や東アジア人ではNSCLC患者の約25%に、米国人では約10%に認められることが報告されており Pao et al. ProcNatlAcadSciUSA 2004、そのうち約90%がexon 19欠失またはL858Rミスセンス変異として分布する Lynch et al. NEnglJMed 2004Paez et al. Science 2004。これらの変異はTKIに対する高い初期奏効率と関連するものの、獲得耐性の問題は依然として未解明な部分が多く、その克服戦略が強く求められていた。特に、中枢神経系(CNS)における薬剤選択圧の違いが、末梢とは異なる耐性メカニズムを選択する可能性については、これまで十分に検討されておらず、重要な知識ギャップが残されていた。

本研究は、さらに16例のEGFR-TKI獲得耐性NSCLC患者を追加で解析し、T790M変異の頻度をより大規模なコホートで確定するとともに、新規の二次変異の探索、多臓器における耐性メカニズムの空間的比較、およびEGFR遺伝子増幅の耐性への寄与を包括的に評価することを目的とした。特に、中枢神経系(CNS)における薬剤選択圧の違いが、末梢臓器とは異なる耐性メカニズムを選択する可能性については、これまで十分に検討されておらず、重要な知識ギャップが残されていた。

目的

本研究の目的は、EGFR-TKI単剤療法に対し獲得耐性を示した16例の追加患者コホートを詳細に解析し、以下の点を明らかにすることである。(1) 獲得耐性における既報のT790M変異の頻度をより大規模なコホートで確定する。(2) T790M以外の新規二次変異を探索し、その機能的意義をin vitroで解析する。(3) 剖検例における複数転移部位の解析を通じて、中枢神経系(CNS)と末梢臓器における薬剤選択圧の違いが耐性メカニズムに与える影響を検討する。(4) EGFR遺伝子増幅が獲得耐性に寄与する可能性を評価する。これらの解析により、EGFR-TKI獲得耐性の包括的なメカニズムを解明し、将来的な耐性克服戦略の基盤を構築することを目指した。

結果

T790M変異の高頻度と既報との統合解析: 本研究で解析した16例中7例(44%)において、既報のT790M変異が検出された (Table 1)。この内訳は、EGFR exon 19欠失とT790M変異の併存が5例(71%)、L858R変異とT790M変異の併存が2例(43%)であった。患者のTKI治療期間は中央値13ヶ月(範囲7-28ヶ月)であり、TKI治療期間と耐性変異の保有の有無との間に明確な相関は認められなかった。本シリーズのデータ(7/16例、44%)に、先行研究である Pao et al. PLoSMed 2005 の結果(2/5例、40%)を統合すると、合計21例中10例(48%)で二次変異が確認された。さらに、これまでの全ての報告を合わせた26例の統合解析では、15例が二次変異を保有し、そのうち14例(93%)がT790M変異であった (Table 3)。4例において、前治療検体ではT790M変異が検出されず、耐性獲得後の検体でのみ検出されたことから、TKIによる選択圧によってT790M変異を持つ細胞亜集団が拡大したという動態が強く支持される。TKI治療期間と二次EGFR変異保有の有無、および前治療化学療法や放射線療法との間に有意な相関は認められなかった。T790MがABL T315I(imatinib耐性の約20%)やKIT T670I(27%)と比較して際立って高頻度に選択される理由として、EGFRがerlotinibを活性コンホメーションで結合すること(imatinibがABL・KITを不活性コンホメーションで結合するのとは異なり)、その活性コンホメーションのATP結合ポケットを干渉するT790M変異が支配的に選択されるという理解が提示された。

新規D761Y変異の同定と機能解析: 症例8(72歳東アジア人女性、never smoker、IV期NSCLC)は、gefitinib奏効13ヶ月後に右胸膜進行を認め、その後失語症を呈し、磁気共鳴画像で左前頭葉に大型転移病巣が確認され外科切除された。この脳転移病巣のDNA解析により、優位なヘテロ接合性L858R変異(exon 21)に加えて、exon 19の3’末端に新規G→T変異(ヌクレオチド2,281)が同定された(Figure 1)。この変異は、アミノ酸置換D761Y(α-Cヘリックス領域)を引き起こす。RT-PCRクローニングにより、20クローン中13クローン全てが両変異(D761Y + L858R)を同一アレル上に保有することが確認された(残り7クローンは野生型配列)。患者の末梢血DNAでは両変異とも未検出であり、体細胞性変異であることが確認された。293T細胞を用いた免疫ブロット解析では、L858R+D761Y変異EGFRはgefitinibに対してL858R単独よりもわずかな感受性低下(10-fold未満)を示したが、L858R+T790Mの高度耐性(10 µmol/Lでもリン酸化が残存)とは対照的な中程度の耐性であった(Figure 2B)。Ba/F3安定発現株(n=3反復実験)を用いた増殖阻害試験では、D761Y+L858R細胞はL858R単独細胞と比較して約2-foldのgefitinib感受性低下を示し、erlotinibでも同様の傾向が認められた(Figure 2C)。不可逆的阻害薬であるCL-387,785およびHKI-272に対しても、D761Y+L858R細胞はL858R単独とL858R+T790Mの中間的な感受性を示した(Figure 2D, E)。特にHKI-272に対しては、gefitinibと比較してD761Y+L858R細胞の相対的感受性がさらに低く、可逆的TKIと不可逆的TKIに対する感受性プロファイルが異なることが示唆された。D761Y変異はEGFRのα-Cヘリックスに位置し、ATP存在下でLys745 (リジン745) とともにα-およびβ-リン酸と塩橋を形成するGlu762 (グルタミン酸762) に隣接しており、構造的に中程度の耐性を付与すると考えられる。これはBCR-ABLのα-Cヘリックス変異D276G(imatinib耐性)と類似の機序が想定されるが、T790Mのような大きな立体障害は生じない。

剖検例での複数転移巣解析:CNSと末梢の薬剤選択圧の違い: 既報でT790M変異が確認されていた剖検症例(EGFR TKI療法開始から3年後に脳転移で死亡)の7つの転移部位からDNAを採取し解析した(Figure 3)。全ての7部位でEGFR exon 19欠失(L747-E749;A750P)が認められた。内臓転移の6部位(右肺、左肺上葉、左肺下葉、脊髄、副腎、肝臓)では全てT790M変異が検出されたが、脳転移巣ではSanger直接シーケンシングおよびPCR-RFLP法(感度: 変異細胞5-10%まで検出可能)のいずれでもT790M変異は検出されなかった。このCNS特異的な耐性パターンは、gefitinibの脳脊髄液(CSF)濃度が500 mg/日投与で約6.15 nmol/Lと報告されており、末梢血の定常状態トラフ濃度(250 mg/日で約584 nmol/L)の約1/100以下であるという臨床的背景と整合する。CNS内のgefitinib濃度が著しく低いため、T790M変異を選択するのに十分な選択圧が加わらず、より低度の耐性変異(D761Y)や他の耐性メカニズムが選択された可能性が示唆された。この「CNS薬剤到達不全による選択圧の質的差異」という概念は、その後の脳転移特異的耐性パターン研究やBBB透過型TKI開発の重要な理論的基盤となった。

EGFR遺伝子増幅と耐性との関連性: 解析可能な8検体全てでCISHによりEGFR遺伝子増幅(コピー数>5コピー/核)が確認された(Table 2)。前治療検体と後治療検体の比較が可能であった3例では、T790M陰性の1例でEGFRコピー数が2.9から6.1に増加し、T790M陽性の2例ではそれぞれ5.1から6.3、および9.6から11へと増加が認められた。しかし、EGFR遺伝子増幅単独が主要な耐性機序となっているかについては不明であり、T790M陰性例でのコピー数増加は、解析対象が少数であるため因果関係は不明瞭であった。BCR-ABLやKITにおける遺伝子増幅が耐性例の10-15%程度にしか認められないことと対比すると、EGFR遺伝子増幅は耐性そのものよりも、薬剤感受性の維持(EGFR依存性の維持)に関連する現象として解釈される可能性も考えられる。

考察/結論

本研究は、EGFR-TKI獲得耐性NSCLC患者16例の追加解析を通じて、T790M二次変異の頻度を44%(既報との統合で48%)と確認し、さらに新規のD761Y変異を同定した。最も重要な知見は、中枢神経系(CNS)と末梢臓器における耐性メカニズムの選択圧の違いを初めて直接的に実証した点である。

先行研究との違いと新規性: これまでの研究では、T790M変異がEGFR-TKI獲得耐性の主要なメカニズムであることが示唆されていたが、本研究は、より大規模なコホートでその頻度を確定した点で先行研究と異なる。また、本研究で初めて、脳転移巣から新規D761Y変異を同定し、その機能的意義をin vitroで解析した。このD761Y変異は、EGFRのα-Cヘリックスに位置し、BCR-ABLのD276G変異(imatinib耐性)と構造的に類似の位置にあることが示された。さらに、剖検例の多臓器転移巣を解析した結果、T790M変異は全ての内臓転移巣で検出されたのに対し、脳転移巣では検出されなかった。この事実は、別の患者の脳病変でD761Y変異が同定されたことと収束し、CNSにおける薬剤到達不全が異なる選択圧を生み出し、結果として異なる耐性変異が選択されるという概念を実験的に支持した。これは、これまで報告されていない新規の知見であり、CNSにおける耐性メカニズムの多様性を示唆する。

D761Y変異の構造的位置とTKI感受性プロファイルの意義: Ba/F3細胞を用いた増殖阻害試験では、D761Y+L858R細胞はL858R単独細胞と比較して約2-foldのgefitinib感受性低下を示し、T790M変異による高度耐性とは対照的な中程度の耐性プロファイルを示した。この中程度の耐性は、gefitinibのCSF/血漿濃度比が約1/100以下であるという低薬剤濃度環境の脳転移巣において、D761Y変異が生存優位性を発揮できることと整合する。可逆的TKI(gefitinib/erlotinib)と不可逆的TKI(CL-387,785・HKI-272)に対するD761Y+L858R細胞の感受性プロファイルの差異は、異なる結合様式を持つTKIが耐性変異に対して異なる克服能力を持つことを示唆し、次世代阻害薬の選択指針に貢献する。

T790M優位性の生物学的解釈と臨床的意義: 26例の統合解析で15例に二次変異が確認され、そのうち14例(93%)がT790Mであるという際立った一点集中は、ABL T315I(約20%)やKIT T670I(27%)とは質的に異なるEGFR耐性変異スペクトラムの特徴を示した。この高集中性は、EGFRが活性コンホメーションでTKIを結合するという構造的特性から、活性コンホメーションのATPポケットを干渉するT790M特定変異のみが耐性として機能的に優れているという「進化的チョークポイント」仮説と整合する。この理解は、後のosimertinib(T790M選択的第3世代TKI)開発の合理性を理論的に支持した。

臨床応用と残された課題: 本研究の知見は、EGFR-TKI獲得耐性における治療戦略の臨床応用に大きな影響を与えた。特に、CNSにおける薬剤到達不全とそれに伴う異なる耐性メカニズムの選択は、BBB透過性の高いTKIの開発や、脳転移に対する予防的治療戦略の必要性を示唆する。この概念は、その後のosimertinibのCSF有効濃度達成と脳転移における有効性の動機づけに貢献した。

しかし、本研究にはいくつかの残された課題がある。T790M陰性の約50%の症例では、依然として耐性機序が未解明である。これらの症例における耐性メカニズムの解明は、今後の研究の重要な方向性である。また、本研究で用いたSangerシーケンシングやPCR-RFLP法には検出感度の限界があり、より高感度な次世代シーケンシング(NGS)技術を用いた包括的な耐性解析が必要である。さらに、EGFR遺伝子増幅が単独で獲得耐性にどの程度寄与するかについては、より大規模なコホートでの詳細な検討が今後の課題として挙げられる。これらの課題を克服することで、EGFR変異陽性NSCLC患者の治療成績をさらに向上させることが期待される。

方法

EGFR-TKI単剤療法で初期奏効後に病勢進行を認めた17例の獲得耐性コホートを登録した。このうちDNAが不十分であった1例を除き、16例が最終的な解析対象となった。本研究は、Memorial Sloan-Kettering Cancer Centerの治験審査委員会(IRB)承認プロトコル(92-055, 02-010, 04-103)に基づき実施された。全ての患者からインフォームドコンセントを得た。腫瘍検体は、膜生検、胸水、パラフィン固定検体からゲノムDNAを抽出し、EGFR遺伝子のexon 18から24までのキナーゼドメイン領域についてSanger直接シーケンシングを実施した。変異検出の感度を向上させるため、exon 19欠失、L858R、およびT790Mミスセンス変異の検出には、PCR-RFLP (Polymerase Chain Reaction-Restriction Fragment Length Polymorphism) 法を併用した。このPCR-RFLP法は、変異細胞が全サンプルの5-10%程度の混入でも検出可能である。患者はTKI治療を中央値13ヶ月(範囲7-28ヶ月)継続した後に病勢進行が確認され、進行後0-4ヶ月以内に再生検が実施された。

剖検症例では、右肺、左肺上葉、左肺下葉、脊髄、副腎、肝臓、脳の7つの異なる転移部位からDNAを抽出し、EGFRキナーゼドメイン変異の有無を検索した。新規に同定されたD761Y変異については、その機能解析のため、293T細胞を用いた一過性トランスフェクションと免疫ブロット解析を実施した。さらに、Ba/F3細胞の安定発現株(n=3反復実験)を用いて、gefitinib、CL-387,785、HKI-272といったEGFR阻害薬に対する増殖阻害試験を実施し、IC50値を算出した。

EGFR遺伝子増幅の評価には、CISH(Chromogenic In Situ Hybridization)法を用いた。CISHの結果は、核あたりの遺伝子コピー数に基づいて以下のように定義された: 5コピー/核未満を増幅なし、5-10コピー/核を低レベル増幅、10コピー/核超を高レベル増幅とした。各サンプルについて、30個の腫瘍細胞核における総遺伝子コピー数をカウントし、核あたりの平均遺伝子コピー数をCISH結果として採用した。統計解析には、各変異の頻度計算、TKI治療期間と変異保有の有無の相関分析などが含まれるが、具体的な統計手法(例: Fisher’s exact test, t-test)については明記されていない。