• 著者: Dong-Yeop Shin, Im Il Na, Cheol Hyeon Kim, et al.
  • Corresponding author: Im Il Na (Korea Cancer Center Hospital, Seoul)
  • 雑誌: Journal of Thoracic Oncology
  • 発行年: 2014
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 24419416

背景

肺癌は世界的に癌死の主要な原因であり、その治療法に関する研究は広範に進められている。特に、進行肺癌の治療における分子標的薬の進歩は目覚ましく、EGFR (epidermal growth factor receptor) 変異は、進行肺腺癌の適切な治療法を決定する上で重要なバイオマーカーとして認識されている。EGFR変異陽性患者には、ゲフィチニブやエルロチニブといったチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) が有効であることが複数の臨床試験で示されている Mok et al. NEnglJMed 2009Maemondo et al. NEnglJMed 2010Rosell et al. LancetOncol 2012Zhou et al. LancetOncol 2011

肺癌の遠隔転移の中でも、脳転移は患者の予後を著しく悪化させる最も重篤な合併症の一つである。肺腺癌は、他の肺癌組織型と比較して脳転移の発生率が最も高いことが知られている。脳転移の診断には磁気共鳴画像法 (MRI) が用いられるが、その費用対効果については議論があり、特に無症状の早期非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者に対するルーチンでの脳MRIの実施については依然としてcontroversialな点が多い。このため、脳転移に関する研究では、脳転移を見落とすことによる潜在的なバイアスが生じる可能性がある。

EGFR変異と遠隔転移の関連は、乳癌や直腸癌など様々な癌種で報告されている Bos et al. Nature 2009。肺腺癌においても、EGFR変異陽性腫瘍が異なる肺転移パターンを示すことが報告されている。しかし、肺腺癌におけるEGFR変異と脳転移との独立した関連を系統的に評価した研究は限られており、特に均一な肺腺癌集団におけるEGFR変異状態と脳転移の関連性については、データが不足していた。先行研究では、EGFR変異が脳転移と有意に関連しないとする報告もあり、この点に関する知見は未確立であった。このため、EGFR変異と脳転移の明確な関連性を示す研究が求められていた。

本研究は、韓国の単一施設コホートにおいて、肺腺癌患者におけるEGFR変異と脳転移の関連性を詳細に検討することを目的とした。特に、診断時の脳転移とEGFR変異状態との関連、および根治的外科切除後の患者における脳転移再発リスクに対するEGFR変異の影響を評価し、EGFR変異陽性肺腺癌の生物学的特性と臨床的意義を明らかにすることを目指した。

目的

本研究の目的は、肺腺癌患者314例(EGFR変異検査および脳MRI施行済み)を対象に、EGFR変異状態が診断時脳転移の発生に与える影響を評価することである。さらに、根治的外科切除を受けた患者のサブグループにおいて、EGFR変異状態が術後の脳転移再発リスクに及ぼす予後的な意義を後ろ向きに解析し、EGFR変異陽性肺腺癌における脳転移の臨床的特徴を明らかにすることを目指す。本研究は、特にEGFR変異が脳転移の独立予測因子であるか、またその転移パターンに影響を与えるかという未解明な点を明らかにすることを意図している。

結果

コホート患者背景とEGFR変異分布: 本研究には合計314例の肺腺癌患者が登録された。内訳は女性163例 (51.9%)、男性151例であり、中央年齢は64歳 (範囲25〜84歳) であった。全例が肺腺癌と診断され、EGFR変異検査および脳MRIが施行済みであった。病期分布は、stage Iが87例 (27.7%)、stage IIが39例 (12.4%)、stage IIIが35例 (11.1%)、stage IVが153例 (48.7%) であった。遠隔転移を有する153例のうち、脳転移は51例 (33.3%) に認められ、頭蓋外転移のみは102例 (66.7%) であった (Table 1)。EGFR変異は138例 (43.9%) で陽性であり、そのうちexon 19 deletionが79例 (57.2%)、L858R変異が51例 (37.0%)、G719X変異が8例 (5.8%) であった。EGFR変異は女性 (61.4% vs 25.2%, p<0.001) および非喫煙者 (60.6% vs 26.6%, p<0.001) に有意に多く認められた。

EGFR変異と診断時脳転移頻度の関連: EGFR変異の頻度は、転移部位によって統計学的に有意な差が認められた (p=0.005)。脳転移を有する患者群 (n=51) ではEGFR変異陽性率が64.7% (33/51) であったのに対し、転移のない患者群 (n=161) では39.8% (64/161)、頭蓋外転移のみの患者群 (n=102) では40.2% (41/102) であった。この結果は、EGFR変異陽性腫瘍が脳へ優先的に転移する傾向があることを示唆している。特に、脳転移を有する患者におけるEGFR変異陽性率 (64.7%) は、頭蓋外転移のみの患者群 (40.2%) と比較しても有意に高かった (p=0.004)。

多変量ロジスティック回帰による脳転移の独立予測因子: 年齢、性別、喫煙歴、TNM病期などの共変量を調整した多変量ロジスティック回帰分析の結果、EGFR変異は診断時脳転移の独立した予測因子であることが示された (調整オッズ比 [OR] = 3.83, 95% CI: 1.72-8.55, p=0.001) (Table 2)。一方、EGFR変異と頭蓋外転移のみとの間には有意な関連は認められなかった (調整OR = 1.73, 95% CI: 0.94-3.20, p=0.079)。このことは、EGFR変異が特に脳転移に特異的に関連することを示唆している。最終モデルでは、リンパ節病期 (N stage, p=0.025) と原発腫瘍径 (p=0.024) も有意な因子として残った。

EGFR変異と脳転移個数の関連: 脳転移を有する患者 (n=51) におけるサブグループ解析では、EGFR変異状態と脳転移の個数との間に統計学的に有意な関連が認められた (Kruskal-Wallis検定, p=0.029) (Table 3)。EGFR変異陽性患者では、脳転移の個数中央値が5個 (範囲1-57) であり、EGFR変異陰性患者の2個 (範囲1-21) と比較して有意に多かった。多発脳転移 (2個以上) は、EGFR変異陽性腫瘍で78.6%に認められ、EGFR野生型腫瘍の47.8%と比較して高頻度であった (p=0.022)。しかし、最大の脳転移病変のサイズについては、EGFR変異状態による有意な差は認められなかった (Table 3)。

外科切除後サブグループにおける脳転移再発リスク: 根治的外科切除を受けた133例の患者(追跡期間中央値28.6ヶ月、範囲0.3-74.4ヶ月)を対象とした術後脳転移発症リスク解析では、EGFR変異が術後脳転移発症の独立した危険因子であることが示された。病理学的N病期 (N0-1 vs N2-3) を調整したFine-Gray競合リスク回帰分析の結果、EGFR変異陽性腫瘍は脳転移再発のリスクが有意に高いことが示された (ハザード比 [HR] = 4.49, 95% CI: 1.20-16.80, p=0.026)。病理学的N病期も独立した予測因子であった (HR = 4.75, 95% CI: 1.37-16.49, p=0.014) (Figure 1)。死亡を競合イベントとして考慮したこの解析は、EGFR変異が外科切除後の脳転移再発の独立した不良因子であることを明確に示した。

考察/結論

本研究は、肺腺癌患者においてEGFR変異が診断時および外科切除後の脳転移リスク増加と強く関連することを示した。診断時において、EGFR変異は脳転移の独立した予測因子であり (調整OR=3.83, p=0.001)、特に脳転移の個数と有意に相関することが明らかになった (p=0.029)。これは、EGFR変異陽性腫瘍が脳への選択的な転移傾向を持つことを示唆している。

先行研究との違い: これまでの研究では、EGFR変異と遠隔転移の関連が示唆されてきたが、肺腺癌という均一な集団において、EGFR変異が脳転移に与える影響に焦点を当てた研究は限られていた。本研究は、組織学的異質性によるバイアスを排除するため、肺腺癌に限定して解析を行った点で、先行研究と異なり、より明確な結論を導き出した。また、外科切除後の脳転移再発リスクに対するEGFR変異の予後的な役割を評価した点も新規性がある。一部の先行研究ではEGFR変異と脳転移の関連が認められなかったが、これは診断タイミングや組織学的異質性が影響した可能性がある。

新規性: 本研究で初めて、EGFR変異が肺腺癌患者の診断時における脳転移の発生率増加と有意に関連すること、および根治的切除後も脳転移再発のリスクを独立して高めること (HR=4.49, 95% CI: 1.20-16.80, p=0.026) を実証した。この知見は、EGFR変異陽性腫瘍が脳転移に関して独特の臨床的特徴を持つことを示唆する。特に、EGFR変異陽性腫瘍では脳転移病変の個数が有意に多いという所見は新規である。

臨床応用: 本研究の結果は、EGFR変異陽性NSCLC患者が進行例および術後において脳転移の高リスク集団であることを明確に示している。このことは、EGFR変異陽性患者に対する脳転移スクリーニングの適応拡大や、脳転移予防を目的としたEGFR-TKIの使用(例えば、血液脳関門透過性の高いオシメルチニブなど)の検討根拠を提供する。特に、脳MRIの費用対効果が不確実である現状において、EGFR変異は脳転移の早期発見に有用な予測因子となる可能性があり、臨床現場での意思決定に重要な情報を提供する。

残された課題: 本研究は後ろ向き研究であるため、治療経過中の潜在的なバイアスを完全に排除することはできないというlimitationがある。また、EGFR変異以外の遺伝子変化(例: KRAS変異、MET増幅、EML4-ALK転座)については評価できなかった。EGFR変異と脳転移の間の分子メカニズムは未解明であり、EGFR変異細胞の血液脳関門通過能、CNS微小環境への適応、低酸素応答などが関与する可能性が示唆されているが、確定的機序は不明である。今後の研究では、これらの分子メカニズムをさらに詳細に解明するための基礎研究や、より大規模な前向きコホート研究による検証が残された課題である。

方法

本研究は、韓国がんセンター病院において2005年10月から2011年12月までに診断された肺腺癌患者を対象とした後ろ向きコホート研究である。合計314例の患者が登録され、全例でEGFR変異検査と脳MRIが診断時に施行されていた。扁平上皮癌および腺扁平上皮癌の患者は除外された。

EGFR変異の検出は、2009年3月以前は直接シークエンス法、それ以降はパイロシークエンス法を用いて実施された。DNAはパラフィン包埋組織から抽出され、一部の患者では細胞診検体も使用された。腫瘍病期は、American Joint Committee on Cancer (AJCC) 第8版のTNM分類システムに基づいて分類された。TおよびN病期はCTスキャンおよび必要に応じて気管支鏡検査の結果に基づいて決定された。縦隔リンパ節は、横断CT画像で1cmを超える場合に陽性とみなされた。遠隔転移は、脳転移 (頭蓋内転移) と頭蓋外転移のみに分類された。外科切除後の脳転移再発は、臨床症状に基づいて疑われ、脳MRIによって確認された。

統計解析にはSTATAバージョン11が使用された。EGFR変異状態と臨床的特徴(年齢、性別、喫煙歴、TNM病期、転移部位、特に脳転移)との関連は、ロジスティック回帰分析を用いて評価された。多変量解析には、EGFR変異状態と肺腺癌における脳転移に関連することが知られている臨床因子およびTNM病期因子が共変量として含まれた。脳転移の広がりパターンとEGFR変異状態との関連は、Kruskal-Wallis検定を用いて評価された。

根治的外科切除を受けた患者のサブグループ (n=133) における脳転移発生リスクに対するEGFR変異の予後的な意義は、Fine-Gray競合リスク回帰分析を用いて解析された。この解析では、頭蓋内疾患のない死亡が競合イベントとして扱われた。統計的有意水準は両側p値0.05未満と設定された。本研究プロトコルは、韓国がんセンター病院の施設内倫理審査委員会 (IRB No: K-1206-002-030) によって承認され、ヘルシンキ宣言の勧告に従って実施された。