• 著者: Bos PD, Zhang XH-F, Nadal C, Shu W, Gomis RR, Nguyen DX, Minn AJ, van de Vijver MJ, Gerald WL, Foekens JA, Massagué J
  • Corresponding author: Joan Massagué (Memorial Sloan-Kettering Cancer Center / Howard Hughes Medical Institute, New York)
  • 雑誌: Nature
  • 発行年: 2009
  • Epub日: 2009-06-18
  • Article種別: Original Article (Letter)
  • PMID: 19421193

背景

脳転移は固形癌患者の約10%に発症し、小病変でも神経学的障害をきたし予後は極めて不良である。乳癌は肺腺癌と並ぶ脳転移の主要発生源であるが、乳癌では初回診断から数年にわたる寛解期の後に脳転移が顕在化する晩発型の経過が特徴的である (Karrison et al. 1999; Schmidt-Kittler et al. 2003)。この臨床像は、播種細胞が各臓器微小環境の選択圧下で段階的に転移能を獲得するという「転移分化 (metastatic speciation)」仮説と整合する。骨転移メディエーター (Kang et al. 2003) および肺転移メディエーター (Minn et al. 2005) については多遺伝子プログラムが同定されてきた一方、脳転移を特異的に媒介する分子基盤は手薄な状況であった。血液脳関門 (BBB; blood-brain barrier) は密着結合・アストロサイト足突起で補強された非窓孔型毛細血管で構成され、肺 (基底膜のみ) や骨髄・肝臓 (窓孔型毛細血管) と本質的に異なる構造的障壁を提供する。この解剖学的特殊性が脳転移に固有の生物学を要求するという認識は存在したが、BBBを癌細胞が通過するための分子メカニズムは未解明であり、脳転移を特異的に駆動する遺伝子はいずれも同定されておらず、BBB通過を実証するための分子的根拠が不足していた。すなわち、何が脳転移に必要なのかが明らかでなかったため、標的介入の設計も困難な状況であった。乳癌の転移においてはTGFβシグナルを介したANGPTL4発現誘導など複数の経路が系統的転移を促進することが示されていたが (Padua et al. 2008)、一方でCOX2 (cyclooxygenase-2) とEGFRリガンドは肺転移における血管外遊走を促進する因子として既知 (Gupta et al. 2007) であり、非窓孔型毛細血管という構造的共通点から脳転移への関与が推測されていたが実証されていなかった。

目的

乳癌の脳転移を媒介する遺伝子を、in vivo連続選択・ゲノムワイド発現解析・独立臨床コホート検証・shRNAによる機能実験の統合アプローチで同定すること。特に、非窓孔型毛細血管通過という肺・脳に共有される汎用的機構 (COX2/EGFR経路) と、BBBに特化した脳選択的通過機構の双方を区別して明確にすることを目的とした。

結果

BrM2バリアントの確立と脳特異的転移能の検証

2ラウンドのin vivo選択で得たCN34-BrM2とMDA231-BrM2はいずれも大脳・小脳・脳幹の実質および髄膜に多発性転移を形成した (Fig. 1c-g)。病変は出血性コアと浮腫を伴い、周囲に反応性アストログリオーシスを認め、ヒト乳癌脳転移の病理所見と合致した。CN34-BrM2cを乳腺脂肪体に接種した場合、n=12マウスのうち42% (5/12) が脳転移を発症したのに対し、親株はn=10例で0例であった (Fig. 1a)。MDA231-BrM2aはlog-rank testで親株と比較して有意に高い脳転移活性を示し (P<0.001、Fig. 1b)、同時に評価したMDA231-LM2-4175 (肺転移株) およびMDA231-BoM-1833 (骨転移株) より脳転移優位性が明確だった。BrM2細胞の骨・肺転移活性は親株と差がなく、脳選択性が確認された。接種後24時間で脳毛細血管内にBrM2細胞が単細胞として捕捉され (Fig. 1i)、BBB通過能が脳転移の主要ステップであることが示唆された。

17遺伝子BrMSの独立コホートでの予後的意義

243遺伝子とn=368の臨床腫瘍コホートの統合解析で17遺伝子BrMSを絞り込み、SVM分類器を2つの独立コホートで検証した。NKI-295コホート (EMC-192 192例) でBrMS陽性vs陰性の脳転移フリー生存を比較するとP=0.0001と高度有意差を示し (Fig. 2a)、無治療患者262例の統合コホートでもP=0.0017で有意な関連を確認した (Fig. 2b)。無作為生成した500遺伝子セット10通りでは同等の分類性能が得られなかった (P=0.1-0.8) ことから、BrMSの予測力が偶然でないことを確認した。BrMSは骨・肝・リンパ節再発とは関連せず、脳転移特異的な予後マーカーとしての特異性が確認された。BrMS陽性腫瘍はluminal・HER2-enriched・basal-likeの複数の分子サブタイプにまたがって分布し、特定サブタイプに限定されなかった。

COX2とEGFRリガンドによる汎用的BBB通過機構

BrMSの17遺伝子中6遺伝子 (COX2, MMP1, ANGPTL4 (angiopoietin-like 4), LTBP1 (latent TGF-beta binding protein 1), FSCN1 (fascin actin-bundling protein 1), RARRES3 (retinoic acid receptor responder 3)) は既報の肺転移シグネチャー (LMS; lung metastasis signature; 18遺伝子) とオーバーラップし、両転移の部分的メカニズム共有を示唆した。COX2 shRNAノックダウンはCN34-BrM2とMDA231-BrM2の脳転移活性とin vitro BBBトランスマイグレーション活性を有意に抑制した (Fig. 2c, f)。Cetuximabによる薬理的EGFR阻害も脳転移を有意に低下させた (Fig. 2d)。In vitro BBBモデルにおいてBrM2細胞は親株比3-4 fold高いトランスマイグレーション活性を示した (Fig. 2f; n=6 wells per condition)。COX2 + HBEGF (heparin-binding EGF-like growth factor) + EREG (epiregulin) triple knockdown、またはcetuximab + HBEGF/EREG knockdownでこの活性は基底レベルに近傍まで抑制された (n=6 wells)。これらの知見は、COX2とEGFRリガンドが非窓孔型毛細血管という解剖学的共通構造を持つ肺・脳の両臓器への外遊走を汎用的に促進することを示す。

ST6GALNAC5による脳特異的BBB通過機構の同定

脳転移株に特異的に3-fold以上過剰発現するが骨・肺転移株では変動しない26遺伝子候補から、正常では脳組織に限定発現するα2,6-シアル酸転移酵素ST6GALNAC5が最有力候補として浮上した。ST6GALNAC5 mRNAレベルはBrM2細胞でMDA231系 30-fold ± 1 (mean ± s.d.)、CN34系 >100-fold と急上昇し、別の2胸水由来BrM1株 (CN37-BrM1: 95-fold ± 23; CN41-BrM1: 72-fold ± 12) でも再現された (Fig. 3e)。ヒト乳癌脳転移切除検体の50% (6/12) でSNA染色が強陽性であったのに対し、同一患者由来肺転移は18% (2/11) が低陽性で残り9例は陰性であった (P=0.023、Mann-Whitney、Fig. 3c, d)。ER陰性乳癌転移サンプル (脳13例、骨8例、肝3例、肺12例、卵巣2例) の発現ヒートマップでは、脳転移のうち23% (3/12) がBrM2細胞相当のST6GALNAC5発現レベルに達したが、他臓器転移では該当例なし (P=0.04、Fisher’s exact test、Fig. 3e)。

ST6GALNAC5 shRNAノックダウン (shRNA2/shRNA3 n=3独立実験) により、CN34-BrM2cのin vitro BBBトランスマイグレーション活性が基底レベルまで低下し (Fig. 4a、n=9-27 wells)、in vivoでの脳転移活性も有意に抑制された (Fig. 4b)。ST6GALNAC5 knockdown + cetuximabの組み合わせはさらに強い抑制を示した (n=5マウス/群)。逆に、肺転移株LM2-4175へのST6GALNAC5強制発現はBBBトランスマイグレーションを有意に増強し (n=6 wells、親株比2.1-fold、Fig. 4c)、in vivoでも脳マイクロ転移形成を促進した (Fig. 4d)。ST6GALNAC5ノックダウンは培養増殖・乳腺腫瘍成長・肺転移活性には影響せず、機能が脳転移に特異的であることを確認した。脳内皮細胞への接着アッセイでも、CN34-BrM2はST6GALNAC5ノックダウンにより脳内皮細胞接着が有意に低下し (n=4独立実験)、α2,6-シアリル化修飾が臓器特異的接着を規定することを示した。

考察/結論

本研究は乳癌の脳転移が「汎用的血管外遊走 (COX2/HBEGF)」と「脳特異的BBB通過 (ST6GALNAC5)」の二重機構で実現されることを初めて実証したlandmark paperである。

これまでの研究と異なり、Kang ら (Cancer Cell 2003) の骨転移解析・Minn ら (Nature 2005) の肺転移解析はともに同じMDA-MB-231 in vivo selectionフレームワークで臓器特異的遺伝子シグネチャーを確立してきたが、脳転移はBBBという解剖学的に独自の障壁を要求するため別途解析が必要とされた。既報ではCOX2とEGFR経路は肺転移特異的メディエーターと位置付けられていたが、本研究はこれらが非窓孔型毛細血管通過という機能を脳・肺共通で担うことを新たに示した。対照的に骨・肝への転移 (窓孔型毛細血管) にはこれらの分子が関与しないという臓器構造-遺伝子機能の対応関係は、転移生物学に重要な概念を加えた。

本研究で初めて、正常では脳に限局発現するST6GALNAC5というα2,6-sialyltransferaseの異所的過剰発現が、癌細胞の表面糖鎖 (α2,6-sialylation) を修飾することで脳内皮細胞への選択的接着とBBB通過を促進することを示した。これは「分子模倣 (molecular mimicry)」による臓器向性獲得という新規な概念であり、これまで報告されていない細胞表面glycosylationの転移生物学的役割を提示した。さらに乳癌細胞が転移先臓器の組織固有遺伝子プログラムを部分的に co-opt することで organ-specific 接着を実現するというパラダイムは、その後の転移生物学に広く影響を与えた。

臨床応用の観点では、17遺伝子BrMSが2つの独立コホートで検証されたことで、脳転移高リスク乳癌 (特にER陰性) の prospective stratificationへの実用化が示唆された。bench-to-bedside の文脈では、COX2阻害剤 (celecoxib) とcetuximabの組み合わせ、さらにST6GALNAC5阻害剤を加えた多標的アプローチによる脳転移予防試験の設計根拠を提供する。Biermann et al. Cell 2022 が示す脳転移微小環境アトラスや Liu et al. CancerPathogTher 2024 の前臨床モデル系と組み合わせれば、BrMS-like glycomimicry pathwayのpan-cancer (肺癌・黒色腫) 脳転移への寄与を検証できる。また Dewhirst et al. NatRevCancer 2017 の薬物輸送理論と統合することで、ST6GALNAC5経路を標的としたBBB特異的drug deliveryの分子設計根拠も得られる。

残された課題として、本研究はER陰性乳癌に限定されており、HR陽性・HER2陽性サブタイプでの検証は今後の検討課題として残る。また ST6GALNAC5の発現誘導を規定する上流制御機構 (脳微小環境からのシグナルか、原発巣内在性エピジェネティクスか) は未解明であり、更なる検討を要する。BrMSの臨床的価値はprognosticとして示されたが、treatmentを指向したpredictive valueの評価はprospective trialによる今後の研究が必要である。shRNAおよびST6GALNAC5強制発現系は生理的発現レベルを反映しない可能性があり、endogenous発現範囲での機能確認はlimitationとして残る。さらにマウスBBBとヒトBBBの解剖学的・分子的差異が実験系の外挿性に影響する可能性も否定できない。future researchとしては、(a) pan-cancer脳転移 (肺腺癌・黒色腫) へのST6GALNAC5 glycomimicry pathway関与の横断的検証、(b) BrMS guided clinical stratification toolのprospective開発、(c) 脳転移微小環境による遺伝子再プログラミングのepigenome解析、が期待される。

方法

脳転移バリアントの樹立: ER (estrogen receptor) 陰性乳癌患者3名の胸水由来上皮細胞株 CN34 (patient-derived pleural effusion cell line 34)、CN37、CN41 をEpCAM (epithelial cell adhesion molecule) 抗体ソーティングで単離し (IRB (Institutional Review Board) 承認済み)、GFP (green fluorescent protein) + firefly luciferase triple-fusion lentivirusでラベルした。CN34細胞 (1×10^5) を6-7週齢Cr:NIH-bg-nu-Xid (beige-nude-Xid immunodeficient mouse) マウス、MDA-MB-231 (human breast adenocarcinoma cell line; MDA231) 細胞 (1×10^4) をathymicマウスの左心室に注入した。脳転移病変はweekly bioluminescence imaging、MRI、HE染色で確認し、病変組織をcollagenase III + hyaluronidase処理後にGFP+細胞をソーティングして培養・拡大し、2ラウンドのin vivo選択でBrM1 (brain metastatic derivative 1)→BrM2 (brain metastatic derivative 2) を樹立した。

ゲノムワイド発現解析と臨床コホート: Affymetrix HG-U133A (Human Genome U133A array) GeneChipを用い、BrM2 vs 親株の発現比較 (2.5-fold閾値、P<0.05) でCN34系271遺伝子・MDA231系179遺伝子を同定し、両系で一致した変動を示す243遺伝子を選出した。この243遺伝子セットを368例の乳癌臨床腫瘍データ (MSK-82 + EMC-286統合コホート) でCox比例ハザードモデルにより脳転移フリー生存との関連を評価 (Wald test)、P<0.05を示す17遺伝子をBrMS (brain metastasis gene set) と定義した。BrMSを特徴量とするSVM (support vector machine) 分類器を訓練し、2つの独立コホート (NKI-295 [Netherlands Cancer Institute]: Agilent microarray; EMC-192 [Erasmus Medical Center]: HG-U133 plus 2.0) でlog-rank testにより検証した。

機能実験: COX2 (既報shRNA)、HBEGF (pRetroSuper ターゲット配列 5’-GGTATGCTGTCATGGTCCT-3’)、ST6GALNAC5 (shRNA2/shRNA3 二種) をshRNAでノックダウン、ST6GALNAC5を pBabe-Puroで強制発現した。Cetuximab (EGFR阻害抗体; ImClone) は1 mgを隔日腹腔内投与し、開始はintracardiac注入の1-2日前から行った。In vitro BBBモデルはHUVEC (human umbilical vein endothelial cells; ScienCell) とヒト初代アストロサイト (ScienCell) を3 mm pore PET (polyethylene terephthalate) insertの上下面に共培養して構築した。バリア完成度は albumin非透過性・ZO-1 (zonula occludens-1)/VWF (von Willebrand factor)/GFAP (glial fibrillary acidic protein) 陽性・GLUT1 (glucose transporter 1)/GGT1 (gamma-glutamyltransferase 1) 発現で確認した。BBBトランスマイグレーションはCFMDA (5-chloromethylfluorescein diacetate) 標識癌細胞 (5×10^4) の14-18時間後の通過細胞数をMetamorphで定量した。SNA (Sambucus nigra agglutinin) レクチン染色 (biotin標識、Alexa-568 tyramide増感) でα2,6-シアリルグリカンを組織切片上で可視化した。統計はKaplan-Meier + log-rank test (生存解析)、Mann-Whitney one-tailed test (BBB transmigration定量)、Fisher’s exact test (ST6GALNAC5発現と転移臓器の関連) を適用した。