• 著者: Lin PL, Wu TC, Wu DW, Wang L, Chen CY, Lee H
  • Corresponding author: Lee H (Taipei Medical University, Taipei, Taiwan)
  • 雑誌: European Journal of Cancer
  • 発行年: 2017
  • Epub日: 2017-09-09
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 28892778

背景

EGFR変異陽性非小細胞肺癌 (NSCLC) は、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI; gefitinib、erlotinib) に対して初期には高い奏効性を示すものの、治療開始後10〜14ヶ月で獲得耐性が不可避的に生じることが知られている Huang et al. ActaPharmSinB 2015。EGFR変異は、免疫チェックポイント分子であるPD-L1 (programmed cell death 1 ligand 1) の高発現と強く関連することが複数の研究で報告されており Chen et al. JThoracOncol 2015Azuma et al. AnnOncol 2014、EGFR活性化がERK (extracellular signal-regulated kinase) シグナルを介してPD-L1発現を誘導することが示されている。また、TKI耐性メカニズムの一つとして、ERKシグナルの再活性化が重要な役割を果たすことも確立された知見である Ercan et al. CancerDiscov 2012。一方で、BAG-1 (BCL-2-associated athanogene 1) は、RAF-1 (rapidly accelerated fibrosarcoma kinase 1)/MAPK (mitogen-activated protein kinase)/ERKシグナル経路を介して細胞のアポトーシスを抑制するアダプタータンパク質であり、その過剰発現が乳癌細胞の浸潤能を促進することが報告されている。さらに、NSCLC細胞株パネルにおいてPD-L1とBAG-1の間に正の相関が観察されるという予備データも存在した。しかし、PD-L1がBAG-1の発現を誘導し、その結果として細胞内シグナル伝達を介してTKI耐性や腫瘍浸潤性を付与する具体的な分子メカニズムについては、これまで十分に解明されていなかった。特に、PD-L1の非免疫学的機能としてのTKI耐性誘導の全体像は不明な点が多かった。この知識のギャップが、PD-L1を標的とした治療戦略の最適化を妨げる要因となっていた。本研究は、この未解明なメカニズムを明らかにすることで、TKI耐性克服のための新たな治療戦略開発に貢献することを目指した。

目的

本研究の目的は、PD-L1がBAG-1 (BCL-2-associated athanogene 1) 発現誘導を介してNSCLC細胞のTKI耐性と腫瘍浸潤性を付与する分子メカニズムを詳細に解明することである。具体的には、PD-L1がBAG-1の転写をどのように制御するのか、PD-L1/BAG-1軸がERK (extracellular signal-regulated kinase) シグナルの持続的活性化にどのように関与するのか、そしてこのERK持続活性化がアポトーシス関連タンパク質BIM (BCL-2-interacting mediator of cell death) の安定性にいかに影響し、TKI耐性を引き起こすのかを明らかにすることを目指した。さらに、これらの前臨床的知見に基づき、ERK阻害薬とTKIの併用療法がPD-L1高発現NSCLCにおけるTKI耐性を克服するための有効な戦略となりうるかについて、in vitroおよびin vivoモデルを用いて検証し、その治療戦略の根拠を提示することを目的とした。最終的には、患者検体におけるPD-L1、BAG-1、BIMの発現パターンとTKI治療反応性との関連を解析し、新たなバイオマーカーとしての可能性を探ることも目的とした。

結果

PD-L1とBAG-1の同時高発現によるTKI耐性付与: EGFR変異型NSCLC細胞株 (H1650、H1975、HCC827、CL97、PC9) は、EGFR野生型細胞株 (CL1-5、A549、H1355、CL1-0、CL3) と比較して、PD-L1およびBAG-1のタンパク質発現が同時に高かった (Fig. 1A)。PD-L1をshRNAでノックダウンすると、H1650およびH1975細胞におけるgefitinib/erlotinibのIC50値が有意に低下し (3〜5倍、p<0.05)、TKI感受性が回復した (Fig. 1C上段)。逆に、EGFR野生型細胞 (A549、CL1-0) にPD-L1を過剰発現させると、両TKIのIC50値が用量依存的に有意に上昇し (4〜7倍、p<0.05)、PD-L1がTKI耐性を付与することが明確に示された (Fig. 1C下段)。さらに、BAG-1のノックダウンはPD-L1誘導性のTKI耐性を逆転させ、BAG-1の過剰発現はTKI感受性を低下させた (Fig. 1D)。これらの結果は、PD-L1のTKI耐性付与効果がBAG-1を介していることを強く示唆する。PD-L1とBAG-1のタンパク質発現は、EGFR変異型細胞株 (n=5) で一貫して同時高発現を示し、野生型細胞株 (n=5) との差は統計的に有意であった (p<0.05)。IC50のfold changeはn=3の独立試行で一貫して再現され、統計的信頼性が確認された。

BAG-1転写の分子機序:C/EBPβ-ERK軸の同定: ルシフェラーゼレポーターアッセイとプロモーター欠失変異体解析により、BAG-1プロモーターの-1050〜-447領域にC/EBPβの結合部位が存在することが同定された (Fig. 2A, B)。PD-L1の過剰発現はERKのリン酸化 (p-ERK) を促進し、その結果としてリン酸化されたC/EBPβがBAG-1プロモーターに結合してBAG-1の転写を活性化することがChIP実験で確認された (Fig. 2D)。shC/EBPβ処理により、BAG-1の発現量とNSCLC細胞の腫瘍浸潤性 (Boyden chamberアッセイ) が有意に低下した (Fig. 2C)。ERK阻害薬 (U0126、AZD6244) またはshERKによる処理は、BAG-1プロモーター活性およびBAG-1、p-ERK、p-C/EBPβの発現をほぼ完全に抑制した (Fig. 2D)。このPD-L1→p-ERK→C/EBPβリン酸化→BAG-1転写活性化という経路が、EGFR変異NSCLC細胞におけるTKI耐性誘導の上流機序として確立された。

PD-L1/BAG-1正のフィードバックループとERK持続活性化: BAG-1の発現がPD-L1の発現を逆にフィードバック増加させる正のフィードバック機構の存在が確認された (Fig. 3A)。このPD-L1↔BAG-1の正のフィードバックループにより、ERKの持続的活性化が自律的に維持されることが示された。PD-L1→BAG-1→RAF-1/MAPK/ERK持続活性化→PD-L1誘導というサイクルが形成され、EGFR-TKI投与下でもERKシグナルが持続的に活性化されるバイパス経路として機能した。このRAF-1を介したERK持続活性化経路は、従来のT790M変異とは独立したTKI耐性メカニズムを構成する。

BIMタンパク質のリン酸化・分解によるアポトーシス抵抗性: ERKの持続的活性化により、アポトーシス誘導に必須のBH3-onlyタンパク質であるBIMのSer69リン酸化が促進され、その結果、BIMのプロテアソーム依存性分解が亢進することが示された (Fig. 3B, C)。BIMの分解は、EGFR-TKIによって誘導されるアポトーシスに対する抵抗性を直接付与する。ERK阻害薬 (U0126) の前処置により、BIMの発現量が2〜3倍回復し (p<0.05、n=3の独立試行)、アポトーシスが有意に増加することが確認された (Fig. 3D)。この知見は、PD-L1→BAG-1→ERK持続活性化→BIM不安定化→アポトーシス回避というシグナルカスケードの全体像を明確にした。

腫瘍浸潤性への影響とin vivo検証: PD-L1を過剰発現させた細胞は、Boyden chamberを用いた浸潤アッセイにおいてNSCLC細胞の浸潤性を約2倍有意に増大させ (p<0.01)、shBAG-1処理により浸潤性が有意に抑制された (p<0.05、Fig. 5)。マウス異種移植モデル (n=5/群) では、PD-L1過剰発現腫瘍においてBAG-1発現上昇とTKI耐性亢進がin vivoでも確認された。ERK阻害薬とEGFR-TKIの併用はin vitroで相加効果以上の相乗的抗腫瘍効果を示し、PD-L1/BAG-1/ERK軸を標的とした治療介入戦略の前臨床的根拠が確立された。特に、H1975細胞を移植したヌードマウスにおいて、ゲフィチニブと抗PD-L1抗体の併用が腫瘍増殖を最も強く抑制し、次いでゲフィチニブとAZD6244 (ERK阻害薬) の併用が効果的であった (Fig. 4)。

患者検体におけるPD-L1、BAG-1、BIMの関連とTKI反応性: NSCLC患者140例の腫瘍検体を用いた免疫組織化学分析では、PD-L1とBAG-1の間に有意な正の相関が、PD-L1とBIM、およびBAG-1とBIMの間に有意な負の相関が認められた (PD-L1/BAG-1: p<0.001、PD-L1/BIM: p=0.007、BAG-1/BIM: p<0.001)。また、TKI治療を受けたNSCLC患者46例の解析では、PD-L1高発現またはBIM低発現の腫瘍を有する患者でTKIへの反応不良が高頻度であった (PD-L1: p=0.038、BIM: p=0.008)。特に、PD-L1高発現/BAG-1高発現またはPD-L1高発現/BIM低発現の組み合わせを持つ患者で、TKIに対する反応不良の頻度が有意に高かった (PD-L1/BAG-1: p=0.039、PD-L1/BIM: p=0.003)。PD-L1高発現/BAG-1高発現の患者におけるOSのHRは2.518 (95% CI 1.46-4.33, p=0.001) であり、PD-L1高発現/BIM低発現の患者ではHR 3.496 (95% CI 1.85-6.61, p<0.001) であった。これらの患者データは、細胞モデルおよび動物モデルで示されたメカニズムを強く支持するものであった。

考察/結論

本研究は、PD-L1が免疫回避機能に加えて、PD-L1→ERK→C/EBPβリン酸化→BAG-1転写誘導→ERK持続活性化→BIM分解という新規のシグナル軸を介して、NSCLC細胞のTKI耐性と腫瘍浸潤性を付与することを明らかにした。先行研究と異なり、ERK再活性化によるTKI耐性が主にNF1喪失やT790M変異といったゲノム変化として報告されてきたのに対し deBruin et al. CancerDiscov 2014、本研究はPD-L1が非免疫学的かつ非ゲノム的な細胞内シグナルを介してTKI耐性を誘導するという新規な概念を初めて前臨床的に実証した点に大きな意義がある。

本研究で初めて、PD-L1とBAG-1が正のフィードバックループを形成し、ERKシグナルを持続的に活性化させることで、EGFR-TKIによるアポトーシス誘導を回避するメカニズムを詳細に解明した。このERK持続活性化がBIMタンパク質のリン酸化とプロテアソーム依存性分解を促進し、アポトーシス抵抗性を付与するという機序は、ERK阻害薬とTKIの併用が相乗的な抗腫瘍効果を示すというin vitroおよびin vivoの結果をメカニズム的に強力に支持する。

臨床応用の観点からは、PD-L1とBAG-1の共高発現、またはPD-L1高発現とBIM低発現の組み合わせが、EGFR変異NSCLC患者におけるTKI耐性の予測バイオマーカーとして機能する可能性が示唆された。これは、TKI治療への反応不良患者を層別化し、高PD-L1/高BAG-1発現を示す患者に対してERK阻害薬とEGFR-TKIの併用療法を適用するという臨床的意義を持つ。この「bench-to-bedside」のアプローチは、個別化医療の推進に貢献しうる。

残された課題としては、本研究の知見が細胞株およびマウス異種移植モデルによる前臨床データに基づいているため、この併用療法の臨床有効性と安全性を検証するための前向き臨床試験が必要である。また、PD-L1阻害免疫療法とTKIおよびERK阻害薬の多重標的戦略の有効性評価も今後の重要な研究課題である。さらに、PD-L1/BAG-1軸が他の癌種におけるTKI耐性や腫瘍浸潤性にも関与するかどうかの検討も今後の方向性として挙げられる。

方法

本研究では、EGFR変異型NSCLC細胞株5種 (H1650: exon 19欠失、H1975: L858R/T790M二重変異、HCC827: exon 19欠失、CL97、PC9: exon 19欠失) およびEGFR野生型NSCLC細胞株5種 (CL1-5: 高浸潤性、A549、H1355、CL1-0: 低浸潤性、CL3) を使用した。PD-L1およびBAG-1 (BCL-2-associated athanogene 1) の発現を操作するため、shRNAによるノックダウンおよび発現ベクターによる過剰発現を各細胞株で実施した。細胞生存率の評価にはMTT (3-(4,5-cimethylthiazol-2-yl)-2,5-diphenyl tetrazolium bromide) アッセイを用い、gefitinibおよびerlotinibのIC50 (half maximal inhibitory concentration) 値を算出した (各条件n=3の独立試行)。BAG-1プロモーターの転写活性を解析するため、PCR (polymerase chain reaction) によりBAG-1プロモーターの異なる領域をクローニングし、欠失変異体を作成した上でルシフェラーゼレポーターアッセイを実施した。タンパク質発現レベルはWestern blot法により、PD-L1、BAG-1、C/EBPβ (CCAAT/enhancer-binding protein beta)、ERK (extracellular signal-regulated kinase)、リン酸化ERK (p-ERK)、BIM (BCL-2-interacting mediator of cell death)、リン酸化BIM (p-BIM) などの特異的抗体を用いて評価した。C/EBPβとBAG-1プロモーターの直接結合を確認するためにはChIP (chromatin immunoprecipitation) アッセイを実施し、PCRにより増幅されたDNA断片をゲル電気泳動で解析した。細胞の浸潤能はBoyden chamberアッセイを用いて評価した。統計解析にはStudent’s t-検定およびANOVA (analysis of variance) を適用し、p<0.05を有意差の閾値とした。in vivo実験では、6〜8週齢の雌性BALB/cヌードマウス (n=5/群) にH1975細胞 (1×10⁶細胞/マウス) を皮下移植した異種移植モデルを使用した。腫瘍体積は7日ごとに測定し、V = (W² × L)/2 の式で算出した。治療群にはgefitinib (10 mg/kg)、AZD6244 (5 mg/kg、ERK阻害薬)、抗PD-L1モノクローナル抗体 (1 mg/kg) を単独または併用で腹腔内投与した。さらに、外科的切除されたNSCLC患者140例の腫瘍組織検体を用いて、免疫組織化学染色によりPD-L1、BAG-1、BIMのタンパク質発現を評価し、臨床病理学的因子およびTKI治療反応性との関連を解析した。免疫組織化学スコアは、染色強度 (0-3) と陽性細胞の割合 (0-100%) の積で定義され、150以上を「高発現」とした。