- 著者: Zakowski MF, Ladanyi M, Kris MG, Memorial Sloan-Kettering Cancer Center Lung Cancer OncoGenome Group
- Corresponding author: Maureen F. Zakowski (Department of Pathology, Memorial Sloan-Kettering Cancer Center, New York, NY)
- 雑誌: New England Journal of Medicine
- 発行年: 2006
- Epub日: 2006-07-13
- Article種別: Case Report
- PMID: 16837691
背景
EGFR (epidermal growth factor receptor) 遺伝子変異陽性の非小細胞肺癌 (NSCLC) に対する第1世代EGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) であるgefitinibやerlotinibの治療後に獲得耐性が生じる現象は、臨床的に極めて重要な課題である。獲得耐性機序としては、EGFR遺伝子のT790M二次変異が約50%の症例で報告されており、Kobayashi et al. NEnglJMed 2005においてgatekeeper変異として同定された。しかし、T790M以外の耐性機序については不明な点が多く、特に組織学的変化 (histological transformation) を伴う耐性現象は系統的に観察されていなかった。この点において、獲得耐性の全容解明には大きな知識ギャップ (knowledge gap) が残されており、詳細な分子病理学的データが著しく不足していた。
小細胞肺癌 (SCLC) は、NSCLCとは組織学的および生物学的に大きく異なる腫瘍であり、神経内分泌マーカー陽性で増殖速度が速い特徴を持つ。SCLCは一般的にEGFR変異を有さないとされており、Shigematsu et al. JNatlCancerInst 2005による大規模スクリーニングでも、SCLCにおけるEGFR変異の検出結果は陰性であった。そのため、SCLCに対してEGFR変異検査はルーチンで行われず、EGFR-TKIの有効性も体系的に評価されていなかった。しかし、非喫煙者の肺腺癌がTKI治療後にSCLCとして再発する散発的な臨床事例が観察され始めていた。例えば、Okamoto et al. AnnOncol 2006はEGFR変異を持つSCLC症例を報告したが、これは組織学的形質転換の動的なプロセスとは異なる文脈での報告であった。
先行知見のギャップとして、以下の点が未解明であり、研究データが著しく不足していた。(1) EGFR-TKI耐性後にNSCLCからSCLCへの組織学的形質転換が起こるかどうかが系統的に検証されていない点。(2) 形質転換後の腫瘍が元のEGFR変異を保持しているか不明であり、新規SCLCの発生なのか、同一クローンが形質転換したのかの区別ができない点。(3) 形質転換が局所的な現象なのか、全身性の変化なのかが不明な点。これらの根本的なギャップが残されていた。本レターは、これらのギャップを直接埋める形で、EGFR変異陽性NSCLCがEGFR-TKI治療後にSCLCへ形質転換した初の確実な症例を記述し、獲得耐性機序としてのlineage plasticity (細胞系統可塑性) の存在を示唆した。
目的
本研究の目的は、EGFR-TKI治療後に小細胞肺癌 (SCLC) へ組織学的形質転換を来した非喫煙者の肺腺癌患者において、EGFR変異の有無と特徴を解析することである。具体的には、SCLCへの組織学的形質転換がEGFR-TKI獲得耐性機序として起こりうること、および形質転換後のSCLCが元のEGFR変異を保持していることを示すことを目指した。これにより、EGFR変異陽性NSCLCの獲得耐性機序におけるlineage plasticityの概念を提唱し、臨床現場における耐性時の再生検の重要性およびその後の治療戦略の方向性に関するエビデンスを提供することを意図した。本研究は、これまで不明瞭であったEGFR変異陽性NSCLCの治療抵抗性メカズムの理解を深め、個別化医療の進展に貢献することを目指した。
結果
初期治療経過とErlotinibに対する獲得耐性: 45歳女性 (非喫煙者、n=1) に右肺、胸膜、縦隔、前頭葉の腫瘤が確認された。経気管支生検および気管支洗浄液の細胞診により、腺癌と診断された (Figure 1A)。脳病変に対して定位放射線手術を実施後、erlotinib 100 mg/日を投与したところ、放射線学的部分奏効 (PR) を得た。しかし、erlotinib開始から18ヶ月後に肺病変が増悪し、新規脳病変も出現した。この時点で、erlotinibに対する獲得耐性が示された。
再生検におけるSCLC形質転換と同一EGFR変異の同定: Erlotinib中止後、gefitinib 250 mg/日を単独で2ヶ月間投与したが、病勢進行となった。増悪時に実施された第2回肺生検 (経気管支生検) では、組織学的に小細胞肺癌 (SCLC) の形態を呈していた。免疫組織化学染色ではシナプトフィジン陽性を示し、典型的なsmall cell morphologyが観察された (Figure 1B)。この再生検SCLC検体 (n=1) のEGFR遺伝子解析 (exon 19) では、18bpの欠失変異 (L747-P753insQ) が確認された (Figure 1C)。初回腺癌では検体不足のためEGFR変異解析が困難であったが、SCLC出現とEGFR変異の共存は、同一クローン起源による形質転換を強く示唆した。
剖検による全身性かつクローン性形質転換の証明: 患者はerlotinib開始から計23ヶ月後に死亡した。剖検では、肺、脳、肝、骨、副腎を含む全ての転移部位の腫瘍がSCLCの形態を呈しており、腺癌成分は認められなかった (Figure 1D)。これら5部位 (n=5) 全てのSCLC検体において、再生検で確認されたものと同一のEGFR exon 19欠失変異 (L747-P753insQ) が検出された (Table 1)。EGFR exon 18-24およびKRAS exon 2の追加変異は認められなかった。この結果は、SCLC形質転換が局所的な現象ではなく、全身性かつクローン性の遺伝学的な変化であることを明確に実証した。
第2症例との臨床的特徴の一致: 非喫煙者の45歳女性に、EGFR exon 19 (15bp欠失) を有するSCLCが確認された症例 (Okamoto et al. AnnOncol 2006) が参照・追記された。この症例は当初、喀痰細胞診で腺癌が疑われたが、gefitinib開始3日後の気管支生検でSCLCと確認された。両症例 (n=2) はともに非喫煙女性で年齢が45歳であり、EGFR変異陽性NSCLCからSCLCへの形質転換例、あるいはEGFR変異陽性SCLCの臨床的特徴の一致性が示された。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、これまでに報告されていたEGFR変異陽性SCLC症例 (Okamoto et al. AnnOncol 2006) と異なり、erlotinib治療後に新たに発生したSCLCであり、剖検5部位全てで同一のEGFR exon 19欠失変異 (L747-P753insQ) が確認されたことから、同一クローン由来の形質転換であることを明確に示した。これまで報告されていなかった全身性かつクローン性のNSCLCからSCLCへの形質転換の決定的証拠を提供した点で、先行報告と対照的である。
新規性: 本研究で初めて、EGFR-TKIに対する獲得耐性機序として「NSCLCからSCLCへの組織学的形質転換」が起こることを新規に同定した。形質転換後も元のEGFR変異が完全に保持されていることを証明したことは、これまで報告されていない極めて重要な分子病理学的発見である。
臨床応用: 本知見は、EGFR-TKI耐性確認時の臨床現場における再生検の重要性を強く支持する。臨床的意義として、(a) TKI耐性時の組織学的変化 (特にSCLC形質転換) を検出するために再生検が必須であること、(b) 形質転換後のSCLCにはEGFR-TKIが無効であり、標準的なSCLC化学療法 (プラチナ製剤とエトポシド) への治療切り替えが必要であること、が挙げられる。
残された課題: 今後の検討課題として、SCLC形質転換を誘発する分子機序 (RB1やTP53の不活化など) の解明や、形質転換を予測するバイオマーカーの確立が残されている。また、形質転換後SCLCに対する最適な治療シークエンスの確立も今後の重要な研究方向性である。本書簡以降、Sequist et al. SciTranslMed 2011のレトロスペクティブ解析でEGFR-TKI耐性腫瘍の約3%から14% (一般的に約7%) がSCLC形質転換を来すことが報告され、本研究の先駆性が裏付けられた。
方法
本研究は、Memorial Sloan-Kettering Cancer Center (MSKCC) における連続症例のレトロスペクティブなケーススタディである。本研究のプロトコルは施設倫理委員会により承認され、患者の同意を得て実施された。本研究は症例報告 (Case Report) の形式をとるため、大規模な臨床試験登録番号 (NCT番号) は存在しないが、臨床データおよび病理検体の収集は施設倫理委員会のガイドラインに準拠して厳格に行われた。
症例1: 45歳女性、非喫煙者。右肺、胸膜、縦隔、前頭葉に腫瘤が認められ、経気管支生検および気管支洗浄液の細胞診により腺癌と診断された。初回診断時のEGFR変異解析は検体量不足のため実施不可能であった。患者は初回化学療法後にerlotinib (100 mg/日) の投与を受け、放射線学的部分奏効を得た。しかし、erlotinib開始から18ヶ月後に肺病変の増悪と新規脳病変の出現を認めた。増悪時に第2回経気管支肺生検が実施され、さらに患者死亡後に剖検検体 (肺、脳、肝、骨、副腎の5部位) が採取された。これらの再生検検体および剖検検体を用いて、EGFR遺伝子のexon 18-24およびKRAS遺伝子のexon 2の変異解析を、PCRおよびダイレクトシーケンス法により実施した。EGFR exon 19の欠失変異検出には、高感度アッセイが用いられ、シーケンスにより L747-P753insQ (ロイシン747からプロリン753の欠失およびグルタミン挿入を伴う変異型タンパク質) として確認された。組織学的評価はヘマトキシリン・エオジン (HE) 染色に加え、免疫組織化学 (IHC) 染色によりシナプトフィジン、CD56、TTF-1、p63の発現を評価した。erlotinib耐性後のgefitinib (250 mg/日) 単独療法、およびgefitinibとetoposideの併用療法後の転帰も記録された。
症例2: 45歳女性、非喫煙者。この症例は、Okamoto et al. AnnOncol 2006で報告された症例であり、本レターでは比較対象として併記された。当初は喀痰細胞診で腺癌が疑われたが、gefitinib開始3日後の気管支生検でSCLCと確認された。このSCLC検体において、EGFR exon 19に15bpの欠失変異が同定された。
本研究は症例報告の形式であるため、生存期間の比較のための Cox proportional hazards (コックス比例ハザードモデル) や log-rank (ログランク検定) などの推測統計学的手法、あるいは Kaplan-Meier (カプラン・マイヤー法) による生存曲線解析は実施せず、記述的なケースプレゼンテーションとして結果が示された。細胞株としてH1650肺腺癌細胞株 (EGFR exon 19欠失変異陽性) を陽性対照として用いた。