- 著者: Fumihiro Yamaguchi, Kunihiko Fukuchi, Yohei Yamazaki, Hiromi Takayasu, Sakiko Tazawa, Hidetsugu Tateno, Eisuke Kato, Aya Wakabayashi, Mami Fujimori, Takuya Iwasaki, Makoto Hayashi, Yutaka Tsuchiya, Jun Yamashita, Norikazu Takeda, Fumio Kokubu
- Corresponding author: Fumihiro Yamaguchi (Department of Respiratory Medicine, Showa University Fujigaoka Hospital, Yokohama, Japan)
- 雑誌: Oncology Letters
- 発行年: 2014
- Epub日: N/A
- Article種別: Case Report
- PMID: 24396447
背景
EGFR-TKI (上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤) は、EGFR活性化変異を有する非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者において、プラチナ製剤ベースの化学療法と比較して無増悪生存期間を延長することが複数の前向き臨床試験で示されており、その有効性は確立されている Maemondo et al. NEnglJMed 2010、Mitsudomi et al. LancetOncol 2010、Zhou et al. LancetOncol 2011、Rosell et al. LancetOncol 2012。しかし、EGFR-TKIに対する一次耐性または後天性耐性の存在も報告されており Pao et al. LancetOncol 2011、これらの耐性変異の検出は治療方針決定において極めて重要である。
EGFR-TKI後天性耐性の主要な機序として、EGFR T790M変異が最もよく知られているが、L747S (exon 19、EGFR残基747番のロイシンがセリンに置換) もまた、後天性EGFR-TKI耐性変異の一つとして報告されている Costa et al. JClinOncol 2008、Suda et al. CancerMetastasisRev 2012。これらの後天性耐性変異の獲得機序については、「TKI治療による選択圧下で変異が新たに生じる (de novo)」仮説と、「治療前から微小なクローンとして存在していた変異が治療によって選択される (pre-existing)」仮説が提唱されてきた。しかし、L747S変異がTKI未治療患者に存在することを示す直接的な証拠は不足しており、治療前の初期腫瘍における耐性クローンの存在有無については議論が分かれていた。
NSCLCにおけるEGFR変異は、一般的に腺癌、非喫煙者、女性、アジア人に多いとされている Zakowski et al. NEnglJMed 2006。しかし、L747SのようなTKI耐性変異がTKI未治療患者に存在する場合、それは一次耐性 (primary resistance) として臨床的に問題となる可能性がある。さらに、小細胞肺癌 (SCLC) におけるEGFR耐性変異の報告はこれまで存在せず、SCLCにおけるEGFR変異の役割は未解明な点が多かった Okamoto et al. AnnOncol 2006。このように、治療選択圧のない初期腫瘍におけるL747S変異の保有状況や、非典型的な組織型における耐性変異の分布については、臨床データが圧倒的に不足しているという課題が存在した。本研究は、TKI未投与の肺癌患者におけるL747S変異の存在を明らかにし、pre-existing耐性クローン仮説を支持する臨床的証拠を提供することで、この知識ギャップを埋めることを試みた。
目的
本研究の目的は、EGFR-TKI未投与 (naïve) の肺癌患者において、後天性耐性変異として知られるL747S変異の有無を検索することである。これにより、TKI治療開始前の初期腫瘍内に、治療前から耐性変異クローンが存在する可能性を検証し、一次耐性としてのL747S変異の臨床的意義を評価する。特に、非小細胞肺癌 (NSCLC) だけでなく、一般的にEGFR変異が極めて稀とされる小細胞肺癌 (SCLC) 患者におけるEGFR耐性変異の存在を初めて報告し、その臨床病理学的特徴を明らかにすることも目的とした。
結果
L747S変異の検出率と全体的なEGFR変異状況: 気管支鏡検査を施行した肺癌患者 n=77 例の気管支洗浄液DNAをSanger sequencingにより解析した結果、77例中21例 (27%) にEGFR変異が検出された (Table I)。このうち、L747S変異が3例 (3.9%) に同定され、全例がEGFR-TKI未投与 (naïve) の患者であった。これらの3例は、TKI治療を受けていないにもかかわらず、TKI後天性耐性変異として知られるL747Sを既に腫瘍内に保有していたことが確認され、pre-existing耐性クローン仮説を支持する直接的な証拠が提供された (Figure 1)。
症例1 (78歳男性、肺腺癌stage IB、G719S+L747S複合変異): 45パック年の喫煙歴を持つ78歳男性。胸部X線で右上葉に15mmの腫瘤が指摘され、stage IBの肺腺癌と診断された。腫瘍DNAにはexon 18のG719S変異とexon 19のL747S変異の2種類のEGFR変異が複合して検出された。正常肺組織DNAでは両変異とも検出されず、これらが体細胞変異であることが確認された。根治的外科切除が施行され、術後2年間再発は認められなかった。腫瘍マーカーは、CEA (carcinoembryonic antigen) 1.7 ng/ml、CYFRA21-1 (cytokeratin 19 fragment) 2.0 ng/ml、Pro-GRP (pro-gastrin-releasing peptide) 25.3 pg/ml と全て正常範囲内であった (Table I) (Figure 1)。
症例2 (73歳男性、扁平上皮癌stage IV、L747S単独): 80パック年の喫煙歴を持つ73歳男性。右上葉を主体とする縦隔浸潤および骨転移を伴うstage IVの肺扁平上皮癌と診断された。腫瘍DNAにL747S変異が単独で検出された (Figure 1)。化学療法としてゲムシタビン単剤 (1000 mg/m²、day 1, 8, 15投与、4週毎を2サイクル) が施行されたが治療失敗に終わり、診断から4ヶ月で死亡した。腫瘍マーカーは、CEA 1.9 ng/ml、CYFRA21-1 2.4 ng/ml、Pro-GRP 27.2 pg/ml であった (Table I)。
症例3 (82歳男性、小細胞肺癌stage IIIB、L747S単独): 30パック年の喫煙歴を持つ82歳男性。低ナトリウム血症 (SIADH (syndrome of inappropriate antidiuretic hormone secretion; 抗利尿ホルモン不適合分泌症候群) による血清ナトリウム値 113 mEq/ml) で入院し、stage IIIBの小細胞肺癌 (SCLC) と診断された。腫瘍マーカーは、CEA 10.5 ng/ml、Pro-GRP 468.1 pg/ml と同時に著明な上昇を示し、腺癌成分の混在 (combined SCLC) が強く示唆された (Table I)。腫瘍DNAにL747S変異が検出され、末梢血ゲノムDNAでは検出されず体細胞変異であることが確認された (Figure 1)。カルボプラチン (AUC 5.0) とエトポシド (80 mg/m²) による化学療法が16サイクル施行された。本症例は、SCLCにおいてEGFR-TKI耐性変異であるL747Sが検出された世界初の報告である。
考察/結論
本症例報告は、EGFR-TKI後天性耐性変異として知られるL747S変異が、TKI未投与の肺癌患者において検出されることを系統的に報告し、pre-existing耐性クローン仮説を支持する重要な証拠を提供した。
先行研究との違い: これまでの研究では、L747S変異は主にEGFR-TKI治療後に獲得される後天性耐性変異として報告されてきた。しかし、本研究は、TKI未投与患者の腫瘍内にL747S変異が治療前から存在しうることを示しており、従来の「治療によって変異が新たに生じる」という考え方とは対照的な知見を提示している Pallis et al. BrJCancer 2007。
新規性: 本研究で初めて、EGFR-TKI未投与のSCLC患者においてL747S変異を新規に報告した。これは、SCLCにおけるEGFR耐性変異の存在を示唆する新規の発見であり、SCLCのEGFR変異状態も解析すべきであることを提示する。また、3例全員が男性喫煙者であったことは、TKI感受性変異を持つ非喫煙女性とは異なる喫煙関連肺癌においてL747Sが検出されたことを示唆し、L747Sと喫煙関連発がんとの関係を考察する上で新規性がある。
臨床応用: 本知見は、EGFR-TKI治療開始前の段階でL747Sのような耐性変異を検出することの臨床的意義を強調する。早期に耐性変異を特定することで、治療選択の最適化や、EGFR-TKIの用量調整 (例えば、用量漸増による耐性克服の可能性) など、個別化医療への臨床応用が期待される。L747SはScorpion-ARMSやPNA-LNA PCR clampなどの一般的な臨床検査法では検出されず、Sanger sequencingが必要であるという技術的課題も指摘されており、臨床現場での検出方法の改善が求められる。
残された課題: 今後の検討課題として、L747S変異の頻度をより大規模なコホートで評価すること、L747S変異を有するTKI未投与患者のEGFR-TKIに対する実際の反応性を前向きに評価することが挙げられる。また、SCLCにおけるL747S変異の病理学的・臨床的意義、特に組織学的変換 (NSCLCからSCLCへの変換) とEGFR変異の関係についても、さらなる研究が必要である Sequist et al. SciTranslMed 2011。本研究は症例報告であるため、統計的な一般化には限界があるというlimitationも存在する。
方法
本研究は、昭和大学藤が丘病院で2011年1月から2012年12月までに診断時に気管支鏡検査を施行した肺癌患者77例を対象とした単一施設レトロスペクティブコホート研究 (retrospective cohort study) である。倫理委員会 (昭和大学ゲノム研究倫理委員会、承認番号113) の承認を得て、患者からは書面によるインフォームドコンセントを取得した。なお、本研究は特定の臨床試験登録データベース (NCT00000000など) に登録された介入試験ではなく、日常臨床における観察研究である。
気管支鏡検査時に採取された気管支擦過洗浄液 (curette lavage fluid) から細胞を回収し、DNAを抽出した Yamaguchi et al. LungCancer 2012。EGFR遺伝子の変異ホットスポット領域 (exon 18-21) を対象にPCR増幅を行った。PCR産物は直接Sanger sequencing (サンガーシーケンス法) により解析され、異なるプライマーを用いた再シーケンスにより変異の存在を確認した。EGFR変異が検出された症例では、可能な限り腫瘍組織および末梢血 (正常DNA) を比較解析し、体細胞変異 (somatic mutation) か生殖細胞系列変異 (germline mutation) かを鑑別した。
本研究は症例報告および記述的コホート解析であるため、生存率の比較を目的とした log-rank test (ログランク検定) や Cox proportional hazards (コックス比例ハザード回帰分析) などの高度な統計手法は適用せず、各症例の臨床的特徴と遺伝子変異の状態を記述的に解析した。主要エンドポイント (primary endpoint) は、EGFR-TKI未投与患者におけるL747S変異の検出頻度とし、副次エンドポイントとして、L747S変異陽性患者の臨床病理学的特徴 (年齢、性別、病期、喫煙歴、腫瘍マーカー値) を評価した。